24話 元お嬢様と僕
「ゴブリンの巣の駆逐依頼でここに潜ったのですか!?」
清廉潔白なお人好しのマセットこと、僕は助けた少女から、なぜここにいたかを聞いて驚いた。どうりで新米ハンターのはずだよ。
「えぇ、そうですの。依頼内容にしては法外な報酬でしたので、皆でここに来たんですわ」
「それは………不幸なことでした。ここはゴブリンの巣なのではありません。ダークゴブリンの巣です。ちなみに報酬はおいくらほど?」
落ち込んだ様子で顔を俯ける少女の言葉に少し興味が湧く。
「たしか……五百万でしたわ」
が、呆れてしまった。報酬高すぎます。どう考えてもゴブリンの巣駆除の報酬じゃない。
「それは相場の5倍以上です。恐らくは依頼主はただのゴブリンとは思っていなかったに違いありません。貴女も怪しいと思うべきでした、えぇと?」
「失礼しましたわ。わたくし赤野ローズと申します。命を助けていただき感謝の言葉もございません。どうかローズと呼んでくださいませ」
生まれが良いことを示すように、上品な所作で頭を下げてくれる赤野さんに少しだけ、年の功としての忠告をしておく。
「赤野様ですね。ハンターギルドが紹介するのは悪意のない依頼です。ですがそれが善意の依頼とは限りません。故意ではなくても、新米ハンターなら全滅確定の依頼はたくさんあるんです。裏があるのもね。受付の人にこの依頼は大丈夫か確認するのをこれからはお勧めしますよ」
いかにも貴族様という感じなので、名前呼びはやめときます。碌なことにならないのでね。
さて……どうやら大勢でこの巣の駆除にきたらしいけど、赤野さん以外全員お亡くなりになってる。戦闘音を聞いて地下四階のダークゴブリンを片付けたあとに来たんだけど遅かった。新米ハンターのパーティーだと知ってたら急いだんだけど、普通は手慣れたハンターたちが狩りに来たと思うからね。僕もそう思ってたから、死体だらけの光景に酷く驚いちゃったよ。
ふむ、そうか………五百万天貨か………。結構良い報酬だね……。
「どうでしょうか。ここは9対1で僕に依頼を引き継ぎませんか? もちろん僕が1です。ダークゴブリン程度なら片付けられますし、既にこの階以降は僕が殲滅しておりますので、それほど時間もかからないでしょう」
亡くなったパーティーのためにも、ローズさんを手伝わねばならないだろう。善意あふれるお人好しのマセット君なのだ。
「そんな! わたくしはまったく役に立ちませんの。それなのに9割も貰うなんてできませんわ!」
「いえいえ、仕事の成功報告は受託した人しかできませんし当然です」
僕の提案に慌てふためく赤野様だけど、仕事に横入りするのだから、これくらいは当然だ。僕がお人好しすぎると周りからは言われることがあるけど、僕の矜持なんだよね。
「でも、赤野様の救助料金、外までの護衛料金、使った魔導具の修理代諸々を計算すると400万ほどの金額になりますので、それで満足しますよ」
僕って本当にお人好しだなぁ。
「あ~……そういうことですの……わかりました。お引き受けしますわ。それとローズで結構、赤野様と次に口にしたらこの依頼、キャンセルしますわ」
「畏まりましたローズさん。それではハンターマセットの雇用誠にありがとうございます。ご期待に応えられるように誠心誠意頑張りたいと思います」
なぜかうろんげな目つきとなるローズさんに、僕は心からの笑みを見せて、依頼を受けるのだった。
もちろんハンターたちの死体は隅に集めておいたよ。後でハンターギルドが回収に来るでしょ。
◇
ダークゴブリンの駆逐というが、ベテランハンターにとっては簡単なことだ。
『ぴょんぴょんうさぎ、もふもふうさぎ、美味しい匂いが漂うよ。ほら、覗いてご覧』
ロロがぴょんぴょん飛び跳ねて可愛らしいダンスを披露する。と、そこら中からダークゴブリンの鳴き声が聞こえてきて、ダダダと駆けてくる。その目には餌となるうさぎしか入っていない。
ロロの得意魔法『挑発』だ。美味しそうなうさぎを前に、知性のない獣はだいたい引っかかる。知性があってもゴブリン程度なら引っかかる。なので、あ~ちゃんは隣では踊らないように。楽しそうなのは分かるけど、ダンスは後でにしようね。
「ほっ、やっ、ていっ」
後は無防備に駆けてくるダークゴブリンたちを一撃で倒していく簡単なお仕事です。一撃に耐えられると正気に戻り、僕に向かってくるが、そんなミスを僕はしない。確実に首を切り落とし、息の根を止めていく。
死体が増えていき魔石へと変わっていく。それを見てトテテとあ~ちゃんが駆け寄ってきて、お目々をキラキラさせて魔石を持ち上げる。
「あ~ちゃんもお手伝いしゅるよ〜。真っ黒黒石どーこだ。これかな〜これかも〜」
良い子のあ~ちゃんは、お手伝いとして魔石を集めてくれるけど、黒い魔石以外はポイポイと投げ捨てちゃうので、もう少し集めて欲しいなぁ。
「あの……マセットさん?」
「はい、なんでしょう」
横を通り過ぎようとするダークゴブリンの首元に氷華を振り下ろしながら、ローズさんに顔を向けると、なぜか引き攣った顔だ。
「なぜに、魔物の死体が石に変わっているのでしょう? もしやマセットさんの能力は敵を石に変えるんですの?」
「石化能力の持ち主はだいたい自爆するのでお勧めしませんよ。これは魔石化です。神様に願えば魔石に変えられるでしょう?」
魔石化はオンオフ自由だ。時折誤って魔石にするのを忘れて、苦労して倒した魔物の死骸を前に泣く事があるので、基本ハンターは魔石化をオンにしている。これはハンターギルドに入れば、最初に教えられるのに知らないとは変だな?
「それと………あのうさぎは聖獣ですの? 言葉を話してますけど」
ぴょんぴょんと飛び跳ねて踊り狂うロロを指さすローズさん。その言葉に思わず苦笑してしまう。新米ハンターにありがちな勘違いだね。
「ロロが聖獣? あはは、まさか。あれは使い魔ですよ。聖獣というのは、マンティコアやスキュラやケルベロスのことを言うんです」
ロロは特別な儀式魔法で、僕の魂の一部を使用して作る使い魔だ。僕が死なない限り彼は死んでも復活できるし、僕のステータスと魔法の一部を使うこともできる。その上、使い魔として特殊魔法も使える優れものだ。なによりも給料がタダなのが良い。
「ロロが聖獣と思うなんて、見る目あるうさ。後で人参ブロックあげるうさよ」
長耳の地獄耳のうさぎが、ローズさんの言葉に嬉しげに喜んでいる証をあげようとする。新米ハンターの勘違いに喜び過ぎだよ。
苦笑しながら僕はダークゴブリンたちを倒していき、数時間後、地上の光を見るのであった。革袋にはたっぷりのダークゴブリンの魔石を入れて。
無事に恐るべきダークゴブリンの巣から脱出できたことに、神への感謝を。思いがけない報酬にも感謝を。なんとかかんとかを必ず買って帰ります。
それにしても………。
「以前に来たときとは違いますね。これが本当の日常風景ですか」
外では、馬車置き場であった血なまぐさい戦闘があったことなどまるでなかったかのように、大勢の人々が忙しなく練り歩き、誰も彼も騒いでいないのに、どことなく落ち着かない騒然とした空気であった。
僕たちを見て、チッと舌打ちする人や忌々しそうに見てくる人がやけに多い。なんでだろ?
「マセットさんはまるで久しぶりに東京に来たようなことを仰るのですね。その次は今日はお祭りですかと、尋ねてきたりもします?」
「そこまでではありません。帝都も市場ならこれだけの人がいますし、確かに人は多いなぁとは思いますけどね」
クスクスと笑うローズさんへと口を尖らせて反論する。なんか田舎者扱いされたようで悔しかったからではないよ。本当だよ。
「でも、本当にありがとうございます。こうやって平和な光景をみられるのも、マセットさんがわたくしを助けてくれたお陰ですわ。本当に死ぬかと思いましたもの」
感謝をしていると。柔らかい微笑を浮かべた後に、顔が暗くなるローズさん。
「でも西屋さんたちが死亡してしまったのは残念でしたわ。正直、全然悲しくはないですが、それでも一応はパーティーでしたもの」
「ハンターは昨日の友は明日に会えぬとの言葉があります。ハンター仲間が死ぬのは日常茶飯事なので、あまり引きずらないようにした方がよろしいでしょう。許してほしいことがあったら、神様に懺悔すればよいのです。お土産のなんとかかんとかの名前ってなんでしたっけとか」
お土産の名前忘れたよ。ごめんなさい神様。許してください。でも懺悔したから許してくれると思うんだ。
「そうですわね。というか、よくよく考えると西屋は残念がる価値もありませんでしたわ。あのゲスは私の身体目当てでしたし」
僕の慰めに、ローズさんは俯けていた顔をあげると、ケロリとした表情で言うのでした。まぁ、そういうハンターも大勢いるよ。切り替えって大切だよね。僕も見習って、お土産の名前を忘れたことを悔やむことを忘れよう。
「では報酬を受け取りに参りましょう。参加パーティーは全員名前を載せてますの。だから報酬を問題なく受け取れるはずですわ」
「ありがとうございます、ローズさん。僕への報酬はほんの心付け程度。1割程度でいいですからね」
「その代わりに護衛料金諸々取るんでしょう?」
なぜかジトメのローズさん。よくわからないけどニコリと微笑む。
「それはそれ、これはこれというやつです」
気弱でお人好しなマセット君は心苦しいけど、ハンターの流儀に従って、報酬はしっかりと貰わないといけないんだ。そうしないと、高い報酬で命を賭けて護衛をする人たちの行いを無にするからね。本当だよ。
「はぁ〜。マセットさんって外見詐欺ですわね。初めて見た時は天使かと思いましたのに」
「いつも言われます。そんなに清廉潔白、品行方正、気弱でお人好しな人だとは思わなかったって」
天使だなんて、照れるなぁ。僕はどこにでもいる平凡なハンターだよ。
「その感想を言う方に会いたいところですわ。まぁ、よろしいでしょう。さぁ、冒険者ギルドに行きますわよ」
「ついていきますよ、ローズさん」
深い溜息を吐いて、ローズさんが歩き出す。きっとダークゴブリンとの戦闘でとても疲れていたんだと思います。っとと、そういえば気になることがあったな。
「新米パーティーに武具を売った商店は分かります? 少し商店主に会いたいのですが」
「それは無理ですわ。武具を製作しているのは、大手製鉄企業ですもの。ただの冒険者では伝手はありませんことよ」
「そうなんですか………残念です」
(新米ハンターたちに、魔力の籠もっていないゴミクズを売った商店主と平和裏にお話したかったけど、仕方ないか。この国に地盤もないし、まずは目立たずに行動だね)
死んだハンターたち。誰も彼も持っていたのが、魔力の籠もっていない武具だった。あんなもので戦うなら、ヒノキの棒の方がマシだろうと思いながら、僕はローズさんの後に続くのだった。