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2話 僕は追放される

 『謙譲のダンジョン』は100階層あり、様々なモンスターや罠などがごまんとあるダンジョンだ。世界有数のダンジョンであり、最奥まで下るのはダンジョン攻略を仕事にしているハンターでも不可能。モンスターの入ってこないセーフゾーンや10階層ごとにある地上と行き来できる転移魔法陣を駆使してもだ。


 なぜならば、最下層付近はモンスターが強い。強すぎる。一匹一匹が街を簡単に滅ぼせる災害級であり、それが続々と現れる。ハンターたちも数戦なら勝てる猛者もいるが、何十戦もとなると無理。最高級のアイテムや薬、優秀な装備をした大勢の人数を揃えないと攻略は不可能だし、それだけの人材や物資を集めるとなると、確実に大赤字となる。


 それがたとえ、ダンジョンボスを倒した後に出現する願いを叶えるダンジョンコアがあるとしてもだ。ダンジョンコアとは願いを叶えてくれる神秘のアイテムで、ダンジョンが深ければ深いほど、難関であればあるほど、叶えてくれる願いは強力となる。


 しかし、たぶん城と同じ重量の貴金属を願っても、そこまでの費用を考えるとトントンで終わるだろう。なので、金を求めるハンターたちは攻略しない。精々50階層辺りでモンスターを倒し稼ぐ程度だ。


 ならば攻略は不可能かと言われると違う。国家的な危機に見舞われた際、国家が国を挙げて攻略に挑む。ダンジョンコアに危機を解消してもらうように願うためだ。


 ジュデッカ皇子のように、魔剣グラムを始めとする強力極まりない武具、ボスへと特効の魔導兵器、そして、平民では手に入らない回復薬の数々を揃えて攻略するのだ。


 攻略の理由は、世界各地で発生する地震の原因についてだ。25年前から、一週間ごとに起こり始めた地震は土地を呑み込んで黒い穴を残す。幸いなことに人がいない土地であり、数ヶ月後には穴は塞がるが、脅威には違いない。次は街が呑み込まれるのではと恐怖する国民、呑み込まれる鉱山や肥沃な土地が現れることにより、国は腰を上げて解決に挑んだ。


 しかし、どの国も解決策を見出すことができずに、最終手段として、『謙譲のダンジョン』を攻略することに決めた。以前攻略したのは百年以上前だったらしい。


 そして、なぜかハンターギルドでは僕に白羽の矢が立って、この攻略パーティーに入ることとなった。しかし賃金は普通の相場の十倍以上で、攻略時の報酬もある美味しい依頼だったから、命と天秤にかけて受けることに決めたわけ。


 というか、攻略は終わったんだけど………ね。


「皆の者、我らが皇子。ジュデッカ皇子がダンジョンボスであるクリスタルゴッドドラゴンを倒した! これで世界は救われるだろう!」


 重装騎士隊長が誇らしげにジュデッカ皇子を称える。ボス部屋にて待ち受けていた水晶の胴体を持つ巨竜はその身体は砕けて床に横たわり、断ち切られた首が転がっていた。


 ジュデッカ皇子はその巨大な首の上に立ち、魔剣グラムを掲げて長い苦難の道が終わりを告げたとばかりに輝かしい笑顔を見せていて、まるで英雄譚の一節を目の当たりにしている気分だ。


 たとえ、竜に対して特効の魔剣グラムを使用して、それ一つで城が建つ値段と呼ばれる使い捨ての魔導具、竜のステータスを大幅に下げる竜杭を何本も使っても英雄であることは変わりない。魔法剣士にしては、魔導具頼りの少し不自然な戦いであったが、安全を求めるとそうなるのだろう。


「ジュデッカ皇子!」

「ジュデッカ皇子!」

「ジュデッカ皇子!」


 皆が喜び、皇子の名前を声高に叫び、手を掲げる。僕も嬉しくて手を振り上げてジュデッカ皇子を褒め称える。空気を読める男マセットなんだ。


 が、輝かんばかりであったジュデッカ皇子の顔が曇り、沈痛な表情となる。その理由は明らかだ、優しい皇子の視線の先は倒れている騎士へと向かっていた。


 いかに魔導具を駆使しても、強力な装備、最高級の回復薬を持ってしても、クリスタルゴッドドラゴンは最高難易度のボスモンスターだ。前に出過ぎた騎士二人が殺されてしまった………。僕も気をつけねばならなかったが、あの騎士は助けることが難しい場所で突出していたために間に合わなかったのだ。


 皆の喝采が徐々におさまり、気遣うように顔を見合わせる。死人がでることは覚悟していたが、僕も辛い。


「彼らは勇敢な騎士たちであった。私としても優秀な臣下を喪い悲しい限りだ………。黙祷の時間をもうけようと思う。最後の別れの言葉を送りたい者たちは別れを告げよ」


「はっ! 皇子のため、国のために戦死することは誉れなれど、最後によく頑張ったなとお言葉に送りたいと思います」


「そうか。それでは別れの時間をもうける。彼らの死は無駄ではなかったと葬ってあげて欲しい」


「ありがとうございます、皇子殿下」


 そうして重装騎士や軽装騎士、魔法騎士の中からの数人が歩み出てくると、押し殺したように悲しみの顔で死んだ騎士の周りに集まっていく。


 たぶん仲が特に良かった人たちなんだろう。僕も黙ってその光景を見守っていると━━━。


「ハンターの先輩には関係ない話じゃないですか。それよりも今回の報酬なにに使うんですか?」


 馴れ馴れしく工兵隊長が肩を回してきた。ニヤニヤと笑うその笑顔にはカチンときたが、相手は貴族。ヘラリと笑い返す。神への信仰篤き僕だ。やることは決まっている。


「帝都最高のホテルの最高級部屋で連泊、帝都の最高級レストランをしばらく食べ歩きして、酒場でハンター仲間に酒を奢り、浴びるように飲む。最新の武具等を買い上げて、そして神に寄付です」


 神への寄付に決まってる。その他は些事に過ぎない。些事だから神様も気にしないだろう。


「おおぅ………そ、そうですか。流石は先輩ですね」


「ええ、神への信仰篤き僕はなにはともあれ神に感謝の気持ちを示すんです」


 なぜか少しだけ距離を感じさせる引き攣った笑顔の工兵隊長。たぶん僕が稼いだ報酬のほとんどを神への寄付に費やすことに引いているんだろう。神への信仰心が薄いなぁ。困った人だ。


「おおっ、見ろ、ドラゴンの身体からダンジョンコアが出てきたぞ!」


 だれかの声がして、顔を向けると死骸から2メートルはある巨大な水晶が浮かび上がってきていた。願いを叶えるダンジョンコアだ。


 その神秘的な輝きに見惚れてしまう。これでジュデッカ皇子が現在の地震の原因と対処方法を教えてくれと願えば、この英雄譚は終わる。僕には莫大な報酬、そしてこの英雄譚を直に見たことを広めよう。吟遊詩人や出版社は高値で買い取ってくれるに違いない。


 神と共に歩む僕の輝かしい未来を考えて、ニコニコと笑みがこぼれ落ちてしまう。


「ありがとう、マセットさん。君のお陰もあって、私は願いを叶えることができるよ」


 ダンジョンコアを背に、英雄となったジュデッカ皇子が光栄にもお声がけをしてくれる。もちろんここは謙遜の一択だ。優しく声をかけていただき、畏れ多い。


「いえ、全ては太陽のごとき皇子殿下のお力と、騎士様や魔法使い様の優れたお力あってこそ。私などいなくても良かったでしょう」


 平民なんかいなくても良かったんだよ。残った回復薬をくれれば口を噤みますよ? 勝利の恩寵は皇子に。金の恩寵は僕に。


 僕の視線の意味に気づいてくれればと願っていたら、ますます皇子は優しげな顔となり


「マセットさん。君はこのパーティーから追放とする」


 よくわからないセリフを向けてきた。


「え、なにを」


 困惑してしまい、なにを言っているのかと、問い返そうとして━━━。


 ズブリと嫌な音が脇腹からしてきて、激痛が襲ってきた。なにが起こったのかと痛む脇腹を見ると、短剣が刺さっていた。僕に肩を回してきていた工兵隊長がその柄を持って、ニヤニヤと笑ってもいた。ニヤニヤ笑いを深めて、ますます短剣を押してくる。


「何をするんですか、てめぇっ!」


 短剣を持つ手を押さえ、ひねり上げながら、お返しとばかりに工兵隊長の脇腹に膝蹴りを食らわす。


 至近距離で力も込められていなかったが、それでも工兵隊長を突き放し、間合いを取るとジュデッカ皇子を睨もうとする。


 ドォォォン


 と、黙祷をしていた集団を中心に爆炎が巻き起こり、爆発音が響くと熱風が頬を炙ってくる。


 そして、黙祷していた騎士たちが炎に包まれて倒れていく姿があった。完全な不意打ちだったのだろう、魔法抵抗もできずに騎士たちは黒焦げとなって倒れていく。


 その光景を見てピンときた。それは可能性はあったが、あまりにも馬鹿げているので選択肢に入らなかったものだ。


「あの騎士たちは………第一皇子の配下の者たちですね? 死んだ騎士たちもそうだ。黙祷をさせると許して、狙い撃ちしたな!」


 僕の最悪の予感は、さっきまでは優しげな笑みだったジュデッカ皇子が、顔を歪めて醜悪な顔となっていたことで証明されていた。


「さすがはマセットさん。そのとおりです、彼らは私が違う願いをしないように送られた監視役でもありました。それはマセットさんも同じ。ハンターギルドからの監視役でしたでしょう?」


「………ええ、その推測どおりですが形だけだともわかっていたはず。国家を挙げての事業なんです。金持ちになりたいとか、強き身体が欲しいと願われてはたまりませんからね。でも建前です。そんな願いをしても国から追われれば何の意味もない。だからこそ、他の願いなど叶えないと思ったのに!」


「ふふふ、あははは、そうだろうよ。お前らはそう考えると思っていた。たしかに、山のように貴金属を得ても、守れない。強き身体をもらっても、数十人の英雄級が集まれば敵わない。新しい英雄譚の悪役となるだけだ!」

 

 身体を震わせて哄笑するジュデッカ皇子。


 やはりジュデッカ皇子も理解している。だからこそ、油断していたのだが━━━。


「だからこそ、こう願うのだ。『私がリンボ帝国の皇帝に不自然に思われずに就ける方法を教えてくれ』とな」


「力を求めずに意見だけを聞くのか。だがそれが上手くいく保証はないんですよ。お告げを元に行動して失敗するお伽噺はたくさんあるのです」


「もちろんわかっているさ。でもね、こうでもしないと私が皇帝に就ける可能性はゼロなんだよ。たとえ、兄さんが死んでもな!」


「皇太子が死んでも………?」


 どういう意味だ? 第一皇子が死ねば継承権は第二皇子の下へいくのに。


「そうだ。だからこそ願った内容がバレるとまずいのさ。だからこそ、ここでマセットさんは追放する。この世からな!」


 鬼のような形相となるジュデッカ皇子。その皇帝を目指すために騎士を殺し僕を排除する用意周到さ、強欲さは神に喜ばれるだろう。


 だが、僕は喜ばない。たとえ、死んでも一矢報いてやるぞ。


 周りの騎士たちが包囲してきて、激痛をおさえて、喉からこみ上げてくる血を無理やり飲み込むと僕は嗤ってみせたのだった。

アースウィズダンジョンのコミカライズがやってます。ピ〇コマなどで見れますので、よろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
名前からして悪人丸出しでした
 (´艸`*)おー、なろうにテンプレの追放モノが無かったとしたら「追放って、こうなるよね?」なシリアスな構成!読者が幾多ある追放モノで疑問に思っていた『なんでチームやギルドから追い出すのが“追放”なん…
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