第十二話 ④ デザートドラゴン再び
「どこに行こうと、貴様らは我の餌になる運命なのだ」
「フィ、フィーピー?」
突然、壊れた糸繰人形のように力の抜けた娘の体を包むようにモヤの様な影が現れる。
見覚えのあるそれは数時間前に遭遇したあの魔物の姿だった。
事態を飲み込めずにあたふたしてしていた父さんモグラが急に悲鳴を上げると、肩を掴んていた両手が電撃でも受けたかのように弾かれる。
「いつまで我に触っているつもりだ?この娘は我の新たな体の核に選ばれたのだ。貴様ごときが触れて良いものではないぞ」
「体?もしかして娘の体を乗っ取るつもりなのか!…ふざけるな!オレの娘だぞ!」
「まだ理解できないのか。貴様ら土竜は、最下級といえど我ら大地の竜の眷属。ならばもとより王たる我の物よ。それを返せとは、餌にする前に口の利き方から教えてやる必要が有るみたいだな」
何かの形を成しながら影が大きく口を開くと、耳をつんざく咆哮が発せられ家ごと皆を吹き飛ばす。
「貴様らは力を取り戻す為の餌である故にまだ命までは取らぬが、そう何度も慈悲は無いという事を肝に銘じておけよ」
宙に舞い上がっていくフィーピーを中心に、集落を囲む土が砂へと変え風を巻きながら繭を成していく。
それはある程度の大きさまで膨らむと破裂するように消え去り、中からはこじんまりしているが確かに昨日ミトラちゃん達が倒したはずのデザートドラゴンが現れる。
「聞けい!我は砂漠の王にして、貴様ら土竜の最上位に位置するデザートドラゴンなるぞ!さぁ、王の前に跪くのだ!」
何の前置きもなし家ごとを吹き飛ばされたモグラたちが、答えを求めて空を見上げると、ドラゴンの言葉に従うようにふらつき膝を付き始める。
「…無理矢理魔力を集めているの?」
ユーネの体からも少量だが、漏れ出た魔力が立ち昇っていっていく。
それを裏付けるように、ドラゴンの体が少しづつではあるが大きくなっていっている。
「ガハハハッ!あの気味の悪い奴も昨日の人間どもも待っていろ!」
「うっさいんだよ!そんな事どうでも良いから、フィーピーちゃんを返せ!」
「ハハハ…ハ?」
ユーネもこのままズルズルと魔力を吸収されると自分でも不利になると思い、すぐに飛び上がり大口を開けて笑うドラゴンの横っ面をぶん殴る。
まさか自分が殴られるなんて思ってもみなかったデザートドラゴンは、もろに直撃を受けると盛大に砂をまき散らし地面に叩き落とされてしまう。
だが、巻き起こる土煙にはゆらりと体を起こす影が映る。
その動きを見るかぎりあまりダメージは期待できそうにない。
視界が晴れると、案の定何事もなかったかのように腕で首の付け根を押さえたドラゴンが、愉快そうに口を開く。
「…おいおい、返せと言いながら殺すつもりなのか?今のは我が守ってやらねば、死んでしまうところだったぞ?ん?」
笑いながら腕をどけた下からは気を失っているであろうフィーピーの顔が覗いている。
「卑怯なやつだな。お前」
ユーネの中に静かに怒りの火が灯る。ちょっと前ならば、過信と怒りで突っ込んで行ってたであろうが、かなり成長したものだ。
それこそアキラがこの場にいたならば、即座にどんちゃん騒ぎが始まっていただろう。
「フフ。卑怯?自分の身を守るための行いに何を躊躇することがある?まぁコレで我に危害を加えるとどうなるか分かっただろう。何故ここに人間のガキが居るかは知らぬが、見せしめに死んでおけ!!」
丸太のような尻尾が顔をしかめるユーネをしたたか打ち付け、壁へと吹き飛ばす。
盛大に土壁に穴を開けると、その衝撃で雨の対策として塞いでいた天井の土まで落ちて来て、下にいたモグラたちが悲鳴を上げる。
デザートドラゴンは自身を称える音楽に自尊心を満足させると、再び宙に舞いあがり魔力を吸い始める。
比例するように土に覆われた世界が、連続した低い音と大きな揺れを刻みだす。
「おお!これほどとは。この調子ならば、思ったよりも早く力を取り戻せる。最下層といえど、やはり眷属とは相性が良かったという事だな。貴様ら褒めてやるぞ!ハッハッハッハ!」
褒めるなんて言ってはいるが、悦に浸かりきったその目には、既にモグラたちなど目に入っておらず、見えているのは過去の栄光のみだ。
「ああ…何という事だ。娘に続いて人間の子供も犠牲になってしまった…大人の私がしっかりしていないばっかりに…」
どうしようもない後悔にうずくまる父さんモグラの背中が不意に叩かれる。
「オジちゃん!立って!動けるウチに皆で集って!」
死んだと思われた人間の子の声に驚き慌てて振り返る。
何で生きているかなど疑問は尽きないが、ホラホラ早く!と急かされるままに立ち上がる。
「…ごめんよ。人間の子供。オレは娘を置いて行くわけにはいかないんだ。ここで逃げるぐらいなら…いっそ!」
「ううん、逃げるわけじゃないから心配しないで!ちゃんとユーネに考えがあるから。それでね、皆で壊れたお家の葉っぱを集めながらなるべく向こうの端っこに集まって欲しいんだ」
「葉っぱを集落の入り口に?…いや、わかった。言われた通りにするよ」
その自信に満ちた目に、父さんモグラは素直に頷き周りでの仲間たちにも指示を出していく。
元からそんな人口が多いわけではなかったという事もあり、すぐに皆大きな葉っぱを持って集まってくる。
しかし、その間にも揺れや音は大きくなっているし、魔力が吸い取られて歩くのも困難な人も出てきている。
「みんな、この葉っぱで船を作るよ!時間がないから急いでね!」
どういう訳かモグラたちの集落にいる人間の子供の声が響く。
フィーピーの父以外のモグラたちは、人間にいきなり葉っぱを集めろと言われたり、フネなるものを作ると言われたりと、荒唐無稽すぎて理解が追いつかない。
しかもこの緊急事態でだ。みんな子供の遊びに付き合っている暇はないと口に出したいのだが、その静かな怒りをはらんだ目には有無を言わせぬ迫力があり、雄たちも口ごもるばかりである。
「あの、すまない人間の子供よ。その…フネとはなんだ?」
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