32話 ポーションと僕
ポーションは錬金術で必ず学ぶ製作アイテムだ。なぜならば金になるから。単純明快であり、必ず錬金術師が通る道であり、金を稼ぎたい人が横道から入ることもある。僕のことを言うんだけどね。
当時ニートだった僕は職にありつけることもなく、お金に困った人間だった。なので優しい錬金術師に手っ取り早く金になるポーションの作成方法を始めとする様々な錬金術を学んだのだ。
今思い出しても、賭け事が好きな優しい錬金術師だった。手品を覚えておいてよかったよ。全財産の代わりに錬金術師は僕に笑顔で教えてくれたものだ。まぁ、その手の錬金術師はそこまで腕は良くなかったので、後は独学となったんだけどね。
プランターの作り方は簡単だった。ビニールシートというものを小屋の形に作って、その中にレンガで花壇を作る。そこに日本から持ってきた土と肥料、そして、マセット村の肥沃すぎる土をひとつまみ。よーく混ぜて、ハーブの種を植えます。
その後は生きるために村人たちが鍛えまくっていた『育生』スキルを使えば、あら不思議。たった数日でハーブは青々と葉を広げて育つのでした。
そうして数日後、テッパンが唸りながらプランターの中ですくすくと育ったハーブを眺めて言う。
「ぬぬぬ、本当にハーブができましたな。土を他の土地から持ってくることは考えましたが、地面に触れずに使うのは考えもしませんでしたじゃ」
「レンガのプランターだと、田畑のように広く育てるのは無理だからね。思いつかないのも無理ないよ」
唸る気持ちはわかる。長年苦労してきた農作物が一部とはいえ簡単に育てることができたのだ。喜び半分悔しさ半分といったところか。
村に戻ってきた僕は早速プランターを設置させて、村人に育てさせた。ハーブの薬効成分が最大になるのは、枯れる寸前だ。朝日が昇り、日が差してから1時間以内に採取しなければ枯れてしまう。慎重な取り扱いが必要な薬草。それがハーブなのである。
今は村に設置したプランターから育ったハーブを採取するところだ。
即ち…………朝が早くてねむい! 寝起きの時間が自由なハンターに朝早いのは天敵なのだ。
「うーん。ドーナツもう食べられないでしゅ」
「きゅ〜。人参もっとたくさん食べるうさ〜」
僕の背中にはあ~ちゃんがしがみついて寝ており、ロロは頭の上で丸まっている。僕もうつらうつらしており、採取をさっさと終えたいです。ルルはもちろん寝ており、起きてくる気配はない。起こそうとしたら、どんなにドアを開けようとしてもノブにすら触れなかったのだ。怠惰のルルに名前を変更したほうが良いのではなかろうか。
「領主しゃま。ハーブの色合いが鮮やかな緑になりまちた。摘んで良い?」
テッパンの孫娘の幼女シチリがワクワクした顔で、今か今かとハーブに手を伸ばそうとしている。きっとまともに育った作物を見るのが初めてなのだろう。そのむじゃ……駄目だ眠い。いつも昼まで寝ている僕に仕事をさせないでくれ。
「テッパンさん……僕はもう駄目だ。後のことは任せたよ………シチリ、もう摘みはじめて………良いよ」
「死ぬ一歩手前のライバルを演じないでくだされ! 領主様? 領主様!? 駄目じゃ、寝ているぞ!」
ベンチに寝っ転がり、僕は二度寝をするのであった。二度寝サイコー。
━━━━━ハンターの天敵が朝早く起きることだと、村人たちには伝わったと思う。起きたら、箱にたくさん摘んだハーブが入っていました。
「おはようございます。皆さんお疲れ様でしたね」
「たくさん摘み取れまちた! これで良いのかな?」
起きると太陽は真上に昇っており、ちょうど起きるのに良い時間だ。僕が起きるまで待っていたのだろうシチリが褒めて褒めてと、揺すってくる。
「ありがとうございます、シチリ。これだけあれば、ポーション枝もたくさん作れるでしょう」
「えへへ〜。シチリ頑張ったの。たくさん摘んだの」
「あ~ちゃんも、あ~ちゃんも! 頭なでなでして! あ~ちゃんも起きてから頑張ったでしゅ」
「もちろんです。二人とも頑張りましたね」
幼女たちを撫でながら、ようやく意識を覚醒させる。木箱いっぱいに入っており、これだけあれば大量のポーション枝を作れるに違いない。
「テッパンたちにもお礼をしたいのですが……」
「うははは、酒持ってこーい。サイコーじゃ、このビールはサイコー」
「これはビールじゃなくて発泡酒と書いてあるぞ?」
「ビールで良いじゃん。じゃんじゃん飲もう!」
「人参酒どんどん持ってこいうさー」
今日も昼から宴会に突入していた。酒を買ってこなければ良かったよ。この村人たち、この間まで餓死しそうなほどに生活苦しかったんだよ、信じられる!?
「ここの愚民たちは、正しい人生を歩んでますね……私もヒック、嬉しいです、領主様」
缶ビール片手に、スルメをもちゃもちゃ食べながら、ほろ酔い加減の銀髪メイドもいます。
まぁ、原因はわかっているけどね。きっと神のご加護が強すぎるのだろう。そして、ルルよ、君だけ発泡酒じゃないのは気のせいかな?
「仕事は終えているんだし仕方ないか。僕一人でボーション枝を作るよ」
テッパンにも手伝ってもらおうと思ったけど、酔いつぶれて寝てるので、諦めるしかない。
「りょーしゅさま、ポーション枝作れるの? しゅごい! おじーちゃんしか作れないと思ってた!」
「ポーション枝を作るのは結構難しいからね。見ててご覧」
ハーブの1枚を手に取ると魔力を流しながら『力ある言葉』を紡ぐ。
『葉は育ち、枝は力を持ち、その癒しは宿る』
たった3小節の言葉だが、下級ポーション枝なら十分だ。手のひらの上にある葉が仄かな光に覆われて、その姿を変えていく。糸が寄り合わさり、縄になるように細長く伸びていく。
そうして光が収まると、小さな小枝となるのであった。
「わぁぁ。おじーちゃんのポーション枝よりも魔力が多い!」
「あぁ、テッパンさんは最下級のポーション枝しか作れないのか……だから酔いつぶれていたんだな。僕を手伝えないから」
感激してちょこちょこと寄ってくるシチリの言葉に納得する。これは下級ポーション枝だ。かすり傷程度しか治さない最下級ポーション枝と違い、狼に噛まれたり、剣で斬られても、浅い傷なら癒せる。とはいえ、そこまで効果は無いから、安いんだけどね。
ちらりと見ると、グーグーと分かりやすい寝息を立て始めるテッパンさん。別に怒らないよ。下級も作るのは大変だからね。
「さて、そうしたらこれ全部僕が作らないといけないのか……木箱いっぱいのハーブ………」
液体にするならいっぺんに溶かして、後は瓶詰めするだけなんだけど、枝は一本一本作らないといけないんだよなぁ。でも、ローズさんは枝にしないと認可がとれないとか言ってたから、気合いを入れて作りますか!
「あ~ちゃんもつくるね!」
いつものようにあ~ちゃんも作ると言ってくれたが、幼女は丸めた葉っぱにしか作れませんでした。あ~ちゃんにクラフトスキルはないらしい。
◇
そうして、僕は3日かけてポーション枝を作成し、日本に持ってきたのだが………。
6畳半のボロアパートにて、僕たちはローズと作戦会議をするために集まっていた。
「随分と遅かったですが、これがポーションの効果を持つのですか。へーへーへーですわ。なんか煙草みたいな大きさですわね」
ポーション枝を一本手にすると、物珍しそうにローズさんはしげしげと眺めて感想を口にする。手のひらに収まるサイズの小さな小枝は、この世界の煙草に似ているらしい。煙管で吸うのと違うのかな? 煙草は物凄く高いから、金持ちで変わり者の魔法使いの爺さんしか吸っているのをみたことないけど。
「これをどうやって使うんですの?」
「詠唱すれば効果は上がりますが、普通に折っても起動しますよ」
「そんなに簡単に使用できますの………さすがはポーションですわね。夢のファンタジーアイテムがわたくしの目の前にあるのですね。この一本一本が黄金の枝に見えますわ」
目をキラキラと輝かせて、グヘヘとヨダレを垂らすローズさんは美少女枠から外れる顔なのでやめた方が良い。
「でも、これは一般的なポーション枝ですよ? 一般人も普通に買う値段の安いものですけど」
下級ポーション枝は一万天貨。給仕が2日働けば稼げる値段だ。少し高いけど、家庭に常に数本は備蓄している。その程度の生活に密着したアイテムである。
「ふふーん、この世界では異能はあっても、クラフト系の異能を持つ者は一切存在しないのですわ」
「クラフト系のスキル持ちがいない? それは本当ですか? でもこの国は魔導具だらけじゃないですか」
「そううさよ。この箱もひんやりしてて気持ちいいうさ」
「あ~ちゃんは麦茶でいいでつよ」
勝手に部屋に置いてある金属製の箱を開けて、ロロとあ~ちゃんが飲み物を取り出していた。ひんやりしている箱で、うちの国だと食べ物屋や王侯貴族くらいしか持っていない保存の魔導具だ。
「あ〜。うーん、説明が難しいんですけど、そうですわね、ざっくり説明するとポーション作成技術はないのです」
「ポーション作成スキルが!? え、それだと治癒魔法オンリーなんですか?」
「その数も少なく、金持ち相手に金を稼ぐ聖人とは程遠い者たちばかりですわ。ですので、冒険者は生傷は治る暇もなく戦い続け、死亡率も高い。なので冒険者のなり手も少なくなり、そのため魔物退治の報酬は右肩上がり。税金を使われているので一般人は冒険者を羨みながらも、嫌ってもおります」
腕組みをして、深刻そうな顔になりローズさんが語るが、その内容は常識からはかけ離れていた。
「それは………深刻ですね。ハンターは必ずヒーラーを連れていきますが、ポーション枝も常備して安全マージンを確保しているんです」
戦えば傷を負う。それはハンターであれば免れぬことだ。それなのに怪我を治せないとなれば………ゾッとする。この国、どうなってるんだ? ハンターが魔物退治を嫌がると国が滅びるし、住人たちも死ぬのに。
「なのでポーション枝は爆売れ間違いなしですのよ」
「なるほど、この国を救うため。人々を救うため、僕も及ばずながらお手伝いをしたいと思います。でも、それならばポーション枝を売ると、物凄く目立つのでは?」
ポーション枝を作れるとなれば、お偉いさんたちが砂糖菓子を見つけた蟻のように群がるに違いない。それはノーサンキューだ。どう考えても面倒事になりそうだし。人々を救うため、僕は多くの人々にポーション枝を売らないといけないのだ。善行が大好きなマセット君なのだ。
「そこを考えたのですけど………マセットさんの世界ではあれがありますよね。あれ」
「あれ?」
「絶対の契約書ですわ。契約を破れば魂を奪われるんですの」
身を乗り出して、ふふふと笑うローズさん。何故かあると確信している様子だけど、少し怖いです。
でも、絶対の契約書か………それで売ったことを口止めすると。そういう契約書はたしかにあるけど、大陸宝級だから使えないよ。
でも、それに近い効果の方法なら思い当たることがある。
「なんでしゅか? まぁしゃんも麦茶飲むでつ?」
「いや、少し思いついたことがあってね」
麦茶をこくこく飲むあ~ちゃんの頭を優しく撫でて、僕はニヤリと笑うのだった。




