エピローグ・ 第一話 ➀ フジザクラ・タウンの日常 1
<エピローグ>
薄暗い部屋の中で、横たわる人間の子供らを見下ろしながら、大きな影が高らかに笑い声を上げる。
「遂にこの悪魔のドーナツ計画も最終段階に入った!あとは残ったガキどもを根こそぎさらって、大人達を恐怖に叩き落とすだけだ!!そうすれば、組織の幹部の椅子もオレ様のものだ!モハハハハハ!」
輝かしい未来から照らされる幻想か、はたまた天井からぶら下がる白熱灯の光にかは分からないが、大きな影は眩しさを和らげるように目を細めながら、手に持った大きなドーナツの穴から天井を覗きみる。
「人間どもよ。残された最後の時間を存分に味わうんだな!モハハハハハ!!」
◇
第一話
晴れ渡る空の下、陽の光に照らされた美しい街が広がっている。
そこは和洋折衷入り混じった不思議な街、フジザクラ・タウン。
世界でも有数の賑わいを見せる大きな街だ。
その中心に位置し普段は家族の笑い声が響いている広場から、突如場違いな悲鳴が響いてくる。
「だ、誰か!助けてくれぇぇ!!」
人々が驚き悲鳴がした方へと目をやると、尻餅をついた冒険者の男が虎と人間を混ぜたような姿をした「怪人」と呼ばれる化け物に今まさに襲われているところであった。
その様子に多くの人が心配そうに状況を見守りはするが、誰一人として助けに向かおうとする者はいない。
一見薄情に見えるが、残念ながらごく当たり前の事なのだ。
何故なら半端な正義感を振りかざして、人間より遥かに強く、大きな魔力を持つ怪人に立ち向かっても、先には有るのは自身の死なのだから。
男はもう一度声を上げるが、誰も助けてはくれないことを察して絶望に喉を鳴らす。
臀部を石畳に擦りつけながら必死に後ずさろうとすると、上空から風を切るような異音が耳に滑り込んでくる。
「どありゃああぁぁぁ!!!」
突如響き渡る可愛らしい声と共に、不意に目の前にいた怪人が折れた牙と共にボールのように跳ねて、石畳の上を転がっていっていく。
一瞬呆気に取られた男だったが、誰かが助けてくれたのかと安堵の息を漏らしそうになるも舞い降りてきた黒い影に再び息を呑む。
「ふぅ~。もう大丈夫だよ。おじさん!」
仁王立ちの黒い影。もとい漆黒の全身鎧の人物から全力のピースと幼い声が発せられる。
同時に周囲の人々から大きな悲鳴が上がる。
怪人が現れた時とは比べ物にならないほど大きな悲鳴だ。
しかもその瞳には、恐怖に怯えながらも侮蔑や憎しみが宿っているのがわかる。
確かに、そこで這いつくばる虎の怪人よりもずっと厳つい見た目だし、身長もかなり高い。
それに加えて大きな悪魔のような羽、腰にかかる血のような真っ赤な髪、そこから発せられる舌足らずの幼い声。
ハッキリ言って異様なのだ。その見た目のまま、「お前の魂を頂く!」とか悪魔っぽいことを言われた方がまだ納得がいくだろう。
「悪魔?騎士?子供?えーと…どなたですか?」
助かった安堵のせいか好奇心に負けた男は、目の前の異様な人物の機嫌を伺うように口を開く。
黒い騎士の方は、まるでそう言ってくれるのを待っていたかのように、ヘルムの下半分から覗く口角を嬉しそうに跳ね上げてこう答える。
「知らないなら教えちゃうよぉ!全開全力で街の平和を守るぅ~!漆黒の騎士ユーエルちゃんとは私の事だぁ!」
同時にマントをひるがえし、満足気にキメポーズを決めるユーエルと名乗る騎士。
「あ…その変なポーズは…」
思い出した!こいつは怪人や人間を食い殺すと噂の黒騎士だ!
落ち着けばわかるこの溢れんばかりの異様な魔力…恐怖が体の自由を奪っていく。
逃げたくても震えが止まらない。もうケツをずらす事さえもできやしない。
「ほら、カッコつけている場合じゃないでしょ?アイツまだ生きてるわよ」
突如今までの幼い声とは違う柔らかな声が黒騎士から発せられる。
同時に転がっていたはずの虎男が、咆哮を上げながら頭上から襲いかかってくる。
「変な声上げやがって!女の子が話しているときってのはなぁ!うん、そうだね以外求めてねぇんだよ!!」
黒騎士は慌てることなく爪による斬撃を躱すと、カウンター気味に強烈なアッパーカットを虎の顎にぶち込む。
下顎を打ち抜かれた怪人はクルクルと木の葉のように舞い上がっていき、上空で赤い光の粒を撒きちらし爆発すると呆気なく倒されてしまった。
「あの化け物みたいに強い怪人を…ワンパン…それも、完全に舐めた態度で…」
情けなく見えるこの男も冒険者と言われる暴力を生業とする職をもう何年も営んできている。
だから自身の強さにはそれなりの自信もあるし、異常なほど強い人間だって何人も知っている。
たが、目の前にいるのはコイツはその全てにおいて比較に…いや、そんなもんじゃない。人かどうかを疑うレベルだ。それは未だに続く街の人たちの悲鳴がそれを証明している。
「これでもう安心だよ。でも、ちょっと本気だしすぎちゃったかな?えへへ」
「ひ、ひぃぃッ!!自分には分からないっす!勘弁してくださぁい!!」
再び声が掛けられた事で、緊張の糸がきれたのか男は四つん這いになり情けない姿を晒しながら逃げて行ってしまった。
「あ…逃げちゃった…まっいいか。え~これにて一件…一件なんだっけ?」
ユーエルと名乗ったそれは、ちょっと悲しい気持ちになった自分から目を晒すように、もう一つの声に問いかける。
「…落着よ」
「そうそう!らくちゃっく!とぅ!」
不思議な黒い騎士は、不思議な掛け声と共に来た時のように悲鳴の中を大空へと飛び去っていく。
◇
「とぅ!!」
突然、真っ赤な髪の少女が両手を上げて勢いよく立ち上がると、ガタンッと大きな音を立てて椅子が後へ転がっていく。
「んぁ?ここは…?あれ?」
「…あなたぁ今寝てたでしょう?」
机の上で羽の生えた黒猫が、赤い髪の少女に向け鋭い視線と言葉をおくる。
「…お、起きてたよ?ルウの勘違いじゃない?」
「ふ~ん。そう。なら、この世界を作った神の名前はなんと言ったかしら?」
「…ユ、ユーネ知ってるよ!あの人!えーと…めがみさんって人!」
寝ぼけ眼を擦りながら答える少女に、はぁ。と大きなため息を漏らしながら、ルウと呼ばれた黒猫は手作り感溢れる教科書に肉球を当てる。
「ほら、教科書のここに書いてあるでしょ。女神アイルートよ。この世界イフヤサーガはアイルートが六匹の獣と共に悪魔を倒して、その命と引き換えに創造したと言われているわ」
正直、ルウ自身も本当かどうかはわからないのだけど、これが世界の普通の常識となっているので一応そういう風に教えてはおく。
目の前の子が普通の人と普通のコミュニケーションがとれるように。
「し、知ってたもん!たまたま忘れてただけなんだからね!」
「あら、そうなの?じゃあ、次の問題もいけるわね」
少女はしまった!という顔を浮かべるがすでに遅く、ルウの口の端が上がる。
だが、そんなルウの思惑を断ち切るかのように一階の店舗から男の声が響いて来る。
「お~い!二人ともクッキー焼けたぞ~!勉強もそこそこに降りておいで~!」
その声を聞くや「もう、勉強中なのに仕方ないな~!」とニッコニッコで少女は鉛筆を投げ出すと、赤い髪をなびかせながら一目散に部屋を飛び出していく。
【私の名前はユーネ!か弱くて可憐でカワイイ女の子!九歳だ!
薬屋のお父さんと黒猫のルウと三人で今はフジザクラタウンで暮らしている。
勉強や修行は嫌いだけど、お菓子は好き。特にきな粉棒はカミ!
だからユーネは暑くても雨が降っても風が強くても、頑張って毎日駄菓子屋さんに通ってんだ!エラいよね!ね!
まぁそんな頑張り屋さんでイイ女のユーネちゃんにも悩みがあるんだけど…今はクッキー食べなきゃいけないから、この話はまた今度ね!】
どたどたと階段が鳴り一階の店舗へ繋がる扉が勢いよく開くと、奥に居た黒髪黒目の男が顔を上げる。
薬屋の店主兼ユーネの父親のアキラだ。
「ユーネ、お腹すいたぁ~!」
「ははは、わかったわかった。でも、先に手を洗っておいで」
は~い!と元気よく返事をするユーネを洗面所の方へ向かわせると、後からパタパタと翼を羽ばたかせながら入って来る黒猫にも手を洗うように促す。
「わかっているわよ。それより、ちゃんと考えているの?今朝ので今月に入って三体目よ」
「う~ん、確実に増えたよな。目的はユーネの方じゃないだろうが、別の街に引っ越す事も考えておくか?」
「そうね。でも、あの子に合う都合の良い街が他にもあれがいいんだけど…」
眉間に皺を寄せる二人の思考を遮るように、薬屋のドアベルが来客を告げる。
入り口に目をやると、血の気の引いた顔に大きなクマを作った小太りの男が入ってくる。
「おう。アキラ、頼んでおいたアレは出来ているか?」
近所に住む「ドーナツ屋」のマウイだ。
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