第十六話 こぼれ話➀ ここが例の街か!
「ほ~ん。ここが例の街か。中々いい感じじゃん」
通りには、屋台が立ち並び店員が声を張り上げ、良い感じに活気が満ちている。
平和で賑やかな空気感は、自然と楽しい気持ちにさせてくれる。
迷いまくったせいもあって、ここまで来るのに結構な時間が掛ったこともあり格別な気持ちだ。
よそ者丸出しでキョロキョロしていると、不意に屋台の一つから声が掛けられる。
「あら、お姉さん。見ない顔ね。その恰好からして旅人さんかい?」
「ああ…まぁ…そんな所だ」
「あら、そうなの。じゃあ、ウチの商品食べた事ないでしょ!」
ほらほらと、強引に茶色のソースが掛った白いものを突き出される。
「なんだよ?これ」
「あら、知らないの?これはマシュマロと言ってこうやってチョコを掛けて食べると、とても美味しいのよ!ほら、試しに食べてみなさい!」
強引に口元に突き出されたそれは、柔らかく甘い匂いを鼻孔へとねじ込んで来る。
このクソ人間はなんだ。やっぱり人間なんかはぶっ殺してしまうかと思っていると、香りに導かれ自分の意思とは関係なく口が開いていく。
その少しの隙間に強引に、白い塊をねじ込まれる。
「てっめ!なに………う、うま…いじゃねーか」
口の中でプチプチと千切れる食感に心躍らされると、否応がなしにマシュマロとやらに集中させられてしまう。
なんだこれは…こんなに美味いものがあったのか。
いや、もちろん食べっこモンスターが至高なのは変わらない。
だが、これはベクトルが違う。
ピザは飲み物だと言う奴らとは、どこまでも行っても平行線だということと同じで、目指している方向が違うのだ。
こ、こんな世界があったとは…。
何故だか分からないが、恥ずかしくなって俯いてしまう。
「どうやら気に入ったようだね。一袋十個入り、百二十ゼニ-よ!」
「…ご、五袋くれ。あと、できたらチョコレートをもう少し掛けて欲しい…」
「あいよ!まいどあり!」
マシュマロを頬張りながら、通りを歩く。
その間にも様々な誘惑に負け、買いこんだお菓子の類で背負ったズタ袋もパンパンだ。
やばいな。これで何日もつ?
こんな所、簡単に来れる距離じゃないぞ。
そうなると、なるべくゆっくりと…いや、そうすると痛んでしまう。
なるべく時間を稼ぎながら、早く食べなければならないという事か…。
「仕方ない。補充に関しては…頻度を落とすしかないと諦めよう。オレは大人だからな!」
この矛盾した世知辛い現実に往来のど真ん中で立ち止まってしまったが、すぐに切り替え顔を上げる。
この街は一々新鮮で飽きることがない。
再び歩き出した目に映るのは、様々な文化が入り混じった光景で、まるで統一性がなく見ているだけワクワクしてくる。
遠くの方で何かの催し物があっているようで、人間がひしめき合っているのが見える。
立ち止まりどうしようかと考える。
興味はあるが、人間なんかに揉みくちゃにされて折角のいい気分を台無しにされても癪だなと思うと、回れ右をして他の場所へと足を向けることにした。
代りといっては何だが、試しに色んな通りを歩く。
何やら鉄を叩く音が鳴り響く通りや、薄暗く狭い汚い場所、そうかと思えば良い匂いのするひと際綺麗な場所など気の向くままに歩いていく。
行きついた先は裏路地というわけでもないのに、閑散とした不思議な場所だった。
見渡してみるとゴミも目立ち、石畳には液体の乾いた後が目立つ。
「あ~これが、歓楽通りってやつか」
夜になると、羽目をはずした人間たちが遊ぶ場所だと聞いたことがある。
一度見てみたいと思ってはいたが、どうやら陽がさしている今の時間は無理らしい。
「それにしては静かすぎる気はするが、まぁいいか。今度また、お菓子の補充に来たさいにでも…」
諦め来た道を戻ろうとしたときに、よく知っている。だが、全く知らないマナを感じ取る。
そこでやっと、自分が見られていた事に気が付いた。
(オレに気づかれずこんな距離まで詰めて来ていただと…)
お菓子の入ったズタ袋を地面に投げすと、押さえていた魔力を垂れ流し始める。
いくら気が緩んでいたといえ、そんじゃそこらの奴に後れを取るつもりはない。
ようは、コイツはある程度やる奴って事だ。
次の瞬間、通りを囲むように見えない大きな壁がそそり立ったのがわかった。
壁からはわかりやすくイヤな気配がする。
まるで人を遠ざけて巻き込まないようにでもしたいようだ。
都合がいい解釈だが、そう思ったほうがこちらにも都合がいい。
(だが、オレを黙ってタダで覗こうとするような奴には、お仕置きが必要なのも確かだな)
「おい。隠れているつもりだろうが、そのクッセー香水の匂いで丸わかりだぞ!」
言い終わると同時に近くの二階建ての建物へと飛び蹴りを放ち、上階部分を粉々に吹き飛ばす。
蹴りが当たる瞬間に、入れ替わるように人影が建物から飛び出したのがチラリと見えた。
すぐさま反転して後を追う。
周囲の建物を破壊しながら、覗き見野郎を追いかけていく。
中々素早いが、このくらいなら問題はない。
足に魔力を込め速度を速めると、一気に逃げ回る人影の前に回り込む。
後は、向かってくる奴の顔面をぶん殴ってやるだけだ。
と余裕をかましていると足元から茨が噴き出し、全身に絡みついてくる。
「罠か!」
「…そうよ。使い捨ての簡易魔道具だけど、あなたみたいに一直線に突っ込んでくる相手には効果的でしょ?」
そう答えながらフリルのついた服に日傘をクルクルと回す影が、ようやく眼前で足を止める。
日傘で顔を隠してはいるが、女で間違いないだろう。
落ち着いて見てみるとわかる。フリフリのふざけた格好をしているが、こいつは…結構やる。
それにこの罠だって、簡易の魔道具と言ってやがるが、そんなもんでオレの動きを止められるわけがない。
かなりの魔力と技術を使って弄ってやがる。
「で、あなた何しにこの街に来たの?返答しだいじゃ、ここでぬっころさなきゃならないわよ」
「ハッ。オレを殺すだと?何者か知らねえが、あんま調子に乗ってんじゃねぇぞ」
一気に全身から魔力を爆発させ、纏わりつく茨を吹き飛ばす。
「あら。子猫のクセに中々やるのね。もしかして子猫同士で呼応している可能性が…いや、流石にそこまでは…」
女は凶悪に渦巻く魔力を目の当たりにしても、余裕の態度を一向に崩そうとはしないどころか、他のことへと思考を割く余裕すらある。
「いつまでも余裕ぶってんじゃねよ!」
傘ごしに殴りかかるが、拳はブンと音をたてて空を切る。
「流石に単調すぎたか!」
いつの間にか数歩先にいた目標を即座に捉え、今度は右、左と残像を生むほどギアを上げ、上から殴りつける。
しかし、これも当たらない。
躱された感じはしない。だが当たらなかった。
違和感を抱きながら、更に速度を速めて暫く続けてみるが同じだ。
それどころか空振りばかりで、イライラしてくる。
「あーわかった。もういい。飽きた…」
足を止め肩の力を抜きだらりとぶら下がる手にはいつの間にか、自身の身の丈を越える大剣が握られていた。
次の瞬間、剣を持つ腕が消えて無くなる。
周囲に人がいれば確実にそう見えただろう斬撃に女は今までとは明らかに雰囲気を変えて真上に飛ぶ。
消えた腕が再び元の位置に現れると、円を描くように周囲の空間に亀裂が走っていく。
広がりきった亀裂が辺りの景色をガラス細工のように砕くと、そこにはガラリと様相を変えた通りが広がっていた。
「やっぱり、幻覚の類かよ…うぜー」
「あらら、バレたンゴ~」
「んご?変な喋り方ばっかしやがって…」
苛立ちを乗せた大剣を小枝のように、軽々しく縦に振り抜く。
それをクルリと躱すと、出来た地面の切れ目を足でなぞりながら余裕の態度を崩そうとしない日傘の女。
数秒の静寂のあと次々と鋭利な斬撃が放たれるが、それもなんなく躱されてしまう。
だが今度は先程のような違和感はない。普通に当たっていないだけだ。
小さく舌打ちをして、間合いを詰める。
本気ではないが、それなりの力を込めた一撃を放つ。
その辺の怪人なら何が起こったか分からない内にマナに還っているほどの攻撃を。
白い尾を引きながら振り下ろされる剣に、傘の裏に隠れた顔も流石に表情を変える。
「何油断してんだ!飽きたって言ったよなぁ!」
盛大な爆発が起こり、爆煙が辺りを包んで行く。
簡単に地面を削りとった攻撃に、ギャラリーがいればコレで確実に終わったと思ったことだろう。
しかし、煙の中に立つ人物の口から出たのは、勝ち鬨ではなく一つのため息だった。
「受け流したのか。剣の軌道に合わせて日傘を回して」
「いや~ギリギリだったわ。お姉さん、ビックリしちゃった」
「ホント何なんだ。お前…」
相変わらず顔を隠したままの変な女。
ビックリしながらと言いながら、その態度は先程何も変わらない。
「いや~ね。そんな睨まなくても大した物じゃないわ。私はただの残りカスよ。それよりも、不思議なんだけど。あなた、怒りながらも全然本気をだそうとしないじゃない。なんで、そんなに力を押さえてるのよ?ちょっと詳細キボンヌ。あ、産業でお願いね」
「あ?産業?ほんと意味わかんねーやつだな。…まぁいい。本気を出さないじゃなくて、出せねーんだよ。もしここで本気を出して人間を巻き込んだら、美味いお菓子が食べられなくなるだろうがよ」
「へ?…フフ…ははは!なにそれ!だってあなた、あの怪人とかを送り込んでくる組織の物なんでしょ?それが、人間を気遣うっておかしくない?」
そんなことは言われなくてもわかっていると言わんばかりに、赤紫の髪をかき上げ鼻を鳴らす。
「お前には関係ないだろうが…」
「そうね。ごめんごめん。別に関係ないわね。人間が生きてても。…いいわ。面白かったし、今日は見逃してあげる。今の所邪魔になりそうな感じもないしね」
「ああん?見逃してあげるだ?いい加減にしろよ!」
赤紫色の髪を逆立て、本気でこみ上げてきた怒りを大剣にのせ、高く飛び上がる。
今日最高の速さと威力をほこる斬撃が、日傘女の真上から振り下ろされていく。
「今度は受け流すなんて小手先の技は通用しねぇ!」
しかし決まったと思われた強烈な一撃は地面に大きな穴を開けた。それだけだった。
もうそこに日傘女の姿はなく。代りに余裕の笑い声と橙色の毛先が風に舞い上がっていく。
「クククッ」
普通であれば、自身の攻撃が全く効かなかったのだから悔しさや怒りが沸いてきてもおかしくないのだが、不思議と怒りよりも笑いが込み上げてくる。
「…オレの敵になりうるのは総帥か姉さまぐらいかと思っていたが…外ってものも意外と面白れぇじゃねぇか」
思いがけない幸運に心を弾ませながらズタ袋を背負いなおし、さて帰りはどうするかと思っていると、街の上空にワイバーンの群れがたむろっている。
「お。丁度いいじゃん。あれを一匹捕まえて乗って帰るか」
空飛ぶトカゲのクセに「わらわは王妃だ。無礼だぞ」と戯言を話す、一番偉そうなのをボコボコにして背に乗ると北の大地へと飛び立たせる。
あ、良い事を思いついた。コイツを帰ったら改造してオレの乗り物にすれば、お菓子の補充も楽にできるじゃないか!
ん~オレって天才なのかもしれない!
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