第二話 ⑥ 見えない壁だ!
幼馴染も気が付いたのか、袖を掴んで引っ張ってくる。
そんなの言われなくたってわかる。オレだって肌が泡立って、変な汗が背中を流れているんだから。
…この感じがダンジョンのヌシってやつか。コイツを倒せば。
冷や汗を拭いながらボソリと呟く。
隣にいる幼馴染にチラリと目をやる。
証人もいる。ボスもいる。才能もある。これは行くしかないだろ!
低俗な欲求の天秤に幼馴染みの命を乗せている事に気が付きもせず、意気揚々と踏み出そうとするオレの手首が強く掴まれる。
「ダメだよ!入る前にも言われたでしょ!危険とわかったらスグに逃げるのが、冒険者の決まりだって!」
「また、それか。決まり決まり決まり!そんなに決まりが大事ならここにいろよ!」
掴まれている手首を強引に振り払うと、歩幅を広げてヤバい感じのする方へと向かう。
オレは吟遊詩人に謳われるようなキョウやKのように伝説の英雄になるんだ!
決まった事にただ従うだけじゃ、上には行けない。時には一歩踏み出さなきゃいけないときがあるんだ!
決意を固め、重くなる足を無理やり前に進めヌシの真正面まで進む。
純白の羽を大きく広げた大きなヤモリが虚ろな目にこちらの姿を映す。
「さぁ!これが英雄になる最初の一歩だッ!」
輝かしく開けた未来と栄光に包まれる妄想に頬を緩めながら、大きく剣を振り上げ走り出す。
しかし、現実とは無情なモノである。
ちょっと雑魚を倒せる程度の少年がダンジョンのヌシに勝てる道理などありはしない。
「ふざけんな!こんな事って!オレは未来の英雄なんだぞ!それが、こんなやつに!」
ヌシは少年がギリギリ受け止められる程度の速さと力で一撃一撃攻撃を仕掛けてきている。
感情があるのかどうかの検証などされた事はないが、遊ばれているのは確かだ。
しかし、それもすぐに飽きられてしまう。
その羽を生やした化け物は、ぬめり鈍く光る唾液を垂らしながらその大きな口をあけると、一気に少年の真上へ振り下ろす。
避けられない。食われる。
迫りくる真っ赤な洞を見ながら、剣を持つ腕がだらりと落ちる。
ゴブリン程度を倒して、何が才能だ。何が英雄だ。ごめん。
自分だけに都合の良い妄想から覚めて最初に思うのは、幼馴染の安否だった。
ちゃんと帰れるかな?アイツ。
オレと違って、ちゃんとルールを守れるやつだから大丈夫か…って今更だよな。
こんな状況になっていかに自分が身勝手で愚かだったか思い知る。
頭上からボスの大きな口が迫る中で叫び声が響く。
「ディーモ君!!」声のした方を振り向く暇もなく、横から突き飛ばされた。
倒れるオレの視界に入ったのは、トカゲの口から上半身を生やして、精一杯手を伸ばす幼馴染の姿だった。
喰われた。
止められるのも聞かず、ルールを軽視した、自分勝手なオレを庇って。
オレが食われるのはいい。オレが自分で選んだ結果だ。だけど、アイツは…。
「ふ、ふざんけんな!!!そんな理不尽な事があってたまるかよぉ!!」
突き飛ばしてくれた手を掴むために、再び剣を握る手に力を籠め立ち上がり駆け出す。
「うおぉぉぉ!!」
◇
腹部の違和感に、ゆっくりとディーモの意識が浮き上がってくる。
「まったく。情けない夢を…でも、なんとかまだ生きているみたいですね。ヌシに吸い込まれた時は終わったかと思いましたが、これも日ごろルールを守っているおかげですね」
周囲を見渡すが何も見えやしない。ただただ真っ暗な闇がそこにはある。
「しかし…生きているといっても、これでは…」
腹部の違和感が大きくなってくる。違和感というよりくすぐったい。
なんとか誤魔化そうと身をよじり震わす。
「おお!動いた!生きてるよコレ!すっごーい!」
(下半身だけでどうやって生きているのかしら。ちょっとぶん殴ってみてくれない?意識がないようだったら刻んで培養してみるから)
ん?どこかで聞いた生意気な声と場違いな猫の声が聞こえてくる。姿は見えないし、言っている意味もわからないが確実に不穏な意味が込められているのはわかる。
「何をしているのです!生きてるのがわかったなら、早く助けなさい!」
怒鳴ってみるが、なんの反応の返ってこない。どうやらこっちの声は聞こえていないようだ。
仕方ないので必死足をバタつかせ意思を伝えようとする。
「ん?足が動いたよ。もしかして、こっちの声が聞こえているのかな?」
足の動きにユーネが反応した事をキッカケにより一層バタつく。
「なんか言っているのかな?」
(ん~かもしれないし、足の裏が痒いとかかもよ?)
「そっか。でもまぁどっちにしろ、ぶん殴ってみたらわかるよね?」
(そうね。刺激に対する反応も見てみたいし丁度いいわ)
地面から生えたプッくらとしたお腹に向けて、ユーネが拳を握りしめ振りかぶる。
見えはしないが、ヤバい感じがビンビン伝わってくる!
「お、おい!馬鹿な真似は止めろ!!」
せ~のっ!と掛け声と共に、部屋中に爆音が吹き荒れる。
吹き荒れる力の奔流に、地面が砕け鼻を鳴らしながらディーモが転げ出てくる。
「ルウ、見て見て!怪人腹男から汚いオッサンが生えてきたよ!びっくりだね~!」
(あらら。新種の魔物かと思ったのに残念ねぇ)
言葉とは裏腹に、二人の目には明らかな喜色が浮かんでいる。
即座に立ち上がり、ニヤつく子供に詰め寄っていく。
この状況だけ見ると確実に事案だが、そんな事を気にするほど心に余裕はない。
「お前わかっていてやっただろ!なあ!おい!ガキ!目を逸らすな!」
「ま、まぁ、どっちでもいいじゃん?おかげで、助かったんだからさ。て言うか、なんで地面から下半身だけ出してたの?プレイなの?プレイだからいい大人なのにありがとうって言えないの?」
「違う!私だって、出したくて出していたわけじゃない!ここのダンジョンのヌシに掴まったと思ったら今の状況だったんだ!」
信じられない事に再び暴力を振るったことを開き直ったどころか、恩に着せようとしてくるガキに歯を食いしばりグッと我慢する。
なぜなら、自分で口に出して思い出したがこの異常事態はまだ何の解決もしていないのだったのだ。こんなガキに構っている暇はない。状況を進めるのが先だ。
「ふ~ん。それでお腹が引っかかって助かっていたと。よかったね~お腹出ててさ」
「そうじゃないから、突こうとするな!」
無遠慮に突き出される木の枝を弾き、掴まれた時の事を思い出す。
「助かったのは、きっと人違い…だと思う。何かこう、拒否されたような感じだったからな。完全に運が良かっただけだろう」
「人違いだったとしても…人間を捕まえるなんて怖いね。ヌシってみんなそうなの?」
「いえ。噂ですら聞いた事がないです。強さにしても明らかに異質でしたので、早急にギルドに戻り報告と対策を行わなければなりません」
「え~!なんで?なんで?ヌシでしょ!行こうよぉ!」
「ダメです。危険を感じたらすぐに撤退するのがルールです」
ルール…口にしながら気恥ずかしいというか、この何ともいない気持ちが沸きあってくるは、変な夢を見たせいだな。
「えぇ~!ユーネがバーン!って倒すからさぁ!」
「何を言ってるんですか。私は引退して久しいとはいえ元B級ですよ。その私でも勝てなかったのに、子供のあなたが勝てる訳ないでしょう。見た目だけじゃなくて、中身も馬鹿なんですか?」
「ああん!?」
(ほぉらっ!私も帰った方がいいと思うわよ。だって、駄菓子屋さんに行かなきゃって言ってたじゃないの)
ルウがディーモの意見に沿うように、ブチ切れるユーネの視点を変えようと試みる。
ただでさえ非常時に、そんな得体の知れないモノにユーネを近づけたくはない。
だいたい一般人であるユーネが危険を冒してわざわざ戦わなくても、それこそ冒険者がいるのだから。
「はぅわ!そうだった!早く帰ろう!だれ?こんな所に来ようって言い出したの!?ホント最悪なんですけどぉ?」
そうだった。お菓子が少なくなっているのだった。
初めてのダンジョンが思いのほか楽しくて気が取られてしまっていた。
祈るように、ポッケに手を入れると触れるお菓子の量は半分をきっている。
「…時間が…ない…」
ブツブツつぶやくと頬を膨らませて蟹股で歩き出したユーネが、少し進んだところで足を止める。
(どうしたの?行かないの?)
「見えない壁があるよ。ここ」
ほら。と何も無い空間に手を当てて見せる。
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