30話 ゴブリンと馬治
一行はぞろぞろとジャングルと化した街中を進んでいく。皆の足取りは重く、魔物に襲われないように警戒し、目は忙しなく彷徨っている。
先頭を進む兵士が時折襲ってくる魔物たちを射撃にて倒すが、銃声が響くごとにビクリと体を震わすものもいる。それはそうだろう。彼ら冒険者たちは半年前まではほとんどが喧嘩すらしたこともない素人だ。そして、軍役も受けていない彼らは心も弱く、練度という言葉はその辞書には載っていない。
しかし、それは急造の冒険者であるのだから当然だ。彼らはその聖なる力を使って、強引に魔物たちを倒していったのだから。そして、今まではこの方法でうまく行っていたのだ。
「なぁ、馬治さんよぉ。これ、俺たちが来た意味あんのかねぇ? 軍人さんの銃で魔物たちは殲滅できるんじゃないか?」
暇をしている冒険者が欠伸をしながら前方を見る。たしか、この男はAランクだったなと思い出しながら、馬治も根っこが這って、でこぼこになった道路を苦労して歩きながら答える。
「たしかに虫や花は銃で一掃できるみたいでござるが………前回は冒険者たちだけでこの仕事を引き受けたんでござるよな?」
現に00式の破壊力は凄まじく、巨大蜂も人食い花もたった一発弾丸を受けただけで弾けている。ファンタジーの世界は一発の銃弾で砕けるのだ。
「ミーティングではそう言ってたなぁ。B、Cの連合36人で討伐しにいって、生き残ったのは10人程度だったらしいぞ」
「とすると、数で押されて敗れたんではないのでござるか? 拙者らはいらなかったかもしれないな」
「何もせずに一人頭一千万か。まぁ、それでも良いけどな、へへっ」
ランクが高い者たちだ。その拘束料も高い。馬治は三千万の報酬だ。
「まぁ、この光景を見れば、数十億どころの被害額では終わらぬから、太っ腹なのもわかるでござるが━━━」
「敵襲っ! 矢だ。矢で攻撃を受けている!」
前方で戦闘をしていた兵士の叫びに、一気に緊張感が漂い、素早く構える。兵士たちは装甲車の陰に隠れており、家屋やビルの陰から矢が飛んできていた。
「どうやら俺たちの出番のようだぜ! おら、前に出るぞ!」
人間の身体能力を超えた速さで、何人かの冒険者たちが走り出す。皆、百キロを超える鎧や盾を身に着けた者たちだ。聖なる力により強化された高ランクの聖人たちが全力で走ると、アスファルトにヒビが入り、重厚音をあとに残す。
『ホーリーウォールッ!』
最初に前線に合流した冒険者がタングステンで作られたタワーシールドを杭でも打つかのように道路に立たせると、光の壁が生まれる。それは盾だけではなく、城壁のように巨大で、戦闘をしている兵士たちの前に展開するのだった。
ゴブリンたちが放っていた矢は虚しく光の壁を叩くだけに終わり、一気に攻撃の圧力は消えてなくなる。
「おっしゃ。中からは攻撃できるから、好き放題攻撃してやれ!」
不規則な幾何学模様の光の壁は、外からの攻撃を防ぎ、中からの攻撃は通過させるチートな防壁だ。そして、この光の壁はたとえバンカーミサイルでも通さない、と言われているが真偽は定かではない。
「よし、『ライトニングチェーン』!」
「『浄化の豪雨』!」
「『神罰の爆発』」
しかし、さすがはAランクの防壁であり、矢どころか熱も氷も遮断して、敵の魔法を防ぐので、安心して兵士たちは銃を撃ち、冒険者たちはそれぞれ強力な聖術を放つ。
ビルに隠れているゴブリンたちは、ビルごと破壊されて、家屋は吹き飛び、植物や虫の魔物も同様に駆逐していく。
「多少強いゴブリンか? あいつら黒いぞ」
「最近報告のあるダークゴブリンでござるね。彼奴らは物理的な攻撃は効かず、タングステンの盾も紙切れのように破る魔法のこもった矢を放つから要注意でござるよ。少なくとも銃は役立たずなので、兵士は装甲車共々下げた方が良い」
「了解だ。軍曹さん、そういうことだ。装甲車をハリネズミにされたくなかったら後方に下がってくれ。後は俺たちに任せろよ」
「わかった! では自分らは周囲の銃の効く奴らを狙おう」
しっかりとミーティング内容は覚えていたため、軍曹は兵士をまとめて後ろに下がり、周りに展開を始める。銃の効く敵はまだまだたくさんいるのであり、その活躍で作戦の成功確率も変わるだろう。
ダークゴブリンたちは隠れていても、埒があかないと考えたのだろう。勇敢にもビルの陰から飛び出してきて、正面に陣を組みボウガンを撃つ。
「勇気は感心するでござるが、無駄なことでござる」
『セイントファイア』
馬治は人差し指を向けて、小さく呟く。体内からなにかが少しだけ抜けていく感じがして、指先からは純白の炎が辺りを埋め尽くすかのような猛火となって吹き荒れた。先頭の冒険者たちを炎は迂回して、通り過ぎる全てを灰にしていく。車も家屋も、ビルさえも、砂糖菓子を炎で炙り溶かすように燃やしていき、植物の魔物もゴブリンたちも等しくその炎に呑み込むのであった。
「ひゅー。こりゃ凄い。Sランクの中でも特別に高い能力を持つ聖人の噂は本当だったたんだな」
「それほどではないでござるが、手加減できないところが、拙者の弱点でござるな」
口笛を吹いて称賛の言葉を口にする冒険者に、なんとも思わないように平然と答える。数ヶ月前までは、人差し指を銃口に見立てて、息で吹いたり、決めポーズをとっていたが、今はそんな気にはなれない。
現実は仲間の死を教えてくれるし、Sランクの重圧を肩に乗せてきているからだ。魔物は凶悪であり、馬治は隣の冒険者がいつ消えるかと不安に思っている、そして、その順番が自分に訪れるのではと。
「さぁ、敵も見つけたことだし、一気に片付けて、帰って豪遊でござるよ」
両手を広げて、業火を纏う。神々しい純白の業火は神の天罰かのように美しく残酷な光を放っていた。そうして、炎を振るおうと、腕を翳そうとして━━━。
「お待ちください、軽尾さん。貴方の炎は強力すぎます。まだまだ植物を除去すれば使えるビルや家屋はありますし、放置されている物資もあるんです。段々と輸入が減少している昨今、復興のために考えて行動をしなくてはなりません!」
後方から指揮官の中佐が駆け寄ってくると、慌てて馬治の前に立つ。
「ゴブリンは黒い虫のようなものでござるよ。ここで綺麗さっぱりに燃やし尽くせば、禍根は残らないと思いますが?」
うんざりとして答えるが、中佐の行動は予想通りでもあった事にため息を禁じ得ない。
「ここで全てを燃やし尽くすと、復興の金額が巨額になります。それをまた国民が負担するとなると、不満がまたぞろ増えるんですよ。なので、手加減をお願いします。ほんの一部を燃やすだけでいいんです」
「放置すると冒険者たちが命の危険をさらすんですよ? なんで毎回毎回国は数字でしか結果を見ない発言をするでござる?」
「今回は大丈夫です。ほら、ホーリーウォールの使い手も多く用意しましたし、軍の精鋭揃いです。主だった魔物を退治したら、この任務はあっさりと終了しますよ」
いかにも事務畑の方が得意そうな中佐が媚びた顔で言う。きっと強く上から命令されているのだろう。頑として譲らない様子の中佐に諦めて炎を消す。これ以上は政治の世界だ。怒りを覚えるが仕方ない。たしかに中佐の言うことも一理あるからだ。増え続ける税金に国民は不満をためている。
特に冒険者たちへの高額報酬を支払うための、巨額の税金には、反対者が多いのだ。
「分かりました。拙者は全てを焼き尽くすように提言したと、公式に残して置いてくだされ」
「もちろんです。記録は残しておきますよ。軍曹、前進させよ。さっさとゴブリンの村を駆逐するのだ」
「了解であります。ホーリーウォールを展開し続けて、前進開始!」
怒鳴る中佐に背筋を伸ばして軍曹さんが指示を出す。そうして、馬治のもやもやした気持ちとは別に、軍は前進するのであった。
◇
数時間後、ゴブリンの多さがわかるとおりに散発的に数十匹のゴブリンたちが防衛してきたが、馬治たちの相手にはならなかった。順調に進軍し━━━。
「見えてきたぞ、ゴブリンの村だ!」
「結構大きいな………。前のパーティーがやられるわけだ」
元は校舎だったのだろう。コの字に建っている学校が見えて、昨今のセキュリティの高さを示すように2メートル程度のコンクリートの壁で囲まれている。そしてかつては子供たちが走り回っていたグラウンドには適当に組み合わせてたのような木の小屋が何軒も建っており、数百ものゴブリンたちが陣を敷いていた。
メガゴブリンやダークゴブリンも混ざっており、恐怖する様子もなく、こちらを睨んで、棍棒や錆びた短剣、ボウガンと様々な武器を構えている。
「中佐殿、悪いでござるが、学舎ごと燃やすでござるよ。あんなところに入ったら不意打ちで何人殺されるか分からないゆえ」
「うぅ~ん……上からはなるべく建物は保全せよと命令されておりますが……仰るとおりです。敵の基地にわざわざ入り込む危険は犯さない方が良いでしょう。お願いします」
悩んだ中佐だが、そこまで頭は硬くなかったことに安堵しつつ、馬治は両手を合わせると、体内から聖力を全力で引き出す。再度、純白の炎が噴き出すと、カッと目を開き、馬治は元学舎へと手のひらを向ける。
「最大フルパワーでござるよ!」
『セイントファイア』
純白の炎は膨れ上がり、津波のように広がってゴブリンたちを呑み込んでゆく。予想外だったのか、慌てて逃げる頭の回る者もいたようだが、時すでに遅し。全ては炎の中に溶けていき、数十秒後には、そこにはなにも存在していなかったかのように、綺麗な更地へと変わるのだった。
灰が雪のように舞い落ちて、人々は想像以上の馬治の力に息を呑む。疲労感がどっと襲いかかり、馬治はへたり込むのであった。
「お疲れ様でした。少し装甲車内でお休みください。私たちはこの更地をベースキャンプとして、周囲の制圧に移ります」
機嫌よく中佐が馬治に感謝の言葉を送ると、軍が前進して、次々と更地に入っていく。歩く体力も失われた馬治は残った護衛の冒険者たちとその様子をぼーっと眺めていて━━━。
ゴウッと火柱が更地から上がった。1本、2本、3本と天を支えるかのような巨大な火柱が立ち昇っていき、中に入った兵士や冒険者、装甲車を一瞬で炎に包む。
「ぐわあっ、なん、たす」
「あづい、これは」
「燃える、燃えちまう」
阿鼻叫喚の地獄絵図となり、悲鳴が木霊して、人々が燃えてゆく。装甲車はドロリと溶けていき、黒焦げとなって、人が倒れてゆく。
「こ、これはいったいなにが!?」
「これは………ブービートラップです。村になにかが仕掛けられていたに違いありません。馬治さん、お下がりを。ここは危険です!」
「いや、まだ生き残りがいるはずです。助けなければ!」
呆然としてしまう馬治を兵士の一人が引っ張る。それに抵抗しながら、馬治は燃えている人たちを見ると、何人かが火柱の中から飛び出してきた。見覚えがある者で、Aランクの冒険者ばかりだった。Bランクが多少いるだろうか。
「敷設式の地雷もどきだ! ゲリラみたいなことをしやがって、ちくしょうめ……奴ら、村のゴブリンたちを囮にしやがったんだ!」
体についた溶けたタングステンの塊を剥がしつつ、罵る冒険者。Aランクのタフネスぶりを見せつけている。
「大丈夫でござるか?」
「あぁ、だが、予定通りに校舎の探索なんかしてたらやばかったろうな。聖力が尽きた時を狙われていたら死んでた」
「敵はこちらが半分も入らないうちに罠を作動させた。本来は乱戦の中でこっちの軍を全部引きずり込んだ後に使用する予定だったんだろうよ」
残っていた軍曹さんがヘルメットの位置を直しつつ唸る。功績を考えて1番に入っていった中佐は生きてはいないだろう。
「仲間を囮に使うとか、道具とでも思ってるのでござるか………うん?」
炎の中で、黒焦げとなった死体が内部から蒼い光を放っていくと、ボロボロと崩れて消滅していく。そうして蒼い光は蝶へと変わると空へと飛んていく。
「なんだ………聖人の死を悼んでの神様の最後の奇跡か?」
死んだ人間よりも遥かに少ない蝶たち。恐らくはBランクの冒険者たちが変わったのだ。
だが、その奇跡はビルに向かっていくことで、見る人の顔を強張らせていく。
ビルの屋上に鎧を着た5匹のゴブリンたちが立っており、そこに向かって蝶は飛んでいくと、ゴブリンたちに触れて消えていった。
「おいおいおい、ありゃなんだ? 嫌な予感しかしねーぞ。人間の魂を食べてやがるのか?」
「まさか………もしかしてレベルアップしているとかではないでござろうな………」
その様子を見て、ゴブリンたちを囮にした理由を推測して、皆が動揺を示す。もしもゲームのようにレベルアップしているのであれば………。たおされた彼らはBランクの凄腕だ。まずいことになる。
「いかんでござる! あのゴブリンたちをここで逃すときっとまずい未来になるぞ! 倒すんだ!」
「任せろよ、『プラズマビーム!』」
Aランクの冒険者が必殺の聖術を放つ。熱線が空間を切り裂き、ゴブリンたちに向かうが━━━命中する直前で、緑の障壁が生まれて弾かれてしまう。
そうして、ゴブリンたちは明らかにこちらを見て、可笑しそうにせせら笑う。真ん中に立つゴブリンが首をゴキゴキと鳴らして、鼻で嗤うと踵を返して去っていく。
「く、この魔物だらけの土地じゃ、もう追いかけられないぞ」
「そうでござるな………」
やけに人間臭いゴブリンたちが去っていき、馬治たちは悔しい思いをするが、その後に何度探索しても、そのゴブリンたちの姿を見ることはなかったのであった。




