36話 野菜の魔物と僕
サクサクと進みつつ、辺りの風景が変わっていることに嘆息する。普通の住宅街が軒を並べており、人の気配がしないだけであったのが、段々と半壊していたり、全壊していたり、崩壊していたりした。即ち、戦場みたいな光景である。
道路はアスファルトとかいう石が砕けてクレーターとなり、その下の土を露わにしているし、家屋は爆発の余波なのか、根本から吹き飛び瓦礫となっている。
「魔物との戦いにしても酷い光景うさ」
「原因ははっきりしてるよ。家の階位が低すぎるんだ」
壁を軽く掴んで魔力を流すと、角砂糖がお湯をかけられたかのように砂とかして溶けていき、サラサラと砂粒は地面に落ちていく。魔力による負荷にまったく耐えられない建築材なのだ。
「魔法抵抗ゼロうさね。こんな建築材でよく家を建てるうさ。大工の手抜きうさよ」
「手抜きなら良かったんだけど、目の前にあるすべてが同じだ。ということは、この街はすべて魔法に極めて脆弱な建築材を使っているんだよ」
ロロが呆れて、砂と化した壁を蹴るが、僕はこの国の問題点を少しずつ理解していた。ローズさんに色々と教えてもらったが、この国は魔物との戦闘を、いや、魔法戦の対応をしてこなかったらしい。それほどに平和であり、魔物が闊歩する世界となった今は悲惨なる国へと変貌していた。
「僕らの店も後で補強が必要だよ。軽い魔法で壊れるとか止めてほしいし」
「魔石たくさん必要うさね」
「あぁ、そうだ。そして、ここは稼げる街だから問題はない」
付与するのは問題ない。低レベルなら僕も錬金術を使えるし、中位に少し低いくらいまでは補強できるはずだ。なんでもできる器用なマセット君なのだ。
そうして街中を歩いていると、少し先で魔法の爆発音がして、僕は目を細めると走り出す。リンボ帝国なら走り出すことはしない。だけど、この世界では別だ。ベテランハンターはおらず、まともな装備もしない冒険者たちが死にかけていることが多いのを理解したのである。人助けをするのはハンターの義務。財布を鳴らして助けを待っていてほしい。
なので、身体に魔力を巡らせて、リスよりも早く爆発音のしたところに向かい━━━。
「おっと、普通に戦ってましたか」
到着して意外な光景に急停止する。爆発音が何度も響くので逃げ回っているのかと思いきや、冒険者パーティーが普通に戦っていた。
相手は爆発魔法を使う魔物。トウモロコシの魔物マジシャンコーンだ。
『爆裂せよ、破壊せよ。粉砕せよ』
単純明快な詠唱にて、トウモロコシの魔物、マジシャンコーンが魔法を発動させると、冒険者たちを巻き込んで吹き飛ばす。
「げふっ、まだまだぁ! ぬんりゃぁぁあ!」
クレーターが生まれるほどの爆発でも、瓦礫を蹴散らして立ち上がると男が斧をマジシャンコーンに振り下ろす。ガンと金属の塊を叩くらうな音がして弾かれるが、めげずに叩きまくる。
「こんにゃろ、コンニャロメ、死ねやおらぁっ!」
「負けるかぁぁ、『ソニックスラッシュ』『ソニックスラッシュ』」
「幼女、ようじょ、よーじょっ! アスモデウス様のために! 『アックスボンバー!』」
約1名の叫び声は聞かないこととして、他の皆も攻撃をしまくっている。またもや爆発が起きるが、ゾンビのように立ち上がり、再び戦闘を再開している。少し怖いパーティーだった。
「ひょえ~、皆回復手段が手に入ったからって無茶しすぎ〜。『プロテクション』『プロテクション』!」
「男って馬鹿ばかりよね、まったくも〜『閃光熱線』!」
目を回して、忙しそうに防御障壁を作る少女と、罵りながら、熱線で敵を牽制する少女。
後衛の魔法使いたちの頑張りが可哀想に思える雑な戦いぶりだ。
ドカンと爆発がまた響き、ゴロゴロと男が僕の目の前まで転がってきた。目の前でようやく止まると僕と目が合うので、嘆息しながら挨拶をしておく。
「どーも。え~と、礼場さんでしたっけ?」
「あぁ、どうも。君はお店のコックさんだったか? 奇遇だな、こんなところで何をしてるんだ?」
寝っ転がり、僕を見てくる礼場さんは傷だらけだ。気づいたけど、初めてきた時と違って鎧をつけていない。男性はシャツにジーパン、女性も薄着にパンツで、防御力を無視していた。
「あぁ、これかい? 魔法を前にしたら鎧はただの重りだからね。装備するのをやめたんだよ」
僕の視線に気づいて苦笑しながら立ち上がる。なるほど、この間の見掛けだけの装備よりも良いかもね。
「僕は魔物退治に来たんですよ。そのかすり傷治します。『辻を曲がればヒールが降る』」
浅い傷ばかりだが見てられないので『応急手当』を使う。その程度の傷をポーション枝で治すつもりに見えるし、もったいない。
「おおっ。すまない、助かるよ」
擦り傷がすべて治ったことに感謝の言葉を口にして、礼場さんは落ちていた剣を拾う。
「でも、なぜ魔物退治を? なにか依頼を受けたのかい?」
「いえ、少し鍛え━━━」
「ひー! また追加がきた。もう無理だ、逃げよう!」
僕が最後まで言う前に、前衛の男が悲鳴を上げる。見ると追加のマジシャンコーンがトテトテと10匹ほど、遠くから走ってきていた。
「くっ、今回はやけに多いな。悔しいが………聖力も尽きそうだ、退却をするか………」
道路に倒れているマジシャンコーンは50匹はいる。頑張ったとは思うけど、もう力尽きたのか。
「ロロ」
「りょーかい! ロロに任せるうさ!」
『ノックノック。うさぎのノック。お家を見せてくださいな。ほら、可愛らしいうさぎが訪れてますよ』
『マジシャンコーン:階位16:戦闘力77』
魔法使い系統だけあって、戦闘力は弱い。これは平均値を計算されていると言われており、魔法使いは一撃の火力は強いが通常攻撃はカスだからだ。
「もしかしてお逃げになります? では追加の敵は僕が倒してもいいでしょうか?」
「!? 待ってくれ。俺たちが束になってかかって、ようやく倒せる相手だ。君では無理━━━」
「そうでしょうか? 『矢のように飛び、鷹のように獲物を狙え』」
『力ある言葉』に従い、僕の脚にベルトで収めていた10本のスローイングナイフがカタカタト揺れると、触ってもいないのに飛び出して、弧を描くと、マジシャンコーン達に矢の速さで命中する。マジシャンコーンたちは、体内から紫色の光を吹き出すとその姿を魔石へと変えて、地面に転がる。『帰属性ウェポン』の『ガーゴイルダガー』だ。敵を狙ってそれぞれ飛んでいく投擲用の魔剣である。
「獲物を譲っていただきありがとうございます。それでは遠慮なくもらっていきますね」
ポカンと口を開けて、唖然とする礼場さんたちへと僕はにこりと微笑むのだった。
◇
「いやはや感心したよ。そうか、君がクラフト系の能力者だったんだな」
「はぁ………これは僕が作ったわけではないですよ、ドロップしたんです」
倒した後に、新たに現れたマジシャンコーンの横を通り過ぎながら、氷華で胴体をスパッと切る。そのままステップを踏みつつ、ジグザグに進み、他のマジシャンコーンたちを切っていく。ゴロゴロと輪切りになったマジシャンコーンたちが魔石になるのを見ながら、なぜか礼場さんたちが称賛の声をあげています。
「謙遜しないでください、そのナイフも物凄い切れ味じゃないですか。私、初めてこんなに簡単に魔物を切り裂く武器を見ました!」
「えぇと、ありがとうございます。新世実乃梨さんでしたっけ」
「あはは、実乃梨で良いですよ。マセット君だよね? 名前で呼ぶのってタイミングあるから最初からフレンドリーにいこう?」
目をキラキラと輝かせているのは、たしか支援魔法を使う少女だ。ローズさんと同じか年下の少女で、僕と同じでか弱そうで優しそうな子だ。異論は認めません。
他に、攻撃魔法使いの差海初さん、槍使いの田草保
さん、幼女好きになっちゃった斧使いの十寿小鉄だったかな。違った、小鉄さんはアスモデウス様の信徒になったんだった。
「では、実乃梨さん。え~と、いつまでついてくるのでしょうか?」
あれから移動しつつ、魔物を倒しているんだけど、なぜか後ろにぞろぞろとついてくる礼場さんたちのパーティー。ちょっと邪魔なんだけど。これくらいの敵ならソロのほうが経験値稼ぎは早い。
「あ〜、それが今回の仕事はこの周辺の魔物の駆逐なんだ。マセット君が駆逐してくれているので、俺らの出番がないんだな。その代わりと言ってはなんだが、今回の報酬は6等分にしたいと思う。依頼料は300万円だから、一人頭50万円だ。どうだい?」
ポリポリと頭を掻いて、気まずそうに言う礼場さんの心に打たれたよ。
「いくらでもついてきてください。他の方々がいると心強いですし」
やっぱり人数は多いほうがいいよね。ただの雑魚狩りなのに、おまけの報酬がついてきちゃったよ。これも日頃の行いの結果だろう、ありがとうございます、神様。
「この可愛いうさぎは聖獣なのかしら? 凄い大人しいけど、日本語話すし」
「人参ブロック食べるうさ?」
ロロのもふもふの頭を撫でつつ、初さんが尋ねてくるけど、聖獣じゃないよ。初さんがロロを抱っこしているので、少し困る。けど、保さんと小鉄さんがせっせと魔石を拾ってくれるので別にいいけど。
「ここ最近は依頼料がどんどん高くなっているんだ。だけど、依頼を受ける冒険者の数がどんどん減っていっている。それもこれも魔物が強くなっていることが原因なんだ。だから君の使っている武器が非常に気になる。そのナイフとは言わないけど、武器とかもないかな?」
「まー先輩も見ただろ? 俺たちの武器。剣や槍なのに突き刺さりもしないんだぜ」
「あ~、なるほど。その問題もありましたか。でも、それだけでは死亡率は下げることが難しいかもですよっと」
コートを翻して頭を守ると、石礫がぶつかってくる。多少の衝撃を抑えつつ、礼場さんたちを見ると
「ぐはっ」
小鉄さんが吹き飛んで、ゴロゴロと転がっていた。その胸には石礫が突き刺さっている。
「た、大変だ! 回復を早く! どこから攻撃されたんだ!?」
慌ててポーション枝を使う礼場さんたちを横目に僕は家屋の向こう、遠く離れたビルへと視線を向ける。
「どうやら遠距離攻撃を受けたようです。ちょっと倒してきます」
野菜系の魔物だから警戒していたのだ。死亡率を下げる方法。その一つは魔物への理解なんだよね。
コートで身を守りながら、僕は駆け出すのだった。




