第二話 ➂ 勉強しなくていかもね!
どうしても子供と言うものは、物語の中の英雄のようにドラゴンを退治して一攫千金を手にすると言うような話に憧れ自分もそうなれると信じて疑わない生き物だ。
しかし実際には冒険者として活動をやっていくと、それは自分ではないとすぐに気が付いてしまう。
いや、気が付いてもやっていけるのならいいのだ。血気盛んな若い奴らなんかは、それを認められずに、冒険者業と共に人生も終わらせてしまう奴も多いのだから。
そんな若者が少しでも減らせればと、ギルマスのギャランが提案したのがベテラン冒険者に引率させた研修会という奴だ。
正直うま味も無く、コストばかりかかるので、冒険者協会の中では陰口を叩く者もいるのだが…この件に関してはギルマスの強権と元A級の肩書きを大いに利用し押し通している。
「そうだ。二人とも冒険者登録をしているわけじゃないから、ギルドの規定に照らすわけにもいかないが、アキラなら浅いダンジョンぐらい問題なく引率できるだろ」
「そうですね。元SSSが引率してくれるとなれば、見学者の数も増え収益も…しかし…」
「ほら、収益が上がればお前が欲しがっていた自動計算の魔道具も導入できるじゃないのか?」
「…仕方ありませんね。あれを配備出来れば事務方の負担がかなり減りますから。では、アキラさん、こちらはそれで許して上げても構いませんよ」
フン。縦割りの社会でギルマスの意見を聞くのもルールを守る一つですからね。現役を引退して久しい人間にたいして期待はしてませんが、精々こき使ってあげるとしますか。
フフ。
「おいおい、勝手に話を進められても困るぞ?だいたい上から許してやると言われても、ありがとうございます。とはならないだろ」
「それはそうだが、ここはオレの顔を立てると思ってよ。オレとお前の仲だろ?な?」
間に入ってくるギャランの言葉にアキラの口が止まる。
ムカつくがギルドを壊したのも確かだし、今までもおやっさんには迷惑をかけてきている。だから彼一人の顔を立てる事に対しては何の問題もない。
だけど今一納得がいかないと、足元にいる愛娘へと視線を移す。
ユーネがイヤって言ってくれればお父さん助かるんだけど。
「ユーネもそれでいいか?嫌だったらハッキリ言っていいんだぞ?お父さんに気を使わなくても、いいんだぞ?正直に言えば帰りに駄菓子屋さんに寄ってもいいんだぞ?嫌だよな?な?」
「ううん、ユーネはね、頑張ってやりますよぉ!もうせいしんせんにん働かせてもらうから!!」
(だって、そっちにいけば勉強しなくてすむじゃんね!ユーネはてんさ~い!!フヒッフヒ~!)
「え?本当に!?本心は嫌なんだろ!?お父さん、わかってるんだからな?」
大きく肩を揺さぶられるユーネの異様に元気な声とにやけた顔が、一歩引いて見ていたルウに疑念を持たせてしまう事となる。
怪しい霧を見通すように輝くその金色の目は、邪まな思惑など一瞬で看破してしまった。
結果、勉強が無くなる事はないと決定してしまうのだった。
「おおっと、そのガキも連れていくつもりですか?ダンジョン見学はお遊戯会じゃないんですよ」
「わかっているさ。だが、ウチの娘はその辺の大人よりずっと強いし、算数だって得意なんだぞ!」
(な、なんですとぉぉぉ~~!?)
当のウチの娘さんは鼻の穴をこれでもかと大きく膨らませて父親の顔を凝視する。
これでは話が違うではないかと。
「ふん。元SSSといえど親馬鹿をこじらせている姿は滑稽ですよ。ですが、まぁいいでしょう。当日たっぷりと見せて貰うとしますか、その計算とやらを。クク」
「おう!楽しみにしていろ!ギルド職員顔負けの計算をみせてやるぜ!」
「・・・・・・・・・」
盛り上がる大人達の勝手な話とは対照的に自慢の娘の顔はどんどん曇っていく。
(だそうよ。強さはまぁ問題ないとして、算数の方はどうだったかしらね)
「それは…今日から頑張って…勉強すれば…たぶん」
図太いはずのユーネの口からは、白い何かが漏れ出し空に昇っていく。
(そうそう、わかっているじゃない!それじゃあ!早速帰って勉強よ!今度はこっちがあの腹を鼻で笑ってやるんだからね!!)
フガフガと鼻息を鳴らす様子からに、何だかんだで一番腹を立てていたのはルウだったようで、こうなったらルウが満足するまでとことん勉強するしかないだろう。
「うぅぅぅ。お父さんのバカぁ―――!!!!!」
◇
夜も更け街を静けさが満たしたころ、黒髪の男が散らかった部屋にある本棚から一冊の本を取り出すと、低い音と共に本棚が横へとズレて隠し通路が露わになる。
街の建築様式とは異なり、四方をモルタルできれいに補強された通路には電球色の明かりが連なり、地下に向かって伸びる鉄製の階段が存在感を示している。
男は慣れた様子で階段を下り、突き当りのドアを開けると明かりは昼白色へと変わり様々な魔道具や薬の瓶が並んでいる奇妙な部屋が広がっていた。
その中で何やら作業をしていた黒猫が振り返る。
「あら、もうユーネは寝たの?」
「ああ、今日は色々あったからな、流石に疲れたんだろ」
「そうね。友達も出来て私も少し安心したわ」
「ああオレもだ。ユーネの生まれを考えると難しいんじゃないかと思ってたからな」
アキラは嬉しそうに顔をほころばせながら、鞄を開けると琥珀色の液体の入った瓶とグラスとおちょこを取り出すと、一気に金糸で作られた封を切る。
「躊躇もなく高価な奴を開けたわね」
「記念だからな。娘に初めて友達が出来た記念」
注がれる液体から昇る芳醇な香りが部屋を包み、ルウも微笑む。
「じゃあ、愛娘の未来に乾杯」
「乾杯」
硬質的で研究所を思わせる部屋には似合わない幸せな家族の光景に昔の事が思い出される。
「昔もこうやってお義父さんたちと、研究所の作業台でメシ食ってたよな」
「ふふ、そうそう。風情も何も無いあの部屋でね。あのころは毎日、安定しないUelsの調整に付きっきりで大変だったけど、今思い返すといい思い出だわ」
「それから、まさかオレ達に娘が出来て怪人と戦ったりする事になるなんて、昔のオレは想像だにしていなかったよ」
大袈裟に肩をすくめるとグラスの中身を一気に飲み干す。
その様子から内心ユーネの存在がとても嬉しいのが伝わってくる。
今晩はきっとアキラが持ってきた一本では足りはしないだろう。
私だって想像できなかったわ。子供なんて五月蠅いだけで好きじゃなかったのに、いつの間にかユーネの居ない生活が考えられない日がくるなんて…。
…なんて、絶対口には出したくはないから、話を逸らすことにする。
「あなただけじゃ無くて、あの場の誰もそんな事思ってなかったわよ。でも、不思議なのは、あの技術って父が若い頃に居た研究所がオリジナルらしいのよね。それなのに、他に似たシステムの噂なんて聞かないじゃない?ただ単に成功していないだけのかしら?」
「それはそうだろ。だって、他の研究所にはオレが居ないのだから、成功しようがないじゃないか」
「何よそれ?相変わらず自信過剰ねと言いたいところだけど…まぁそうかもね」
逆に本当にそうであって欲しい所だわ。様々な分野でブレイクスルーを起こせそうなものを自分達の欲望の為に使われていると思うとゾッとするもの。
そもそも、母が手綱を握っていなければ、すぐ暴走するようなガンギマリマッドサイエンティストの父をスカウトするような組織が、世の中の為とか考えるかしら…
「なんか変な事考えているんだろうけど、今日はめでたい日なんだから、今夜ぐらい忘れとけって」
そう言いながら、いつの間にか空になっていたおちょこに琥珀色の液体を注がれていく。
「そうね。もう少し酔った方が良さそうね」
怪人を送り込んで来ている組織の事とか龍脈の事とか考えなきゃいけない事は、まだまだ沢山あるのだけども今日はね。
「あ、ちょっとアキラ。なに自分のばっかり沢山注いでいるの!?ずるいわ!こんなレアなお酒滅多に飲めないのに!」
早々にグラスを開けて、三杯目を注ごうとするアキラに声が上がる。
「ちょ、ちょっと待て!飛び掛かってくるなって!」
地下の小さな部屋の明かりに照らされながら、平和な痴話ゲンカを肴に今夜も更けていくのであった。
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