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第一話 ④ 初めて後悔



二つの影がピョンピョンと跳ねながら、民家の屋根の上を突き進んでいる。


「やるじゃないユーネ!屋根の上は塞がっていないなんて、よく気が付いたわね!」

「ふっふ~ん!まぁ~ねぇ~!!もっと褒めてもいいんだよ!フヒフヒ~!」

ルウはユーネのキモイ笑い方を早急に治さなきゃと思いながらも、通りに目を向ける。

降り積もって壁になっているのは道の上だけだと、空を見上げたときにユーネが気が付いのだ。


街の人を逃がさないようにした何者かの意図があったのだろう。遠くに見える街の門も完全に覆われている。

これだけの事をやるには数ヶ月は準備が必要だったでしょうに、ずいぶんとまぁ…。

馬鹿にするようにフンと小さな鼻を鳴らすと目的の場所が見えてくる。

直後、公園の三分の一を押しつぶすほどの巨大な影が空へと打ち上げられる。


「ちょっと何!?あのデカさ!?」

「あんなのが落ちると公園全体が潰れるわよ!」

「絶対にそんな事させない!!」

一気に速度を上げたユーネは、駆けながら他人の家の屋根を踏み抜くと、舞い散る板材を掴み公園を見下ろせるほど高く高く空へと跳ねる。


見下ろす公園には体が透け始めている子供たちがトンネルの中で身を寄せ合っているのが見えた。

そして今まさに巨大なドーナツがトンネルごと彼女らを押しつぶそうと迫っている。


「間に合えぇぇ!」

ユーネの耳に子供達の悲鳴が耳に届くと同時に、屋根だったものに魔力を込めてを思いきり投げつける。

ドーナツは既にトンネルの上部へとその巨体を預け押しつぶそうとしているが、閃光の様に真上から板切れが突き抜けると、一瞬の静けさの後に破裂して消えてしまった。


「よしっ!らっくしょうぉ~!!」

さっきまでの気持ちは気のせいだったのだと、調子に乗った様子で砂場に着地すると、すかさずトンネルへと近寄る。

「ねぇ大丈…夫?」

声を掛けた女の子たちが小さな悲鳴をあげてこちらを振り向くが、その体をもう完全に向こう側が透けている。


「ちょ、待って!待ってってば!」

いつものように「ほらね!」とルウに誇るはずだったユーネが一生懸命に伸ばした手は何も掴む事はなく空を切る。

少女たちは何やら小さな声を発しながら、完全に消えていなくなってしまった。


「あぁ…ねぇ…ルウ。どうしよう…間に合わなかった…」

先程の喧騒が嘘の様に静まりかえる公園で、いつも自信満々のユーネが俯く。

変身できるようになってここ数ヶ月、失敗なんて一度もした事なんてなかったのに。

自分のおかげで街の平和が守られているというプライドがあった。

何があっても、自分ならなんとかできるという自信があった。

それが初めて打ち砕かれたのだ。しかも、目の前で。

…ジワリと二つの瞳に映る景色が滲む。


不意に突き付けられた自身の愚かしさにどうしたらいいか分からずに、顔を隠すようにしゃがみ込んでしまうユーネのふとももにそっとルウの肉球が乗せられる。

金色の目に九才の少女が顔を隠して、周りに見せない様に我慢をしている姿が映る。

声を上げ泣き出し、他者に責任を押し付けてもなんら不思議ではない。

むしろ、そちらの方が子供らしくもあるのに。


そもそも、そんな気持ちにしてしまった責任は、本質から目をそらしていた私やアキラに有る。

ユーエルが街の人々から受ける心無い言葉や態度に対して少しでも紛らわす事ができればと思い、調子に乗っているのをワザと放置していたからだ。

本当は大人が導いてあげなきゃいけなかったのにも関わらず。


なのに、この子は必死に自分の中の何かと向き合おうとしている。

それを見ていると、自身の情けなさと将来が楽しみにしてしまう期待が入り混じって変な気持ちになってしまう。


「きっと大丈夫よ。その場で殺すのではなく、わざわざ消しているってことはどこかに集める為に転送していると思われるわ」

「…ほんとに?」

「ええ。本当よ。しかも、これだけ大掛かりな計画を立てているのに、屋根の上が通れるような杜撰さよ?間に合うに決まっているじゃない。でも、そのまま泣いていたら間に合わないかもしれないけど…いいの?」


「…やだ」

「だったら、立たなきゃね」

「…うん。でもホントに出来るかな?」

「もう。ユーネだったら必ず出来るわよ!いつもの自信はどうしたの?」

励ましの言葉に、ユーネはゴシゴシと目の周りを赤くしながらうん。と立ち上がる。


「だいたい私とアキラもいるのよ?出来ないわけがないじゃない」

「…わかった」

「なら、まずは手掛かりを探しましょ。そこの消えていない魔法陣なんて良いヒントでしょ」


「うん…」

ユーネの頷きに答えるように瞬きをすると、黒猫は静かにたたずむ魔法陣の中心へと向かっていく。

滲んだ目に映る小さな黒い背中を見ていると不思議と安心感が沸いてくる。いつも勉強しなさいってばっかり言われるのに。

でも、きっとお母さんがいればこんな感じなのかなと、少しだけ、何かこう、わかんないけど締め付けられるような、暖かいような感じがしたが今は消えた皆の事を優先させなきゃと頭を振る。


「ユーネ、何してるの?」

「う、うん、わかってるって!」

急いでルウの後を追って魔法陣に入ると中心から、薄いマナの残滓が立ち昇っているのがわかる。


「あ…これって…」

ほのかに残っているマナと同じ匂いが、数ヶ月前から街の通りに存在しているのをユーネは知っていた。


「あのね。ユーネ、またまたわかちゃったかも!!」



     ◇



銀色の調理器具がひしめく薄暗い部屋に、二つの影が向かい合っている。

片方は跪き、片方はそれを見下ろすように。

外から響いてくる悲鳴に大きな影の方が楽しそうに声を上げる。


「モハハハ!良いぞ!良いぞ!あとはここの魔法陣を起動させれば、三ヶ月も掛けてきた計画も無事に終わる。そうなれば、オレ様も晴れて幹部の仲間入りというわけだ!」

大きい影が、興奮のあまりはちきれんばかりの太い腕を作業台に叩き付ける。


「そう都合よくいくと思っているのか?これだけの騒ぎを起こしたら、あの黒騎士が来るぞ?」

ひしゃげた天板を横目に、後ろ手に縛られた顔色の悪い男が顔をあげる。

この厨房の本来の主であるマウイだ。そして、マウイと相対しているのが牛の頭をしたマッチョの大男。すなわち怪人呼ばれているやつだ。


「フン。黒騎士が来るか。お前ら人間は本当に都合の良い生き物だな。まぁもし、お前の言う通りその黒騎士が現れたら逆に好都合よ。更にオレの手柄が増えるってわけだからな」

その牛の頭をした怪人が意気込みと共に鼻息荒く噴き出すと、機嫌の良さを表すように鼻先にぶら下がっているドーナツが勢いよく揺れる。


実際に、想定以上に下級の怪人がこの街で消息を絶っている本部でも噂になっているらしい。なのでこのオレが本来の作戦を成功させつつ、正体不明の敵まで倒して事件を解決したとなれば、評価はうなぎ登りだ。もしかすると、将来はオレ自身が総帥にとって変わる日も来るかもしれない。

嬉しさについ頬が緩みかけるが、懸命に思考を正し顔に力をいれる。


「そんな事よりも自分の心配をした方がいいんじゃないのか?この計画が終わった時、お前は改造されてオレたちの手足になるのだぞ」

長い舌を出してニヤつく怪人にマウイは背筋が寒くなるのを感じる。

だが、彼も気圧されてばかりはいられない。声を荒げてることで、自身を鼓舞する。


「オ、オレはいい!だが約束通り娘は見逃してくれよ!」

「娘?約束?モハハハ!オレに下された命令は二つ!一つはこの街を壊滅させ、マナを穢す事!二つ目は、この街の子供全員を攫って来る事。全員をだ。モハハハ!」

「なっ!ふざけるな!約束が違う!娘の安全は保障するというから言うから手伝ったんだ!」


「なぁに、心配するな。世界はどうせオレ達のモノになるんだから、早い内に勝ち組になれるお前らは安全と言えば安全じゃないか!モハハハ!さぁて、気分もよくなった所でそろそろ作戦の締めを行おうか」

牛の頭をした男は絶望に青ざめる人間から視線を外すと、素肌に直に着ていたエプロンを剥ぎ取り、床に描かれる魔法陣へ手を向け魔力を流しこむ。


「この魔法陣に魔力が満ちた時が街の最後だ。お前が手伝ってくれたおかげだ、ありがとうよ」

口づけでもするかのようにマウイの顎を掴み下品な笑い声が響かせる中、何の前触れもなく裏口のドアが爆音と共にはじけ飛ぶ。


「あぁ?」

弾丸の様に空気を切り裂くドアは、振り返ろうとした怪人の後頭部へと綺麗に吸い込まれていき、そのままマウイ共々押し潰すと二人の意識を深い闇へと沈めていくのであった。




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