23話 ゴブリン退治の元お嬢様
ローズたちは暗闇をヘッドライトの光で切り裂いて地下駐車場を駆けていた。少しばかり危険で不意打ちを受けるかもしれないが、ゴブリン程度の不意打ちや罠などは力で踏み潰す予定だ。
C、Dランクの冒険者たちとは違い、Eランクのローズは一般人よりも多少身体能力が高い程度。しかも元々体力は無い方なので、早くも息が切れ始めていた。
「そこのおじょうさまぁ〜? そんなに遅いと置いていっちゃうよぉ? そうしたら隠れているゴブリンたちの集団の中でぽつんと一人、あ、そっちの方が楽しいのかもしれないけどぉ」
「酷いなお前、ププッ」
「だってぇ、そういう趣味の人もいるらしいじゃない? 異種間なんちゃらとか言うのぉ?」
「ぶははは、上手い、座布団やるよ!」
前方を走る女性のからかいに、周りが笑い、ローズは羞恥と悔しさで頬を真っ赤にする。なぜここまで貶められないといけないのか分からない。赤野コーポレーションは完全なホワイト企業とはいえないが、社員旅行や運動会、有給も多くて、しっかりと残業代も払う、他の会社よりも良い会社と評判だった。
社会経験の乏しいローズには分からないが、どんなに良い会社でも、クズの社員はいるし、そうでなくても、金持ちを妬み、その不幸を楽しむ者は存在する。その中でもローズに妬み嫉みを持つ者たちがこの集団であった。
ローズがもう少し周りを見渡せば、社長を尊敬する元社員の冒険者たちとパーティーを組めたかもしれないが、西屋が最初に声をかけてきたために、その選択肢は失われてしまったのである。
「くっ、ま、負けていられませんわ。今度こそわたくしはゴブリンを倒すので………?」
息を切らして走るローズたちだが、先頭の西屋たちが立ち止まっているのを見て停止する。なにが起こったのかは簡単にわかった。盾にするように駐車場の各所に車が配置されており、無数のゴブリンたちが顔を覗かせていたからだ。
「キィッキキッ」
「ギギギ、ギギ」
「ギイッキキキ」
待ち構えていたのだろう。せせら笑うように鳴き声をあげるゴブリンたち。ローズがちらりと壁を見ると『B3F』とあった。だいぶ奥まで誘い込まれたらしい。
「あぁ~ん、なんだ? ボクチンたち頭を使いました〜、てか? はっ、このゴブリン野郎が。その程度の罠で俺等を倒せるとでも思ったのかよ! 馬鹿にするなよ!」
西屋は余裕の態度だ。タングステン製の盾を前に出して、ゴブリンに負けじとせせら笑う。他の人たちも大なり小なり盾を構える。ローズはもちろんそんな高価なものは持っていないので、素早く車両の陰に隠れた。なぜならばゴブリンたちはボウガンを構えていたからだ。
ローズ以外の冒険者たちは、高まった動体視力で矢を受け止めることも可能なのだろう。だがローズにはとてもではないが無茶な選択肢だ。
「やってみろよ、てめえら! このタングステン製タワーシールドを貫けるもんならな!」
ズズンとコンクリート床にタワーシールドをめり込ませて構える西屋が嗤う。この盾はライフル弾どころか、ロケットランチャーすらも防げる自信からくる笑いだ。
愚かなゴブリンたちが引き金に指をかけると、一番重装甲の西屋を一斉に狙う。
「てめえら、矢を放ったら、一斉に攻撃しろ!」
「了解っす! 報酬よろしく!」
「たくさん倒させてもらうわよ!」
意気揚々と、冒険者たちが構えて、ゴブリンたちが引き金を引いた。予想以上に速い矢が空を飛び、西屋の構えたタワーシールドに向かう。
キンと金属が弾けるような音がして━━━。
「は? な、なんで………」
西屋の体は大きく削れていた。タワーシールドはチーズのように穴だらけとなり、まるでドリルで貫かれたかのように、西屋は虫食いだらけのような穴だらけの姿となって振り向く。
「お、俺の、タングステンの………」
そうして、たらりと口から血を垂らし倒れるのであった。タングステン製の盾は紙のようにやすやすと貫かれて、地面に落ちると同時に砕け散っていった。
「は、え? 西屋さ、ん?」
信じられない光景であった。彼らが想像していたのは、タングステン製の盾で楽々に矢を弾き返し、得意げな西屋の姿であった。
その西屋が、最硬の男があっさりと死んだことに理解が追いつかない。冒険者たちの喉が鳴り、動きを止める。
ここで反撃しておけば、ゴブリンたちも追撃はしていなかった。逃げるチャンスは大いにあった。だが、彼らは予想外の結果に動きを止めてしまい、隙だらけの姿を見せてしまった。
そして、ゴブリンたちは━━━いや、ダークゴブリンたちはその隙を逃さなかった。すぐにボウガンに矢をいれると、弦を引き絞る。
その姿を見て、ようやく冒険者たちはハッと気を取り直す。
「まずい、こいつらゴブリンじゃないっ! 魔法の矢エゲッ」
「こいつら! ファイアーボーブグッ」
再びの一斉射撃。頭を吹き飛ばされて、胴体に穴を開けられて、雨あられと降ってくる矢を前に次々と冒険者たちは倒れていく。
「舐めるなよっ! 『疾風斬!』」
「こんなところで死んでたまるかよ! 『アイオンチャージ!』」
それでも身体強化が特に高い者たちは矢が刺さる程度ですんでおり、その能力を発揮して一気に間合いを詰めて反撃を開始する。
斬れ味の良さそうな剣にて風のような速さでの袈裟斬り。馬上槍のように長い騎士槍を手に持ち突進する冒険者。
その攻撃速度はダークゴブリンたちはまったく反応はできなく、正面からまともに受けるが━━━。
「な!? 切れない!?」
「どうして? ほとんど食い込まないぞ!」
その剣も騎士槍もダークゴブリンの身体に命中はしたが、皮膚1枚を斬るだけに終わっていた。まるで鉄塊に攻撃したかのようにビクともせず、ダークゴブリンたちは血を滲ませる程度であった。
ダークゴブリンにとっても、その結果は予想外だったのだろう。死の恐怖に顔を歪めていたダークゴブリンの顔がニタニタと嘲笑するように歪み、突き刺さる剣へと爪を伸ばして掴む。
たいした力を込められているわけでもないのに、剣に爪がめり込み始めて、ギリギリと金属が歪む嫌な音が響き始める。
「あ、あぁ、やめろ、やめろよぉ、それは特殊合金製なのに、なのになんでガッ」
男が掴まれた剣を引き剥がそうと泣きそうな声で力を込めるが、最後までセリフを口にすることはできなかった。喉から爪が突き出して、血を溢れさせて絶命する。
「ギギギ、ギギギッ!」
背後から襲いかかったダークゴブリンが、その顔を愉悦で歪めて、血に濡れた爪を舐める。隣では騎士槍をねじられて、砕かれた冒険者に他のダークゴブリンたちが群がっていた。悲鳴をあげることもできずに、血だらけの手を突き出して、やがて力を失い冒険者は息絶える。
そして地獄の光景が生まれた。まだ生き残っている冒険者たちに爪を伸ばして、ダークゴブリンたちは襲いかかる。
「ぎゃあーっ! た、たずげて」
「誰か、誰かぁ〜」
「にげないど、にがじで」
悲鳴が響き渡り、肉を引き千切るぐちゃぐちゃとの鈍い音と、ピチャピチャと血が床に流れていく音、そして楽しげに悪意の詰まった笑い声をあげるダークゴブリンたちの声で地下駐車場が埋め尽くされる。
やがて悲鳴は少しずつ減っていき、ダークゴブリンたちの人を殺す愉悦の鳴き声だけとなるのであった。
━━━ローズは車両の下に潜り込み、ガタガタと震えていた。震える歯の音すらもゴブリンたちに聞こえないように腕を噛み耐える。
西屋が死んで、ローズだけはすぐにボウガンの矢を受けないように車の下に隠れ潜んだ。卑怯者と言われても、死ぬのが怖かったのだ。その後に聞こえてくる悲鳴と肉を引き千切る音がますます恐怖を煽っていた。
(こ、ここで、わたくしは死ぬんですの!? 恋もしたことありませんでしたのに。そ、そんな、息を潜めて逃げるんですわ。そ、そうするしかありません)
凶悪なるゴブリンたちに見つからないようにと、ローズは息を潜める。冒険者たちの声が聞こえなくなり、ゴブリンたちの愉悦の鳴き声だけとなっても息を潜めていた。もしかしてこのまま隠れていれば見つからずに逃げることが出ているかもと、小さな希望が生まれるくらいにじっと隠れていた。
だが、すぐに自分のミスに気づく。ヘッドライトが煌々と車両の外を照らしていた。ここに隠れていますよと叫んでいるようなものだ。
「ヒッ」
慌ててヘッドライトを外すと外に放り投げる。カランカランと音を立てて転がっていくヘッドライト。その音が予想以上に響き、ゴブリンたちの鳴き声がピタリと止まる。そして、ペタリペタリと近寄ってくる裸足の音が聞こえてくる。
(大丈夫、ここには誰もいませんわ。そう、誰もいないの!)
車両の隙間からゴブリンの足が見えてくる。腰を屈めると、ヘッドライトを拾ってすぐに立ち上がり、なんなのか見ているのだろう。光条がくるくると移動していた。
ドクンドクンと心臓がうるさく自己主張をする、血の気が引いて、いつまた、腰を屈めるか、そして、こちらを振り向くかと、見つめていると、ゴブリンはそのまま遠ざかっていく。
(た。たすかった。助かりましたわ!)
安堵で胸を撫で下ろし、もしかしたら逃げ切ることができるかもとローズが希望を持つが、クイッと足を引っ張られた。クイックイッと足がまた引っ張られて、恐る恐る振り向くと
「ギャッギャッ」
「キキキ」
「ギャッキキキ」
黒いゴブリンたちが、玩具を見つけたかのように笑みを浮かべて覗いていた。振り向くと立ち去ったはずのゴブリンも戻ってきて、車両から顔を覗いている。
理解した。最初からバレていたのだ。邪悪なるゴブリンたちはローズが隠れているのを知ってからかっていたのだ。
「ひいっ、この、『聖なる弾丸!』」
自分が使える唯一の聖術を放つ。拳大の聖なる弾丸が放たれて、覗いていたゴブリンの鼻面に命中する。そして━━━それだけだった。
仰け反ったゴブリンが体勢を戻した時にはその鼻から鼻血が流れていくだけ。それはそうだろうと冷静なる部分がローズに囁く。ゴブリンですら、全聖力を使って、聖なる弾丸を当てなければ倒せないのだ。全聖力と言っても1日5発しか撃てない情けない力であったが。
このゴブリンもどき、いや黒いからダークゴブリンなのだろう。ゴブリンよりも明らかに強い魔物に対して効くわけがなかった。
だが、それで諦めるような諦めの良さがあればローズはここにはいない。
「『聖なる弾丸』『聖なる弾丸』『聖なる弾丸』『聖なる弾丸』」
全ての聖力を使い切り、聖なる弾丸をゴブリンたちに向けて撃つ。腕で防がれて、今度は仰け反ることもできずに終わり、絶望が支配し、涙が流れていく。
「ギギギギャッ」
「ヒーヒー」
「ギャッキキキギギギ」
その様子を堪えきれないとばかりにダークゴブリンたちは嗤っていた。からかうように、猫がネズミをもて遊ぶように手を伸ばすのを、必死になってローズは手足を振り、躱そうとする。だが、そこら中からダークゴブリンたちの手は伸びてきて、ローズを引きずり出そうとしてきて、遂に足を掴まれてしまった。
(おしまいね………こんなところでわたくしは死ぬのね。ゴブリンたちに弄ばれて)
抵抗の力をなくし、絶望に委ねてローズが引きずり出されるままにしようとし━━━。
「ギ!?」
「ギャッキキキ」
「キキキギギギ」
掴まれていた足が放されて、ダークゴブリンたちの悲鳴が聞こえ始める。床に首を切られて倒れてくるダークゴブリンや、胴体を半ばまで切断されて転がるダークゴブリンと、次々と倒されていき、やがて静寂が戻ってきた。
そうして、小鳥のような美しく可愛らしい声が聞こえてくる。
「大丈夫ですか? 助けが間に合わず申し訳ありません。もう大丈夫ですよ」
「は、はい」
車両を見たこともないほどの美少女が覗き、小さな細い手が差し出されてくるので、慌てて這い出してきて、言葉を失う。
あれだけ冒険者たちを苦しめて殺してきたダークゴブリンたちが全て死んでいた。
「一人だけでも助けることができてよかったです。新米ハンターの方ですね。僕は清廉潔白、品行方正、気弱でお人好しのハンターマセットと申します」
そうして目の前の天使のような美少女は丁寧に頭を下げてくるのであった。