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27話 グーマの農民たち

 グーマの名もなき村の住人の暮らしは悲惨なものだ。肥沃なる大地に、豊富な鉱石が埋蔵されている鉱山、さまざまな薬草が繁茂する森林に囲まれて、聞いた限りでは楽園のような土地に思える。


 だが実際は違う。住んでみなくても、この地に辿り着くだけで一目でわかる。辛うじて耕された荒地と変わらない田畑。村を守るはずの柵は壊れており、小兎一羽侵入することを防げない。村の家屋は木こりが狩りをする際に使う山小屋よりもボロボロの小屋だ。商店などはなく、鍛冶屋も存在しないため、鎌や鍬を直してくれるものもいないので、自前で修理をしているため刃は歪み、斬れ味などは欠片もない。


 村人たちは痩せ衰えて、穴だらけの服を着て、生きるために危険な森に入り、木の実などを採取して生きている有様だ。犯罪者が収容される鉱山の方が食べ物はあるに違いない。


 それが名も無き村。昔に開拓に来た金持ちの貴族が領都として作った時には数千人は移住してきたらしいが、今はたったの500人程度しか人口はない。見るところがあるとすれば、デュラハンが拠点していてもおかしくない領主の幽霊屋敷だけだった。この村に似つかない大きな屋敷だが、蔦は這い、雑草が生い茂り、ガラス窓どころか、木窓すらなく、風雨が入り込み、中は住める状態ではない。


 それが名も無い領都であった。


 今にもくずれそうな家屋の中の一軒で、老人が炭で作ったインクを指につけて木の皮に書き物をしていた。しわだらけの枯れた枝のような指で、真剣な表情で手慣れた様子で描き終わると、疲れを誤魔化すように息を吐く。そうしてしゃがれた声に魔力を込めて詠唱をする。


『カードに封印する。天から生まれ、地へと降り注ぐ雨となれ』


 木の皮が『力ある言葉』に反応して空中に浮くと淡い光を宿して、その形が変わっていく。適当に木から剥いだだけの木の皮がその形を綺麗に纏まり、トランプのような1枚のカードへと変わった。


「ふぅ、これで『水作成』のカードは必要分作れたかの」


 カードを手に取ると、机の脇に積んである同様のカードの上に置くと、ホッと一息吐く。額に浮いた汗を拭い、その手が僅かに震えていることに気づき、顔を暗くする。


「儂もそう長くはない………。そうなったらこの村はどうなるのじゃ」


 ギィと椅子が軋み、窓から外を覗く。窓の向こうには領主の屋敷がそびえ立っているのを見て、眉根を寄せて真剣な顔になる。


「今度の領主様は随分としっかりとした者らしいが………それでもこの地に耐えられるかのぅ」


 ここに来る領主は決まって左遷された者たちだ。着任時はこの村を立て直すと張り切るものもいる。しかしあまりにも悲惨な環境を理解して、だいたいは1年で逃げて、長くて3年、早いものは着任した次の日に逃亡する。そもそも領主が着任することも珍しい。10年に一度といったところか。その場合は代官が来るのだが、顔を見たことはない。山賊たちもこんな悲惨な村を襲っても旨味はないし、それどころか呪われそうだと忌避していることを老人は知っていた。


「だが、今回の領主様は幼いが、少し様子が変じゃ。あの幽霊屋敷を綺麗にするだけの余力はあるし、瞬間移動で運ばれてきたからの。侍女たちの数も多い」


 顎髭を触りながら呟く。領主様が来た日は大変だった。屋敷の上に瞬間移動の魔法陣が描かれて、すぐに領主様と大勢の侍女たちが飛んできたのだ。


 今までの領主は犯罪者が運ばれるような馬車に乗せられて、数ヶ月をかけて運ばれてくる。瞬間移動などという使用するだけで高い金のかかる魔法で運ばれてきた事など、長い人生の中でも無かった。しかもその侍女たちはさっさと屋敷を綺麗にしてしまった。普通なら修復に半年はゆうにかかるだろう屋敷をたった1日で修復したのには舌を巻いて驚いてしまった。


「今までの領主様とは違う………ということかの。しかし、それでもこの村は詰んでおる………」


 痩せた土地ならば、肥料や魔法で肥沃に変えれば良い。しかし、この土地は肥沃すぎるのだ。この土地を痩せ衰えさせるようにすれば、この村を作った価値もなくなるために、手が出せない。なので、作物を作ることは、階位の低い農民たちには無理であった。


 どうしようもない。それが階位35の『セージ』であるテッパンの解答であり、絶望の未来が敷かれている村の現状であった。


 ため息をつき、『セージ』の自分が死んだあとのことを考えて、ますます落ち込む。魔法を取得しやすい固有スキルを持つ『セージ』。家に置いてあった遺産たる魔導書を読み、魔法を学び、この村のために使ってきた。『セージ』は万能に魔法を取得しやすいが、その代わりに魔法に対するボーナスが無い。だが、その万能さから、この村では必須のものであった。


 しかし、『セージ』は今やこの村では自分だけだ。息子は『セージ』が職種一覧に表示されなかったために、『農夫』を選んだ。


 孫娘が12歳になるまでは、孫娘が『セージ』の職種が表示されるのを祈って、そこまでは生きてゆくと決意はしている。が、そこまで本当に生き残れるかは別の話であり━━━。


「おじいちゃーん。お仕事終わった?」


「おぉ、終わったぞ。どうした、じいじになにかようかの?」


 家にパタパタと元気な足音をたてて孫娘が入ってきたので、顔をほころばせる。5歳になる孫娘はその歳しては小柄で明らかに栄養不足であったが、それでもいつもよりも元気なことに安堵する。昨日、領主様が村の現状を知って、食料を分けてくれてからだ。


 カチカチの黒パンと燻製肉であったが、それでも貴重な食料だ。聞くところによると、倉庫の食料を全て振る舞ったらしいので、今日からの食べ物はどうするのかと不安もあるが、それでも孫娘の久しぶりの笑顔は心に優しさを取り戻させてくれた。


「うん、りょーしゅ様が来たの!」


 ニパッと花咲くような元気いっぱいの笑顔で話したくて仕方ないと、早口で言う孫娘のセリフに戸惑う。


「うん? また来たのかい? 早いな、なにかあったのかのぅ?」


 昨日、村を一回りして現状を知って帰って行ったのに、もうきたのかと首を傾げて、孫娘の手にしているものに気づく。なにか丸っこい物を手にしている。


「えへへ、これはね〜、今りょーしゅ様が配ってるんだお! どーなつ? っていうんだって! 甘くてサクサクのふわふわでおいしーの。シチリ、初めてこんなおいしーもの食べたの!」


 丸いものはドーナツというらしい。昨日、黒パンと燻製肉をおいしーねと笑顔だった孫娘のシチリは、昨日よりもおいしいよと、ぴょんぴょんと飛び跳ねて、小兎みたいに可愛らしい。


「おぉ、そうかい。まだ領主様は食料を持っておったのか。優しいのは良いことじゃが、領主様の食べ物は大丈夫なのかのぅ」


「だいじょーぶだよ、たっくさん食べ物あるんだお。ほら、おじーちゃんも来て来て!」


 手をグイグイと引っ張ってくるシチリに、苦笑しながらテッパンもついて行く。


「あぁ、よしよし、そう急ぐでない。皆も食料の貴重さはわかっておる。奪い合うことはないぞ」


 恐らくは残りの食料も配給することにしたのだろう。天使のような顔立ちの少年は心優しそうであった。実際に優しいのだろう。なぜこの地に送られてきたのかわからない。推測するに高位貴族の私生児といったところだろうか。きっと罪を犯したわけでもなく、あの美貌も目障りで追放されたに違いない。


 そうして、今にもスキップしそうなご機嫌なシチリについていき━━━ぽかんと口を開けて唖然としてしまった。


「このいんすたんとらーめんとかいうのは、なかなか美味いな!」


 袋から麺の塊を取り出してガリガリと齧る男性が、ボロボロと欠片を零しながら笑顔で言う。


「それ、お湯で茹でると書いてない?」


「食べられるから大丈夫だろ。この粉を後から食べれば、味がつくぞ」


 袋を見ている人にワハハと笑い返しても、再び齧る。その隣では凍った肉とスープの板をカリカリと噛む女性。


「この牛丼という冷たいお肉もおいしいわよ。ガリガリするけど肉の味がするわ」


「それもお湯で茹でるって……でんしれんじって、どんな魔導具なのかしら?」


 村の広場で村人たちが集まっており、木には見えない茶色の箱から食べ物を取り出して、夢中になって食べていた。


 見るとその箱は山と積み重なっており、その箱全てに食料が入っているのならば、村人全員が腹いっぱいに食べられる量だ。


「こ、これはいったい? どこからこれだけの食料を!?」


「りょーしゅ様が持ってきてくれたの! このどーなつもりょーしゅ様がくれたの!」


「そうなのか! うむ、それはありがたいが……主ら食べるのをやめよ! 大事に食べれば一ヶ月は持つぞ!」


 大量の食料は素晴らしいことだ。だが、食べればなくなるのだから、節約しなくてはとテッパンは慌てて、夢中になって食べている村人たちを止めようとする。


「いえ、大丈夫ですよ、テッパンさん。これはほんの一部。この量を一日分として、一ヶ月分はありますから」


 後ろから鈴を奏でるような声が聞こえて、慌てて振り向くと、領主様がニコニコと笑顔で立っていた。その隣にはどーなつというものを口に咥える幼女と、死んだような目で赤茶色の棒を齧る少女。


「これだけの量を一ヶ月分ですか?」


「えぇ、とりあえず餓死を防がないといけませんからね。あぁ、その先も食料を供給するつもりですのでご安心を」


「おぉ………ありがとうございます、領主様」


 本当のことを言っていると、領主様の裏のない無邪気な笑顔から理解する。


「貴方もたくさん食べてください。この粉をかけて食べると味がついて美味しいです。このいんすたんとらーめん」


 袋をペリッと開けて渡してくれる麺の塊を齧る。ガリガリと硬いが味があり食べられることに、身体が喜び、感動から自然と膝をつく。


「あぁ、領主様。これだけの食料があれば生きていけます。孫娘もこれで安心出来るでしょう」


 予想以上にこの領主様は良い人だと、テッパンは涙する。もしもこの食料が最後の配給となっても、一生感謝しようと、テッパンは心に誓うのだった。


「領主様、私はキャラメルマキアートをお願いしたんですが………」


「麩菓子でしょ? ちゃんと覚えていたから安心してよ」


「一文字も合ってませんよ! 最初から覚える気がありませんでしたね! たしかに麩菓子も美味しいですけど!」


「懺悔をしたから神様は許してくれたよ」


「懺悔は禁止にします。聞こえなかったふりをするので、もうその手は使えませんからね」

 

 侍女が何か文句を言っているが、感動しているテッパンには関係なかったのだった。


 ━━━その後、いんすたんとらーめんは茹でたほうが美味しいとわかるのだが、それは別の話である。

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― 新着の感想 ―
インスタントラーメンを生で食べる。 40年ほど前の杉並区のとある小学校では『ポリポリ』と言っていましたよ。 田舎からの転校生だった自分をからかってるのかと思ったら本当に食べていたので驚いたことを思い出…
もはや女神であることを1mmも隠してなくて草
まじで袋麺にスープの粉かけて食べてる人いたなー。
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