第十六話 ➁ 思い出しただ!
「あなた、どこかで…」
「ん?アクークさんじゃん!」
風になびくその真っ赤な髪は、先週路上で会った少女だと思い出す。
「アクークさんってAランクの冒険者なんでしょ?そんなとこに座ってどうしたの?お腹痛いの?」
「…そ、そうよ!決してビビッてたわけじゃないんだかね!」
そう!私は間違ってない!ワイバーンなんてBランクの魔物を、私がなんかがどうにかできるわけないんだから!…できないわよ。
じわっと心に何かが滲んでいく。
そこから目を逸らすように少女に目を向けると、ふ~んとか言いながら、次の獲物を探す姿はあまりに堂々しており、自分とは真逆の態度に少し興味が沸いてくる。
「わ、私のことより、あんたは何でそんな小さな体でこんな恐ろしい魔物に真正面から立ち向かっていけるのよ?」
だってフィジカルが強いという事と恐怖に自分から飛び込めるという事は全然違うのだ。
自分だって駆け出しのころは、遥かに弱いはずの魔物にだって散々手を焼いてきたのだからわかる。
それをこんな子供が…。
「ん~まぁユーネはチョー強いからね~。それに好きだからじゃない?」
「好き?魔物が?」
「ハハハ!違うよぉ~考える前に体が勝手に動くってこと。よくわかんないけど、それが好きなことなんじゃないかな?って思ったの」
「……」
「お!そんじゃユーネはあっち行くから、こっちはお願いね!」
少女は遠くで苦戦している兵隊を見つけるとすぐにその場を飛び出していった。
◇
一方、上空では一際大きいワイバーンが不機嫌な顔をしながら広場を見下ろしている。
メインディッシュ前の軽い前菜だと思っていたのにも関わらず、次々と同族が地面に落ちていく。
その原因は、あの一匹の人間のガキだ。
ほんの少しだが癇に障る。数が減ることに関しては我と王妃さえいれば何とでもなる。
しかし、その数を減らしてくれているのが地べたを這いずるしか能のない人間だということが問題なのだ。
「調子に乗り過ぎたな…」
王が短く一声鳴くと、好き勝手に舞っていた個体が一斉にユーネ目掛けて降下していく。
突如、何十もの数に覆い被された小さな体は、あっという間に見えなくなってしまった。
飛び散る血しぶきと汚い声が響き渡り、バリアの中で身を寄せ合っていた人たちの恐怖を煽る。
王はふん。と鼻を鳴らすとすぐに興味をなくして目を逸らす。
さて、感情的になったことで少し小腹が空いてしまったな。
うつけを見つける前に、軽くつまんでおくか。
ぐるりと広場を見渡すと、丁度柔らかそうな餌が飛び出してくる。
まずはアレでいいだろう。
◇
同じころステージ上では、触発されたアクークがパニックになった人達を懸命に宥めていた。
つい今しがた小さな子供が寄ってたかって、翼竜に食い殺されたのだ。
そんな残酷な光景を見せられれば、誰だってパニックになってしまうのは当然なのだが、それでもと心の中の小さな声に背中を押されて、落ち着けと大きな声を上げる。
そんな中、アクークの脇をすり抜け一人の小さな女の子が泣きながらバリアの外へと走っていってしまう。
お母さんどこ?と叫んでいることから、どうやら親とはぐれてしまっていたようだ。
どうする?とまた自分に問かける。
今から追いかけると、自分もこのバリアの外に出てしまう。
それは死が跋扈する場所へと自ら出ていくことになるのだ。
見ず知らずの子供の為に…。
自身の命と見ず知らずの子供の命が天秤に掛けられる。
さっきの衛兵の時は違う。今回はここから出て行かなければならいのだ。
嫌だ。恐い。無理。
上空から風を切る音が近づいてくる。
チラリと目をやると、ひと際大きいワイバーンが少女を狙って降下してきている。
どうする?どうするのアクーク…。
◇
この街に来てから頭痛が酷い。
継続的に響く痛みが、ただでさえ憂鬱とした気持ちをよりかき乱す。
そもそも、ただのDランク冒険者だった私が何でこんな所まで来て何をしているんだ。
週末なんかにちょっとだけ美味しい物を食べたりなんかして、楽しく過ごしたいだけだったのに。
気が付いたときには、いつの間にか歯車がズレてしまっていた。
最初はたまたま注目を浴びた戦略で、ただのRカードだった私が必要だという事で一気に人気が出ただけだった。
そしたら急に綺麗だなんて言い出す人が出始しめて、冒険者ギルドもそれに便乗して広告塔かなんかしんないけど、明日から君はAランクだ!なんて言い始めて。
昨日までDランクの木っ端冒険者なのよ?無理に決まってんじゃん。
ホントウザい。だいたい自由が売りの冒険者でしょ?
品行方正にしろ!マナーを学べ!女らしくしろ!そんなこと出来るわけないって!
積もるストレスがイライラに変わって、つい表に漏れ出てしまうことも増えるし、そんなことを繰り返していれば、周りから煙たがられるのは当たり前で昔からの友達なんかとも疎遠になってしまった。
もう辞めたい。疲れた。自分を偽るのも、他人の目を気にするのも。
…でも辞めれない。
毎日毎日、汗だくになって日が暮れるまで働いてたころよりもずっといい生活。
美味しいご飯にカワイイ服。みんながチヤホヤしてくれる。
今更、あんな生活には戻れないよ。
【考える前に体が勝手に動くってこと。よくわかんないけど、それが好きなことなんじゃないかな?って思ったの】
先ほどの少女の言葉が耳の奥でそっと囁く。
「ああ…そうだった…思い出した…」
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