26話 冒険者ランクと僕
「ランクはその人の強さを表しています。Sが最高で、ABCDEとランクが変わるんです。そして………マセット君はEランクでした」
「はぁ………まぁ、階位1だから当然かと。これから鍛えていきますから大丈夫ですよ」
当たり前でしょと答えると、ますます気まずげに、悲しい顔になると受付嬢は僕と目を合わせて言う。
「マセット君………聖人の能力は固定されているの。だからね、Eランクは永遠にEランクなのよ。例外的に再覚醒でランクが上がる人がいると言われているけど、あれはデマなの。元々強い人が検査時に立会人を買収して誤魔化していたというのが本当のところなのよ。残酷だけど………ローズさんにも告げたことがあるけど、冒険者は辞めたほうが良いわ。貴方のためなの」
ふんふん、なるほどね。
「ここらへんで、持ち帰りで美味しいお土産を売ってるお店を教えてもらえないでしょうか?」
「私の話聞いてたぁ?」
ごめんなさい、天丼をしたけど、よくわからないよ。階位が上がらないなんて聞いたことがない。この国はおかしなところだらけだ。
ローズさんは僕の力を目の当たりにしているから、うろんげな目つきで黙っている。ふむ、この疑問は後で確認するとしよう。ここでは目立ちすぎる。
「わかりました。気をつけて冒険者をしますね。僕はこれしかお金を稼ぐ方法を知らないんです」
「クッ、なんて健気な………泣けてくるわ。本当に気をつけるのよ? 絶対に簡単な依頼しか受けちゃ駄目よ? 依頼を受ける前に私に確認すること。いいわね?」
「わかりました。ご忠告ありがとうございます」
「えぇ、約束だからね。こうなったら早く結婚して養子申請が通る環境にしなくちゃ。明日の合コンは気合をマシマシにするわよ!」
目頭を押さえて哀しむと、気合を入れて眼光鋭く天を睨むという百面相の面白い受付嬢でした。
そうしてしばらくは冒険者がいかに危険か、素行の悪さを延々と教えてもらい数時間後━━━。
「確認が取れました。第八区あのサ59の6地下駐車場のゴブリン駆逐は一匹もゴブリンが確認されなかったので、完了といたします。こちらが報酬です」
ようやく調査員の確認が終わり、受付嬢さんが何か紙の束をカウンターに置く。そして、誰にも聞こえないようにヒソヒソ声でローズさんに紙束を押し付けてくる。
「気をつけてくださいね。この依頼が高額なのは知っている人は知っているので。帰り道気をつけてください」
「わ、分かりましたわ。さ、マセットさん、強盗なんか現れない。と言えたのは半年前まで。今は治安も悪化してますのよ。場所を移して、報酬を分けましょう」
「分かりましたわ。それでは参りましょう」
「口調は真似しないでも良いですわよ!」
ちょっと怒ったローズさんに引きずられて、僕はこの魔塔の上の階層に連れられていくのだった。
でも、いかにも大金を持ってますと、体を丸めて大事に紙束を抱えて歩くのはマズイと思うんだけど。
◇
「で、どういうわけですの?」
「どういうわけ、とは?」
「あ~ちゃんはね〜。チョコレートパフェにしゅる!」
「ロロはこの人参グラッセ多めのハンバーグにするうさ」
「ですから、あなたがEランクの理由ですわ」
「理由ですか?」
「それとね。うんとね、ジュースも頼んでいい?」
「オレンジジュースを頼むうさよ。店員さーん」
「ちょっと静かにしてもらえないでしょうか!?」
バンとテーブルを叩いて、ローズさんが怒るのでした。でも、高級な作りの喫茶店に連れられてきたんだから、あ~ちゃんたちがはしゃぐのも無理ない。このメニュー表の絵はかなり精巧だね。僕はミックスサンドにしようかな。
幼女とうさぎを黙らせるには、美味しい食物が一番で、結局料理が来るまで、雑談で終わって、ようやくモキュモキュ美味しそうに食べているあ~ちゃんとロロが静かになったので、会話再開。
「で、なぜEランクですの?」
「それはこちらが質問したいところですが、その前に報酬を頂けるでしょうか?」
まずは金銭の授受を終えるべきだと思うんだよね。ローズさんは少しムッとするが、周りに見えないように気をつけながら手渡してくる。
「紙束………もしかしてこれがお金ですか?」
カードでやりとりせずに、紙束を出してきたときから変だとは思ってたんだ。精巧な絵が描かれた紙束に数字が書いてある。大天使様が発行する天貨ではない模様。他の通貨なんか生まれて初めて見たよ。
僕が物珍しそうにお札をめくるのを見て、ローズさんの目つきはますます鋭くなり、その口調は固くなる。
「………マセットさん。貴方は日本人ではありませんわね? どこの国から来ましたの? そして、なぜあれだけ強いのにEランクですの?」
ふむんと、僕はミックスサンドをかじりながら、どう答えようか迷う。どうもこの国は変だ。迂闊なことは口にしたくない。
「僕がどこの国から来たかを教える意味があるのでしょうか? ハンターとは放浪するもの。西に金の匂いがすれば飛んでいき、東に珍しいアイテムの噂が流れれば駆けてゆく。そんな風来坊がハンターというものです」
「その言い方だと、単にがめついだけに聞こえますわ」
「………北に助けを求める声が聞こえたら歩いていき、南に戦争の気配があれば、平和を祈るのがハンターなんです」
例えを間違えたよ。
「はぁ〜………教えてくれないことは分かりましたわ。で、ランクが低い理由は教えてくださいますの?」
頬杖をつき、ローズさんは深くため息を吐いて、店員が運んできたジュースを飲む。その様子を見ながら、今度は僕がお願いをする。
「その前に僕もお願いがあります。ローズさんのステータスを見せて頂いてよろしいでしょうか?」
「ゲームではありませんし、そんなことができるわけが………できるのですね? そ、それならこちらからお願いしますわ。ランクが上がる方法がわかるかもしれませんし」
身を乗り出し、乗り気なローズさん。懸命にハンバーグと格闘しているロロに僕はアイコンタクトを送る。ロロはむぅと鼻をスンスンさせるけど、すぐに鑑定魔法を使ってくれる。
『ノックノック。うさぎのノック。お家を見せてくださいな。ほら、可愛らしいうさぎが訪れてますよ』
『赤野ローズ:階位5(聖なる祝福により固定)』
「固定!? そんな呪いが、いや、祝福? 祝福だと何をしても絶対に解けないぞ?」
結果を見て、思わず唸ってしまう。祝福と表記されているけど、内容は呪いだ。階位を固定させる祝福なんか聞いたことがない。なのに解除する方法がない。なぜならば祝福は良いことだからだ。
「どうですの? わたくしのランクが上がる方法は分かりまして?」
「あ~………えっとですね。その言いにくいのですが」
「かいしゅーすれば、祝福はきえりゅよ」
あ~ちゃんがパフェを食べながら、何気ない口調で口を挟む。………そうか、そういうことか。
(祝福とは、信仰している神や天使から与えられるものだ。もしも他の天使に信仰を鞍替えしたり、神への祈りを止めたりすると、与えられた祝福は取り消される。そして、明らかにこの国の神様は僕たちの信仰する唯一神ではない。となると、僕の神様に改宗すれば、祝福は消えるだろう。………他の神ってなんだろうという疑問はあるけどね)
祝福の解除方法はそれしかないだろう。でも、せっかくの祝福を消しても良いのだろうか? 一見祝福には見えないが、もしかしたら隠れた良い効果があるかも………。ローズさんに判断はぶん投げよう。自身のことだしね。
よし、決めた。
「とりあえず、その情報はおいておいて、食料の買い付けはこの金額でどれくらいできますかね?」
「え~と、教えてくれませんの?」
「信用できると思いましたら、有料で教えたいと思います」
「信用………まぁ、当然ですわね。有料とはいくらなのでしょうか?」
ニコニコと微笑む僕の優しい表情に、諦めたように嘆息するローズさんだが、しっかりと金額を聞いてくる。
心苦しいけど、ここは我慢だ。お人好しの僕だけど、ここで教えて良い結果になるとの確信はない。なので有料にした。
「金額ではありません。ローズさんも見抜いたとおり、僕はこの国の者ではありません。ですので、有形無形の形で僕を手伝ってほしいのです」
「手伝えばランクを上げる方法を教えてくださいますの?」
「可能性の問題で、確実とは言えませんが、それでもよければ」
「………ん〜。分かりましたわ。悪魔に魂を売るような狡猾な感じもしますが、その契約受けましたわ! わたくしだけレベルアップして、馬鹿にしてくれた他の者たちを見返しますの。ふふふふふふ」
昏い笑みをしながら、契約をしてくれるローズさんだけど、悪魔とは酷いなぁ。僕はこんなに善人なのに。
「では、最初のお願いです。このお金でどれくらいの食料を買い付けできるか教えてください」
「えぇ。よろしくてよ。わたくしも買い物をしたいと思いますし。これだけの大金が貰えましたからね」
ジュースを一気に飲み干すと、不敵な笑みでローズさんは立ち上がる。
「あ~ちゃん、このふりゅーちゅパフェ追加お願いしまつ」
「お腹壊すからだーめ。それに夕食も食べられなくなっちゃうでしょ」
その後、あ~ちゃんを説得するのに時間がかかって、また座ったりしたけど。
◇
━━━食料は大量にありました。大きな倉庫全体がお店になっている斬新なところだった。
「節約するには、会員となってソウトコで食料を大量に買うのが一番ですの」
「会員制ですか。貴族様しか入れないサロンみたいなものですね。ふわぁ〜、圧倒されます」
「あ~ちゃん、ここからここまでのお菓子買う〜」
「ロロはこの人参全部買ううさ〜」
「ふふふ。ここは何でもありますから、お好きに選んでください。わたくしも久しぶりにお肉を買いますわ」
「なんでもあるんですか。ほぉ~。それじゃ僕は外を走る馬を使わない魔導馬車が欲しいんですけど」
「あれは免許が無いと運転できませんから、諦めてくださいませ」
なんでもはなかったらしい。少し残念だったけど、大量の食料の買い付けに成功したのでした。まる。