20話 再び謎の国に行く僕
「テレポ屋がいれば話は早かったけど、この村にはいないよね? 近場の都市にもいないよね?」
「テレポ屋は大きな都市か、交易拠点にしかいないと思います……。そしてこの辺境の土地に都市という存在はないです」
「だよねぇ。ということは買い付けは無理。取る方法は一つの訳だ」
屋敷に戻った僕はソファにもたれつつ、ルルの悲しげな上目遣いでの返答に苦笑した。
ちなみにテレポ屋とは、瞬間移動魔法を使う希少な魔法使いのことだ。瞬間移動だけは座標軸を正確に把握していないと発動しないので、『テレポマジシャン』でないと使用不可能。だいたいのテレポ屋は3つか4つの大きな都市にテレポートポイントを登録して、瞬間移動で金を稼いでいる。6人パーティーを瞬間移動させるだけだけど、それでも有用なので、テレポマジシャンは人気の高い職種だ。
「『幻想の扉』を使用なさるんですね?」
「うん。このスキルはどうやら他の土地に繋がる扉らしいからね。これを使って、買い付けを行う予定」
一瞬、尖った短剣のように鋭い目つきを見せて言う銀髪美少女の言葉に頷く。スキル説明で読んだところ、面白い効果が書いてあったのだ。
『幻想の扉:世界を超える扉を作る』
世界を超える。即ち、他の新大陸に行ける扉を作ることができるのだろう。未知の大陸だろうが、食料は普通に買えるはず。まずは喫緊の課題である村人の食料危機をなんとかしようと思うんだ。
「早く買い付けないと、もう食料ないですもんね。まさか村人に全て分け与えるとは想像もしてませんでした。領主様はとてもお優しいです。できれば私の食料は残してほしかったのですが」
ルルの恨みがましい目もかわいいなぁと思いながら、ハンターカードを手元でくるくると回す。ルルの言う通り、僕は手持ちの食料をすべて村人たちに渡した。だって、クークーお腹を鳴らす子供たちがいるんだもの。もちろん全員にいきわたることはないが、村人たちが子供や体力のなさそうな人に渡しているのを見て、優しい人たちだと分かったのは収穫だった。
僕が優しい人なのは間違いないから、ルルさん、睨まないでください。君たちの分は用意するからさ。
「すぐに買い付けてくるから待ってて。なにか美味しい物も買ってくるかさ」
「トールサイズキャラメルマキアートホイップマシマシバニラシロップ少なめミルクは低脂肪に変更したものをお願いします、領主様」
「目についた美味しそうなものを買ってくるよ」
なにやら呪文を唱えたけど、お土産を買ってくるようにとの詠唱だと思う。詠唱だよね? まさか食べ物の名前じゃないよね?
というわけで、もう一度、あの魔法王国に僕は通うことに決めたのだった。
◇
念の為に、ホールでスキルを使うことにする。装備はいつものフード付きコートに炎華と氷華、スローイングダガー10本だ。炎革の指ぬき手袋の感触を試しつつ、中心に立つ。ロロも頭にゴーグル、革のコートを着て、ポシェットを肩からさげて準備万端で、興奮している証にペタペタ足踏みをしてお鼻をスンスンと鳴らしている。
「あ~ちゃん、遠足楽しみでつ!」
そして、あ~ちゃんもちっこいリュックサックを背負って横にいます。むふんむふんと鼻息荒く大興奮の幼女だ。ほっぺを真っ赤にして、今にもスキップしそう。
「あのね、あ~ちゃん。一応危険かもしれないから、僕とロロだけで行くつもりなんだ」
そんな楽しそうなあ~ちゃんに告げるのは罪悪感が湧くけど、危ないから仕方ない。
「? あ~ちゃんも行くよ?」
何を言ってるのと、コテリと小首を傾げて不思議そうなあ~ちゃん。
「えっと、あ~ちゃんはお留守番していてくれないかな? ほら、危険だからさ」
「あ~ちゃんも行くよ? ………遠足楽しみだよ?」
興奮して、嬉しさいっぱいの顔が、じわじわと涙がお目々に溜まっていき、クシャリと歪む。そして、思い切り息を吸い込み始めちゃう。とても嫌な予感!
「あ~ちゃんもお出かけしゅるのー! あ~ちゃんも遠足行くんだもん!」
ゴロンと転がってからの、大泣き駄々っ子モードのバタバタあ~ちゃんだ。手足をバタバタ、涙で顔を濡らして、コロコロと転がる。もはや僕の言葉は耳に入れてくれない。
「危ないから! 危険があるかもしれないんだよ?」
「あ~ちゃんも行くの〜、おでかげ〜。うわ~ん! 絶対に遠足しゅるんだもん! あ~ちゃん強いから負けないもん! 危なくないもん!」
「あ~ちゃんは皆に好かれる愛らしい娘なので大丈夫だと思います、領主様。私としては結果を報告してもらえれば良いので安楽椅子に座って待ってますけど」
ルルは全く止めない模様。そして僕は泣く幼女には勝てないことを知りましたとさ。
嘆息しつつもあ~ちゃんには気をつけることにして、僕はホールの中心に立つと魔力を言葉に込める。
『開け幻想の扉。我らをあらぬ世界へと導け』
ふわりと足元から魔力の風が巻き起こり、僕たちを照らしていく。床に宇宙のような美しき漆黒の魔法陣が描かれていき、ゆっくりと扉がせり出してきた。黒曜石を磨いて作り上げたかのような、芸術品としても高い価値があるだろう精緻な意匠が彫られている両開きの大扉であった。
その神秘的な存在と吹き荒れる魔力の風に髪を靡かせて、僕はゴクリとツバを飲み込み、緊張で顔を強張らせる。それだけ、目の前の扉の存在が大きかった。
「あ~ちゃん、一番乗り〜」
扉に体当たりするようにあ~ちゃんが扉を開けて、嬉しそうにポテポテ入っていった。
「僕たちも行くか」
「そううさね」
無邪気な幼女の行動を見て、一瞬で緊張感はなくなり、僕たちもあ~ちゃんを追いかけるのであった。
「領主様、気を付けて行ってらっしゃーい。お土産期待してます。フレンチクルーラーとエンゼルチョコもついでに買ってきてください」
安楽椅子を持ち出して寝そべるように座って、ニコニコと笑顔でルルが見送ってくれました。まぁ、仕事は終わってるみたいだし別にいいんだけどさ。
◇
扉の向こうは真っ暗だった。一寸先も見えない、これが一寸先は闇ばかりというやつかな。
『魔力を薪にし、太陽の光を模倣せよ』
軽い詠唱で光の球を作り出すと空中に浮かす。光が闇を追い払い、周りの様子を見せてくれるが
「おぉ、この間と同じ場所だよ、ロロ、あ~ちゃん」
以前に見た金属の馬車が多数置かれた馬車置き場だった。違うのは明かりがついていないのと、馬車に埃が積もっており、使ってなさそうなところだ。
「地形を見るに、以前に僕が来た場所と同じだ。………それにしては少し変だな?」
しかし、違和感を感じて、車体を指で擦る。光の加減かと思ったけど、違うようだ。埃がベッタリと指についていた。
「これ、かなりの埃うさよ。一週間で積み重なる量じゃないと思う」
ロロも馬車に飛び乗って指を擦り付けて汚れている様子に首を傾げる。そんな僕たちを見て、ほわぁとお口を開けて、目をキラキラさせるあ~ちゃん。
「あ~ちゃんも。あ~ちゃんもそれやりゅ! 見てみて! こんなにあ~ちゃんは埃をとりまちた!」
あ~ちゃんも頑張ってよじ登るとペタペタと触って、お手々を真っ黒にしちゃう。ついでに埃だらけの車体に乗ったから、せっかくのお出かけ用の服も真っ黒だ。でも、幼女は面白そうと思ったことはすぐにやるのだ。
ロロが僕のリュックサックからタオルを取り出して、あ~ちゃんの汚れを拭いているのを横目に、顔を険しく変える。あ~ちゃんの癒される光景は置いておいて、真面目に考える。
「以前は馬車の中は生活痕があったんだ。タオルとか水筒とか無造作に置かれていたんだけど、今はほとんどの車内は綺麗に片付けられている。まるでこの馬車を捨てたようなんだよ」
「こんなお高そうな馬車を捨てるうさ? たくさん置いてあるうさよ?」
「そうなんだ。それにこの積み重なった埃、静かすぎる馬車置き場。一週間どころか、半年か一年経過していてもおかしくない」
背中にゆっくりと手を回しながら、ロロにアイコンタクトを送る。ロロは長耳をゆらゆらと揺らして、さりげなくあ~ちゃんの前に立つ。
「それに………すえた獣臭!」
不敵に笑いながら素早く氷華を抜き払うと、自分の目の前の空間を斬る。
キンと金属音が響くと、なにかが火花を散らして弾かれていった。カランカランと音を立てて床に転がるのは、斬られた衝撃で折れ曲がった鉄の矢であった。
そうして光のほとんど届かぬ車両の影からとんがり帽子と枯れ葉を重ね合わせた服を着込んだ小柄な魔物たちが何匹も姿を現すのだった。
獣の骨を組み合わせたボウガンを持ち、背中に鉄の矢を入れた矢筒を担ぎ、炭のような瞳に尖った牙を生やした鳥の嘴のように尖った口。闇夜に住まい人の血をすする邪悪なる小人の妖精。
「親分、『ダークゴブリン』うさ!」
「あぁ! どうやらこの馬車置き場は『ダークゴブリン』の住処に落ちたようだね!」
氷華を構えてロロの言葉に頷く。馬車を乗り越えて、ぞろぞろと現れたダークゴブリンたちはボウガンを構えて、ニマニマと醜悪なる笑みを浮かべる。自分たちの優位を確信しているのだ。きっと矢を打ちまくり、ハリネズミにして楽しむつもりなのだろう。
『ノックノック。うさぎのノック。お家を見せてくださいな。ほら、可愛らしいうさぎが訪れてますよ』
『ダークゴブリン:階位11 戦闘力67』
ロロが気を利かせて鑑定をして、ダークゴブリンの能力を見せてくれる。
「階位11か。そうか、国は変わっても能力は変わらないようで安心したよ」
俯いてボソリと呟く僕に、嗜虐の笑みでダークゴブリンたちはボウガンをつがえる。その数は30体はいるだろう。
「ギギ、ニンゲンコロス、タノシイ」
「ハリネズミハリネズミ」
「イカシテイタブル」
楽しげにギャッギャッと嗤うと一斉に引き金を引く。魔力を帯びた鉄の矢がちゃちな作りのボウガンではありえない射出速度で放たれて、僕たちへと迫ってくる。
『目覚めよ氷華。仕事の時間だよ』
手に持つ氷華に魔力を込めて、友人に語りかけるように呟き━━━━。
カカカンと打楽器でも奏でるかのように、鉄の矢が空中で弾かれて落ちてゆくのだった。
「ギギ!?」
ハリネズミのようにするつもりだったダークゴブリンたちが予想外の結果にざわめく中で、僕はニコリと優しく微笑む。
「僕は弱いからね。だから、遠距離攻撃は真っ先に防げるようにしているのさ」
光球に照らされて、空中で無数の氷の結晶がキラキラと輝く中で、僕は氷華を一振りする。それだけで辺りにはさらに氷の結晶が散らばっていく。
その結晶は美しくもあり、残酷でもある。結晶は氷華となりて、冷たき花が咲き敵に死を与える。どんなにボウガンを撃っても全ては結晶に阻まれて床へと落ちていく。
「さて……階位11とはちょうどよい。僕の経験値にさせてもらうよ」
僕の笑みを見てなぜか後退り、ダークゴブリンたちが怯むの見て、僕は氷華を手に突撃をするのだった。