第一話 ➄ 時計塔へ急げ!
「ねぇ本当に大丈夫なの?」
えらく自信たっぷりなアキラに対して、ルウは逆に不安にかられる。
「もちろんさ。これだけの騒ぎなら客も従業員もとっくに避難して店には誰もいないって!」
アキラに考えがあるという事で今、とある建物の裏口の前で二人と一匹が身を屈めてコソコソ何かを行っている。
「それにオレは空き巣ジョブをマスターしているからな!ピッキング程度楽勝よ!」
「空き巣ジョブ?しかもマスター?…ちょっとわかりやすいように説明して貰っていいかしら?」
ゆっくりとルウの金色の目が冷たく陰っていく。
「ちょっと、二人ともイチャイチャするのは後でやって!今はきんちょーじたいってやつなんだよ!」
ピンク色をした空気をユーネが鬱陶しそうに切り裂く。
まったくもってヤレヤレだ。大人ってやつは隙あらばす~ぐイチャつこうとするんだから。
こうなったら、しっかり者のユーネが一人でなんとかするしかない!
鼻息荒くしながら扉の前に立ちと、「どおりあぁぁっ!!」と思いっ切り振りぬいた渾身のまわし蹴りが、ドーナツ屋の裏口の扉に叩き付けられる。
その瞬間、扉だったものは蝶番をねじ切り、まるで爆発でもしたかのように弾けて部屋の奥へと消えていった。
呆気にとられる二人の姿に満足げに鼻を鳴らすと、偉そうにドーナツ屋のバックヤードに足を踏み入れていく。
パッと見た感じだと薄暗い部屋にはお父さんの言う通り誰の姿も見当たらない。
だけども人の気配は残っており、床には例の魔法陣と同じものが怪しく光を放っているのが目に入る。
「ここには転送された人たちは居ないみたいだな。だけど、ユーネはよく気が付いたよなぁ」
慌てて後を追ってきたアキラ達も部屋を見渡しながら感心する。
「だって、あの魔法陣すっごい臭いしてたもん!マウイさんのドーナツと一緒の臭い!」
流石はユーネちゃんでちゅね~!と発病するアキラを無視してルウが話を進める。
「臭い…ね。あのドーナツには何か混ぜてあった事ね。私達には分からない何かが」
「ああ。大体おかしいと思っていたんだよな。いきなり先祖代々続いたケーキ屋を畳んで、ドーナツ屋始めるなんて言い出してさ。大方娘のミトラちゃんを人質に取られたんだろうな」
「まったく、どこに行っても小悪党のやる事は変わらないんだから」
二人の話を聞きながらユーネが床に転がるドアだった物に飛び乗ると「グエッ!」っと足元から汚い声が響く。
驚き慌てて飛びのくと、ドアの下から何処かで見た牛の頭をしたマッチョが這い出てくる。
「あれ?ドーナツ配っていたおじさんだぁ。そんな所で何してるの?お昼寝してたの?ねぇ?お仕事中にお昼寝はダメなんだよ?」
「違ああぁう!!気を失ってたんだよ!いきなりドアが吹き飛んできたおかげでなぁ!」
「ん?」
ユーネが首をかしげてアキラたちの方を向くが二人とも何の事か分からないという顔だ。
「ん?じゃないんだよ!何のためにドアにドアノブが付いていると思っているんだ!?いきなり吹き飛ばすなんて頭がおかしいのか!?あぁ?」
「まぁまぁ従業員さん。何の事か分かりませんが、怪我も無くて良かったじゃないですか。さぁ、今からちょっとここで作業をしますので、外に出ていて貰っていいですか」
アキラが丁寧な態度で牛頭の男に手を貸し立ち上がらせ、外へと誘導する。
「あ、そうですか。わかりました。ってなるかボケぇ!!ここはオレのアジトなの!ここで魔法のかかったドーナツを作らなきゃいけないの!!」
「な、なんだと!?二人とも聞いたか?こいつが犯人だったみたいだぞ!」
「ユーネ、わかってたもんねぇ!」
「私も出てきた時からそう思っていたわ…」
「クッ。やるじゃねぇか。すっかり騙されてしまったぜ。お前が黒幕とはな!一体何者だぁ!」
「チッ。オレの正体を見抜くとは、さてはお前が例の黒騎士だな。それじゃあ褒美に教えてやるよ、オレ様はある秘密結社の幹部候補、怪人牛男様だぁ!!そして、ついでにコイツの紹介もしてやるよぉ」
牛男と名乗った怪人は、おもむろにドアだったものの下から、見覚えのある男を引きずり出すとニヤリと口角を上げる。
「マウイ!!」
血管が浮き出るその太い腕には、縛られ気を失っている顔なじみの男がぶら下がっている。
「知り合いか?ま、不思議じゃあないよな。今や街で大人気のドーナツ屋の主人さまだからな」
「クッソ!ドアの下敷きにしただけじゃものたらず、人質にするとはなんたる外道!貴様に人の心は無いのか!?」
「下敷きにしたのはお・ま・え・らだ!人のせいにするな!そんな事より動くなよ。こいつの命が大事ならなぁ!」
ユーネ達をけん制しつつ、牛男はマウイを持つ反対の腕を光る床に打ち付けると、魔法陣は更に輝きをましドーナツが次々に溢れ出てくる。
「ここで噂の黒騎士さんと遊んでやってもいいが…今は、な」
全てが終わってからでも出来るお遊びより、今は計画の方が優先だ。なんと言ってもオレ様の出世が掛っているんだ。ここで下手を打つわけにはいかない。
不敵に笑う牛男とマウイさんたちは、先程の公園の子供達と同じように床に触れた手足から徐々に体が透けていく。
「待て!逃げるのか!?」
「さぁな。そう思うなら追いかけてきてもいいぞ。オレ様探す時間が残っていればだがな!モハハハ!」
高笑いに合わせて二人の姿はドーナツに埋もれるように消えていなくなってしまう。
「クソッ!」
「ここに留まるのは危険よ!私達もここから離れましょ!」
牛男が消えた後でも、溢れるドーナツは留まる事をしらず、天井を突き破り空へと舞いあがり続けている。
「…そうだな。一旦戻るしかないな」
アキラがユーネとルウを抱え上げ、空いた天井の隙間から飛び出すと、少し離れた屋根の上まで一気に移動する。
街の様子を確認すると先程とは違い、道から溢れたドーナツが建物を砕き呑み始めている。
牛男の言っていた通り、あまり時間は残されていないようだ。
「う~これだと臭いが街中に溢れてて、あいつが何処にいったかわからないって」
鼻を押さえながら、ユーネが渋い顔で辺りを見渡す。
「フッフッフ!そうかそうか。ユーネちゃんでもわからないか!なら、やっとお父さんのカッコよさを見せる時が来たようだな!」
思いっ切り眉をひそめる愛娘が目に映るが、そんな小さな事は気にしない。
だって成長と共に、冷たくなってくるユーネにお父さんの凄さをアピールするチャンスなのだから。
「あのね。今はお父さんのつまらない冗談の時間じゃないんだよ?ちゃんと空気読んでね」
「く~辛辣ぅ~!お父さんの信頼も行方不明なんですけどぉ!」
「日ごろの行いのせいよ。ほら、何かあるんだったら時間がないんだから早く教えなさいって」
頭を抱え、のたうつアキラの脛にルウが思いっ切り爪を立てる。
「痛たた。わかったよ。あの牛男はマウイを担いでいったのはミスだったって事さ。だって数時間前にマウイの奴はオレの特性栄養ドリンクを飲んでいるんだぞ」
「あー!そっか!お父さんの魔力だ!」
「そう。明日まで効果が持続するように父さんの魔力を込めてあるからな。自分の魔力だ。よっぽど距離があかないかぎり、後を追えるって事さ」
「なるほどね。やるじゃないアキラ。しかも、この魔法陣のメイン機能はドーナツの方だから、そんなに遠くには行けないはずよね」
「お父さん、すごいじゃーん!それじゃあどこなの?場所は!?」
「それは~!あそこだ!」
アキラがカッコつけて指さす場所には、毎日のように目にする街のシンボルである時計塔だ。
「マウイさんの所といい、時計塔といい、こんな近くで悪だくみされていて気が付かなかったなんてちょっとショックだわ…」
「仕方ないさ。最近、怪人の出現頻度が上がっていたからな」
「そうかもね。でも、何か起こってからの言い訳にはならないから、気を引き締めておかなきゃ」
再び屋根の上を駆けだす二人と少し遅れて少女が駆けていく。
同時に鐘の音が街中に響き渡る。自然に音の発生源へと目を向けたアキラが牛男を捕らえる。
「ちょっと時計塔の上を見ろ!アイツ自分から出てきたぞ!」
時刻を告げる為の大きな鐘を吊るした時計塔の最上部で、半裸の牛男が凱歌を上げるように鐘を鳴らし始める。
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