第十七話 ➁ 最低の気分だ!
「え!?放火!?うちの娘が!?どういうことですか!」
男は作りたてのケーキを惜しげもなく投げ出し、ブークの胸ぐらを掴む。
勿論、マウイも大人なので衛兵にそんな事をすればどうなるかぐらいはわかっているがそれでもだ。
「いやいや、落ち着いて下さい!あくまで疑いです。ただ昨日火災のあった現場からミトラちゃんが慌てた様子で逃げるのが目撃されていてですね」
「そんな…ウチの子にかぎって…」
「わかってますよ。私もミトラちゃんがどういう子なのかは知っていますから。だけども現場にいたなら話を聞かせて貰わなきゃならないんです」
ブークは何事もなかったかのようにマウイの背中をさすりながら、椅子に座るように促す。
「話を聞くだぁ!?何を甘いことを!人の店を燃やしたんだぞ!即刻逮捕して牢にぶち込め!それで、親は責任を取って金を払いやがれ!」
突然空気を読めもしない、明らかな敵意を抱いた怒声が後ろから響いてくる。
ため息を吐きながらブークが振り返る。
「まだ、ミトラちゃんが犯人とは決まっていないんですよ。マッシさん」
部下を押しのけながら店に入ってくる男からマウイを隠すように前に立つ。
「決まったようなものだろう!この街で魔法を使える人間がいったい何人いるというんだ!」
突然入ってきた顔見知りの発言に大体のいきさつを察する。
確かにそこだけ見るなら疑う理由はあるのだろうが、自分の娘がどういう子かぐらいは知っている。
それに、知っていることはまだある。
大人であろうと子供であろうと、牢に繋がれた人間の扱いがどういったものかもだ。
だから、自分がどうなってもミトラを守らなければならない。
騒ぎを聞きつけたのか、どうしたの?と店の奥からミトラが覗き込む。
「ミトラ!あ、あっちに行ってなさい。今日は手伝いはいいから!な!」
急いで奥の部屋に押し込もうしたが、娘の目には既に甲冑を纏った男達とマッシの姿が映り込んでいた。
全てを察して喉を鳴らす娘の姿にマウイもまさかと邪推するが、すぐに思い直し腕で包み込むように抱きしめる。
「大丈夫だぞ。お父さんはお前がそんな事をする子じゃないって信じているからな!」
「いたぞ!早く捕まえろ!お前らなにやってんだ!」
マッシの怒声が響くが、それでも動こうとしない面々に更につづける。
「貴様らが犯罪者の肩を持つというなら、こっちにも考えがあるぞ。ウチの店は領主様の御用達を戴いているんだ。その意味がわかるよな?オレの一言でお前らの人生は終わりだ」
先の捕らえた盗賊が灰になった件といい。衛兵といえど雇われなのだ。
毎日の糧を得る為にも金はいる。そうなると、おのずと丸く収めよう。自分には火の粉がかからぬようにしようと思うのは自然な事で、槍を持つ手に力がはいる。
彼らはブークの制止も聞かずに、ケーキ屋の親子へと石突を振り下ろす。
マウイは娘を庇おうと力を込め更に強く抱きしめ、歯を食いしばる。
だが、想像した痛みがくる事はなかった。
打ち下ろされたそれらは、突然の吹いた風に薙ぎ払われてしまったからだ。
「ヘイ!お前ら弱い者いじめは見過ごせないぜ!」
突風と共に突然目の前に現れた男に、全員が絶句する。
誰しもがお前は誰だ!邪魔をするつもりか!と言いたいだろうが、男の恰好がそれをさせてくれない。
何故なら、股間から白鳥の首が伸びる服を着た真っ白い男が、なんの前触れもなく目の前に現れたのだ。
様々な感情が玉突き事故を起こして、言葉を発するどころではない。
「…黙するという事はオレの言葉がまだ心の隅に残った正義に火をつけたついうことだな!ならば、次は行動だ!さぁさぁ早くその正義の心で足を動かすのだ!」
男は股間に着いた白鳥の頭を左右にブンブン振りながらマウイたち親子以外を外へと押し出していく。
言わずもがなアレを連想させるソレに、今度は大人達がヒッと喉を鳴らし逃げ出していった。
「さぁもう大丈夫だ!無垢なる親子よ!」
白い歯を光らせ、伸ばされるごつい手をマウイは渋々握る。
色々と思うところはあるが、助けてもらったのは確かなので失礼な態度をとるわけにもいかない。
握った瞬間、力任せに立たされ白鳥の頭が顔に触れる。
…最低の気分だ。
悲鳴を上げそうになるのを必死でこらえていると、何か心配されてしまった。
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