21話 経験値稼ぎをする僕
小さな光球が広々とした地下馬車置き場を僅かに照らし、人影と小人の群れが交差する。交差するごとに火花が瞬き、小人たちの頭が斬られて、胴体が断たれ、屍となって床に増えていく。
「ボウガンさえ防げれば雑魚なのは変わらないね」
今日はダークゴブリンを討伐するマセット君だ。怒り狂うダークゴブリンたちを前に、氷華を煌めかせて、薄笑いを見せながら、次々と斬り殺していく。
「ギギ!? コイツヘン!」
ダークゴブリンたちは既に効果のないボウガンを捨てて、漆黒の爪を伸ばして近接戦闘に移っているが、憤怒の顔は段々と戸惑いと混乱に満ちていく。
それでも爪を振るってくる。ダークゴブリンは見かけはただの黒いゴブリンだが、その戦闘力は次元が違う。身体能力は猿のように素早く、知能も子供くらいには頭が良く、常に距離をとってボウガンで戦おうとする。群れをなして、遠距離攻撃に徹する姿は新米から抜け出したハンターたちには脅威だ。無理やり距離を詰めても革の鎧などあっさりと斬ることのできる爪を振りかざし、大人同様の筋力で対抗してくる。
なによりも、恐れられているのは、ダークゴブリンたちは闇の存在というところだ。彼らは闇の属性を持ち、その体の構成のほとんどがアストラル体である。アストラル体は幽界に身体を位相させており、魔力のこもった攻撃でないと傷をつけることもできないのだ。
なのでダークゴブリンたちは自身の肉体に絶対の自信があったのだろう。それが白い霧が辺りに漂い、一振りごとに氷の結晶を撒き散らす少年の攻撃によりあっさりと倒されていた。
包囲しながら、腕を狙い、足に斬りかかり、体にしがみついて動きを止めようとダークゴブリンたちは向かってくる。ほとんどバラバラと言っても良い拙い連携ではあるが、数は脅威だ。一匹が倒されても、二匹目が斬られても、三匹目が攻撃を当てれば良い。そうして、数の暴力にて僕を倒そうとしてくるが、そんな攻撃は嫌という程に慣れている。
足の親指で地面を強く踏み、煙が出るほどに回転をして、舞うように氷華を振る。腕を狙うダークゴブリンを切りかかってくる腕ごと切り捨てて、足を狙う奴には軽く跳躍して頭を全力で踏みつけて砕く。三匹目、四匹目と飛びかかってくるのを鼻で軽く笑い、奴らの間を縫うように駆けながら、右に左にと切り払っていく。
その動きは階位1の新米ハンターには無理なものであった。鍛えられた達人だけが持つ努力と才能が合わさった動作。体術を練習したこともなく、本能で動くダークゴブリンたちが何匹いようとも相手にはならなかったのである。
「バカナッ、ミカケコドモ、アリエナイアリエナイ!」
何匹が集まって攻撃しても、剣を合わせることも、足を止めることもできずに倒されていく仲間を見て、他のダークゴブリンたちの声に恐怖が混じっていく。
「そう騒がないでください。階位が多少上でも、この程度なら充分に身体能力強化と腕の差で縮めることができるのですから」
僕は『ニート』だった。『ニート』は階位が1上がっても、全てのステータスは1上がるだけだ。『戦士』なら筋力と体力が3上がる。『魔法使い』なら魔力が3上がる。『農夫』でさえ、体力が2上がるのだ。それは普通に生活するならそこまで気にすることはないが、戦いを仕事とするものとしては致命的な違いだった。
だから僕は剣術や魔法を覚えた。固有スキルの無い僕には『剣士』や『魔法使い』のように特別な効果は付与されなかったが、弛まぬ努力は裏切ることはなく、『ニート』であっても、それなりに強くなれたのだ。きっと神様のおかげだと思うので、僕は毎日感謝の気持ちを捧げている。
そして、なによりも僕の手には国宝レベルの武器氷華がある。このショートソードの攻撃力は魔剣の中でも群を抜くんだ。
「ゲゲゲ、コロセコロセ、コイツヨワイコイツヨワイ」
めげすに、それでも魔物は飛びかかってくる。魔物は人間を殺すために作られたモノだ。怯んで逃げることもあるが、降伏することはないし、本能では僕の階位が低く弱いと知っているので、攻撃をやめることはなかった。
「親分、敵はとてもとても強いうさよ、油断しないで戦ううさ!」
「あぁ、油断は僕の中で一番縁のない言葉だよ。それよりもそっちは大丈夫………みたいだね」
ロロが注意を促してくるので、あ~ちゃんとロロは大丈夫かなと、ちらりと後ろを見ると
「まぁしゃん、がんばりぇ〜、ふれーふれーまぁしゃん!」
あ~ちゃんはロロをぬいぐるみのように抱きかかえながら、ちょこんとお座りして、ふりふりとお手々を振ってくれて応援してくれていた。ダークゴブリンたちは何をしているのかというと、あ~ちゃんを見ると、まるで石ころでも見たかのようにすぐに視線をずらして、僕に攻撃をしてきていた。
うん、あの動き知ってる。魔物が人間にとって、『練習相手にすらならない』時に魔物からは攻撃をしてこないパターンだ。階位が3倍以上離れていないと起きない珍しい現象なんだけど、あ~ちゃんの階位はいくつなのか気になるところだよ。
まぁ、ルルの言う通り、あ~ちゃんは魔物に対しては大丈夫そうだ。僕はダークゴブリンたちを殲滅するのに集中できるね。
その後も、ダークゴブリンたちを切り捨てていく。そうして20匹目を倒したところで、僕を取り巻くダークゴブリンたちの動きが止まる。本能では勝てると囁いているのに、これだけの仲間が殺されたことに理性が打ち勝ったのだろう。打ち勝って、恐怖に支配されたのだから、どちらが良いかは分からないけど。
「さて、飛びかかって来ないなら、僕から『神技』をプレゼントだ」
練った魔力を糸に変える。魔力の糸は魔法陣を構成する重要な触媒だ。魔法にも使うが、一般的には詠唱で発動する魔法では必要ないために『神技』に使用する。
極細まで細めた魔力の糸が取り囲むダークゴブリンたちを通り過ぎ、魔法陣を形作る。円形ではない。その魔法陣は剣の軌道を描いており、ダークゴブリンたちの身体を切り刻むように展開する。
『神技』は前衛の必殺技。展開した魔力の糸に剣を添えれば、魔法の理を持って、肉体は人間の身体能力を超えて、自然の理を塗り替えて発動する。
『サークルブレード』
魔力の糸に剣を添えると、身体が勝手に動く。身体がコマのように回転して、魔法の力により自身が振るう数倍の速さで剣が振るわれる。氷華の剣身から不可視の斬撃が周囲に円環のように広がっていき、恐れるダークゴブリンたちの身体に吸い込まれるように命中する。
魔力の糸が見れなかったダークゴブリンたちにとっては、僕が一瞬回転しただけに思えただけに見えただろう。躱す素振りを見せることもなく、あっさりと正面から攻撃を受けた。
「ア、アデ?」
「オデタチヤラレタ」
「コイツマサカハンター………」
そうして、断末魔の叫びを上げることもなく、ダークゴブリンたちはドチャドチャと肉塊となって、地面へと崩れ落ちるのであった。
「この展開速度の遅い範囲系神技をまともに受けるからダークゴブリンは大好きです」
そうして、僕は額の汗を拭い、ニコリと微笑むのであった。
なにせ、魔力の糸を見ることができる敵は魔力の糸が展開されている範囲内から素早く逃げるからね。神技の範囲攻撃は結構躱されやすいのであるからして。
◇
「親分、階位上げないうさ? これだけ倒せば5は上がると思ううさよ?」
「うん、簡単に上がるだろうし、僕が弱い間に荒稼ぎしておきたいんだ」
ダークゴブリンが体内から紫色の光を漏れ出して消えていくのを見ながらロロが不思議そうに聞いてくるので、その疑問に答える。
完全に光となって消えていったダークゴブリンの側に転がる魔石を拾い上げて、ポンと手のひらでもて遊ぶ。キラリと光る紫色の魔石は内部にほんの少しの魔力が残っている。
「あー、なるほどうさ。階位の格差を利用するうさね?」
「うん、そのとおり。たくさん集まったら使う気」
経験値の取得方法は唯一つ。愛する神様に自身が倒した魔物の魔石を奉納することだ。そこには一つの裏技があった。
経験値は倒した魔物の階位と、自身の階位に差があればあるほど多くの経験値をもらえる。
たとえば、階位1の僕が階位10の魔石を10個奉納すると、経験値は5000貰える。
でも、階位1の僕が階位10の魔石を5個奉納し、経験値を2500貰って階位3に上がったあとに、階位10の魔石5個を奉納しても、経験値は700しか手に入らないわけ。
これは経験値の取得時の計算方法による裏技だ。いっぺんに奉納できる仕様を逆手にとっているのだ。高位の階位になるとたくさん魔石が溜まるまで経験値の奉納をするのは難しいし、大量の経験値が必要なので、貯める意味もない。
けれども階位1なら簡単にできる。貴族様や裕福な商人とかはその裏技を使い、魔導具で身を固めて魔物を倒し、階位を一気に10近くまで上げるのが常識だ。それか、他人が倒した魔石を使い階位を上げる。他人が倒した魔石からは経験値はペナルティとして、通常の1割しか手に入らないけど、そこはマネーパワー。10倍魔石を買い集めれば良いわけ。
以前の弱くて貧乏な平民の僕にはどちらも不可能だったけど、今は炎華や氷華がある。可能な方法なのだった。
「まぁ、魔石はハンターギルドで換金できるしさ、貯めておいて問題はないよ」
そううさねと、ロロもせっせと魔石を集めていると、あ~ちゃんが真っ黒な魔石を持って、じ~っと見つめていた。あら、黒い魔石もドロップしたか。とっても嫌な予感!
「あ~ちゃん? その魔石は高く売れるから渡してくれないかな?」
あ~ちゃんは黒い魔石をぎゅっと掴むと目をキラキラとさせる。うん、わかってた。
「あ~ちゃん、ガチャやりたい! まぁしゃん、やって良い?」
「ウ~ン、良いけど、ダークゴブリンの魔石だから、碌なアイテムがドロップしないと思うよ? タワシでもがっかりしない?」
「しないよ! あ~ちゃんは運が良いの! きっと良いものが出ると思うでしゅ」
予想通りの返答に苦笑をしちゃうけど、これは無理ない。漆黒の魔石は経験値にする以外に、『ガチャ』という特別な奉納もできる。なにが出るかはピンキリだけど、楽しいので皆が運試しにやりたがるのだ。
「それじゃ、いいよ。奉納してご覧?」
「あいっ! え~と強欲の大天使まもるちゃんに奉納しまつ! あ~ちゃんがガチャやりまつよ! あ~ちゃんでつよ! 当たりお願いしまつ!」
なにか奉納の言葉が変だけど、あ~ちゃんの手の中にある魔石が光り出す。奉納の光だ。青、緑、赤、銀、金、虹色とランクが変わる。
低い階位の魔石だから、青で終わるかなぁと眺めていたら、予想通り青で光が収まりそうになり━━━あ~ちゃんが涙目になり、ひょおーと息を吸い込み始める。
途端に青からいきなり銀色に光が変わると、ポムと光が爆発し、あ~ちゃんの手の中にアイテムが現れるのだった。
「………親分、光る色は下から順番じゃなかったうさ?」
「マモン様も泣かれると困ると思ったんだよ」
ジト目のロロに素知らぬふりをして答えておく。幼女ボーナスというやつでしょ。そういうことにしておこうじゃないか。
「大当たりでつ! やったぁ〜、あたちは幸運の持ち主なんでつ。えへへ、まぁしゃんにあげまつね!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねて、ご機嫌あ~ちゃんだ。出てきたアイテムには欠片も興味は無さそうで、僕に手渡してくれた。うんうん、ガチャって引くことが楽しいもんね。
「ありがとう、あ~ちゃん。おぉ、これは『応急手当』の指輪だね。大当たりだよ、あ~ちゃん」
「えへへ〜」
あ~ちゃんの頭を優しく撫でてあげてお礼を言うと、気持ちよさそうに目を瞑って笑顔になるので、とても可愛らしい。
手渡された物は意匠もなく、平凡に見える銀製の指輪だった。でも、指輪の裏に書いてある名前に顔が喜びでほころんじゃう。『応急手当』は傷を止血して塞ぐだけの魔法だけど、ほとんど魔力を消費しないし、ピンチの時には意外と重宝するんだ。ダークゴブリンからドロップしたとは聞いたことないけどね………。
「えっへん、これからもあ~ちゃんにガチャは任せてくだしゃい!」
フンスと胸を張るあ~ちゃんだけど、反則のような気がするから、程々にしておくよ。マモン様に怒られそうだ。
「さて、それではこの地下からとりあえず脱出しますか」
指に早速指輪をはめて、僕は馬車置き場の暗闇に目を向ける。以前来たときと同じとすると、5階層くらいあった記憶があるんだよね。
まだまだ稼げるかもと、僕らは暗闇の中を進むのであった。