第二話 ⑦ ボス戦開始だ!
驚き慌てて確認しに来たディーモも、自身の手が硬質な何かに触れるのを確認する。
「ヌシの魔力場だと!?オレたちを逃がさないつもりか!?」
いや、これが狙いなのか?だとしたら、オレが生きていたのにも納得がいく。
餌にするために生かしておいたのだ。しかし、こんな子供を捕まえる為にわざわざ?
それとも誰でもよかったのか?誰がくるか分からない環境で一人に的を絞れはしないだろう。…じゃあ、なんだ?
あー!!くっそ!わかんねー!もう後からでいい!今考えなきゃいけない事はここから出る方法だ!
だが手段はそんなに多くはない。倒すか倒されるか、もしくは飽きて何処かに行ってくれるかだが、目の前にはアホなガキとムカつく使い魔。それと折れた剣だ。
流石にこの面子で倒すというのは…かといって倒されれば死ぬだけだ。
あとは、飽きてくれるということだが、それは余りにも都合の良い考えだろう。
実際にそれで助かったなんて奴もいる事はいるのだが、始めからそんな奇跡にすがろうとするのはもはや病気だ。
しかし、どうする?私はギルドのヴァイスマスターだ。
ギルマスの片腕として即座に代えの効くような無責任な立場にはない。
それに、フジザクラタウンの冒険者も育ってきている状況の中、私の損失はそのままギルド全体の損失に繋がってしまう…
(ねぇ。ディーモさん。あんまり考え事をしている余裕はなさそうよ)
黒猫の激しく鳴く声に思考中断され、顔を上げると羽の生えた巨大なヤモリが地面から沸き上がってきている所だった。
のんびりと考えている時間は無い。覚悟を決め即座にアホガキから離れるように走り出す。
「私はこんな所で死にたくは…ない!」
予想通りダンジョンのヌシは、弱そうな子供と使い魔の方へと向かっていくのを目の端に入れながら、走る足に更に力を込める。
すまない。と心の中で謝るとボスの側面から地面を蹴り飛びあがる。
この戦力では、どうやっても勝てはしない。
だったら、戦闘の継続を躊躇う程度の大ダメージを与えたその上で、俺の死で満足して貰って一時的にも撤退してもらうしかない。
とんだ、希望的観測だな。これはもう病気と言ってもいいかもしれない。
ほら、余りの無謀さに自然に口角が上がってしまう。
しかし、次に家で待ってくれている妻の顔が浮かぶとそれもすぐに消える。もう、家には帰れそうにない。本当に、すまない。
折れた剣を振り上げ、あらん限りの力をこめてヤモリの羽の生えた背中へ一気に振り下ろす。
「うおおぉぉぉ!!」
現役の頃と遜色のない一撃。いや、むしろあの頃よりもキレを感じさせる一撃が純白の羽へと吸い込まれていく。
確実に決まったと思わせる斬撃であったが、現実とは常に都合の良い希望を裏切るものだ。
やってやった感に興奮するディーモの目に映ったのは浅い傷とヒラリと散るだけ綺麗な羽だけだった。
敵の背中の上だという事も忘れ、責任と願望との落差にホゾを噛むディーモの体が、風に巻かれて天井へと舞い上がる。
「な、なんだ!?」
攻撃を仕掛けておいて、そのまま都合よく何もないという事はなく。
反撃とばかり背中の羽から生み出された竜巻が彼の体を包んだのだ。
ヌシはある程度の高さまで獲物が上がった所で不意に竜巻をかき消すと、天井へ向け頬まで裂ける大きな口を開ける。
ディーモもただジッとしているわけもなく、せまる口腔からズレようと身をよじるが努力のかいもなく下半身に食いつかれてしまう。
まぁそれでも一口でいかれなかったのは運がよかったのかもしれない。
まだ足掻けるのだから。
「クソガキ!受けとれぇ!」
自覚出来ているこの僅かな運を生かす為に腹部に食い込む痛みを無視して、折れた剣をユーネに向けて全力で放る。
折れた剣ごときで、この状況を打破できるとは思っていない。ましてや、そこにいるのはただの子供だ。
だが、「あの時」の様な奇跡が起こる可能性がここにはある。
そう元SSSランクの生ける伝説が上にいるのだ。少しでも時間が稼げれば、希望はある!
「あら、ミスリルで出来ているわよ。あれ。そんな剣を弾くなんてヌシだけあって硬いのねぇ」
数メートル先の地面に刺さった剣を見て、ルウが呑気に感想を述べる。ディーモのテンションとは雲泥の差だ。
「ふ~ん。でも投げてよこしたって事はさ、売ってお小遣いにしていいよ。ってことだよね?」
「確かに折れていても、ミスリルだからいいお金にはなるでしょうけど絶対に違うと思うわ。ほら、何か察して怒鳴っているじゃないの」
二人の視線の先には顔を真っ赤にして、腕を振り回しているオッサンが見える。
「え~!ユーネには、現ナマじゃなくてごめんねって聞こえるんだけど?」
「それじゃあ、チャチャっと助けて本人に聞いてみましょうか」
ルウとしては、本当は関わり合いになりたくは無かったけど、この状況だと仕方がない。
小さくため息を吐きながら覚悟を決める。
それに、この状況で私達だけ逃げると言ってもこの子は納得しないだろうし。
「だね!!──じゃあいくよ!ダス・カインド・デス・フェアデルベンズ!!」
ユーネが左手を空に向けて叫ぶ!
光の帯へと姿を変えたルウが突き出した手首に巻き付いていく。
「「変・身ッ!」」
その光輝く手首が額に重なると、幾重の大きな魔法陣が後方に構築され、ユーネを包み込む。
「漆黒の黒騎士ユーエルちゃん!さ・ん・じょぉー!!」
「ちょっと漆黒の黒騎士って、腹痛が痛いみたいで変でしょ」
「いいの!いいの!こういうのはカッコよければ全部許されるんだから!ほら、オッサンもあまりのカッコよさにお魚みたいにパクパクしてるじゃん!」
確かに、巨大ヤモリの口からはみ出たオッサンが目を丸くして何か言ってはいるが、それはカッコいいからでは無い事は確かだ。
可哀想な事に、もう先程からディーモの意思や考えは全部ユーネ達の都合の良いように改竄され、一ミリも伝わっていない。もとより聞く気がないというのもあるのだが…。
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