第十一話 <シーン:フジザクラタウン 借り冒険者ギルド内>
ドラゴンが倒れ、半日が経過しやっと少しだけ落ち着きを取り戻した街の片隅で、異様に刺々しい雰囲気を放つ建物がある。
冒険者ギルド(仮)だ。一時的に協会が借り上げているその大きな建物は、普段はテーブルや椅子が並べられ、アルコールの匂いと喧騒が混ざった空間なのだが、今それらは全部端に押しやられ、代りに多くの怪我人が横になっている。
「くそ!また仲間がこんなに…ここ数ヶ月で魔物も、わけの分からない怪人なんてのも増えて、怪我人ばっかじゃねぇか!」
一人の冒険者が横たわるパーティーメンバーの手を握りながら、誰に言うわけでも無しに喚く。
中には、王都や聖教都の偉い神官の所でないと治らないような大怪我をおったやつもいる。幸い死者までは出ていないが、それもいつまで続くかはわからないというフラストレーションでフジザクラタウンの冒険者のモチベーションは日に日に落ちていっているのが現実だ。
しかも、日ごろは批判している黒騎士に任せておけばいいという無責任な意見も見られるようになっていることも拍車をかけている。
そんな現状だからこそか、隣にいた冒険者がポツンと口を開く。
「なんか、あの黒騎士が現れた時期とあっているよな…」
勿論なんの証拠もない。誰かに責任を押し付けたいという短絡的な思考から来たものなのだが、この空気の中では一瞬にして皆の心の奥へと入り込んでいく。
「そうだ…アイツのせいだ!アイツが災いをオレ達の街に呼び込んでんだ!」
誰かが大きな声をあげると、すぐさま周りがそれに続き一種の渦が出来ていく。
黒騎士を排除しよう!という意見が出てくるのに大した時間は掛らず、誰もその考えに反対するものはいないと思われた。
「あの…それって、違うんじゃないっすかね」
思わぬ反対意見に鎮まる人混みの中から、若い冒険者が前に出てくる。
「今回の事件でオレとまだそこで横になってる先輩は、黒騎士に命を助けて貰ったんすよ。アイツが現れなかったら、今頃二人ともサンドワームの腹の中っす」
「そ、そんなのたまたまそう見えてただけだろ!あいつが魔物を呼んでいないという証拠はあるのかよ」
先頭にたって喚いていた中年の男が、懸命に唾を飛ばす。
「まぁ、それはそうっすけど。直接会ったオレはアイツは信頼できると思ったんですよ。勘でしかなですけど…」
「ほら、見ろ!そんな曖昧なもので皆を惑わそうとするな!」
再び場が鎮まる。
一定の層は若い男の意見もわかると冷静さを取り戻し始めるが、全員というわけにはいかない。
なぜなら興奮収まらぬ方も、元々は黒騎士がどうのと言うよりも仲間が傷ついている事が引き金になっているのだから。
そんな中、突如場違いな声が響き渡る。
「禿同で~す!私もその勘を信じます!」
声のした方へとみんなが一斉に目を向けると、片手を高く上げた女がカウンターに座っていた。
その容姿は、夜、路地裏に立ち男を誘う商売をしているものそれだ。
間違っても冒険者ではない。おおかた客引きにでもきていたのであろう。
しかも、冒険者達の言い争いを肴にもしていたのだろうか、反対の手にはジョッキが握られており、楽しそうな雰囲気を纏う顔も真っ赤だ。
これが若い娘だったらまだ養護出来たかもしれないが、三十は超えているであろう結構いい大人の女でこれだ。
冒険者たちに苛立ちに燃料を投下するには充分だろう。
「この酔っ払いめ!命のやり取りもした事が無いような奴が、口を挟んでくるな!」
先ほどの男が黙らせんとばかりに大きな声を返す。
「そりゃあそうですけどぉ…でも、この間ですね、友達とその上司の人が黒騎士さんに助けてもらったんですよ。だから、私には信じられる理由があるんですね。ほらだって友人を大切に思う気持ちは皆さんと同じですから~」
若い冒険者は、いきなり現れた味方に一気に嬉しくなって、心友よ!とかいきなり叫びながら肩を組もうと駆け寄っていく。
しかし、女からしたら野良犬が喚きながら突然走ってくるようなもので一気に恐怖が湧き上がり野良犬に向けジョッキを投げつける。
「ちょっ!それ以上近づかないでください!そ、そもそも曖昧なのは、どっちもですからね。黒騎士が魔物や怪人を引き寄せているという事が本当だという証拠もそれを否定する証拠もないんですよ。あるのは互いに自分がこうあって欲しいという願望だけなんです。だったら、仲間を助けてもらった人の勘に賭けた方がカッコいいって私個人が思っただけです!勘違いしないでくださいよ!ぷんぷん」
「だがな。もしそれが違っていて誰かが傷ついたら誰が責任を取るんだ!?」
「そんときは、オレが命を賭して黒騎士を討ってやるっすよ…ただし、もう一回言いますけどオレは黒騎士に掛けますよ。先輩もできたら一回アイツと話をしてみて下さい。あいつ、真っすぐした目をしてますから」
いや、ヘルムで目なんか見えなかったか?あれ?…まぁいいか。ここでやっぱりとか言うとカッコ悪いし。
突然割って入ってきた酔っ払いとひよっこ冒険者の言葉だが、二人の言葉は努力・友情・勝利とか言うフレーズが大好きな冒険者たちの心に何か小さな灯をつけるには充分であった。
そんな二人が黒騎士の肩を持つというのだ。多くの賛同を得るのは当然のことだろう。
次々にそうだな、信じてみるかと声が上がっていく。
「あざっす!凄い嬉しかったっす!」
若い冒険者が、女に頭を下げる。
「別にあなたの為にやったわけじゃないですよぉ。人は弱いからつい悪い方に想像しがちでしょ。だから、他の道もあるんだよって知らせなきゃいけない希ガスるんです。ほら、どっかに迷い込んで戻って来れなくなると可哀想でしょ?」
「確かに!う~ん、やっぱ長く生きてる人は良いこというなぁ!」
「あぁ?私はまだ三十ごにょごにょ歳だぞ!喧嘩売ってんのか?いやまぁ確かにあの子に比べたら、歳はいってるかもだけど、でもそんな事言ったら街の殆どの人がおじさん、おばさんじゃない!ズルいわ!若いってズルいわ!私だって目を瞑ればワンチャンあるンゴ!」
「ワンチャンは無いと思うけど、あんたもアイツと会った事あるんすね」
「いや無いですよ」
「でも、今歳がどうのって」
「多分ですよ。た、ぶ、ん!いやだ、お兄さん。そうやって私に難癖付けてどうするつもりですかぁ~?も、し、か、し、て、いやらしいこと考えてますぅぅ?」
「バッ!何言ってやがんだ!そんな訳ないだろ!オレは冒険者ひとす……」
「ホントに~?」
女がオレンジの髪をかき上げ、グロスの乗った唇を薄く開くと、酔っ払いとは思えぬほど妖艶な雰囲気が広がる。
固まってしまった若者の顎を満足気に撫でると、胸元から取り出した小さな紙を男に握らせる。
「これ~私が働いてる店の名刺ですんで、今度遊びに来てくださいねぇ~」
吐息が当たる程の距離で囁かれた言葉は、今後の彼の人生を大きく狂わせてしまったのだが、それはまた別の話である。
「それじゃあ、私はそろそろドロンしま~す」
「あ!お姉さん!名前は?」
「メティアよ。ご指名よろ~!」
女は手を振りながらドアをぬけ、もうすっかりと日の落ちた通りに出ると、細長い煙草に火をつける。
深く煙を吸い込み、夜空に向け吐き出すと空気に溶けながら独特の香りが広がっていく。
「私もとんだお人好しよね」
いつの間にかこの平和に慣れ過ぎたのだと、もう一度吸い込んだ煙と一緒に不純物を吐き出す。
今だけだ。
明日からは、またいつも自分。
復讐の炎の中を這いずり続けるいつも通りの自分。それだけでいい。
そう、これはお人好しではない。折角見えたアイツら尻尾を大切にしたいと思っただけだ。
「みんな待っててね」
そう言うと月に映る兎が、頷いたような気がして少しおかしくなってしまった。
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