37話 野菜ダンジョンと僕
遠距離攻撃を仕掛けてきた魔物は数キロは離れた場所にいる。キラリとビルが光ると高速で石礫が飛来してくるので、目に魔力を込めて、動態反応を高めて氷華にて切り払う。
「ぐうっ、きっいな、階位1だと耐えられないか」
だが、切り払った腕は痺れており、威力に押し負けていた。これでは近づく前に倒されることは明白だ。作戦を変更することにして、横にステップで家屋の陰に隠れると、集めておいた魔石を取り出して、地面へと放る。
「この距離を詰めるには階位を上げないといけませんよね」
パンと手を打つと、愛する神様へと祈りを捧げる。
『我、マセット。唯一神明けの明星ルシフェル様に魔を討伐せし証を奉納する。その功績を力へと変え、賜らん』
魔石が奉納の儀式により光り始めると、光の粒子となり、空へと昇っていく。そうして、蛍の光のような小さな一粒の光が空から降って、僕の身体に吸収される。そうして脳内に神様の言葉が降りてくる。
『てれれてってってー。愚民の階位が1上がった』
『てれれてってってー。愚民の階位が1上がった』
『てれれてってってー。愚民の階位が1上がった』
『………あの、領主さ、いえ、マセットさん。こういう繰り返すの面倒くさいんです。なので、てれれてーんてん。愚民の階位は12になった』
ルシフェル様は面倒くさくなった模様。一気に上がったと言われるの、寂しいものがあるんだけどなぁ。一個ずつ言ってほしかった。
だが、功績はしっかりと僕の身体に宿り、心臓の奥、虚無の世界にある魂から膨大なエネルギーがほとばしる。僕の指先から、足の爪先まで、血が沸き立ち、耐えきれないほどの力が駆け巡っていく。
「こ、これは………凄い力だ。え、こんなにパワーアップするの?」
マセット
種族:ロイヤルニュート
職業:幻想の守護者
階位:12
筋力:60
体力:60
器用:60
魔力:60
精神力:測定不能
固有スキル
幻想の扉、全耐性(小)、神降ろし、全職種特効
スキル
剣術32、格闘術35、全魔法22、錬金39
ステータスを確認すると、信じられない数値となっている。
「剣士や格闘家なら、筋力と体力が階位があがるごとに3上がる。魔法使いなら魔力が3。勇者なら全てが2上がる。それが普通なのに、階位が一つ上がるごとに全てのステータスが5上がるのか!?」
「親分やったうさ! ニートの時は全て1上がるだけだったのに、次元が違ううさね!」
ぴょんと跳ねて、拳を突き出すロロに、僕も手を震わせて頷く。そう、ニートは全ての数値が1上がるだけだった。それがどんなにペナルティとなったか………。
「どうやらニートの時の階位60の力を取り戻したわけだね。これなら、楽勝だ」
思わず嬉しさで笑みをこぼしながら、トンと飛び上がると、家の屋根に飛び移る。階位1の時とは比べ物にならない身体の軽さと力強さに驚きを禁じ得ない。ロロは僕の頭にきゅーと鳴いてぽすんと飛び乗る。
「シッ」
氷華を一振すると、石礫が再び目の前で砕けて、パラパラと宙を舞う。だが、先ほどと違ってまったく腕は痺れていないし、剣速も比べ物にならない。もはや一般人ではただ風切音がしただけだと思うだろう速さだ。
ヒュヒュと風切音を残して、氷華で宙を切っていく。そのたびに石礫が砕けていき、破片は屋根へと積み重なる。
「複数いるのか。それにしても対応が早い。早すぎないか?」
「むむむ、これは嫌な予感するうさ。もしかしたらボスがいる予感」
魔物は普通連携はしない。屋根に飛び乗ったからとすぐに反応をして迎撃してくるわけではない。本来の魔物は好き勝手に動くものなのだ。特に植物系統はその傾向が高い。
それなのに攻撃してきた理由は━━━。
確かめねばなるまいと、僕は屋根から屋根へと疾走する。トトンと軽く屋根を蹴り、数歩で十メートルを進み、跳躍にて数軒の家屋を飛び越える。
すげ~とか、あれは鳥かとか、飛行機かとか、竹ちゃんまんかとか後ろの方から礼場さんたちの騒ぐ声が聞こえてくるが、これくらいなら鉄ランクのハンターならできることだから驚かれると反対に恥ずかしい。
目標のビルから魔法光がピカリと光り、またもや石礫が飛んでくる。ピカリピカリと連続でビルの各所から発光し、僕を射抜かんと何発も。
全てを撃ち落とすことはしない。回避行動に移り、ジグザグに走りながら駆け抜けてゆく。外れた石礫が屋根を貫き、家屋を抉って瓦礫へと変えていき、人気のない静寂な住宅街は無惨な戦場へと変貌していった。
「この国の家は柔らかいなぁ。『石礫』程度で半壊するなんて怖くて住めないね」
拳大の石礫程度で瓦礫と変わっていく脆い家屋に失笑してしまう。下位魔法一発で壊れるとは家屋の意味がない。ロロも僕の頭をペチペチと叩いて同意する。
『うさぎ小屋よりも酷いうさよ。ところで親分、そろそろロロの小屋も作ってもいいんでうさよ? 紙切れをたくさん敷いてくれると嬉しいうさ』
僕にスリスリと頬擦りしてきて、お強請りうさぎだ。きっと人参を隠すつもりなんだろう。そして隠したことも忘れて後でゴミになるんだ。
「とやー!」
お喋りしている間にもビルへと近づいており、ビルに向かって一気に跳躍する。窓から飛び込み、靴を床に擦りながら無理やり止める。
「じゃ、じゃ!?」
「こんにちは、そしてさようなら」
目の前には上段からの唐竹割り。驚く魔物を一刀両断する。二つに分かれた魔物の死骸は、僕の予想通りの敵であった。それは一抱えはある大きさのジャガイモだった。泥のついた茶色の芋。少し違うのは目と牙の生えた口があるところだろう。
「芋砂うさね。固有スキルに超遠距離攻撃スキルを持っていて、下位魔法でチクチクダメージを与えてくる面倒くさい敵うさ」
『芋砂:階位18:戦闘力91』
「常に安全な場所から攻撃してくる厄介な敵だ。それに加えて、芋砂がいるとなるとっ!」
横にステップして身体をずらすと、立っていた場所にナイフが振られて空を切る。
「殺殺殺」
誰もいなかったはずであるが、陰から突然と現れたのだ。
「殺し芋うさ!」
「さつまいもだよね。やっぱりいたのか」
僕よりも背丈のあるさつまいもが、手足を生やして迫ってくる。その手には弯曲したシミターを持ち、溝のような細い目が眼光鋭く僕を睨む。
『殺し芋:階位18:戦闘力84』
陰に隠れて芋砂を守るガーディアン、殺し芋だ。通常は芋砂の陰に隠れて、芋砂の厄介な遠距離攻撃を掻い潜り迫ってくる敵を不意打ちで倒す魔物である。
チヂィンと金属を削る音が響き、火花が散る。予想していた僕の氷華の攻撃をシミターで受け止めて、殺し芋との打ち合いとなる。だが、その打ち合いは数合のうちに僕に天秤は傾き、シミターを弾き、殺し芋の胴体へと一撃を入れることにより終わるのであった。
「しかし、野菜系統の魔物って、下手くそなダジャレの名前が多いうさよ。ネーミングセンスゼロ」
「それぞれの天使様が各系統の魔物の名前を担当しているからね。それにネーミングセンスと強さは関連性ないし、注意が必要だよ」
魔物とは人類を殺すもの。そして、魔物とは神様からの試練であり、贈り物でもあるのだ。世界を腐らせる瘴気を魔物に変え受肉させて形とし、人々は世界を守るために魔物を退治する。そうして魔石や各種アイテム、そして神様からの力を受けて人類は繁栄する。
それは決められた世界の理であり、崩すことはできないのだ。ヘドロが積もり重なって清流がどぶ川とならないように、ゴミが山となり大地が腐らないように、人々は魔物を退治するのである。
野菜系統はベルゼブブ様が名付けているから適当なんだけどね……その代わり、厄介な能力を持つものが多い。たぶんドロップアイテムが良いからだろう。
「親分、種芋は拾っておくうさね」
「あぁ、グーマで育ててみようよ。きっとおいしいよ」
「野菜の魔物は美味しいうさ〜」
ロロがドロップした種芋をリュックにせっせと入れてくれる。野菜系統の種芋や種は育てると短期間に育ち、美味しい野菜になるんだよね。残念ながら1代限りで、種は採れないんだけど。
なので、厄介な敵なれどハンターたちには人気のある魔物。それが野菜系統の魔物なのだ。
「残りの魔物も探索しないと。ロロできる?」
「もちろんうさ。………カサカサ動くのが、同じ階に3体。下の階に2体」
長耳をピクピクと動かして、ロロが超聴覚で敵の居場所を探してくれる。が、すぐにコテンと小首を傾げて不思議そうな顔になる。
「親分、このビルとかいう建物おかしいうさ。気配のないところから、急に魔物の気配が発生するし、奥になにかがいるけど、なにか泡の壁のようなものがあって、よくわからないうさよ」
「そうなのかい? ………魔物がそんなふうに現れるのは理由は一つしかない。ここはダンジョンなのか?」
統率された敵の様子。その数と多さ。そしていきなり増えるのは『魔の亀裂』でなければ、ダンジョンしかない。
(でも、ダンジョンは環境タイプ、迷宮タイプ、神殿タイプ、塔タイプとあるけど、こんなものは聞いたことがない。………もしかして、この国に適合したダンジョンが作られてる?)
ありそうな話だ。山だらけの国では坑道タイプが多く発生するし、平原には毒沼などの環境タイプが多い。
とすると、このビルはこの国がビルだらけだから出現したのだろう。
「親分、敵が接近中! この足音は……ビーマンうさ!」
ロロの警告に通路の奥へと視線を向けると、僕と同じくらいの大きさの緑のピーマンがふらふらと宙を浮いて、ゆっくりと飛んできていた。
「やば! あいつもいたのか!」
顔を歪めると、僕は慌てて走り出して、通路に並ぶ空き部屋の一つに飛び込む。ビーマンは僕を既に認識しており、その身体を横にすると中心から花咲くように割れていき、高熱を集めていく。
そうして、ビームが放たれて、通路が溶けていき、高熱が僕の肌を炙る。
「ここ、ビーマンがいるということは、結構高い階位のダンジョンだね?」
「他にも色々近づいてくるうさよ。逃げる?」
「まさか。僕が独占できるんだ。攻略以外に選択肢はないよ」
心配顔のロロの頭をそっと撫でながら僕はにやりと嗤うのだった。




