29話 ヒーロー馬治
軽尾馬治は日本の誇る聖人である。そのランクは最高のSランク。世界で初めて悪魔を倒し、神の奇跡を人類にもたらした者。聖なる炎にて、魔物を倒し、人類を守る英雄。
ずっと馬治が求めていたものだ。力さえあればと。
自身の持っている学力は同年代の中ではズバ抜けているが、子供は時に学力よりも腕力が必要な時が多々ある。
単純に野球やサッカー、マラソン大会などの時。単に見かけが気に入らないから、気持ち悪いとイジメられている人を助けるとき。エトセトラエトセトラ。
将来は勝ち組だと言われても、今が大切なのだ。大人時代に思い返す子供時代の良い思い出が、楽しいはずの過去が悲惨で、勝ち組と言えるのだろうか? 少なくとも馬治は思わない。
それになによりも腕力が強ければ、自信を持って行動できる。陽キャの中に堂々と加われるし、かっこいい。運動で活躍するときの皆の尊敬する表情。人助けをした際の称賛。中でも人助けをした時の称賛を馬治は欲しかった。
小説やアニメの主人公のように、英雄となりたかった。わざとオタクキャラを演じて、古臭い今どきいないだろう拙者やござるを口調に使い、オタクだから、気弱でも仕方ないと、自身の気弱な心を誤魔化して、いつかチートな力が宿るようにと願っていた。
幼い子供のように。だが、そんな願いは叶わないとも知ってはいた。冷静な部分が現実逃避をするなと語りかけていたが、それでも、ダンジョンや魔物が出現する時代に生まれたのだ。その希望は捨てきれなかった。
そして現在━━━。馬治の願いは叶った。叶ってしまった。なにも苦労せずに、努力などしていないのに、ただ世界に願っていただけの男は強大な力を手にした。手にしてしまった。
しかし、喜ぶべきなのに、馬治は喜べなかったのだが。ヒーローとは常に命懸けであったのだから。
◇
ガタゴトと椅子が揺れて、乗り心地という言葉を忘れられた装甲車の中で、馬治はため息を吐く。吐いた分だけ幸せが逃げていくような気もするが、既に幸せなど無くなった馬治は気にすることもない。
「なんだ、Sランクのヒーローさんが、そんなに暗い顔をしてほしくはないね」
薄暗い車内で、隣に座るタングステンの鎧を着た男がからかってくる。以前はそこに蔑視の視線も含まれていたが、今は妬みが含まれていることが多かった。以前はその嫉妬が心地よかったが、今はまったく思わない。
「拙者はいつだって暗い顔でござる。なにせ、戦場が待っているんでござるからな」
「そんな暗い顔をすると、幸運が逃げちまうぜ? なに、ゴブリンの作った村を破壊するだけの簡単な仕事だろ。傷一つ負うことはねぇって。それよりも報酬で何を買うか考えた方がいいんじゃないか?」
「ゴブリンだろうと、ゴーレムだろうと嫌なものは嫌なのでござる」
「あんた、だいぶ噂とは違うな。もっと強気で、拙者の炎なら全てを焼き尽くす、とか調子に乗ったセリフを吐くと思ってたぜ」
男の言葉に他の人たちがウンウンと頷く。たしかにテレビのインタビューなどでは調子に乗っている発言をしていた。それは戦いを忘れるためであり、ヒーローである自身を称賛してほしいとの承認欲求からでもある。
だが、それ以上に国からの圧力だ。プロパガンダとして、馬治は使われている。聖人は強く優しくかっこいい。
━━━そして、魔物を簡単に駆逐して、高い報酬をもらえる夢のような職業、冒険者となろうと。
馬治は自分の容姿についてよくわかっている。正直、モテる容姿ではない。拙者やござるのオタク口調。そして、最近は戦闘続きで痩せてはきたが、それでもぽっちゃり体型であり、服装もアニメキャラがプリントされたシャツにジーパン。トドメに頭にバンダナをつけて、古典的なオタクキャラだ。ここまで揃えば、万人にモテるとは、誰も言わないだろう。
だがモテる。今の馬治は女に困らない。金目当てもいるが、人類の守り手としての馬治に優しい女性が尊敬や崇拝をしてきて、惚れてくるのだ。
それを見て、まだ冒険者になってない聖人たちは、あんな男がそんなに高報酬でモてるのならば、俺もなれるだろうと冒険者になる。
それがテレビなどに出演して露出の多い原因である。Sランクで見目麗しい少女や二枚目の男性などよりも露出が多いのは、ある意味下に見れる男が勝ち組にいるのならと、希望を持たせるためでもあった。
そこまでする理由はただ一つ。魔物退治の兵士がまったく足りないからだ。それならば無理やり徴兵すれば良いが、前線で兵士百人分、いや、千人分の活躍をする聖人は、あっという間に軍の英雄となる。そして、崇拝されるのも時間の問題だ。最後には軍は掌握されて、国を乗っ取られる。その例を隣国が見せてくれたので、政府はクーデターを恐れて、冒険者という志願制の組織を作り上げたのだ。
そして、今、冒険者の数は圧倒的に足りてない。聖人は千人に一人と言われているが、10万人の冒険者の中でも、実際に戦えるのは三万人程度、その全員が冒険者になっているわけではない。
志願制と宣言しているので、無理やりギルドに加入させるわけにはいかない。なので、Sランクの聖人と知らなければ、バカにされるだろう容姿の馬治が偶像となった。まったく笑えないことに。
「今回、治癒師は同行しているのでござるか? それなら少しは安心出来るのでござるが」
「はっはっ、面白い冗談を口にするんだな。あいつらが最前線に来るわけないだろ。今ごろ病院のVIPルームで病気の議員を治してるさ」
笑う男に周りも同調して苦笑する。仰るとおりでござる。聖人は様々な力に目覚めた。炎や氷、重力を操り、身体を金剛のように変え、竜に変化する者もいた。その中には人を癒す能力持ちも当然ながら存在したのだ。それを『治癒師』と呼ぶ。
しかし『治癒師』が戦場に来るわけがない。『治癒師』の数は、聖人の中でも千人に一人。その中でも使い物になるのは、3割。即ち300人程度しかいない。そして、その全員は、いや切り傷程度しか治せない残りの七割も戦場にはこない。
本来は魔物退治に加わり、回復役をするべく覚醒したのだろうに。
「あいつらはゲームの神父と同じさ。『おお、冒険者よ、死んでしまうのはなさけない』と嗤って、金持ち連中を治して大金を稼ぐんだ。危険とは無縁なところでな」
「だな。勇者、戦士、神官、魔法使いというゲームのようなパーティーは無理だったわけだ。奴らふざけやがって」
口々に愚痴を言い、治癒師を罵る冒険者たちだが気持ちはわかる。魔物との戦いは命懸けだ。回復をしてもらえればどれだけ心強いか。
だが、Sランクの治癒師は糖尿病、高血圧に腎臓病と不治の病気も癒せるし、Aランクでも、癌などを癒す。簡単な病や盲目や身体の欠損は治せるBランク。骨折や毒などは癒せるCランク。それ以下のランクでも手術にて、切り傷、即ち血管を切っても治せるのだ。手術にて、患者に負担をかけなくなるという意味がどれほどすごいかわかるであろう。なので、『治癒師』はどのランクでも需要があった。
そのため、冒険者たちは死亡率が極めて高かった。治癒師がいれば助かった者もいたはずなのに、彼ら治癒師はもっともらしく、一般人こそ治さなくていけない。差別などできないと宣って、大金を稼いで暮らしていた。
「今回のような仕事にはいてほしかったんでござるけど………」
フト思いだす。ある不思議な少年のことを。彼なら喜んで戦場に来てくれそうだと。奇跡の日に現れた少年はどんなに探しても見つからず、名前からも追うことはできなかったため、探すのは断念されたが。
「治癒師が一人いればなぁ。たしかに怪我を恐れずに戦えるよな」
「………あぁ、だが、ないものねだりをしても仕方ねぇぜ! おっと、そろそろ着いたようだぞ」
頷く冒険者に、他の冒険者が頭を振り、装甲車の揺れが止まり停車する。後部ハッチが開かれて、皆がぞろぞろと外に出ると━━━。
そこは朽ち果てた街並みだった。半壊した雑居ビル。壊れた家屋、木が窓から突き出したコンビニ。まるで数百年経過したような廃墟だ。アスファルトはめくれて土が覗き、植物が繁茂している。
「これは………なんでこんなことに!?」
「ミーティングで見てはいたが、こりゃなんだよ」
「やばい匂いがプンプンしやがるぜ。あれを見ろよ」
冒険者の一人が指さす先には平凡な一軒家だった家屋から伸びる蔦があった。植物の生長を見るための動画の早送りなどではない。ヘビのように蠢き、にょろにょろと壁を這って、家屋を絡め取るように押し包む。そして、ボコリと瘤が生まれると開いていき、毒々しい色の大花を咲かせるのであった。その花弁は牙を生やしており、カチカチと花弁は口のように開け閉めする。
家屋の蔭から飛び出して、蜂が現れてその花弁に噛みつく。スズメバチのように獰猛な牙を持ち、その身体は1メートルはあり、毒々しい花と格闘を始めるのであった。他にも植物の影や、ビルの隙間にカサコソと小動物が走っていく姿も見えた。
「ここはアマゾンかよ! こんなん聞いてないぞ!」
「アマゾンよりも酷いわ。化け物だらけの住処になってるじゃない!」
「………多摩区が消えているじゃないか。住人はどこに?」
その光景を見て騒ぐ冒険者たち。馬治もこのあり得ない光景に動揺していた。
後続に続く車両群が次々と停車し、冒険者たちが降りてくるが、やはり想像を超える光景に、困惑し騒ぎ始める。
「冒険者の皆さん、聞いてください! あの植物は調査したところ、ゴブリンたちが増える毎に広がっているのではと予想されています。そのため、今回はSランクの馬治さんを含めたS、A、B連合と軍の兵士合わせて200人での攻略となります。目標は未知のゴブリン。魔法を使い異形の植物たちを召喚していることを前回失敗した連合の生存者が確認しておりますので、そのゴブリンの討伐を最優先にお願い致します!」
自動小銃を肩にかけた軍の兵士が大声を張り上げる。その話を冒険者たちは知ってはいたが、まさかここまで早く繁茂しているとは思わず、空気がどことなく不穏へと変わっていく。
「では、出発します! 作戦通り各チームでの行動をよろしくお願いします」
軍の兵士たちが徐行して走り始める装甲車の横を歩いて進んでいく。
「ゴブリン………本当に少し変わったゴブリンなだけなのでござろうか………この防具、量産された鎧に見えるのでござるが………」
ミーティングで配布された写真を見て、写っているゴブリンの姿に訝しく眉を顰める。
そこには、その胸になにかの紋章が彫られた金属製の胸当てを着たゴブリンたちの姿があった………。




