34話 レストラン陸の家
レストラン『陸の家』。礼場たちが入った店はへんてこな名前の店だった。なんだか嫌な予感をさせる店でもあった。
「なんつーか………メニューいまいちじゃありませんか?」
そして、メニュー表は予想通り酷かった。
「『水っぽいカレー』、『具のない焼きそば』、『味のないラーメン』。のびたラーメンでないのは良心的なのか?」
まるで海の家である。頬杖をついてメニュー表を眺める仲間が疲れた顔で、書いてあるメニューをつつく。
「『レーコー』に『スイウー』。飲み物の意味わかる?」
「わかんね。でも一律千円か、それは普通の値段だな」
「まぁ、いいんじゃね? すいませーん、このメニュー全部一つずつくださーい」
「わかりましたわ。オーホホホ。コックさん、メニュー全部入りました〜」
冒険者たちは大食いだ。聖力を補充するためだろうか、いくら食べても満腹になることはなく、フードファイター並みに食べてようやく一息つく。それでも痩せるのだから、一般人には羨まれる体質である。
「はい。まいどー。カレーに焼きそば、ラーメン。全部できました! アイスコーヒーとウーロン茶も!」
コックさんの美少女がせっせと動くと、5分も経たずに出来上がり、心配になる。ニコニコとほほ笑むコックさんは自分の作った手際を褒めてくれと言っているような笑顔で、幼女が運ぼうとしているので、慌てて手伝い、セルフサービスへと変わる。
「ま、予想通りの味だよな」
「正直すぎるメニューでしたもんね。これ、本当に水っぽい……ルーを色付けにしか使ってないんじゃ………」
実乃梨が呆れたようにスプーンで掬ったルーを見て言う。粘度ゼロの水みたいなルーだ。もちろん味はない。とてもまずい。これで開店する勇気が凄い。今日だけオープンとか、明日は閉店するとか、そんな裏があるのだろうかと疑ってしまう。
「ここ、二度とこねーな………」
ソースすら使っていないような焼きそばを死んだ顔で食べている仲間に同意してラーメンをすする。これも味がない。
「オーホホホ。どうでしょうか、我がお店の自慢のメニューは!」
「あ、はい。えぇと、まぁまぁ?」
臆面もなく高笑いをして声をかけてくる少女に怒鳴らない自分を褒めてほしい。だが、愛想笑いで返す礼場たちに、ニマッと口を歪めると、少女は扇子をバッと口元で広げる。
「では、ここでオープン記念のサービスをさせていただきますわ。へい、マセットさん!」
「わかりました。では、人類の守り手たる冒険者の皆さんに感謝と敬意を払わせていただきまして『傷を塞げ』」
いきなりコックさんの少女が手をかざす。と、その手が輝き、礼場たちの身体が暖かい光に覆われる。
「な、なんだ、これは?」
「おい、傷が塞がっていくぞ!」
「ま、まさか………治癒術!?」
手の切り傷が消えていき、肩の痛みが緩和されることに驚き、仲間へと顔を向けると、同様に驚いており、包帯を取って傷が塞がっていることに目を剥く。
「治癒師がなんでこんな寂れた店にいるんだ? 簡単な治癒でも大金が稼げるんだぞ?」
椅子を倒して立ち上がり、礼場は思わず声をあげてしまう。切り傷は塞がったが痛みはまだあることから、簡単な治癒なので低ランクの治癒なのだろう。しかし『治癒師』は低ランクだと、医者と組んで荒稼ぎをする。切った血管を治し、皮膚を縫う代わりに癒す。そうして患者への負担を無くす画期的な手術を手伝うのだ。なので、ここにいるような人材ではない。
「オーホホホ、オーホホホ、驚くのは当然ですわ。どうでしょうか? これは開店サービス。少しだけ我が店のサービスを見せたのです」
「さ、サービス?」
「えぇ、本来のサービスはすこーし違いますわ。もっと強い治癒術があると言ったらどうします?」
ニンマリと怪しげな笑みを見せる高慢そうな少女に、ゴクリとツバを飲み込む。
「強い治癒術………しかしそこまで金は出せない。中位ランクの治癒術は五百万とかそんな金額だろう? それも最低金額だというし………」
死にそうなほどに怪我を負っているわけでもなく、赤字となるほどには治癒術をうけることはできないと礼場は言うが、少女はその言葉を予想していたようで、ふふふと含み笑いを見せる。
「会員になれば、相場よりも遥かに安い金額で治癒術を受けられますの。でも、一つだけ誓っていただければ、ですが」
「遥かに安い金額で………誓うとは? 反社会的な勢力には入らないぞ?」
聖人の力は凄まじい。警察などは軽く蹴散らせるし、一般人には負けやしない。だからこそ、反社会的勢力には入らない。それくらいの矜持は礼場たちは持っている。ここに治癒師がいるのは、勧誘が目的かと警戒するが、予想に反して少女は扇子をパタパタ扇ぐと、クスリと笑う。
「いえ、口外しないと会員カードを手に持って、色欲の大天使アスモデウスに誓うのです。口外の意味は文字やモールス信号などでも不可能という意味がありますの」
「あい、お名前を言って、誓えばいいんでつ。これカードでつ!」
幼女が待ってましたと、店の端から嬉しそうにテテテと駆け寄ってくると、礼場たちに名刺の大きさのカードを手渡してくる。そのカードには、目の前の幼女がプリントされていた。
「『誓約』の魔法です。技術が漏れないようにとか、契約を守るためとか、一般の契約でよく使われる簡単な魔法ですね」
青髪の少女がニコニコと説明をしてくるが、一般的なそんな魔法など聞いたことないんだが? どこの一般的?
「『誓約』を破るとどうなるんだ?」
「あたちが泣きましゅ! 嘘っていけないんでつよ! 違った、んと、大天使アスモデウスしゃまが、え~んって泣いて悲しくなりましゅ!」
シクシクと泣き真似をして幼女が言うが………アスモデウスが天使とはどんな冗談だろうか? しかもこのカードのプリントは目の前の幼女なんだが………。
「ププッ、なんでアスモデウスが幼女なんだよ。色欲だろ? 絵にもできない美男子とか、立つだけで芸術品に見える美しい美女とかだろ。なんで幼女?」
ワハハハと笑う仲間に、幼女が顔を上げて、じーっと見つめる。
「皆に愛されるのはあたちなんでつよ? あたちだよ?」
コテリと小首を傾げる幼女。
「…………そ、そんなわけ」
「あたちだよ?」
潤んだ目でじーっと見つめる幼女。ふわふわの髪の毛、ぱっちりおめめ、小顔の可愛らしい幼女はちっこい体を傾げて、じーっと見つめる。
「……そ、そうだな。そのとおりです! すべてに愛される存在。美男子や美女だと愛さない人間がいるが、幼女は全てに愛される! それは愛らしく可愛らしい幼女。幼女、幼女、アスモデウス様ばんざーい!」
天啓を得たと計りに世界の真実にハッと気づくと、仲間は滂沱の涙を流して幼女へと万歳して崇め始めた。仲間が新しい扉を開いてしまった模様。
「あ~ちゃんやりすぎ。で、大天使様に誓うと、契約を破りにくくなるんです。破る人はいるんだけどね」
「そ、そうか。魂を抜かれるとか、死ぬとかじゃないんだな?」
「はい。誓う天使によって違いますが、アスモデウス様の場合は泣いちゃうアスモデウス様が脳裏に映るだけです」
ニコニコと微笑む青髪の少女からは嘘は感じない。ならば、少し興味がある。回復は冒険者にとって絶対に必要なものなのだから。
「ねぇ、それくらいなら大丈夫じゃないかな。たぶん………? ほら、これからも私たちは冒険者をやらないといけないですし」
実乃梨が袖を引っ張って、上目遣いで囁く。
「あ~ちゃんは優しいでつ! だからだいじょーぶ!」
幼女の囁きに頭がふらっと来る。疲れているのだろうか? だが、大丈夫だろうとの想いが湧いてくる。
「わかりました。礼場彰俊が色欲の大天使アスモデウス様に誓う。会員となって手に入れた情報は誰にも言わないと!」
カードに手を触れて誓いの言葉を紡ぐと、カードが光り、くるくると回転しながら宙に浮く。思いがけない光景に息を呑む礼場の胸にカードはそのまま吸い込まれて消えていった。胸に入っていったのに、まったく痛みはない。
「これは?」
「『誓約』はなされました。これで貴方は誰にも会員情報を告げることはできません。口にできるのはこの店内だけとなります。試しに情報を漏らそうと考えてみてください」
「考える………?」
青髪の少女の言う通りに考えると━━━。
脳裏にうるうると涙を瞳にいっぱい湛えて泣きそうな幼女の姿が映る。その瞬間、罪悪感で息が止まり、心臓に痛みが走り、底なし沼に墜ちていき、体に力が入らなくなり倒れそうになってしまう。慌てて、ウソウソと考えると、スッと罪悪感がなくなり力が戻ってくるのだった。
「こ、これが罪悪感?」
「はい。命には影響はたぶんないので平和な魔法ですよね」
礼場は罪悪感が人を殺すという意味を、ニコニコと笑う少女を見て学んだ。これ、絶対に口にできないやつだ。たぶん誓約を破ると死ぬ。
「では、これをお使いください。サービスで最初だけは無料にて配布いたしますね」
「ただの木の枝に見えますが?」
「それはポーション枝と言います。使用してみれば分かりますよ? 詠唱は……なしにしておきましょう。折れば使えます」
言われたとおりに、手渡された木の枝を折る。簡単に木の枝は折れると、光の粒子に変わっていき、礼場の体内に吸い込まれていった。そして、体内から炎のように熱が生まれて、身体に力が漲っていき━━━痛みが完全に消えたことに気づく。さっきのかすり傷が治った時の比ではない。完全に治ったことを教えてくれる。
「ポーション枝………アイテムなのか! クラフト系の聖人が………んん?」
こんな力を持つアイテムなど初めて聞いた。これがあれば冒険者たちの戦い方が変わる。
でも、この子、魔法って言ってなかったか? そして、色欲の大天使アスモデウス?
「どうですか? おほほほ、今なら一本たった10万円。10万円ですのよ! 10万円ですけど、3人組の悪人が行う詐欺ではありませんわ!」
礼場はちらりと仲間を見る。仲間も違和感には気づいているのだろう。だが、その目は礼場に語っている。
「わかった。パーティーで10本買おう!」
気の所為だ。気の所為でなくても、このポーション枝があれば稼ぎまくれる。なによりも仲間の命を助けることができるのだ!
なので礼場たちはポーション枝を買い取り、魔物退治を毎日受けて、少し後に『不死身のスペクター』と二つ名がつくことになるのだった。




