35話 美味しいレストランと僕
「オーホホホ。僅かな間に3千万円! ぼろ儲けですわね! 笑いが止まりませんわ。オーホホホ」
札束を前に狂喜乱舞するローズさん。さっきから高笑いをしているが疲れないか不安です。
最初のお客様が帰った後も、数パーティーが寄ってくれて、全員が会員となって、ポーション枝を買っていった後である。
「でも、こんな辺鄙なところに冒険者たちがよくもまぁ都合よく集まってきますわね?」
落ち着いたローズさんが不思議そうに首を傾げるが、僕は予想通りなのでなにも思わない。
「客の呼び込みをしてるからだと思いますよ。客がこないと暇ですからね」
いらっしゃいまてーと、舌足らずであ~ちゃんが呼び込みをすると、あら不思議、火に寄ってくる虫みたいに怪我だらけの冒険者たちがふらふらとやってくるのだ。あ~ちゃん、呼び込みを頑張っているね。
「それにしても予想以上に酷い国ですね。この国は優しさという言葉を知ってます? 冒険者たちは怪我だらけではないですか」
皆が皆、どこかしら怪我を負っていた。包帯を巻いていても血が滲み出る姿は見ていて痛ましいし、同じような仕事をするハンターとしては哀れで苛立ちを覚えてしまう。お人好しのマセット君なのだ。
「うーん、治癒師が圧倒的に少ないですからねぇ。だからこそ、ポーション枝が売れるわけですし」
札束を数えながら、ローズさんがあっけらかんと気にしていないように答える。酷いと思うが、そもそも最初から治癒師が冒険者を手伝わない現状が最初から起きているのだから、僕みたいに違和感を覚えないに違いない。
だけど本来の治癒師はハンターと共に魔物退治をするためのものだ。民間で治癒が欲しい人は薬師か錬金術師に頼れば良い。モンスターハザードが起きた時に、このままではこの国は耐えられないだろう。
「とはいえ、僕にできることはポーション枝を売って、草の根運動しかないんですけどね。あ、ローズさんの取り分は1割ですからね?」
冷蔵庫から缶ジュースを取り出すと、プシュッと開いて一口飲む。ひんやりとしたオレンジの味が口内に広がっていき疲れた頭を癒やしていく。この缶ジュースって凄い魔導具だよなぁ。うちでも作れないかな?
「もちろんここで横領とかしません。そんな金の卵を産む鶏を殺すような愚かなことはしませんからね。この調子なら3年で返済できるでしょうし」
「それは幸いです。ローズさんの名義でこのお店を買えたのは良かったです」
「ここらへんの土地はほとんどただですから………。山奥の土地並に安くなってますの」
「あぁ、魔物が増えた為とか、お役所の人は暗い顔で仰ってましたね。買ったと告げたら驚いてましたし」
この土地と家、合わせて百万円だったんだよね。天貨との違いがよく分からないけど安いのは間違いない。
外はガランとしており、人気はない。ここに来るのは冒険者たちだけで、一般人は訪れることもないし、通りかかる人たちもいない。だいぶまずい状況だ。
「それにしても『誓約』の魔法は便利ですわね。あれがあればどんなこともやり放題ですわ」
オホホホと高笑い少女は調子に乗るが………。大天使の『誓約』魔法はそこまで便利じゃない。
「ところで、このまずいカレーとかそのままでいくんですか? 皆さん、結構お金を落としてくれますし、サービスで美味しいカレーを作ってもいいのではないでしょうか?」
最初はお金がなかったけど、今は余裕があるからまともなカレーとか作れるでしょと言うと、胸をそらして扇子をひらひらと振る絶好調のローズさん。
「カレーなどポーション枝を売るためのダミーでしかありませんわ。色がついていればいいのです。カレーの色が。水っぽくなりすぎたらスープカレーと言う名で出しましょう。そうですわね、一律一万円まで値上げしても良いかと」
強欲すぎる発言に苦笑してしまうしかない。神様は大喜びでローズさんを褒めるだろうけど………一つ言ってないことがあるんだ。
それは何かというと………。
「すいませーん。バイトの応募に来たのですが、ここでいいのでしょうか?」
「あら? 応募なんかしたかしら。でも、お客の相手もするのが面倒になってきましたし、バイトを雇うのも良いでしょう」
どこまでも調子に乗り、天を突破しそうなローズさんはドアを開けて入ってきた黒髪の少女を迎え入れる。
「このお店のバイトに来ましたのね。ではこの『誓約』のカードに私に忠誠を誓うと、大天使アスモデウスへ誓いの言葉を言うのです。そうすれば、雇用確定ですわ」
面談即OKのローズさんは、カードを少女に渡す。さて、僕はそろそろ出かけようかな。
「ローズさん。僕は外の様子を確認しつつ、魔物退治をしてきますね」
「えぇ、後はわたくしにおまかせを。オーホホホ」
扇子を振って見送りするローズさんを後にして、僕は店を出るとそっと扉を開けて覗き見る。
カードが光り、誓いの言葉が発動すると、ローズさんはふんぞり返り、少女へと言う。
「よろしい。これで貴女はここの店員になりました。一生懸命頑張るように」
「ありがとうございます。では、この店の店員となったので、まず改善しないといけないことをしますね」
「改善?」
椅子から立ち上がり、少女がローズさんの目の前に立つので、不思議そうに首を傾げるローズさん。
「はい。まずは『誓約』を悪用した者に天罰を与えようと思うんです。特に料理を提供しての『誓約』の使用はペナルティ確定です」
ローズさんの顔をアイアンクローで持ち上げて少女が怒りのこもった声で告げる。
「あだだだだ、あ、悪用? え? と、あだだだ」
物凄い力で掴まれているローズさんが少女の腕を叩いてタップするが、まるで万力に締められたかのようにビクともしない。
「知らなかったんですか? 大天使の『誓約』は悪用厳禁。この場合、忠誠を求めるのは悪用に当たりアスモデウスが神罰を与えて、家畜の餌のような不味い料理を提供して、人間を釣ったのはベルゼブブへの侮辱と悪用となり神罰が発生します」
「えぇぇぇぇ! そんなこと聞いてませんわよ! ま、マセットさーん、助けて〜」
淡々と告げる少女の言葉に、ローズさんが慌てて助けを求めるけど、もう遅い。さっき料理をまともにしたらと忠告をしたのに蹴るからである。
そうなのだ。『誓約』の魔法は簡単に使えるけど、悪用厳禁。悪用すると漏れなく神罰が下る。なので平和な契約にしか使われないんだよね。
「さぁ、まずは料理の作り直しです。最高の素材を使えとは言いません。普通の素材で最高の料理を作りましょう。ちなみにできるまでは、厨房からでられないので、最後のお別れの言葉を言って置きたい人間には手紙を書くくらいの時間はあげます」
「ひょ、ひょえ~! それって一生出られないとかでは!? ごめんなさい、もうしませんからお許しを〜」
「大丈夫です。厨房にいる間は、お腹が減ることも、トイレに行きたくなることもなくなります。永遠に料理を作れる最高の環境です、おめでとうございます」
そうして、ズリズリと引き摺られて、ローズさんは厨房へと連れられていくのでした。
「あ~。ベルしゃんも一緒にこのお店やるんでしゅか?」
「うん。きっとこのお店の料理はとても美味しくなると思うよ」
あ~ちゃんもドアの隙間から覗いて、わあっと喜ぶ。
うん、黒髪の美少女の名前はベル・ルーザー。あ~ちゃんのお姉さんだ。料理にこだわる少女で手抜きは一切許さない高みを常に目指す料理人です。ここに来る前に屋敷で挨拶されたんだよね。
◇
ローズさんが一流の料理人を目指すことになり、僕はといえば魔物退治をすることとした。『陸の家』から歩いて5分。早くもエンカウントしてます。
「ににににに」
目の前には数体の人参の魔物、キャロットだ。二メートルはある大きな人参で牙を生やした口が胴体に生えており、矢のようにふよふよと空中に浮いている。
「らららら」
混成したパーティで、もう一体はラディッシュのお化け魔物。やはりふよふよと浮いており、実に口が生えている。
「親分、人参うさ! 齧っていい?」
そして、早くも人参に齧り付いているロロです。小柄な身体で飛びついて張り付くと、カリカリと齧ってます。
『お化けキャロット:階位6:戦闘力36』
『お化けラディッシュ:階位5:戦闘力13』
一応鑑定をしてくれたけど、まぁ、雑魚だよね。
お化けキャロット3体、お化けラディッシュ3体。一般人が全力疾走するくらいの速さで飛んでくると、牙の生えた口を大きく開き飛びかかってくる。
「よっと」
僅かに魔力流した炎華を一振りで、ズンバラリンと先頭のお化けキャロットを断ち切ると、続いて後ろに続くお化けラディッシュに一撃、残る敵にも一息で連撃を繰り出し、その体を一刀両断していく。
こんな階位の低い敵は魔石にするまでもない。
「ロロ、どんどんドロップアイテムに変えていくから、集めておいてね」
「ロロに任せるうさ!」
魔物を倒す際の方法は3つある。一つは倒したらそのまま死骸を素材に変えること。一つは魔石に変えること。最後はドロップアイテムに変換することだ。死骸を解体すればたくさんの素材が手に入るので、解体が得意な人はそのままにするが、解体が下手、もしくは解体をしている暇がない人はドロップアイテムに切り替える。
切り替えるのは神様に願えば大丈夫。簡単な仕様です。倒した端から魔物たちがポンポンと煙に包まれると、アイテムに変わっていく。
だいたいはハズレの人参の欠片とかラディッシュの葉っぱとかだけど、その中に革袋に入った種や高級人参が現れる。
ロロは猛然と道路に転がる人参のかけらをリスのように頬を膨らませて頬張り、ラディッシュの葉っぱを齧り、種をリュックにしまい、高級人参は自分のポシェットに隠していく。うさぎなので、その点は目を瞑らないといけないだろう。
「にしても………野菜系統のモンスターが多いね」
道路の角から今度はお化けネギが飛んでくるのを見て、すぐに斬り伏せていく。こんな雑魚に突かれることなどない。
「たぶん野菜系統のダンジョンがあるうさ」
「だなぁ。階位を上げるためにも、もっと進みますか!」
のんびりと緊張感なく、僕たちは奥に進むのだった。




