11話 魔剣を狙われる僕
二人で避難場所に行くと、シーツを敷いた場所に軽尾家族はいた。馬治さんは寝っ転がり目を瞑っている。十三さんと夜子さんは、カードを手にして、なにやら真剣な顔だった。そこにお邪魔して僕もくわわると、あかねさんと対面となる。
「で、なにから聞きたいのかな?」
「僕はこの国の人間じゃないので、なにも知らないんです。ダンジョンの発生から教えてもらえますか?」
「おぉ〜、それっぽいなぁ。それじゃダンジョン発生からだね。ダンジョンは25年前に発生しました。世界全体で同時に地震が発生して、突然現れたの。石造りの入り口で、いかにもダンジョンって感じだったって聞いてるよ」
「それまではこの地ではダンジョンはなかったんですか?」
「もちろんあるわけないじゃん。もう当時は大騒ぎ。ダンジョン自体もそうだけどさ、周囲の土地も大変なことになるって。だっていきなり住宅地に聳え立ったんだよ。ドーンって。そうなると迷宮に広がる土地の上にある家はどうなるのかって話だよね。水道管とかも破裂しないかとか、地盤が崩れやしないかとか」
「ダンジョンは空間の位相をズラしているから、問題ないでしょう。この世界に姿を現しているのは入口だけで、中は別空間なので影響はまったくないです」
これは有名な話だ。ダンジョンは神の齎した試練。攻略できれば報酬が。放置しておけばモンスターが溢れ出て、人類に災害を齎す。なので、昔の人は最終階層までダンジョンの周囲を掘り進めば、簡単に攻略できるんじゃねと考えた。しかし、掘ってみてすぐに分かったのは、入口だけがポツンとこの世界にあったということ。中の空間は全て他の位相に存在したということだった。ズルは許さないというわけ。
「なんだ、ここで知ってるとか言ったら設定に矛盾が生じちゃうんじゃない? まぁ、歴史で習う中で一番面白い部分だもんね、日本史も世界史も覚えるの大変だもん。室町時代のヨーロッパでは何が起きてましたかとか、よくわかんないしさ」
うりうりと肘でつついてくるので、なにかあかねさんの心の琴線に触れたようだ。ろくでもない琴線な気がするけどね。でも、ダンジョンが初めて発生したのが25年前とは興味深いな。世界各地で地震が起こり始めたのと同じ時だ。
僕のいる大陸はダンジョンが無数にあるし、毎週神託でどこそこにダンジョンが生まれたと神様が教えてくれるから、数が多くて関連付けができなかった可能性もある。
「でさ、次に来たのがダンジョン内は別空間。日本の土地じゃないんじゃないかという話。だから自衛隊は入れなかったの」
「………はぁ? え~と、意味がわからないんですけど?」
え? 自衛隊って、自警団みたいなのなんだよね? は? どうして入れないの?
「えっと……。それは、なんだっけ?」
興味がある歴史でも覚えていないらしい。
「自衛隊はね、日本を守る専守防衛の部隊なんだ。だから万が一にも他国と繋がっている可能性のあるダンジョンには侵入できなかった。当時の国会は大荒れだったんだけどね」
隣で聞いていて、フォローをしてくれる十三さん。えへへと照れ笑いするあかねさん、もう少し勉強した方がいいんじゃないかな? 国会とかよくわからないけど、あれでしょ、元老院議会とかでしょ? でも、専守防衛か………この国は魔法大国っぽいからできたんだろうなぁ。
「でも、他国が調査した結果、中にはモンスターが蔓延っているのが確認された。そして、毎週どこかしらで発生するダンジョン。日本は大パニックさ。なにせ、モンスターがいつ外に出てくるかわからない。で、だいたい間に合わない時にどんな結果になるのかも想像つく」
ウンウンと十三さんの説明を聞く。あかねさん、説明を引き継いでも良いんだよ?
「あっという間に憲法は改正されて、日本は軍隊に切り替わった。そして、各地にモンスターが外に出てきた時のためにシェルターが建設されて━━━━何事もなく今までやってきた」
「ん? モンスターは溢れ出なかったんですか?」
「害獣駆除として定期的に駆除している。でも、すぐ後に分かったんだけど、モンスターは簡単に倒せたからね。あまり焦る必要はなかった。お陰で、ゴブリン保護団体とか、ダンジョンの環境を守ろうとする団体やらが生まれて困ってしまったんだけどね。それも平和だからと今なら笑って返せる」
団体とか意味わからないけど、モンスターを簡単に倒せるのはわかる。メガゴブリンをあっさりと倒した手並みは見事なものだった。しかもこの砦も魔法使いばかりだ。余程のモンスターでない限り苦戦しないだろう。モンスターには魔法しか効かないやつが多いけど、この国なら相手にしないに違いない。
「今回初めてモンスターが外に出てきたもんね。ダンジョンは軍が閉鎖してたのに、そこら中に現れたよね。なんでだろ?」
ようやく話に加われるとあかねさんが身を乗り出す。さっきから話に加われるチャンスを狙ってソワソワしていたもんね。
「ダンジョンからではなく、急に現れたんですか?」
「うん、そうだよ。ほら、いきなりトイレの中からとか、物置の中や田んぼの泥からとか。動画がたくさん公開されてるよ。見る?」
板を取り出してきて、僕に見せてくれるが、たしかにモンスターが空中から現れる姿を捉えていた。過去の光景が映ってるなんてすごいや! この板欲しい! 『過去写し』の魔導具だったんだ!
でも、この光景は見たことがある。『魔の亀裂』だ。『魔の亀裂』は放置すると魔物がポップする。放置して狩り場に使うのもあるけど、街の中の物は浄化する。見習い神官でも、どこに発生しているかわかるし、浄化の方法も簡単で神官のみならず、鉄ランクのハンターなら浄化魔法を使えて消すことができる。
でも、これを指摘するのはやめとこっと。教会の怠慢、軍の怠慢、ハンターギルドの怠慢になるもんね。発生する前ならいざ知らず、もう発生したあとなら、指摘しても遅いもんね。『魔の亀裂』はある程度のモンスターを吐きだすと消えちゃうし、下手に首を突っ込むこともないだろう。僕は気弱なんだ。
それよりもあかねさんの持っている板だ。周りのみんなも持っているところを見ると、この国では一般的に売られている可能性がある。僕も買えないかな。ハンターカードにはいくら入ってたっけ?
「ほらほら、昔の話はここまで。マセットちゃん、ご飯を食べましょう?」
「そ、そうだね。まーくん、一緒に食べよう? 私の膝に乗る?」
気になる板の値段を尋ねる前に、パンパンと手を打って夜子さんが話の腰を折る。意味ありげに責めるような目つきであかねさんを見るので、あかねさんもハッとしてワタワタと手を振り慌てる。あぁ、僕の両親はこのモンスターハザードで亡くなった設定だから気を使ってくれたのか。優しい人たちだなぁ。
「えっと僕も一緒でよろしいんでしょうか?」
膝に乗るのは遠慮するけど。
「もちろんよ! とは言ってもパンと缶詰だけなんけど」
「貴族様とお食事をご一緒できるだけでも光栄です! ありがとうございます」
そうして、貰えたのはあのベコベコ凹む透明な容器のお水。アンパン。そこまでは珍しくなかったけど━━━。
「この缶詰というのはとても美味しいですね!」
このお肉、細かく肉がほぐしてあって、脂が絡んでいて、口にいれると旨味があって美味しい。初めて食べたよ。白米が欲しかったなぁ。どんなお肉なんだろ? 魔物のお肉かな?
「シーチキンだね。缶詰そのままで美味しく食べてくれて良かった。缶詰だけドーンと出すと食べられないって人がいるもんね」
「それはあかねでしょ。今日はちゃんと食べるじゃない」
「あー、それはオールドあかね。今の私はニューあかねになったんだよ、ママ」
「調子が良いんだから」
箸を振って、明後日の方向を見てとぼけるあかねさんにクスクスと笑う夜子さん。ほうほう、シーチキンという魔物なのか。今度元の街に戻ったら、探してみよ。
和気あいあいと明るく食事を終えることができたのでした。隅っこで恨めしい顔でポソポソとご飯を食べていた馬治さんを除く。十三さんも深刻な表情で席を外したけど、なにかあったのかな?
その後は板はこの国の身分証明書がないと買えないというショックなことがあったり、お菓子をもらって、その美味しさに驚いたりして過ごす。
そうして、夜も更けて、仲良く就寝し━━━━━夜が明けて、僕の炎華と氷華がないことに気づくのだった。
◇
「拙者ではないでござるよ! 妹よ、もう少し兄を信じて欲しいでござる!」
「別に兄さんがやったとか思ってないでしょ。まーくんが剣が無いというから、兄さんを思わず見ただけじゃん」
「それが既に疑っている証拠では!?」
兄妹が騒がしくしているけど、そのとおり、僕の魔剣が盗まれました。
「盗まれたくないものを抱いて寝てましたからね。僕も迂闊でした」
コートを抱いて寝たのだ。だって、ポーション枝とか盗まれたらおしまいだし。主にこの砦が。僕は神様の敬虔なる使徒。盗みに対する報復はきっちりとするのだ。熱々のシチューを用意するからね。
「うーん、あの玩具を盗まれたのか………誰が盗んだのか分からないかもしれない。ここには大勢の人間が避難しているからね」
困って顔の十三さん。たしかに玩具ということにしているから、盗まれても、なんだ玩具かで済まされるだろう。もしも十三さんたちがグルなら、よくぞ狡猾なる策謀をと感心しちゃうが、違う事を知っている。
「大丈夫ですよ。どこにあるかはわかってます」
「えっ!? わかってるの?」
ポテポテと歩いていき、広間を出て、個室っぽい所に辿り着く。特別なお偉いさんが使っていそうな個室だ。扉の前には黒いスーツを着た男が護衛として立っている。
「なんだね、きみは? ここは尾根議員の避難している場所で、お、おい、ちょっと」
「まぁまぁまぁ」
黒いスーツを着た男が押し留めようとするが、ニコニコスマイルで、男の脇を潜ると、ドアを開けて中に入る。
部屋の中には何人かの男女がソファに座って酒を飲んでのんびりとしており、僕を見てギョッとした顔となる。どうやら貴族様の中でもさらに偉いのだろう。元老院の議員だと言ってたから当たり前か。
「こ、子供? えーと、君、ここは特別室だよ? 探検なら他でやりなさい」
怒るかと思えば意外にも優しい笑顔で注意をしてくる老齢の男。目はまったく笑ってないので、世間体を気にしているだけのようだ。
「申し訳ありません。ですが、僕の剣を盗んだ相手がいるようなので取り返しに来ました」
「な、なんだ。その鞄は俺のだっ。勝手に開けんな!」
昨日あった金髪の男子に近づき、脇に置いてある鞄に手を伸ばす。慌てて顔を歪めると僕を止めようとしてくるが、伸ばしてきた腕を極めて、あっさりと防ぎながら、僕は目的のものを引っ張り出す。
「これは僕のものです。オンリーワンなので、まさか買ったとか言いませんよね?」
にこやかに取り出したの炎華と氷華。僕の言葉に金髪男子が青褪めて空気が凍りつく。
この剣は『帰属性』を付与されてるんだよ? どこにあっても僕にはわかるのさ。