10話 いじめを許さない僕
にこやかに見送りしてくれる美原さんたちに軽く会釈を返してパタンとドアを閉める。予想と違って、事情聴取は簡単に終わっちゃった。
事情聴取は簡単に終わったけど、簡単に終わらない人がいた。誰のことかと言われれば馬治さんだ。
「なんで誤魔化したんでござるか! マセット殿はゴブリンを簡単に倒していたでござろう?」
そう言われても困る。魔剣の価値に美原さんは気づかなかった。魔剣タイプはピンからキリまであるので、僕のような平民が持っている魔剣はたいしたことがないと考えたのだろう。でも、それも魔力を流すまでだ。貪欲に魔力を呑み込む炎華や氷華を見たら、その価値ははっきりとわかってしまう。気を利かせて気づかないふりをしてもらっている間に退散あるのみだ。
「そうでござる! この短剣は意志の力で目覚めるとか、そんな感じなんでござろう? うぉぉぉ、目覚めよ、短剣よ!」
「あ、あの勝手に人のを取らないでください」
気弱な僕の魔剣を奪い取って天に掲げる馬治さんだけど、剣に意思があるインテリジェンスタイプは僕は嫌いなんだ。持ち主ってだいたい非業の最期を遂げてるし。あいつら、絶対に主人を殺すように誘導してるよ。
「こら、馬治! いい加減にしなさい。マセット君に謝って返すんだ!」
「………本当に幻覚だったんでござるか? 自信がなくなってきた……。マセット殿、申し訳ないでござる」
遂に激怒した十三さんの険しい顔と、家族たちの責める表情を前に、しょんぼりとする姿に善良な僕は心が痛む。殴ろうかと思って握りしめていた拳をとくと、手をパタパタ振る。
「いえ、なにかよくわかりませんが、馬治様にとっては重要なことだったのでしょう。なにかよくわかりませんが」
謎なんだ。貴族様なら魔剣の一本や二本持ってないのかな?
十三さんと夜子さんが嘆息して、用事があると去っていく。その姿を見送り、また馬治さんはため息をつく。
「………拙者、非日常に憧れてるんでござる。勉強ばかり成績良くても、心が満たされないのでござるよ。現実はつまらないですからな。拙者も魔法使いとなって、人々をモンスターから守る、そんな波乱万丈の人生を送りたかったのです」
淡々と語る内容は子供っぽい。貴族様はこれだからなぁ。
「兄さんなら歳をとれば魔法使いになれると思うから大丈夫だと思うよ」
「そっちの魔法使いにはなりたくないでござるよ! 妹よ、拙者がきっちりした格好になれば、モテるのを知ってるでござろう?」
「それは大昔の話でしょ。今はぶくぶく太って豚じゃない。痩せてから言ってよね。ダイエットって、きついんだからね?」
「うぅ、反論しづらい正論を口に………」
へへんとからかうあかねさんと、歯噛みをして悔しがる馬治さん。
兄妹の言い合いを見ながら納得する。なるほど、選択できるジョブに『魔法使い』関連がなかったのか。だからあれだけこだわっていたと。まぁ、あかねさんの言うように、魔法使いに就かなくても中年まで必死に努力すれば魔法使いにはなれるんだ。苦難の道だとは思うけど。
貴族様のボンボンにありがちな英雄志向なんだろう。特に同情することもない。
「へー、勉強しかできない奴は夢の世界を求めるんだな」
兄妹の言い合いに聞いたことのない声が挟まれる。見ると、ニヤニヤと笑いながら金髪の男子が取り巻きらしき二人を連れて、廊下を歩いてきていた。やけに大きい赤いピアスを耳につけて、モンスターハザード中とは思えないシャツにズボンの軽装だ。こちらもいかにも貴族様って感じ。ズボンに手を突っ込んで歩く姿は軽薄そうなイメージを与えてくる。
「あ………久しぶりでござるな、尾根君」
さっきまでの勢いはどこへやら。顔を暗くして、馬治さんはボソボソと答える。
「おう、久しぶりだな、ガリ豚。なんだよ、帝政学校に進学したと思ったらそんなくだらないことをしてるのか? 今、目覚めよ〜とか叫んでなかったか?」
「俺も聞いた〜。近所迷惑だから、あまりブヒブヒ鳴くなよ」
「こいつ、本当に帝政の学生なわけ? こいつにそっくりなやつ、養豚場で見たことあるんだけど?」
「ギャハハハ、そりゃ豚に失礼だろ。あいつらは美味しく食べられるけど、こいつはゴミにしかならないからな」
「ハハハ………そんなにからかわないでくれでござる」
3人が悪意のある笑みでからかってきて、それなのに馬治さんは乾いた笑みで追従するだけだった。
「尾根さん、こんにちは。お久しぶりですね。尾根さんは帝政を落ちて今はどこの学校に進学したんですか? 友人の皆さんをみるに、底辺高校だと思いますけど? でも、まさか国会議員の親がいるのにそんなわけないですよね? 将来は親の地盤を受け継ぐのに」
腰に手を当てて、あかねさんがその代わりに怒ると、尾根と呼ばれた青年の顔色が赤く変わる。
「なっ、てめえ、俺はな、日本でも最高の進学校にいったのに、そんな格好で遊んでる奴を注意しただけだよ。俺だってそれなりの進学校に進学したんだ!」
「あら〜、それなりの進学校ですか。兄さんに勉強で絡むと醜い嫉妬だと思われるから止めておいた方が良いですよーだ」
「ちっ、そんなことよりもこいつおかしいだろ! 皆が避難している中で遊んでやがって。なんだよ、その玩具は」
あかねさんのセリフに激昂しながら、尾根さんは手を伸ばして━━━馬治さんがまだ待っていた炎華を奪い取ってしまう。ちょっとそれは僕のなんだけど!?
「おぉ〜、よくできてんじゃん、この玩具。こんなもん振り回して遊ぶとか不謹慎すぎるだろ。ほれ見てみ」
炎華をひとしきり眺めると、ポイと取り巻きに放る。キャッチした取り巻きが炎華を眺めて、ほぉ~と感嘆の声をあげて、もう一人に手渡す。
「返してくだされ! その剣はマセット殿の物なんでござるよ!」
「あん、この、こ、この美少女のもんか? お前、こんな子供から奪ったわけ?」
僕を見て、わずかに驚いて口籠るが、それでも口角を吊り上げて、尾根さんは笑う。馬治さんは奪い返そうとするが、一瞬拳を構えて殴ろうとする取り巻きを見て動きを止めてしまう。
「おら、来んのか? 取り返してみろよ、おら?」
「俺たちも暴力はふるいたくないしな、返すぜ、おら?」
馬治さんが動こうとするたぴに、拳を構えて威嚇する取り巻きたち。嫌ないじめ方だ。殴ってこないというのが、ネチネチとした悪意を感じて、気持ち悪い。
「これは没収しまーす。TPOを考えて、避難指示が解除されるまでは俺が預かっておくわ」
「絶対に返さないでござろう!」
「いえ、もう返してもらいましたよ」
馬治さんを虐める尾根さんだが、もう炎華は僕の手に戻っている。炎華を手に持ちニコリと微笑むと、唖然とした尾根さんたちが正気に戻り罵り合う。
「へ? え? いつの間に?」
「なに渡してんだよ、馬鹿野郎!」
「い、いや、え? だって、俺持ってたぜ?」
たしかに持っていたよ。数秒前まではね。
「返せや、こら!」
炎華を奪われた男が奪い返そうと突っ込んでくる。けど、このショートソードは元から僕のだよ。
フェイントするでもなく、無防備に正面から手を伸ばしてくる男へと、足を切り上げて、顎に一発。ヒュンと見事に命中して、俯向けに倒れる。
「この野郎! ただじゃおかねぇぞ!」
「俺を誰だと思ってやがる! 国会議員の息子、尾根だぞ!」
「申し訳ありませんが、お名前、聞いたことありませんね」
冷淡に答えながら迎え撃つ。尾根さんたちは拳を構えてじりじりと近づいてくる。が、遅い。実戦経験なしとみた。
右からのストレートに、あえて踏み込むと、敵の懐に入り込む。そのまま肘を伸ばしてみぞおちに一撃。くの字に折れる尾根さんの体をトンとついて、もう一人に押し当てる。
「ば、邪魔だ! ブフッ」
慌てるもう一人ごと合わせて、身体を傾けて全力で蹴りを食らわせると、見事3人は積み重なる粗大ゴミに転職したのであった。
「うは! まーくん、すっごい強いね!」
「この程度、鉄クラスにクラスアップするハンターなら簡単ですよ」
流れるような戦闘に息を呑み、頬を染めてパチパチと拍手をしてくれるあかねさんに、照れてしまう。魔力も使わずにかかってきたから手加減はしたけど、雑魚でした。
「………そ、その格闘技はあれでござろう? ポチッと格闘技レベルを上げて、簡単に手に入れたものでござろう? 努力なしに手に入れた力でござるよね?」
なにか意味のわからないことを馬治さんが真剣な顔で、いや、なにかすがりつくような表情で尋ねてくるけど、少しムッとしてしまう。
「? これは僕が訓練して手に入れたものですよ。結構苦労しました」
血の滲むような努力で手に入れたんだよ。剣士だって、魔法使いだって、ジョブや才能の有無はあるけど、結局は努力をしなければ剣聖でも大魔法使いでも身に付くものはないんだ。それを僕はニート時代に知った。苦労をして様々なスキルを手に入れたのだ。階位が上がって手に入るのは、固有スキルとステータス向上だけなんだよ。
まぁ、ステータスがリセットされて、スキルレベルが低くなった物が多いけどね。筋力や魔力がないと使えない技とかたくさんあるんだ。
「そ、そうでござるか。それは申し訳なかったでござる。………そうでござるか………」
僕のムッとした顔に気づいたのだろう。謝罪の言葉を口にすると、幽鬼のようにヨロヨロとした足取りで馬治さんは去っていった。なんだろう、あれ?
「ちくしょう、覚えてろよ! お前、後で絶対に泣かしてやんからな!」
たいした怪我もないので、元気に起き上がると尾根さんたちはキャンキャンと鳴いて去っていく。
「あんなこと言ってるけど、親が国会議員だから復讐なんてここではできないから安心して。誰がどこで撮影しているか分からないもんね。………まぁ、馬鹿だから声をかけてきたんだろうけどさ。自分の劣等感が際立つだけって、わからないかなぁ。兄さんを妬んでるだけなんだよ、あれ」
「よくあることです。お気にしないで下さい」
察するにアカデミーでも最高峰に馬治さんは入学できて尾根さんたちはできなかったと。元老院の議員の息子なら赤っ恥だろうね。時折聞く話だよ。
「まーくんは優しいなぁ。それに比べてうちの兄さんは………」
一つため息をすると、あかねさんが頭を下げてくる。
「ごめんね、まーくん。兄さんは少し運動音痴でさ。見かけは良かったのに、運動がさっぱりだから勉強だけができる詐欺とか言われて、少しひねくれちゃって、ネジ曲がっだけど、元は………一応良い兄さんだと言っとく」
「それはフォローに入るんですか?」
「入らないかも?」
クスクスと笑い合ってから、あかねさんはため息をつく。
「ダンジョンがあるから、ゲームみたいに魔法もあるって信じてるんだ。で、頭の良い自分は大魔法使いとなって、来たるべき時にみんなを救うと妄想してるの。今回、初めてダンジョンからモンスターが現れたでしょ? それもあって、本気で妄想が現実になると思ったみたい」
「初めて………あかねさん、この国のことを教えてもらえませんか? そうですね、現在のダンジョンとか………今回の初めてのモンスター騒ぎとか」
しんみりとした空気だけど、色々と聞かないといけないことがあるようなので、尋ねることにする。
「うん、良いよ。これは惚れ直したから、3回目の恋!?」
「2回目も失恋したようですね」
軽口を言い合い、悪い空気を押し流すと、僕らは部屋に戻るのであった。