第一話 ➂ ド~は、独身中年のド~
ユーネ達は公園を離れると網目状に伸びる通りを駆け抜け、遠くを飛ぶワイバーンに石を投げてみたり、街の中を流れる小川に足を入れてみたりしながら、一通り街を巡るとお腹がすいて来る。
「よし!こっちもおk!さぁ帰って、ジュースでも飲もっと!」
いつも通りの日常にあくびをしながらルウが返事をしようとしたその時、ズドーンと重く鈍い音が街全体を揺れ動かす。
「!?」
思わず音のした方へと振り向くと、続けて街を囲むように次々と魔力の爆発が巻き起こっていく。
それは、そこら中に異様な魔力をまき散らしたかと思うと、魔法陣を形成して大小様々なドーナツを空へと撃ち上げ始める。
「わぁ!ルウ、見て見て!ドーナツ降ってきてるよ!まるで、お菓子の国みたいじゃない?」
「いやいや、怪しすぎて気持ち悪いから!」
「え~かわいいじゃん!ほら、何か歌まで聞こえるよ!ド~は独身中年のド~♪週末は~♪パンツ一枚で~♪酔い潰れてもかまわないぃ~♪」
ユーネは色とりどりの可愛いドーナツが空に舞う様子に手を叩いてテンション爆上りだ。
「まったくそんな変な歌どこで覚えてきたのよ。どうせアキラでしょうけど。まったく、帰ったらキツく言わないといけないわね!」
◇
『へっくしょんッ!!!な、なんだぁ?風邪ひいたか?』
何故か、まったく関係ないアキラに流れ弾が飛んで行ってしまう。
しかし、これも日ごろの行いというやつだ。仕方ない。
◇
「というか。それどころじゃないわね」
ルウの視線の先には、落ちるドーナツとは別に、宙を漂うドーナツの穴の中に子供達が吸い込まれていっているのだ。
「あれが行方不明事件の真相ってわけ…」
どおりで、突然消えたようにみえるはずだ。音もなく数秒の時間さえあればいいのだから、見つけようがない。
ルウが感想を口にする間にも、次々に他の場所でドーナツが吹き上がっていく。
その中の一つがユーネの顔色を変える。
少女の大きな瞳に映ったのは、いつものジャングルジムがある公園だったのだ。
「え?なんで…?」
ユーネのいつもの自信満々の表情から一気に血の気が引いていく。
「でもでも、さっき行ったときは…もしかして、見逃しちゃったの?」
確かに思い返すと、他の事に気を取られていたかもしれない。
「でも…」
調子に乗っていた自分から目を背けようと、「でも」と繰り返してみたところで次から次へと泡のように溢れて、消えてはくれない。
それがどうしてなのか。どうすれば消えるのかわからないけども…今はザワザワと波立つ心がジッとしている事を許してはくれない。
「ルウ!行こう!!まだあの子たちがいたら大変な事になっちゃう!」
目を合わせ二人はすぐさま通りを駆け出すが、すでに大量に降り注いだドーナツが壁となって道を塞いでいる。
避難しようと押し寄せた大人たちが、それを必死に押したり叩いたりしているが、衝撃を吸収するかのようにブルルんと震えるだけで、何ごとも無かったようにそこに居座り続ける。
「あれは力任せじゃあどうしようもなさそうよ!」
「グッ!早く別の道を探そっ!」
奥歯を噛みしめながら、遠回りして小さな路地や裏通りに入ってみても状況は変わらず、無駄に過ぎていく時間がユーネの心をこがしていく。
「ああ!もう!!なんでこんな所まで塞がっているの!ルウ、やるよ!」
今一つ集中出来ない自分への苛立ちもあって、つい感情に任せて大きな声を上げてしまう。ユーネ自身でも今考える事ではないと分かってはいるのだが、どうしても公園での光景がチラついてしまう。
「ダメよ!ココにも大勢の人がいるのよ!バレちゃうじゃない!」
完全にパニックに陥っている群衆は、通れない道だとわかっているにも関わらず、どんどん押し寄せてくる。
もどかしさに眉間に皺を寄せるユーネは気持ちを少しでも落ち着かせようと、大きく息を吸い、祈るように顔を上げ建物の隙間から公園の様子を探る。
不意に空を見上げ固まるユーネにルウがどうしたのかと尋ねる。
「あ…わかった!わかったよルウ!一回ユーネの部屋に戻ろう!そこなら皆見てないでしょ?」
「家じゃなくて部屋に?何で?」
「いいから!いいから!早く行くよっ!」
ルウの返事を待たずに抱え上げると、人混みをあっという間にすり抜けていく。
◇
ドーナツ屋の娘のミトラはいつもの様に、お父さんのお仕事の邪魔にならないように高台の公園に遊び来ている。
ケーキ屋さんをやっていた時は、勉強の合い間にお手伝いしなさいとよく言われていたのに、ドーナツ屋さんになってからは急に外に遊びに行けと言われるようになった。
遊びに行けるのは嬉しいが、なんか変な感じだ。
友達と三人でお話ししたり、ブランコに乗ったりと楽しく過ごしていると、いつも一人でいる薬屋の女の子と黒猫ちゃんが来ている事に気が付く。
あの子とは家が近くだから少し話した事はあるだけで特に仲がいいわけではない。
別に嫌いってわけでも無いのだが、なんとなく近寄り難いのだ。
でも、無視するのもちょっとって感じなので声を掛けるか迷っているうちに、いつの間にか帰ってしまっていた。
速く声掛ければよかったね。なんて言っていると急に何かイヤな感じが私を包んだ。
他の二人も気が付いたみたいで、三人で顔を見合わせると今日はもう帰ろうと誰ともなく言葉が出る。
手を繋いで出口に向かおうとした所で、地面から魔力が膨れ上がり弾けると、公園を包み込むように巨大な魔法陣が展開されていく。
地面が揺れ、低い音が響きだすと隣の子が身を縮めてしゃがみ込んでしまう。
もう一人の子も私の手を両手で強く握ってくる。
私も走って逃げたいけど、足がうまく動かない。
何処か逃げられる場所はないかと見まわすと、いつもかくれんぼで使っているトンネルが目に入る。
もちろん本物のトンネルじゃないくて、細長い大きな岩の真ん中をくりぬいて、中を通れるようになっている事から、みんなトンネルと呼んでいるものだ。
「ねぇ、二人とも!トンネルに入ろ!あそこだったら…」
二人とも勢いよく首を縦に数回振ると、再び手を繋ぎなんとか走り出す。
トンネルに入り込んだのと同時に、爆発が起こったかのような風と音が周囲にまき散らされ、魔法陣から色々なドーナツが空へ向け吹き上がっていく。
綺麗な色合いと甘い香りのするそれは、こんな状況じゃなかったらお腹のムシが鳴いてしまうほど、キラキラと輝いて綺麗だ。
だけど、その中の一つがブランコの支柱をぐにゃりと曲げる様子に一瞬で現実に戻される。
「ト、トンネルは大丈夫だよね」
右隣の子が、震えながら口にするが誰も答えられそうにない。
今出来るのは、三人で身を寄せ合いながら祈る事だけだ。
そんな祈りを押しつぶすかのように、特別大きなドーナツが最後に吐き出される。
三人は声すら上げるのを忘れ、それを仰ぎ見る。
あんなのが落ちてきたら、こんなトンネルなんてひとたまりものない。
「ッ!」
そんな中、ふいに腕にピリッとした痛みが走る。
腕に目をやると、ひりつく痛みと共に腕が透けて向こう側が見えている。
落ちて砕けたドーナツの小さな欠片が、跳ねてトンネルの中まで入って来ていたのだ。
他の二人も体中いたる所が透け始めており、ここに入る前にはもう触れてしまっていたのだろう。
三人の顔が絶望に染まる。
このままじゃあの大きなドーナツに押しつぶされるか、消えて無くなるかのどっちかだ。
そう思うと無性に悲しくなり、自然に涙がこぼれてしまう。
「ああ…女神様…」
奇跡を願って神に祈り、抱きあう三人の上から風を切る大きな音が聞こえてくる。
どうやら押しつぶされる方が先だったみたいだ。
「「いやぁぁぁ!!」」
ミトラは二人の叫び声を聞きながら、ぎゅっと目を閉じてその時がくるのを待つ。
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