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14話 モンスターの弱点をつく魔法使いたち

「く、くそっ。まずい、みんな立ち上がるんだ!」


 美原は震える腕でなんとか立ち上がろうとして、部下へと叱咤する。頭痛は酷く、グワングワンとまるでミキサーにでもかけられたかのように視界は揺れて気持ち悪い。だが、ここで気絶するということは死ぬことと同義であった。


 落ちている自動小銃を掴み、杖にして立ち上がろうとするが、よろけて膝をついてしまう。それは致命的な隙であり、後は一方的にモンスターに殴り殺されるだろうと思っていたが━━━━━。


「グハハハハ」


 モンスターは倒れている美原たちを見て、悦に入って牙をむき出し笑っていた。追撃する素振りもなく、まるで自身の力がすごいと確認でもしているかのようだ。それはいじめっ子が弱い相手をいじめて自身の力に満足しているかのようだ。


(追撃してこない? 獲物を前に舌なめずりか? しかし助かったとも言える。なんとかこの間に立ち上がらないと)


 さっきまでの体内に奔る衝撃が意外なほどにあっさりと消えて、美原は態勢を立て直し自動小銃を構えると、すぐさま引き金を引く。


 銃弾は狙い違わず、モンスターの目に命中するが、モンスターは多少驚いただけで、すぐにニヤニヤと嫌らしい笑みを見せて立ち直り、まるでその攻撃は通じないとばかりに、棍棒をゆらゆらと振る。


「こいつ、やけに人間くさいやつ。俺たちを見て、早くも勝利宣言か?」


 すぐさま引き金を引くが、モンスターは今度は避けることもしなかった。見下す目つきで銃弾をまともに受けていた。悔しいことに小さな銃痕はすぐに塞がってしまい、もはや血すら流さない。


「グハグハグハグハハハハ」


「こんな化け物がいるとは……本部に通信を」


 歯噛みをして悔しがるが、冷静な部分がここは時間稼ぎをしつつ援軍を求めるべきだと囁いていた。


 なので、インカムに手を添えて通信を取ろうとするが『ザーザーザー』と雑音だけが返ってきた。


 雑音だけが聞こえてきて、通信が取れなくなっていた。まるで通信チャンネルが変わったかのように通信がとれない。


(軍用通信だぞ、なぜ通信できないんだ? くそっ、まずい。市民を避難させつつ、誤魔化し誤魔化し時間稼ぎをするしかないか)


 幸い、モンスターは頭は悪そうだ。適当に散らばって銃弾を撃ち込めば陽動できるだろう。


 命をかける必要があるかもしれない………すまない、みんな。


 苦い思いを心に抱き周りを見ると、立ち上がろうとしている部下たちは、ニカッと笑みを返してきていた。美原の決意を悟り、それでも逃げることも、罵ることもせずにいる。


「市民を守るために給料をもらってますからな、大隊長」


 いつもそばにいて、なにかと教えてくれた老齢の少尉が強きに笑う。心強さを感じて勇気が心に湧いてくる。


「皆を俺は誇りに思うぞ。悪いが市民を守るために、命を賭け金に変えさせてくれ!」


 美原は立ち上がった部下たちに命じようとする。と、指示を出す前に、想定外のことが発生した。


「むぉぉ、そやつはトロールというモンスターでござる。倒すには炎しかないのでござるよ!」


「馬治君!? と、トロール?」


「駄目でござるなぁ、ファンタジーが侵略してきている今は、古来からの幻想文学をたしまなければ、戦えないでござるよ。こいつはトロール。炎で傷口を焼かなければ永遠に再生する魔物でござる!」


 まるでこの災害が自分のためのイベントとでもいうように、鼻息荒く優越感を笑みに変えて、馬治君が皆の前に飛び込んで説明をする。相変わらずの頭にバンダナ、アニメのプリントされたシャツにジーパンだ。なぜか腰のベルトに何本ものスプレー缶を挿している。


「トロールは知っているが、炎が弱点なのかい?」


 美原だって、ファンタジー物はゲームなのでやったことがある。トロールの名前も知ってはいたが、炎が弱点などと聞いたことがない。


「原典ではトロールは妖精。魔物の場合は再生能力を持ち火で焼くべしと伝えられているでござる。そして、拙者は用意してきたぁぁぁ!」


 馬治君はスプレー缶を取り出すと、ライターを片手に得意げに嗤う。だが美原は笑うことができなかった。


「たとえ炎が弱点であっても駄目だ! ここはシェルター内だぞ。周りは避難民の荷物やゴミだらけだ。そんなことをしたら大火事になってしまう!


「そんなのは倒した後に考えれば良いのでござる。おら、くらぇー! 馬治スーパーフレイムシャワー!」


 止めるまもなく、馬治君はスプレー缶を前にしてライターに火をつける。よく火がつくスプレー缶を選んだようで、噴霧された所に火がついて、トロールの頭を炎で包む。


「ひょー、見たでござるか! これこそヒーロー。知識を使って敵を倒す拙者に相応しい役柄でござる」


 何度も何度もスプレー缶を噴射させて自作火炎放射器でトロールを燃やす。その顔は活躍できて嬉しいと示していた。トロールは炎の攻撃は想定外だったのか、再び自身を守るために腕を盾にして、じりじりと下がろうとしていた。


「仕方ない、最短でトロールを倒すぞ。討伐を終えたら消火作業に移る! 炎が本当なら火傷した所に攻撃をせよ!」


 噴霧されるスプレーは拡散して、意外と炎が周りに広がる。早くも壁に炎がついてまずい状況だ。もう少し周りに気を使ってくれても良いのだが、馬治君は被害など目に入らないように苦しむトロールへと時計回りに周りながら攻撃を続ける。


 この炎攻撃が本当にトロールにダメージを与えるならば、背に腹は代えられない。


「おらおら、これからは拙者の時代! 兵士たちの先頭で活躍する賢者。敵の弱点を見抜き、対処方法を素早く編み出し倒していく。うひょ~、こういうの待ってたでござる!」


 不謹慎に喜びながらスプレー炎でトロールを燃やす馬治君。炎で燃える肌にピンポイントで射撃をしていく美原の部下たち。もちろん美原も負けじと撃ち続けて、トロールに銃弾を命中させていく。


 よくわからないが、炎で倒せるのならばと美原は思っていたが、トロールの様子を見て嘆息する。


「治っていく。再生していくぞ。火傷も銃痕も消えていく!」


「へ? な、なんででござる?」


 トロールの身体は再生していた。たしかに炎で肌は多少焼けるが、爛れた肌はすぐに元の健康な皮膚へと戻っていく。もちろん火傷に重ねて撃った銃弾による怪我も全て治ってゆく。


「効いてない! 炎は間違いだったんだ。馬治君下がっていてくれ」


「そんな、そんなはずないでござる。おい、トロール、お主の弱点である炎で攻撃するぞ? おい、炎! 炎を喰らわすでござる!」


 効いてないことを見て取り、信じられないと心に冷たい塊が感じられて馬治は苦味を感じて顔を歪める。それでも効果はあると一抹の期待を持って、スプレー缶を持ち上げては下げてと、威嚇する。その姿は先程殴るふりをして虐める男と同じことであることに気づいていなかった。


「グハグハグハハハハ」


 トロールは滑稽だとばかりに笑うと、身体を軽く身震いさせる。たったそれだけで炎は消えて、トロールの火傷も癒えていく。


「下がるんだ!」


「な、そんなことない。これはトロールのハッタリ。きっとダメージは入ってるのに、入っていないとのフェイクでござる。そう、賢い拙者の勝ちなんだ! もっと近づけば効果が」


 美原の言葉も馬治には届かずに、おぼつかない足取りでスプレー炎を噴射し続ける。炎は再びトロールの顔を焼くがあっという間に癒していった。


 そして、トロールは馬鹿にしたような目つきで見てくると、丸太のような棍棒を横薙ぎに振るう。


 諦められない馬治はスプレー炎を撃ち、回避する様もなく、棍棒の横薙ぎを喰らうのだった。


 ━━━━━美原が。


「グハッ! こ、これは痛いな」


 棍棒が馬治を叩く寸前に飛びついて、馬治の代わりに美原が食らったのだ。自分がまるで粗大ゴミのように退けられたように、床を転がり壁に激突する。食らった瞬間にメシャリと自分の身体からしてはいけない音がして、耐衝撃、耐刃性能が高い戦闘服が何の役にもたたずにぼろぼろとなっていた。


「大丈夫でござるか? な、なんで、こんなはずじゃ、拙者の機転で見事に倒す予定だったのに………」


 寸前で助かった馬治君が青褪めて駆け寄ってくる。


「に、逃げるんだ。こいつは生半可な敵じゃない」


「そ、そんな、こんなことに………違う、違うのに。こんな結果は間違ってる!」


 現実を認められないとばかりに馬治君はかぶりを振るが、これが現実だ。


 口の端から血の色をした泡が漏れ、喋ることも困難になりながら馬治君を遠ざけようとする。激痛が走り手足を見ると、まるで人形が悪意あるいたずらで壊されたかのように、あらぬ方角に曲がっていた。もはや治ってもきっと歩行も困難になるだろう。


 それでも馬治君は守るべき市民である。なので、弱々しくも言葉を発して逃がそうと笑う。そこに部下たちが必死の覚悟で割って入ってきて、銃撃を再開する。


「大隊長を守れ!」


「撃て、撃つんだ。気を引くんだ!」


「この化け物野郎。大隊長に近づくんじゃねぇ!」


(なんだ。俺って意外と慕われていたのか………)


 嬉しい反面、無駄な犠牲を増やすことになる。一人の兵士を守るために何人もの兵士たちを死なせるわけにはいかないのだ。


 トロールはわざとゆっくりゆっくりと歩いてくる。甚振るためであり、もはや脅威に思われていない。


「に、逃げ」


 自身最後の命令をくだそうと口を開こうとし━━━。小枝が飛んできてコツンと美原の額に当たった。


 パアッ


 と神々しい光を放って。


 光は粒子となり、サラサラと美原に降り注ぐと、折れ曲がった手足を元に戻し、突き出た肋骨は体内に戻ると皮膚は傷一つない綺麗な肌となる。


「治った!? な、治ったのか?」

 

 手足は動き、痛みは一切感じない。なぜこんな奇跡がと驚愕してしまう。見ると部下も馬治君も、それどころかトロールも美原を見て唖然としていた。


 そこに美少女にしか見えない男の子が、顔を覗きこんでくる。


「傷は治りましたでしょうか。閣下には大変申し訳ありませんが、たった今事務次官様に雇われましたマセットと申します」


「や、雇われた?」


「はい。どうやら閣下たちの中に火炎魔法の使い手がいない模様。お邪魔になると思いましたが、事務次官様のご用命を受けまして、ハンターである僕がトロールキングの討伐を依頼された次第です」


 いつの間にか手に持った玩具に見えるショートソードをくるりと回すと剣身が炎に覆われる。


「なので閣下。ここは清廉潔白、品行方正、気弱でお人好しのマセットにお任せください」


 炎に顔を照らして、マセット君がにこりと花咲くように微笑む。


『彼は異世界から転移してきた人間かもしれない』


 密かに軽尾事務次官が言っていた人間が。

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― 新着の感想 ―
パッパかっこいい!ただ一人マー君の言葉を真剣に受け止めてたんですね
 \(^◇^)/うおー!馬治くんモンスター化の鬱展開はナッシング!読者にモブっぽく思われてた十三お父さんの意外な観察力と静かに最善を選択してるの頼もしーい!次回は遂にマセットくん無双が見られると読者の…
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