31話 村の復興を考える僕
「まずは農作物を作れるようにならないといけないと思うんだよね」
青髪をさらりとかきあげて、心優しい美少年マセット君は執務室で腕組みをして、唸っていた。村のこれからの方針を決めるに当たり、まずは食べ物がないと始まらないと思うんだよね。
「領主様はインスタントラーメンでは駄目なのですか? これたくさんの粉をかけると複雑な味がして美味しいですよ、俗に言う味変です」
「それ、本当に美味しいの? なんかお湯で茹でるのが正式な食べ方らしいけど」
「非常時はこの食べ方であってるんです。だから問題はありませんね。塩と味噌味の粉を混ぜ合わせると味噌味になりました!」
うん、でも今は非常時だっけ?
バリバリとインスタントラーメンを食べる豪快なルル。袋をたくさん開けて、味噌味とか醤油味とかを麺の塊にかけている。面白い食べ方があるんだね。でも、残った他の麺はどうするのかなぁ。そして、ルルはか弱い見た目なのに、本当に外見詐欺だね。僕? 僕は問題ないと思うよ。
「あ~ちゃんは、キックカットを食べりゅね。あ~ん。さくさく、さくさくでつ」
チョコの袋を開けて、サクサクと美味しそうにあ~ちゃんはチョコを食べていて、その喜ぶ姿は微笑ましい。ロロも隣でサクサクとチョコを齧っていて、幼女とミミうさぎのコンビは最強だ。
「でも、農作物を作らないという選択肢はないよ。ここが食っちゃ寝するだけの怠惰の楽園になっちゃうでしょ」
外を見ると、レトルトに慣れた村人たちがワハハと笑ってご飯を食べている。働かないで食料品だけあるこの状況はなんとなくまずい感じがする。あの人達いつも宴会してない?
「鈴しゃん、ベッドで寝てるでつよ?」
「他の姉妹の部屋を今度教えてね」
というわけで、僕は日本に行き、パートナーへと相談することとしたのでした。
◇
「肥沃すぎる土地ですの………そんな土地があるんですのね。さすがはじ、ゲフンゲフン。魔法の満ちあふれた世界ですわ」
ローズの住むアパートの裏手に扉を登録して、移動してきた僕は6畳半のアパートで歓待されていた。立派な洋服を着たローズさんに、正直この部屋の狭さは似合わないが、この間稼いだお金を使ったらしい。
「この服は贅沢したくて買ったんではないですのよ? マセットさんをプレゼン? マーケティング? とにかく交渉する際に下に見られないように買ったんですの。最新の流行作ですわ」
オーホホホと高笑いするローズさんは舞踏会に出そうなドレスだ。とりあえずあまり頭は良さそうではないのはわかった。
「むっ、冗談ではなく、荒稼ぎをする必要がありますの。具体的には9億円くらい」
グッと迫ってきて、真剣な顔のローズさんだが、金額が具体すぎる。
「もしかして借金してます?」
「勘が良い方で助かりますわ。そのとおりっ! わたくしの家借金だらけですの。いつ何時、腎臓売れやと乗り込んでくる怖い方が来るか分かりませんし、お父様たちの稼ぎで返すには人生を3回くらいやり直さないといけません。な、の、で、わたくしが稼ぐしかありませんのよ。オホホ」
「ありまちぇんのよ、おほほほ」
教育に悪いので、あ~ちゃんの眼の前で高笑いは禁止でお願いします。あ~ちゃんも真似したらメッだよ。
本日、もちろんあ~ちゃんもついてきてます。遠足絶対行くレディなので仕方ないのだ。
「でも、一つ質問なんですけど、階位? レベルみたいなものですか。それが高すぎると作物は育たないんですの?」
「たとえば稲作をしようとしても、最初の苗の状態で生長はストップといった感じですね」
「それ、汚染されている土地ではありませんよね? ではプラントはどうです? 家庭用なら土地の力は受けないのでは?」
「家庭用って、なんですか?」
農業になんとか用とか違いがあるのと、小首を傾げてしまう。僕のセリフが刺さったようで、得意そうな顔で、人差し指をゆらゆら揺らすローズさん。その頬をつねってやりたい気もするけど気弱な僕は我慢しておく。
「では教えてあげますわ! さぁ、ついていらして!」
「はぁい」
どうやら方法があるらしい。さすがは魔法大国日本だね。
━━━で、なにか色々と面白い魔導具が売っているところに連れてこられけども。ノコギリとか、ハサミとか、工具類が大量にあるから、目移りしちゃうね。
「でも、プランターって書いてありますよ」
「プラントと一文字違いですわね。細かいことを気にしてはいられなくてよ? プラントは遺伝子調整人間を作るところでしたわ」
「まぁ、別にいいですけど。プラントの方が俄然興味が湧いてきたけど」
透明な板に囲まれたおうちが目の前にはあります。例にするためか、その中に玩具の野菜が置いてある。なるほどわざわざ入れ物の中に土を入れて作物を育てるのか。その発想はなかったな。
「どうです? わたくしはやったことはありませんが、うまくいくのではなくて? 褒めてもよろしいのですのよ、おほほほ」
「あ~ちゃんもおほほほって、やっていい?」
胸をそらして、高笑いするローズさんに、あ~ちゃんがお目々をキラキラさせて、ロロが縫いぐるみの人参を抱きしめると、僕の脚にスリスリと頬を擦り付けておねだりしてくる。
「これ、簡単に人参できるみたいうさ! とりあえずこの人参の縫いぐるみは買ううさよ」
あ~ちゃんへの教育に悪い少女である。やったことがないのに、これだけ得意げな人って、初めて見たよ。
だけど、まぁ、理屈は理解した。そして、このお店には大量の土に肥料、種もたくさんあると。
「すいませーん、店員さん。少しよろしいでしょうか?」
「は~い。なにかの撮影ですか? 撮影許可ならオーケーですよ、私店長なんで。貴方は新しい子役さん?」
なぜかすぐ後ろに立っていた店員さんが、ふんふんと興奮気味に近寄ってくる。撮影ってなんだろう? 子役の意味は分かるけど、僕は役者じゃないよ。
「申し訳ありません。僕はお客です。それでですね、このレンガを三百万円分ください」
「あ、はい、わかりました。三百万円分ですね。……さ、三百万円分!?」
家庭菜園用レンガと書かれている物を指差して言うと、ギョッとした顔になる店長さん。これはお金の心配をしているのかな?
「えぇ、先払いが必要なら払いますよ」
リュックサックに入れた札束をドサドサと無造作に置くと、それを見て、店長さんは固まってしまう。
「あ、えぇぇぇぇ!? しょ、少々お待ちを! 三百万円分もあったかな」
気を取り直し、店員さんはダッシュで店の奥へと走っていき、額に手を当てて、僕にわかりやすくため息を吐くローズさん。
「少々豪快な使い方ではなくて? 元の世界でもそのような使い方を?」
「新型の武器や魔導具は高いですから、金に糸目はつけないですけど、あんなことはしませんよ。そもそもハンターカードでやりとりを終えますし。ハンターカードはお金を預けられるし決済にも使えるんです」
「カード決済可能とか、なんか、ファンタジーなのに、どことなく現代っぽい感じがして仕方ないのですが。そういえば、そもそも言語はどうやって翻訳しているのですか?」
「翻訳? なんのことだろ」
「あ~ちゃんの世界はバベルの塔は作られてないんでしゅ」
「あ~、言語が分裂する神の怒りがないから、全ての言語が一つに見えるのですね。それだと通訳は失業間違いなしですわ」
よくわからないけど、ローズさんはあ~ちゃんの話を聞いて納得したようだから良いかな。あ~ちゃんが物知りで助かるよ。
「ふ~ん、でもそれならば文字の勉強をしなくて良いから楽ですわ。そちらの世界は識字率100%なんですのね」
「言っている意味がよくわかりませんが、文字が読めないと不便じゃないですか?」
どうもピンと来ないけど、むむむむとローズさんは唇を尖らせて不満そうなのでツッコミはやめておこう。
「お客様っ! ただいまレンガを集めておりますので、しばらくお待ちを! 各店舗からかき集めてますので!」
「ありがとうございます、お姉さん」
ゼェゼェと息を切って走ってきた店長さんに感謝を伝えると、なぜか顔を赤らめる。
「次に八十万円分の土をお願いします。後、ハーブの種も二十万円分」
「しょ、少々お待ちを〜!」
お礼と注文をすると、涙目でまた走っていく店長さんでした。その後ろ姿を見て怪訝な顔になり、ローズさんが僕を見てくる。
「ハーブなんてどうしますの? 料理の香草にでも使いますの?」
「いえ、たった三百万分のレンガではいくらなんでも少なすぎます。作物を作る量には届かないので、ポーションでも作って当座の資金にするつもりです。その売り上げで食料品を買おうかなと思いまして」
「ハーブは簡単に増えますし………今なんと仰いました?」
「ポーションです。戦場用でなければ液体で十分なので、簡単に増える?」
お互いに顔を見合わせて、はてなの構えだ。
「ポーションって、あれですわよね、傷を治す薬!」
「えぇ。そうです。それよりもあれだけ枯れやすいハーブが簡単なんですか?」
「あれって植えれば、他の植物を駆逐して、恐ろしい速さで繁茂するでしょう?」
どうも認識が色々と違うようだ。
「ハーブはすぐに枯れます。人工的に育てると魔力枯れするので、ハンターギルドでは、手間暇を考えると安くつく薬草採取の依頼が常時出ているくらいですよ」
だからこそ、村人がハーブを収穫できるか怪しい。でも3割収穫できればトントンになるから、まずは試してみるつもりだ。
「は〜。所変われば品変わるですわ。薬草がハーブだなんて………ゾンビハンターがハーブを食べて回復するのは本当でしたのね」
「ハーブをそのまま飲んでも回復効果はほとんどありませんよ?」
「反省してその後のシリーズのゾンビハンターは組み合わせて回復剤を作ってましたわ」
ふ~ん、シリーズってなんだろ?
「まぁ、最下級しか作れないでしょうから、捨て値で」
「このコーディネーターローズにお任せあれ! 敵意を感じた兵器は爆発させられませんが、交渉事は得意ですの。で、一つだけ問題があるのですが、薬の形ではなく、こう、符のような物に変えられませんか? 薬の形だと国に認められるまでが大変ですのよ。魔法の薬なんて絶対にいちゃもんつけてきますわ」
「ポーション枝にしろということですね。少し高くつきますができますよ」
僕は作れるし、たしかあの村には『セージ』がいたはずだ。だから問題はないだろう。
「良かった! それならばお任せなさい! この世界に革命をもたらして差し上げますわ! オーホホホ。借金を返済するのも近いです!」
「あたちも、オーホホホ、オーホホホでしゅ」
高笑いする歩く悪影響にため息を吐くが、どうやらボーション枝を高値で売れる自信があるらしい。なら、少し不安だけど任せてみようかな。
 




