第一話 ⑦ 変身!!
「ミトラちゃん!!」
「お?いい反応をしたな。やっぱり人質なんかはガキの方が使いがってがいいよなぁ!モハハハ!」
雑に襟を掴まれ、物のようにぶら下げられるミトラちゃんの姿に、ユーネの心が燃え上がり、自然に声にも気合がのる。
胸を焦がすその炎が、怒りなのか、正しさなのか、何処から来たのか、そんな事はよくわからないし、どうでもいい。
今は、その炎からどんどん勇気が湧いてきて、絶対に助けなきゃって気持ちが溢れてくることの方が大切だと理解できる。
「ユーネ!」
「うん、大丈夫!今度こそ助けてみせるんだから!!」
「助ける?この状況で?察しが悪いんじゃなくて、頭が悪いのか?」
牛男は言い終わると同時に、床を蹴り間合いを詰めその大きな拳を振り降ろす。
人間の子供であればその一撃で大怪我を追うほどの威力だ。
そこには子供だからという遠慮は見られない。たとえ子供一人二人減った所で作戦にはなんの問題も無いという考えの表れなのだろう。
牛男は吹き飛んだ先でふらりと立ち上がる子供の姿に、口角を上げると更に追い打ちをかけてくる。
「いいねぇ。ガキをいたぶるのはよぉ~!」
再び吹き飛ばすと、片手にぶら下げている意識の無い少女に向かって舌を出す。
「モハッ!痛いだろ?恐いだろ?後悔が沸いて来るだろ?いいんだぞ、暗い感情を膨らませても?何も悪い事はない、それが普通の事だ。さぁ心を澱ませ光を呑み込んでいけ!お前らのそれは、いずれ龍脈に還り世界中のマナを穢し浸していく──そう、我らの悲願に近づく為にな!そして、クソったれの女神を滅ぼし、我ら秘密結社VHFが世界に光をもたらす未来に繋がるのだ!モハハハハハ!」
「ユーネ!大丈夫!?」
転がるユーネに黒猫が駆け寄る。
「うん。それに今はユーネの事より、ミトラちゃんの方を助けなきゃ!」
口の端を服の袖で乱暴に拭うと目つきを鋭くして怪人を睨む。
「おっ!いいねぇ~そのくらいの気概があった方が楽しめるってもんだ。それに、例の黒騎士というか、お前の父親がボロボロの娘の姿を見た時一体どんな顔をしてくれるかワクワクするしな!」
一瞬牛男の姿が消えると、ユーネの真横に現れその太い腕を下から振りぬく。
反射的に肘を間にいれ何とか防御するが再びその小さな体は吹き飛んでいく。
しかし、飛んで行く先に三度牛男が現れると、振りかぶった拳を振り下ろす。
弾かれたようにユーネの体は部屋の中心にぶら下がる大きな鐘を鳴らし、慌ただしい街に澄んだ音を響かせる。
震える腕に力をいれ、擦り傷だらけ体をおこすユーネにルウが叫ぶ!
「もういいわ!一旦退くわよ!このままじゃあなたの方が!」
「ダメ。ユーネはわかったんだ…後悔するって心がとっても苦しいって、痛いって。だから、だから!必ずここで助けるんだ!!これ以上、ミトラちゃんに恐い思いはさせないんだから!!!」
二本の足で床を踏みつけ、真っすぐ牛男を見つめるその眼には今までのような奢りや慢心など微塵も見当たらない。
「良く言った!さすがはこの次元一の可愛さを誇るユーネちゃんだ!」
あまりに突然で場違いな発言にその場の全員がつい目を向けてしまうと、いつの間にか背中をむけたアキラが部屋の反対側に立っていた。
「そんな立派なユーネちゃんの為に少しだけお父さんがお手伝いさせてもらったぞ!」
「手伝う?娘よりもお前自身が相手をした方がいいんじゃないのか?街一番の嫌われ者の黒騎士さんよぉ?まぁ人質がいる限り、結果は同じ事だろうけどな」
「人質?もしかして、この子の事を言っているのか?」
アキラがこちらに向きなおると、腕の中に大事に抱えられたミトラちゃんの顔が見える。
「なにッ!?」
牛男は、目の前の光景を否定するように数度、人質を掴んでいたはずの手と人間の腕の中にいる子供に目をやる。
「ハハ…お父さん、たまにはやるじゃん!」
「一体、どうやって…」
牛男のこめかみに油じみた汗が流れる。
正直、強いと聞いてはいたものの所詮は人間だと侮っていたが、低ランクとはいえ何体もの怪人を倒してきただけあるという事か。
しかし、もうあと一歩のところまで来ているのに邪魔されるわけにはいかない。
オレは幹部になって自分に相応しい高みに昇らなければならないのだから。
「どうやって?そんな事はどうでもいいんだよ。どうせ今からお前は消えて無くなるんだからな」
「ふん。やっと、やる気になったという事か…だが、先に実力を見せたのは失敗だったぞ!今のは油断していただけなのだからな!」
「いや~問題はないさ。だってオレじゃお前には勝てないだろうからな。それに脇役がいつまでも出しゃばっちゃダメだろ?」
訳が分からないという顔を浮かべる牛男を無視して床を蹴り、時計塔から宙に飛び出しながらアキラが声を荒げる。
「ユーネ、見せてやれ!黒騎士の力を!そして、思い知らせてやれ!後悔の味を!」
「うん、任せて!!やるよ、ルウ!!」
「ええ、いつでもいいわよ!!」
「いくぞ!ダス・カインド・デス・フェアデルベンズ!!」
ユーネが左手を空に向けて叫ぶと、ルウがその姿を光の帯に変え、突き上げた手首に巻き付いていく。
「「変・身ッ!!」」
その光輝く手首を額にかざすと、後方に夜空を模したステンドガラスが現れ、派手に砕けながらユーネを包み込んでいく。
「な!何が起こっている!そんな巨大な魔力は人間のガキが持っていいものじゃないぞ!」
牛男は怪人の矜持も忘れ、底しれない恐怖に一歩二歩と後ずさってしまう。
その間にも、淡い光を放ちながらステンドガラスは鎧の形を成していき、ユーネを黒い騎士へと変えていく。
「じゃっじゃぁーん!漆黒の騎士ユーエルちゃん、さ・ん・じょぉ~!!」
背中のこうもりのような羽を大きく広げてポーズを決めるユーエル。
【説明しよう!】 CV:コ〇ヤシ・キ〇シ
一見、普通の女の子であるユーネ・ホオズキ(九歳)は黒猫を模したマナの集合体であるルウと合体する事により、漆黒の騎士ユーエルにメタモルフォーゼする事ができるのであ~る!!
「…はぁ~決まったぁ~」
指先までピンっと伸し、日ごろジャングルジムの上で行っている練習の成果がみせると、満足感からもう帰ってもいいかなという気分がほんの少し、ほんの少しだけ湧き上がるが、即座にルウのツッコミが入る。
「決まった~じゃなくて、早くアイツを倒さなきゃでしょ!」
「もう、分かってるって!ホントにルウはおこりんぼなんだから!」
「えらくデカくなったが、さ、さっきのガキが使い魔と合体して変身したというのか!?」
牛男は目の前で起こった事を否定するように早口で問いかける。
人間のガキごときに後ずさりしてしまった事をごまかすために。
「そうだよ!これで思いっきりぶっ飛ばせるんだからね!」
「ぶっ飛ばせるだ?なにを勘違いしている!だが、まぁいい。お前さえ倒せばオレ様を邪魔できる奴はいないという事だからなぁぁぁ!」
牛男が大胸筋の中心に指を添えると、ピンクのぽっちから勢いよく白い液体がほどばしり、周囲を白く染め上げていく。
付いてしまえば決して離れる事のない牛男特性の粘液。
こいつに包まれて生き残った奴は、人だろうと魔物だろうといやしない。
絶対の自信を持って放つオレ様の必殺の技だ!
「さぁ息も出来ずに、もがき苦しみ死んでいけぇぇ!モハハハ…は?」
黒騎士に向かって津波の様に押し寄せていた白い汁が、突如上下に真っ二つに分かれると散り散りなり消えていく。
「お、お、お前ふざけんなよぉぉ!!オッサンの体から出た白いモノを女子にかけようなんて!とんでもなくヤベ~犯罪だぞ!わかってんのかって!」
頬を膨らませ怒るユーエルの手にはいつの間にか、身の丈をを越える程の大きな大きな黒い斧が握られていた。
「き、切ったのか液体を?その斧で?」
「そんな事どうでもいいんだって!ユーエルは下劣な性犯罪に対して怒ってんの!ほら、ちゃんと、あやまって!」
「お、怒ってるだと!?怒っているのはコッチの方だ!!人を犯罪者呼ばわりしやがって、もう遊びは終わりだ、完全に、確実に、絶対に、ぶっ殺してやる!」
顔を真っ赤にした牛男が手に魔力を手に集中させると巨大なハンマーが形作られていく。
先ほど冒険者の群れを一掃したものだ。
それをおもむろに振ると、破壊音と共に眼下の建物が弾け、次々に空き地へと変えてしまう。
その圧倒的な破壊力をもつ凶器を今度はユーエルに向けて両手で全力で構える。
今しがた建物を破壊した様な「観せる」ものではない、相手を殺す為のだけの暴力をふるうために。
「人間ごときがもう死体になっても許さねぇからな!すり潰して、粉々にしてこの世から塵も残さないぐらいに叩いて、叩きつぶしてやる!!」
牛男自身これまでの人生で最高のスピードで目の前の黒騎士に迫り、過剰なほどの魔力の籠ったハンマーを振り下ろす!
「こっちだってな。ミトラちゃん達を怖がらせた事、絶対許さないんだからな!!」
ユーエルが抑えていた力を解放すると、空を焦がさんばかりの膨大な魔力が立ち昇る。
その有り余る魔力を大斧へと収束させていく。
「お前には世界の終わりを見せてやんよ!!─ワールドエンドォ・クラァァァシュッ!!」
下段に構えられた大斧は床の石材を削りとりながら、頭上から襲い来る怪人へと振り放たれる。
紅と蒼の雷を引く斬撃が刹那の静寂を響かせると、直後轟音を引き連れ彼方に見える山が盛大に吹き飛んでしまう。
遅れて牛男の体と大鐘に一筋の縦の線が刻まれ、ゆっくりと左右にズレていく。
「…く、くそぉ…オレは幹部に…こんなところで…ぶべぇぇ!」
ドッカ―――――ン!!!!
牛男の体が膨れ上がり、キラキラと輝く大量の真っ赤なマナと炎をまき散らして爆発して消えていく。
「よし!らくちゃく!今回もユーネちゃんのおかげで街の平和は守られたのでした」一欠
「こら!すぐ調子にのるんだから!」
「もう、ちょっとぐらいいいじゃん!それより、早くお父さんの所に行こ。ミトラちゃんの事気になるしさ」
気が抜け始める二人の耳に不意にバチバチと異質な音が入り込む。
「!?」
巨大な斧を握りなおし、晴れわたる空へ顔を上げると不自然な雷雲が物凄い速さでこちらに向かってきているのが見えた。
近づく雲の上でいくつかの人影が揺れる。
当たり前だが物語の中のように、人に近づいて来る雲なんてないし、その上に乗れる人間など世界中を探しても極々限られたものだろう。
そんな怪しい雲がついに同じ高さまで降りてきたことで、チラリと見えていた影がハッキリしてくる。
それらは顔の半分を仮面で覆ってはいるが、一見人間のように見える。だが、あくまで見た目だけの話だ。
放たれる気配は確実に人のものではなく、倒してきた怪人らと同じ醜悪な気配を垂れ流している。
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