13話 トロールキングと戦う魔法使いたち
「きゃあー、モンスターよ!」
「逃げろ、逃げるんだ。殺されるぞ!」
「あなた、しっかりして! 立ち上がれる?」
避難場所は阿鼻叫喚の様相へと変わっていた。平和にのんびりとしていた人々は押し合いへし合い逃げ始めて、泣き叫ぶ声や、悲鳴が木霊する。
(このままではトロールキングとは別に死者が出てしまうよ!)
トロールキングに恐怖して、大の大人が子供や怪我人を押しのけて、出口へと殺到している。このままでは子供や怪我人は押し潰されて死んでしまう。止めなくてはと、息を大きく吸い込み魔力をこめて━━━。
「皆さん、落ち着いてください! 一分で良いんです、そこを動かないで! すぐに兵士が救援に来ます!」
十三さんの叫びに、皆が一瞬動きを止めるのだった。見ると、険しい顔ながらも堂々とした態度で十三さんが皆を見渡している。予想外に立派な貴族様だった模様。
「パパは軍の事務次官なんだ。荒事は苦手だけど、それでもやるときはやる人なんだよ」
「ママの夫だしねぇ、ふふ」
むふーと自慢げなあかねさんに、てれてれと惚気る夜子さん。
「おぉ、かなり偉い方だったんですね」
なるほど、だから馬治さんの訴えを誤魔化せたのか。魔剣持ちを誤魔化してくれるとは、高位の貴族様なんだろうなぁとは思ってたけど、予想以上に偉い貴族様だったらしい。
十三さんの叫びに皆が足を止めて、それが幸いし冷静さを取り戻した人たちが倒れた子供や怪我人を助け起こし始める。
そして、その一瞬の静止した時間に、救援はきた。
タタタタ
と、乾いた音がするとトロールキングが穴だらけとなり、ガクリと膝をつく。
「おぉ……トロールキングの皮膚はそこそこ硬いのに、あんなにあっさりと……この国の魔法使いは凄いですね」
通路から焦った顔で何人もの緑の服を着た魔法使いたちが走ってくるのを見て、この国の魔法を観戦しようかなと、僕はワクワクした顔で眺めるのだった。
だって、ここからが本番だ。トロールキングが厄介と言われる由縁でもあるからね。この国の魔法の力、とくと見させてもらおう。
◇
「ターゲットを撃破!」
「……いや、まだ確定するのは早い。銃撃を続けるんだ!」
軍用ブーツの床を削るような荒々しい足音を立てながら、救援にきた美原少佐は部下へと注意をする。日本軍の誇る新型自動小銃00式は突如として出現したモンスターを一瞬で蜂の巣として倒していた。
「間に合わなかったか! なんだ、このモンスターは。メガゴブリンの肥満体か? いったいどこから現れたんだ」
死者が出たことに沈痛を覚える。通路は無惨にも潰れた人間の死体が転がっており、壁や床が砕けていた。
まさかシェルターに現れるとは考えておらず、残敵掃討に部隊を回してしまったのが痛恨だった。なので人手が足りずに、美原自身が救援に来たのである。
軍学校の佐官コースを修了し、この部隊の司令官となってから3年。初めて出会うモンスターに戸惑いを覚える。今まで出会った敵は、正確には小さな子供レベルの知性を持つ緑の肌の小鬼ゴブリン、その親玉の巨漢のメガゴブリン。
━━━それだけだ。25年前に出現したダンジョンからはたったの2種類しか生まれなかった。今回のモンスターハザードもゴブリンやメガゴブリンたちがどこからか多数現れて民衆がパニックに陥っただけというのが、軍司令部の発表だ。死傷者は僅かしかいない。
確かに美原自身、ゴブリンとメガゴブリンとしか戦闘をしていない。棍棒やナイフを扱う程度の知性はあるが、極めて凶暴で、話し合いのできない相手。一般市民には秘匿されているが、他の世界からの生物兵器ではと噂されているものたち。解剖した結果、生殖器官のついていない、最初から成長した姿でデザインされている文字通りのモンスター。
「今回、遂に侵略者は戦争を開始したというのか? 本腰をあげて新型モンスターを連れてきた?」
「そうなるとあちらは空間を操る技術は持っていても、それ以外はさっぱりなんでしょう。科学の力に生物兵器は無力ですよ。まぁ、科学の力というか、鉛玉の力というか。巨大なモンスターでも銃弾の前には敵いっこないですからな」
ケラケラと楽しげに笑いながら、まだまだ若く、高校を卒業したばかりの部下が自動小銃を振って見せる。モンスターを倒して興奮気味なのだ。
ゴブリンなどは自動小銃の前には無力だ。相対する美原たちの方が罪悪感を覚えるほどに、簡単に一掃できた。少し引き金を引けば倒せるのだから当たり前だ。
「その割には、敵の攻撃はバラバラです。これ、侵略というほどに作戦行動には見えませんよ。たしかにそこそこ数はいましたが、どうもいきなり現れてモンスターたちもパニックに陥ってませんでしたか、大隊長」
生え抜きの老齢少尉が、複雑そうな顔で言う。ナイフや棍棒で武装しており、殺意を持っている相手とはいえ、一方的に生命を奪い取るのに罪悪感を持っているのだろう。
「……そうなんだ。司令部もその点に疑問を持っている。侵略戦争にしてはお粗末。ダンジョンは破壊できずにいるが、モンスターは弱い。なにがどうなってるのか、さっぱり分からないらしい。………もしかしたら、たんに他の世界から事故で転移しているだけではとも言われている……」
広間を見渡して、集団の中にいる一人の少年をちらりと見てため息を吐く。そうだとすると、森林に住む狼の群れが突如として都会に放たれたのと同じだ。そこに悪意は存在せず、哀れなる被害者たちしか後には残らない。
(だが、事故による転移だとすると………)
他の生物も転移してくるかもしれない。馬鹿げた話だが、先程提案してきた事務次官の言葉を思い出して、ゴクリとツバを飲み込む。わざと少年との間を、形式的な事情聴取にした理由。
(そうだとすると大変なことになるぞ。これは軍人の領分じゃない。後は事務方に任せるのが正解だ)
不安を押し流すように、かぶりを振って、美原はどこから見慣れぬゴブリンが他にいないか巡回するように指示を出そうとして━━━。
「うわっ、な、なんだこいつ、まだ生きてやがる!」
部下の焦った声に振り向く。部下の足はモンスターに掴まれており、立ち上がったモンスターにぶら下げられてしまっていた。
「頭が半分吹き飛んでいるのに、まだ動けるのか!?」
街中でのモンスターとの戦闘を考慮されて、00式自動小銃の銃弾は貫通力は低く、射程距離も短い。これは流れ弾による市民への被害を防ぐためであるが、それでもライフル弾の威力は損なわれていない。数発でモンスターの頭は半分が吹き飛び、骨が覗き肉塊と変わっていた。にもかかわらずに立ち上がる生命力に驚愕をしてしまう。
「大隊長! やつ、再生しています!」
「再生だと? くっ、そんな力を持っているのか。腕を狙え、あいつを助けるんだ! 捕まった奴に当たらないように気をつけろ!」
「了解! そんなヘマはしませんって」
軽口を叩きつつ、軍曹が自動小銃を構えると、今にも地面に叩きつけられそうになっている部下を掴むモンスターの腕を狙う。単発での一撃は、狙い違わすにモンスターの腕に命中すると、痛みにモンスターは吠えて、捕まえた部下を放り投げてしまう。
「ぐへっ、な、ナイスキャッチ」
「どういたしまして。死体判定されてない敵に無防備に近づいたら駄目だぜ?」
放り投げられた部下を受け止めて、助けた部下が親指を立てる。
「ウォォォォウォォォォ!」
離してしまったのが悔しいのか、銃撃を受けて苦痛の悲鳴なのか、モンスターは咆哮して地団駄を踏む。
「今度こそ、とどめを刺してやれ! 市民に流れ弾がいかないように、モンスターが壁を背にするように攻撃しろ!」
「よっしゃ、今度こそあの世行きだ!」
「よくも投げやがったな。この化け物野郎!」
今度こそ粉々にしてやると、半円で囲み、射撃を開始する。タタタタとうるさい銃声が響き、薬莢がカランカランと音を立てて床に落ちていく。
モンスターは腕を交差させて棍棒を盾のように構えるが無駄な足掻きだ。蜂の巣となって、遂には肉塊となって地に倒れ伏す。美原はそう思っていた。
「単なる力の強い生物では━━━!?」
だが違和感に気づく。蜂の巣となって穴だらけとなるモンスター。その様子は予想通りではあるが、想定外の姿だった。
「大隊長、こ、こいつ、さっきよりも遥かに硬くなってます!」
「な、なぜだ? なんでライフル弾を受けて小さな穴しか開かないんだ!?」
部下たちの困惑した声が上がり始める。さっきはライフル弾により、肉はえぐれて大穴が開いていたはずのモンスターの肉体。人間よりも硬くはあるが、それはサイの肌が硬いとかその程度であり、ライフル弾の前には等しく破壊されていったはずの肉体。
それがまるで豆鉄砲でも受けたかのようにダメージが減衰されており、ほんの数センチの穴しか開けることができなくなっていた。
「大隊長! あいつ、回復してますぜ! 見てください、あの頭を!」
「再生している? なんて速さで再生してるんだ!」
恐怖の混じる声を部下があげる。信じられないことにモンスターの半分砕けた頭が肉が膨れ上がり、再生を始めていた。しかもまるで時間を巻き戻したかのように恐ろしく早い。頭だけではない。千切れかけた手足も、大穴が開いていた胴体も傷が塞がり元に戻りつつある。
「し、心臓を狙え! 頭も完全に破壊するんだ! 敵とて生命体だ。完全に破壊すれば息の根を止めることができるはず!」
「この火力では敵の再生力に負けます!」
「どうなってやがるんだ、このモンスター?」
今までのゴブリンたちのような雑魚とは明らかに違う。そのことを理解して美原は蒼白となる。
(これは手榴弾でも倒すことは不可能か? ロケットランチャーを、いや、その前に市民へ避難指示を出さないと!)
まだ30代手前の美原はこのような事態に対応するには経験不足であり、頭が混乱し身体が硬直してしまう。
「大隊長、しっかりしてください! 奴がなにか行動をとろうとしています」
軍曹が肩を揺さぶってきて正気に戻り、モンスターを見る。モンスターはもはや00式が脅威にならないと悟ったのであろう。自身を守ることを止めて、胸を張り大きく息を吸い込み始めていた。
「なにかまずい! 全員距離をと」
『ウォォォォォォ』
モンスターが咆哮する。今までとは違う大声量の咆哮。美原は最後まで言うことができずに、その言葉は掻き消されて━━━━━。
銃を取り落とす。ガシャンガシャンと音が響き、部下たちも自動小銃を取り落としていた。
「い、いったいなにが」
体内をなにか強力な衝撃が奔っていった。震える声で、美原は自身の顔を触り、鼻血がたらりと垂れていくのを感じて、力が抜けたかのような脱力感に襲われて倒れてしまうのだった。