12話 現れる悪意と僕
『帰属性』とは、持ち主の元に必ず帰ってくる魔法のことだ。売買が不可能となり使い手も少ないので滅多に使われることはないし、付与するにもとんでもない金額が必要となる。僕も自腹ではなくて、皇帝陛下のちょっとしたご好意でつけてもらったんだけどね。
手元に戻しても良かったんだけど、こういう輩は懲らしめないといけない。誰にも知られなければ、盗んだ物がないと気付いても取り返されたみたいだと犯人が悔しがるだけで終わる。そうなると逆恨みをされる可能性もあるし罰になってない。なので、しっかりと第三者に見てもらったわけ。
「お、お前………まさか、こんな子供の玩具を盗んだのか!?」
「嘘よね? そんな馬鹿なことをするわけないわよね? なにかの間違いよね?」
両親は震える声で息子へと確認をする。だが、その態度は心配というよりも厄介事を引き起こしてくれたなとの感情が垣間見える。特に父親の方は、これはまずいと顔が歪んでいた。大勢の貴族様が避難している場所で、元老院の議員の息子が盗みを働いたなんてとんでもないスキャンダルだ。ライバルなどは声高に辞職を求めるのは間違いない。
「そ、それはその………」
「僕の大事にしてた玩具なんです………良かった、見つかって」
そこで、もじもじ気弱なマセットちゃんだ。この姿格好ならば効果はあるはず。以前の姿だと、なぜか剣を構えられたりしたけどね。ひどい時には顔を引き攣らせて、いきなり攻撃されたよ。
しかーし、今の僕は自他ともに認める気弱な可愛らしい男の子だ。その男の子がおずおずと控えめな笑みを浮かべて剣を回収する姿は同情心を持つに相応しい。護衛を笑顔で通り抜けたことは気にしないでね。
「ええとだな、おい、どうなってるんだ? まさか本当に盗んだわけじゃないよな?」
困り顔の父親は、なんとかこの場をおさめたいと考えていた。猶予は僕がこの部屋から出るまでだ。でたら最後なにが起こったのか、避難している他の人たちの耳に入ってしまうからだ。
清廉潔白、品行方正な気弱でお人好しの僕は大げさに騒ぐほど気も強くないし、天貨のぎっしりと詰まった袋をそっと渡してくれれば黙るよ。そうしてくれるだろうと思いきや━━━。
「もち、もとろん、いや、もちろん、盗むわけないだろ父さん。これは馬治に借りたんだよ、なっ、馬治! お前が俺に貸してくれたんだよな! ちょっと見てみたいってお願いしてたんだ!」
焦りながら尾根さんは身を乗り出して突撃するように、僕の後ろにいた馬治の肩を掴む。
「な! そうだよな。お前が貸してくれたんだよな。俺たち、これからも同じ地元で暮らす友人だもんな。だから、少し貸してくれたんだよな?」
そんなわけ無いだろと、馬治さんは突っぱねると思いきや………。
「そうでござったな………拙者忘れてたでござるよ」
頭の痛くなる返答をしてくれるのだった。
「だよなぁ。最近は遊んでなかったけど、今度一緒に遊ぼうぜ。あー、すまなかったな、馬治が貸してくれる前に君に伝えてなかったんだろ? わりーわりー。ほら、馬治も謝れよ」
「あぁ、済まなかったでござるよ、マセット殿」
尾根さんの言葉に迎合して、気弱に答える馬治さん。そのセリフはあからさまに言わされてる感満載だったが、僕は諦めて笑顔を見せた。
「そうだったんですか。それならそうと言ってくれれば良かったのに。ではこれは大事なものなので返してもらいますね」
馬治さんの裏切りを責めるつもりはない。肩を強く掴まれているし、なおかつ、地元と強調されていた。気の弱い馬治さんのことだ。ここで迎合しなければ、虐められる可能性があるのだろう。あの様子を見るに以前から虐められていたに違いない。僕はそうゆう人に優しく冷たいんだ。自分で環境を変えようと思わない人に期待はしない。
「あんたねぇ、モガモガ」
ムッとして、あかねさんが文句を言おうとするので、そっと押し留めつつ、尾根さんを見る。
「ここはこれにて終わりで良いでしょう。でもきっと後悔すると思いますよ」
「………ご、ごめんな、勝手に借りて。いやぁ~、馬治が君に断りを入れてなかったと思わなかったよ」
あくまでも馬治さんのせいにする尾根さん。その流れに乗って尾根さんの両親が話に乗る。
「いや、そうかね。すまないね。不幸な行き違いがあったが子供ならいくらでも起きることだ。いやぁ~、お騒がせして申し訳なかった」
「本当ねぇ、あなたももう高校生なんだから勘違いされるような行動は慎みなさい?」
「はい、父さん、母さん」
そう答えて頭を掻いて苦笑いをする尾根さんと、朗らかに笑うその両親たち。一見すると、仲の良いほのぼの家族のシーンを見せて、この話題は終わるのだった。
繰り返すが、この話題はここで終わるのだった。
茶番と知りつつ、その話に乗る尾根さんの両親。最低だなぁ。
◇
「馬鹿兄さんっ! 今度ばかりは愛想が尽きたわ! なんであいつの話に乗るわけ? 盗みは犯罪だよ!」
「まぁまぁ、あかねさん。馬治さんの気持ちもわかりますよ。僕は所詮たまたまここに来た外来の放浪者。地元とのつながりを重視するのは当たり前です」
ムキーと顔を真っ赤にして激昂するあかねさんを押し留めながら宥める。今のやり取りはたしかに噴飯ものだけど、その日暮らしのハンターにはよくある扱いだ。
「いや、マセット君の言葉は間違ってるよ。馬治……あれで本当に対応が間違ってなかったのか、心に恥じることはないかい?」
僕の腕は二本しかないので、一人では抑えきれませんでした。十三さんが厳しい顔で、怒るよりも厳しいセリフを告げる。
「わ、わかってるござるよ。そ、そんなの拙者が一番わかってる! でもっ、勉強ばかりできても、拳の前には無力なんだ。勉強ができれば将来は腕っぷしの強いやつよりも偉くなる? だから虐めや脅しに屈するなとよく言われますが、それはいつの話ですか? 今から何年後? そんな先の話よりも目の前の拳の方が恐ろしいのでござるよっ! 俺に、俺に力があれば。ステータスオープンッ。うぉぉぉ、俺に力おぉぉぉ!」
注意されて馬治さんは、なんだか話し方も変わって悲痛な叫びをあげると、涙目でドスンドスンと走り去って行った。気持ちはわかる。怖いものは怖いんだ。大人になってからやり返すと誓える人間は少ない。
喉元過ぎれば熱さを忘れるとの言葉通り、子供の頃の虐めは当時はあんなことがあったなと苦い思い出に変換されて、結局は復讐などは考えなくなるのが普通だからだ。特にあの尾根さんの虐めはビミョー。心に傷を残すレベルではない中途半端なものに見えるからね。冷たいシチューを食べても美味しくないんだよ。
「あー、もー。やっぱり兄さんは格闘技とかやらせるべきだよ! 自信をつけさせなくちゃ」
「あかねさん、余程意志が強くないと、弱くて才能がない人間は道場でシゴキに耐えられませんよ。きっと今の比ではないです」
ブーブーと不満爆発のあかねさんだけど、それ悪手だから。
「うーん、私もマセット君の意見に賛成だよ。馬治では道場通いはきっと続かない。なにせ、馬治は勉強はできるんだ。その一点にプライドを持ってるから、体育会系を見下す傾向にあるし、馴染めないだろう。特にオタクムーブで人を寄せ付けないようにしているし」
十三さんも同意してくれるし。
「息子さんの性格をよくわかっているのですね」
「まぁ、親だからね。でも、まだ性根は腐ってないから、大丈夫だよ」
結構軽く笑う十三さん。子どもをよく見ている親である。まぁ、それなら大丈夫か。
でも、あれだ。頭が良いなら、さっさと学士系統の職種につけば良いのに、貴族様って分からないなぁ。
「それよりもマセット君は大丈夫かい? 馬治のことをあまり怒っていないようだが、怒ってもいいんだよ?」
十三さんの気遣いに笑って手をフリフリと振る。
「いえ、よくあることですから。後ろから刺されない限り怒りませんよ」
それにゴブリンを倒した時のことを誤魔化してくれた人たちだ。この程度なんでもない。
「もー、まーくんは心が広いなぁ。さて、それじゃ、私が兄さんの代わりにお詫びとして、今度焼肉食べ放題を奢ってあげる! 連絡先教えてください!」
「それは興味深いお話ですね。ですが僕はハンターで根無し草。連絡先はハンターギルドにお願いします」
「ねぇ、まーくんのその設定にはヒロインはいないのかな? あかねっていうヒロインを設定しても良いんだよ?」
残念な結果に終わったが、まぁよくあることなので気にせずに、僕は軽尾家の人たちと話をしながら広間に戻るのであった。
━━━事件が起きたのは、その数時間後であった。
◇
ベコベコする軽い水筒はペットボトルということ。格安で簡単に買えるらしいので、いくらくらいか尋ねて、天貨ではなく、円という聞いたこともない貨幣であることに戸惑い、どうやって円を手に入れるか、ハンターギルドの場所を尋ねたりして暫く楽しくお話をしていた時であった。
廊下が騒がしくなり、血相を変えた人びとが息せき切って広間に転がるように飛び込んできた。広間でのんびりと安全宣言が出るのを待っていた人びとは、なんだなんだと入ってきた人たちを注視する。
「なんだろ?」
「さぁ………なにか、嫌な予感がしますね」
ハムハムと乾パンというものを食べながら小首を傾げるあかねさんに、僕ものんびりと危機感なく眺める。ここは兵士が駐在してるし、強力な魔法使いもいる。慌てる必要はないと思っていたのだ。
「ドアを閉めろ。誰か手伝ってくれ!」
「モンスターよ。モンスターが出たの!」
「廊下にいた人たちは皆殺されてしまった!」
鬼気迫る表情には冗談を言っている様子はなく、必死になってドアを押さえているところから、危険なモンスターが出現したのがわかる。砦内にモンスター?
なにか危ないことが起きていると気づいた人たちが扉を押さえに手伝いに行き、あかねさんたちも困惑しながらも、手伝おうと立ち上がるので引き止める。
「ど、どうしよう?」
「しっ、少し待ってください………」
手伝いに行くときは状況を知らなくてはならない。聴覚に魔力を重ねて集中し………僕は重々しい足音を聞き分けて、嫌な予感に目を細める。
「駄目です。そのドアを押さえていても無駄です。皆さん、そこから離れて!」
「だ、だがモンスターが入ってきてしまうぞ!」
「この足音は」
「ウォォォォ!」
咆哮が聞こえて、ズシンと床が揺れる。
遅かった。扉を押さえていた人たちごと爆発したように扉が吹き飛び、まるで石ころのように人びとが床に叩きつけられて転がっていく。
そして砂埃の中で姿を現したのは、天井に触れそうなほど高い背丈。緑の肌を持ち、豚のように膨れ上がった胴体、手にはべっとりと真っ赤に染まっている丸太のような棍棒。額に捻れた角を生やし、牙の生えた口を歪めて、凶暴なる空気を纏うモンスター。
「トロール! 角が生えているところを見るとトロールキング!」
モンスターの中でも非常に厄介なモンスター、トロールであった。その中でも最も厄介なトロールキングであった。
「オ、オデニヂガラォォ」
そして、その咆哮に、僕は密かにため息をつくのだった。