25話 冒険者ギルドと僕
雑踏の中を歩く。すれ違う人の中には武具を装備した人や、以前強力な魔法を放っていた緑の服を着ている魔法使いもいる。しかも馬が引っ張ることもなく、馬車が走ってもいる! そのせいで騒がしい。
「しかし、この街って騒がしいですね」
「うるしゃいよね〜。あ~ちゃん疲れちゃった。おんぶして?」
僕の背中に飛び乗ると、あ~ちゃんがグテッと顎を肩に乗せてくる。どうやら早くも疲れちゃった模様。幼女は体力がないのだ。遊んでいたら急に倒れ込み、スヤスヤと寝ちゃうのだ。ロロも僕の頭に乗っかって、体を丸めて寝る。少し魔法を使いすぎたかな。
「なんというか、写真に撮っておきたい癒しの光景ですわね。それにしても騒がしいということには賛成ですわ」
苦笑交じりにローズさんが向ける先には大勢の人々が集まっていた。壇上に立つ老人がなにやら叫んでいる。
「冒険者たちは国が管理運営をしていくべきである。聖人として覚醒した者たちは、全員徴兵されるべきだ!」
「そうだそうだ」
「冒険者だけ、罰則を強化しろ〜」
「あいつらを前線に立たせて、魔物討伐税を無くせ〜!」
何やらデモをしてるぽい。聖人ってなんだろ?
「徴兵制なんて馬鹿なことをいうものが未だにいますのね。隣国が徴兵して、Sランクの聖人を中心とした軍が挙兵して、あっという間に分裂してしまいましたわ。領土が広くて人も多くて、それなのに連絡が取れなくなったからという理由はありますけど、軍に聖人を置いたらどうなるか、全ての国が理解したはずですのに。スーパーヒーローみたいに国に数人なら抑えられるかもしれませんが、千人に一人では多すぎて制御は無理。今の冒険者ギルドのように自由にさせるしか方法はありませんもの」
騒ぐ集団を見ながら、皮肉げに腕組みをして語るローズさん。ふむふむ、そういうわけか。
「なるほど、ここらへんで持ち帰りできる美味しいお土産ってありませんかね?」
長い説明なのはわかったよ。
「わたくしの話、聞いてましたぁ?」
少し怒って叫ぶローズさんだけど仕方ないんだ。
「もちろん聞いてました。でも、つまらない話は右から左に流れていくという病気を持っているんです」
話が長いよ。もう少し面白い話をしよう? とりあえずお土産を探しておかないとね。
「まぁ、冒険者たちに支払う報酬が国の税金から出ることになり、税金が高くなっているのは分かりますけど、命がけだからこそですもの。報酬が高くなかったら、誰も彼も積極的に戦うことを止めて、この国は魔物だらけになりますわ」
「…………国が報酬を出してるんですか?」
次いでのローズさんの話に、ピクリと眉を動かす。全部国がお金を出してるのか?
「えぇ、だって魔物なんかお金にならないでょう?」
「んん? ドラゴンや魔石はどうするんですか? それに弱い魔物でも素材価値があるものはいます。それらを商人は買わないのですか?」
ドラゴンは武具に、魔導具に、ポーションにと捨てるところのない素晴らしい素材だし、魔石も魔導具の万能素材だ。それなのに商人が買わない? 動きもしないカカシのようなレッサートレントの木材だって見習い魔法使い用の杖の素材として売れるんだぞ。
「ドラゴンなんか見たことありませんわ。そんなの都市伝説でしょう? 最強はギガゴーレムですわね。それに魔物は少しは企業が研究用に買ってますけど、殆んど研究は進んでおりませんし、ゴミとなってますでしょう? だから国が報酬を出すしかありませんの」
ギガゴーレムが最強とはこの国は平和なんだなぁ。リンボ帝国では狩られすぎて、倒す順番を決めているのに。あいつは殴ってくるだけなのに、階位が高くて、ちょうど経験値稼ぎの狩りにピッタリの魔物なんだよね。
「へー、ソウイエバソウデシタネ、ワスレテマシタ」
ほー、へー、ふ~ん。この国は魔物の研究が進んでないのか。そうか、それならゴミは僕が引き取ってあげようかなぁ。心優しいマセット君はゴミの片付けもするのだ。そういや、魔石化も知らなかったな。それに以前出会ったあかねさんたちがダンジョンは25年前に生まれたって………。
もしかして魔物の取り扱いについて、かなり遅れているのか?
ふむふむ、そうなると僕の持っている常識はとんでもない価値があるものとなる。
ならば僕の次の行動は決まったね。
この国に混乱をもたらさないために、情報は秘匿しておこう。お人好しのマセット君は混乱を求めないのだ。
「そういえば、魔石がなんとかって」
「僕の能力は倒した敵を石に変えるんです。つまらない能力なので内緒ですよ。この石は僕のメモリアルとして、コレクションしてるんです」
魔石? 知らないな。もしも魔石の力が知られたら大変なことに━━━━うう~ん、待てよ? やっぱりありえない話だ。神様は何をしてるんだ? 絶対に神託をしてるはずなのに。
なにせ職種を選ぶ能力を与えてくれた神様が、魔石化や魔導具の作り方も教えてくれたんだからね。
それに本当に素材にならないのかなぁ。アイアンゴーレムは溶かせば鉄になるし、素材そのまんまな魔物って結構多いぞ。突撃マグロとか、マジシャンコーンや空飛ぶ豚とかね。国に隠されていそうだなぁ。
「到着しましたわ。冒険者ギルドですわよ」
「はぁい。今行きます」
考え込んでいる間に、ハンターギルドに到着したらしい。慌てて建物に入るローズさんを追いかけるのであった。
◇
「ここが第八区冒険者ギルドですわ」
ローズさんに案内された建物はハンターギルドにしては綺麗な建物だった。酒場が併設されているわけでもなく、魔物の買い取り所もない。なので死骸の血なまぐさい臭いもしないし、酔った荒くれ者もいない、平和そうな建物だった。
「第八区?」
「えぇ、半年前までは23区に分けられてましたが、火山や氷原地帯へと土地が不自然に変わってしまい、放棄した区が出てきたので暫定で名前を変えたんですの。正式名称が何になるかは、国会の暇つぶしに相応しい案件として残ってますわね」
なにかよくわからないけど、ここがハンターギルドらしい。本当にハンターギルドなのかな?
『親分、さっきからローズは冒険者ギルドって、言ってるうさ』
『だよね。もしかして別の組織かも。大天使直轄のハンターギルドではないかもしれない』
思念でこっそりとロロとやり取りしながら、ローズの後をついて行く。そして、すれ違うハンターたちが持つ武具にさりげなく目を向ける。
(結構魔力を持っている人すらも、魔力の籠もっていない、雑な武具を装備してるな……あれで能力を発揮できるのか?)
どんな職種でも、有効な武器を持たないと真の力は発揮できない。剣術なら剣を。魔法なら杖を。そうしないと魔力の消耗は激しく、それでいて、威力は激減する。正直信じられない。
例外は、『着火』や『光球』、『挑発』や『鑑定』など、一般には支援魔法とも生活魔法とも言われる魔法くらいだ。攻撃魔法などは、杖や魔法の発動体がなければ使わないほうが良いくらいくらいに弱い。
(この国はよくわからないな……。あの鉄の魔導具を使う精強な魔法使いがいたりするのに、ハンターたちは玩具を装備している。その力がチグハグだ)
疑問が次から次へと湧き水のように湧いて出てくるが
「マセットさん、あなたは冒険者証明書を持ってますの?」
とのローズさんの声に思考の波に攫われて溺れそうなところを正気に戻す。どうもローズさんが僕を見る目が怪しい。なにか変だと思ったらしい。迂闊な会話をしてから、当然か。僕は嘘がとても苦手で、なかなか嘘をつけないから仕方ない。
「あぁ、失くしてしまいました。再発行は可能でしょうか?」
ハンターカードは見せないことにして、笑みを浮かべて受付につくと、まだ20代前半くらいの受付嬢がマジマジと穴が開くんじゃないかというほど見つめてくる。正直怖い。
「え~と、この子が助けてくれたんですか? ローズさんを? へんてこなゴブリンから?」
「えぇ、そうですわ。それと地下駐車場の依頼は終わりました。西屋さんたちは全滅してしまいましたが。確認の調査員を送ってくださいませ」
「わ、わかりました。でもゴブリンに殺されてしまいましたか………最近多いんですよね、魔物に冒険者が殺されること。なにか以前よりも魔法を使う魔物が多くなっているみたいなんですよ」
物騒ですよねと、受付嬢は話しながら紙になにかを書いて、他の職員に手渡す。たぶんあの場所置き場を見に行くんだろう。少し嫌な顔をすると職員は去っていった。
「では、冒険者証の再発行をするね。お名前と生年月日、年齢を教えてくれるかな?」
「マセット・グーマ男爵。生年月日は知りません。年齢は12歳です」
「だ、男爵? その歳なら厨二病でもおかしくないか………。生年月日は分からないと。え~とそれなら12年前の今日にしておくね。それと12歳女性と」
「あぁ、僕は男性です」
「え!? 男の子だったの?」
「そうでしたの! てっきり少女かと思いましたわ。それに12歳って、聖人として見かけが変わった合法ロリではありませんでしたのね」
2人とも驚きの顔になるが、ウ~ン、これは慣れないといけないかもな。顔立ちが良すぎるのも問題か。
「それじゃ男性と。にしても若すぎね。冒険者は聖人になれば何歳からもOKだけど、それでも君は若すぎる。ご両親の許可は貰ったの? 学校は?」
「両親は魔物に襲われて亡くなりました」
数十年前にね。
「学校はもう行ってないです」
帝都大学を卒業したのは遥か昔だなぁ。
「今はロロと妹分のあ~ちゃんとあてのない旅をしてます」
日帰りで、あてのない旅行をしてます。夕方には帰る予定です。
正直に話す清廉潔白のマセット君だ。でも、2人とも暗い顔をして黙ってしまった。
「そ、そうだったんだ……ごめんね、辛いことを聞いて。この聖石に触って貰えるかな? きっとマセット君なら、良い結果が待ってると思いますよ」
一抱えもある大きさの水晶をゴトンとカウンターに置いて、なにやらふんふんと気合を入れる受付嬢。ローズさんも目が合うとコクリと強く頷くので、意味がわからない。
まぁ、触ってみますかと、手を添えると、水晶の中心が蛍のように輝く。光はそれ以上明るくはならず、小さなままだった。
「マ、マセット君。気をたしかにして聞いてね……」
沈痛な顔で、受付嬢は僕の手を握って包み込むとゆっくりと告げてくる。
「マセット君のランクはE。最低ランクです………」
へー、そうなんだ。ところでEってどういう意味?