17話 領主の僕
「ここどこ? なんか昨日も同じことを言った記憶があるんだけど」
僕はゆっくりと意識を覚醒させて、薄く目を開く。寝すぎたためだろうか、どことなく身体がダルい。手触りから掛け布団がかけられていて、敷き布団のシーツもすべすべでお高いベッドっぽい。こんな良い環境の時は自由なるハンター業は寝るに限ると、シーツをかぶっておやすみなさい。
「あの………起きてもらえないでしょうか。もう一週間寝ているんです」
心に染みるような鈴を鳴らすような、妖精をイメージする可愛い声が耳に入る。ほうほう、一週間。一週間ね……一週間!?
「それは酷い。現状を知りたくないので、おやすみなさい」
なら、もう少し寝てて良いよねと布団をかぶるマセット君だ。眠気というものは最大の友にして天敵なのである。
「あ、あにょ、引きこもりのニートみたいなことを言わないでください………起きてください〜」
どうやら可愛らしい声の持ち主は気弱そうだ。噛み噛みで、僕をそっと揺さぶってくる。弱々しい揺れは僕を睡魔の世界に連れて行こうとして、やっぱりうつらうつらしちゃう。
「あ~ちゃんにまかちて! あ~ちゃんはね、起こすの得意なの。とや〜」
ふんすふんすと幼い声が聞こえてきて、僕の上に誰かが飛び乗る。
ぽすん
小さな弱々しいダイブ。ほとんど衝撃なんかない。ないけど、薄っすらと目に開くと幼女がいた。幼い少女と目を合わせると、ニパッと愛らしいスマイルを見せてくる。
「おあよ〜。あ~ちゃんです。まぁしゃん起きまちたか?」
「うーん、眠い〜。ねむねむお化けがあ~ちゃんを引きずり込んじゃうぞ〜」
掛け布団を幼女に被せて、ベッドに引きずり込んじゃう。一緒に寝ようぜ〜。
「きゃあ、あ~ちゃんベッドに引きずり込まれちゃう。おのれ、ねむねむお化けめ〜………おやしゃみなさい」
哀れ、幼女はモンスターに引きずり込まれて寝ちゃうのだった。お昼ご飯まで寝ていようぜ〜。
「あの、そこは一週間も寝ていたの!? と飛び起きるシーンじゃないでしょうか? なんで平然と寝ることができるんですか。起きてください………」
「だって、慣れてるし。呪いで一ヶ月悪夢の中を寝ていたこともあるんだよね」
あの時は大変だった。呪いをかけてきたのは逆恨みしてきた貴族で、衰弱死する呪いをかけられたのだ。呪いを打ち破るのに一ヶ月もかけたのだ。我ながらよく生きていたと感心したよ。
「マセットさんは恨みを買いすぎなんです。バーゲンセールで命を切り売りしてませんか?」
「買った人はなぜか返品してくるけどね。不思議だよねぇ」
だから恨みを買うことなど、ほとんど無い清廉潔白品行方正のマセットさんなのだ。けど、そろそろ可哀想だから起きようかな━━━!?
からかうのを止めて起きると、言葉を失い呆然としてしまう。なぜならば目の前に超絶美少女がいたからだ。
周りを見るに石造りの家具もない質素な部屋に、まるで宝石のように輝いて見える美少女がいた。神様が織ったかのような煌めく銀糸のような髪が腰まで伸びており、弱々しい少し眠たげな碧眼は見つめるとどこまでも吸い込まれそうだ。スッキリとした鼻梁に、桜色の小さな唇。ほくろ一つない艶かな白い肌の美しさと可愛さが同居している小顔。歳は16歳くらいだろうか、背丈は低いがスタイルは良い。小柄な身体に似合わない大きな果物を胸につけて、腰は細くくびれており、どこをとっても完璧と言う名がふさわしい美少女だった。
「起きました! もう起きましたよ。すいません寝坊助で」
美少女を前にして、一気に意識を覚醒させて飛び起きる。こんな美少女初めて見た。女神様が目の前にいるよ。
久しぶりに胸が高なり、頬が熱くなり、御年12歳のマセット君、久しぶりの恋の予感━━━。
「あぁ、良かったです。愚民がいつ起きるのか心配になってしまいました」
見惚れる笑みでパンと手を打つ美少女。
一気に恋の高鳴りは消え去るのでした。うん、恋は破れるもんだ。仕方ない。まぁ、僕は神様一筋なのでその愛は変わらないけどね。
「えっと、おはようございます、ここはどこで貴方はどなたでしょうか?」
どうやら変な夢を見ていたらしい。魔塔のひしめく国とか、さすがにないもんね。
丁寧に頭を下げつつ、素早く横目で周りを確認する。石造りの部屋だ。古ぼけた本棚が壁の隅に置かれており、色褪せた絵画が申し訳無さそうに壁にかけられている。窓はガラスが嵌め込まれており、ベッドシーツは綺麗で、藁ではなくて木板の上に敷き布団が敷かれている。これを見るに高級宿屋に近い豪勢な部屋ではあるが、内装が古ぼけているところを見ると、あまりお金持ちではない貴族様の寝室っぽい。
「ここは、リンボ帝国の果ての地『グーマ』と呼ばれている辺境の地。領主様が着任なされた土地でございます」
少女がペコリと頭を下げて、サラサラの銀髪が肩に流れる。丁寧な所作で、貴族階級のものであり、礼儀作法を知らない平民ではありえない姿だったけど………。なにかよくわからないことを言ったな?
「領主様? 僕が領主様?」
よくわからないというか、凄い嫌な予感がする。果ての地? グーマ?
「はい。これが皇帝陛下よりの勅状でございます。領主様はマセット男爵に叙爵されました。おめでとうございます」
にこやかな笑顔で、ぶっとい巻物を手渡してくる少女。その蝋の封印はたしかに皇帝からのものだったので、嫌々中身を見てみて……顔を顰めてしまう。なぜならば、皇帝陛下直々の汚い文字で書かれていたからだ。
書いている内容はというと━━━。
『マセットへ。よくもまぁ、躊躇わずに第二皇子を殺したものだ。お前がダンジョンの残骸の中に気絶していたのを見つけて、『過去視』を使用してみて笑ってしまった。相変わらずぶっ飛んでいるな』
気安い感じの友人みたいな感じである。息子さんが殺されたのに笑うとは、酷い皇帝陛下だ。
『さて、お前の扱いだ。本来は反乱を未然に防いだ功績で多大な報酬を与えなければならないが、貴様は帝国の至宝である『謙譲のダンジョン』を破壊した。その罪を考えると斬首が相応しい』
殺されそうである。とはいえ、生きているので方針を変更してくれた模様。
『が、そんなことを前例として残すと、このような反乱が起きた場合、罪を恐れて防ぐ輩がいなくなるので中止にした。報酬のみをやることにしたので感謝して欲しい。喜べ、貴様を男爵としてグーマの領地をやることにしたのだ。感激して涙を流しても良いぞ』
「おぉ、男爵! ………でも、グーマってどこだ? 聞いたことないんだけど」
ハンターとして各地を回った僕でも聞いたことがない土地? なにか嫌な予感がひしひしとしてくるんだけど。あの皇帝陛下が僕を素直に貴族様にしてくれるわけがない。
『グーマの土地は肥沃すぎて階位の低い者では畑を耕すこともできず痩せ衰えた領民だらけで、凶悪な魔物も住む鉱山もあり、各土豪が幅を利かしており、がめつい徴税官が税の徴収も諦めた素晴らしい地だ。瞬間移動で、着の身着のまますぐに送ってやった余に感謝の気持を込めて、毎夜礼拝しても良いぞ』
「着の身着のまま………!?」
とてつもない嫌な予感。畳まれてベッド脇に置いてあるコートを探ると、炎華と氷華、スローイングダガー10本しかなかった。軍から支給されたポーション枝も高位魔法が封印されたカードもない! 何もかもなくなってる! くそっ、全部回収されたのか。
『このように素晴らしい土地を与えられて、貴様は飛び上がって喜んでいることだろう。その喜ぶ姿が瞼に浮かび、余も嬉しい。これを書いている時は、和風酒で乾杯している。これを肴にして、それはもうグイグイとな。グーマの地は広く、平定すれば公爵レベルの土地持ちとなる。貴様の才覚、余は信じてるぞ、頑張るように。余の愛を込めて。追伸ニート卒業おめでとう。そなたの力がどのような力か、余の耳に入るのを楽しみにしている』
そこで書状は終わっていた。ふざけた話である。形だけの功績で死ねと言うことらしい。いや、僕の生存技術は嫌というほど知っている人だ。周囲へ見せしめにするだけで、本当は助けてくれたつもりなのかもしれないが………。なにせ、第二皇子派が恨んでるはずだからね。ほとぼりを冷ませとのことかも。
「ぐぬぬぬ、皇帝陛下め、賭けでぼったくったのをまだ恨んでいるんだな」
それでも悪意の方が強そうだと、書状をビリビリと破り、紙吹雪へと変えながら悔しくて地団駄を踏む。以前に少し嫌がらせをしてから、虎視眈々とやり返すチャンスをねらってたな!
僕が名前を知らないのだから、とんでもなく辺境なのだ。しかも危険がいっぱいの土地なのだろう。深呼吸をし、気を落ち着けて胡乱げな目を、目の前の少女に向ける。
「で、君は?」
「はい。私は皇帝陛下に命じられて、領主様の補佐官に姉妹共々就任しましたルーシー・ルーザーと申します。ルルとお呼びください」
スカートの裾をつまみ、ちょこんとカーテシーをして、ニッコリと可愛い笑みを見せてくる。素朴なワンピースを着ているのに、ルルの場合、高位貴族のお嬢様のようだった。
「あたちはアス・ルーザー、5しゃいだよ。ルルしゃんのいもーとでしゅ。お仕事がんばりましゅ! あ~ちゃんって呼んでね!」
ぷくぷくほっぺでフリルのブラウスを着た花の妖精のように可愛い幼女が元気にかけ布団の隙間から手を挙げる。
「よろしくお願いします。ルル、あ~ちゃん」
補佐官にねぇ……可愛い2人だけど、皇帝陛下がよくこんな美人さんをつけてくれたもんだ。裏があるんだろうなぁ、とほほ。
清廉潔白、品行方正なマセットさんなのに、なぜか恨みを買いやすいんだよね。
「それじゃ、僕はこの土地に放り出されたわけだ。どれくらい酷い土地なのかな」
「それはご覧になればおわかりになると思います。素晴らしい楽園のような土地ですって、応募要項に書いてありました」
よいせと、起床して窓際に立つ。
「なるほど?」
カーテンをシャッと開くと、そこには楽園が待っていた。
街というよりも村で、しかも今にも崩れそうなボロボロの小屋。遠くに見える畑の作物は雑草のように短く、枯れているのもある。村を囲む壁は木の柵の上に、ところどころ穴が空いてたり、壊れたりしている。村人はゾンビかと思わず思っちゃうほど、窶れていて、弱々しく歩いていた。
「うぅ、嘘ばかりです。応募要項には初心者歓迎、フレンドリーな人間関係とアットホームな雰囲気の楽な事務仕事と書いてあったのに……」
泣きそうな声が後ろから聞こえてくるが、僕も乾いた笑いしか生まれないよ。これ詰んでない?
「あぁ〜。領主が領地を捨てたら死刑だったよね………」
僕のちょっとした蓄えでは、この土地の経営は無理だ。というか商店すらなさそうです。
「あの夢が本物だったらなぁ。儲ける方法もありそうだけど………」
夢の国に行ければ、なんとかなるかもと苦笑を浮かべて、座り込むのを防ごうとするが
「このペコペコの瓶のおみじゅ飲んでいーい?」
あ~ちゃんが透明な瓶を手に、ワクワクとした顔で見てくる。夢の中で手に入れた瓶だ。ほむほむ?
「もしかして夢じゃなかったのか? と、するとやりようがあるかもな」
光明かもしれないと僕は少しだけ気を楽にする。
そうして僕の新たなる人生は、波乱万丈の形で始まるのだった。