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 「死んで」

 

 今日の天気は雨。

 俺が住んでるマンションの入口には、雨に濡れた女が一人。どうやら、俺が近所のコンビニから帰ってくるのを、傘も差さずに待っていたらしい。


 「は?」

 「私と一緒に……死んで」


 その手には、鋭利なナイフ。

 

 「いや、ダメだっ! ダメだろっ! 落ち着けよっ!」

 「お願いっ……。お願い……」

 「うわあぁっ、来るなっ! 帰れバカっ! 誰だよお前っ! 何なんだよっ!!」

 「もう、壊れちゃったから……。絆磨キズマくんのせいで……」


 淡見あわみ絆磨キズマ。俺の名前。

 職業はアイドル……だけど、今は活動休止中。


 「ちょ、ちょっとお前……待て! 待てってば!」

 「……?」

 「よし、動くなよ……! とりあえず、コンビニで買ったもの、部屋に置いてくるからっ! 話はその後で聞くっ!」

 

 マンション入口の、オートロックを解除。建物の中に入ってしまえば、もう大丈夫だと思った。安全なところから警察を呼べば、こんな女なんて銃刀法じゅとうほう違反いはんで……。


 「ダメっ!! 行かないでっ!!!」

 「ひぃっ!?」


 ウソは簡単にバレて、女は俺を追いかけてきた。オートロックの解除は裏目に出て、女も一緒に建物の中へ入ってきてしまった。


 「ねぇ、待ってよ……。一緒に死んでよ……」

 「うわあぁっ! 近寄るなっ!!」


 とにかく女から離れる。距離を置く。

 こうなったらもう、安全な場所は俺の部屋(505号室)しかない。


 (エレベーター……は無理っ! 待ってるヒマなんてないぞっ! 505号室までは、階段で行くしかないっ!!)


 タンッと、一歩目で大きくジャンプ。このまま二歩三歩と階段を駆け上がって、505号室まで行くのだ。

 しかし、階段の一段目は、雨のせいで少しだけ濡れていた。濡れているところを踏んだので、ツルッと滑る。


 「うおぉっ、ヤバいっ!!」

 「きゃっ」


 バランスを崩し、倒れそうになった先には、さっきのナイフ女。向こうも予想外だったらしく、倒れこんでくる俺を回避できそうにない。


 「────!!」


 そして、頭同士がゴツンとぶつかった。


 * * *

 

 「へっくちゅん……!」


 気がつくと、俺はあのナイフ女に、全てを奪われていた。


 「おい!! ドアを開けろっ!! 勝手に俺の家に入るなっ!!」

 

 ドンドンと扉を叩く音と、乱暴な口調の女の声が、マンション内に響く。

 あいつに奪われた物は、財布、携帯、家の鍵。それだけじゃなくて……今はさらに、声も。


 「はぁ、はぁ……開けろって言ってるだろ! へっくちゅん……!」

  

 顔も、身体からだも……立場も。俺のものは全部あの女に奪われ、あの女のものは全部俺に押し付けられた。

 服も奪われたので、今俺が着ているものは、びしょびしょに濡れたカーディガンと、じっとりと湿った薄手のワンピース。とても寒くて、さっきからずっと、くしゃみが止まらない。


 「うおっ、開いた……!」

 「あっかんべー」

 「何やってるんだお前っ!! 他人の家でっ!」

 「うるさい。ドンドンしないで」

 「はぁ、はぁ……ふざけるなよ、お前っ!! 俺の家から、早く出てけっ!!」


 ガチャリと扉を開け、中から出てきたのは、俺の顔。

 赤茶色に染めた髪。迷いのない真っ直ぐな瞳。強さの中に優しさを備えた声と、思わず甘えたくなるようなくちびる。はあぁ、やっぱりいつ見ても顔が良い……。


 (って、違うっ! 俺の顔だろ! なんで、こんなに……胸がトクンってなるんだよ……!)


 自分の顔を直視できず、視線を下へそらす。

 向こうはそれが嬉しかったらしく、満足げに笑みを浮かべていた。

 

 「んふふ。私たち、入れ替わっちゃったねぇ……。自分のファンの女になった気分はどう? 絆磨くん♪」


 男女で体が入れ替わった。とても信じられないけど、目の前の現実が、それをウソだと思わせてくれない。


 「いやいや、返せよっ! 俺の顔とか身体とか、全部っ!」

 「そんなこと言われても、どうすれば返せるのか分かんないし。だいたい、そっちが勝手にぶつかってきたせいで、入れ替わっちゃったんでしょ」

 「それは、そうだけど……。じゃあ、もう一度ぶつかってみよう! とりあえず、外に出てこいよっ!」

 「やだ。私はここにいたいの。もっと絆磨くんのプライベート空間に包まれていたいの」

 「なんだよそれ……。じゃあ、俺を入れろよ! まず落ち着いて話合おう! こんな状況なんだしさぁ!」

 「ダメ。入らないで。ここは私の……淡見絆磨の家だもん」

 「はあ!? いい加減にしろよ、お前っ! 警察を呼ぶぞ!」

 「良いけど。捕まるのは、あなたの方だよ。坂芝さかしば理梨奈リリナちゃん」

 「さ、坂芝……理梨奈?」

 「そう。私の名前。今は、あなたの名前」


 名前まで奪われ、女の名前を渡された。

 悔しいが、今の俺は誰が見ても「坂芝理梨奈」で、ナイフを振り回していた危ない女だ。身体が入れ替わってるんだ……なんて喚いても、きっと信じてはもらえない。


 「警察、呼んであげよっか? 二度とこのマンションに近づかないようにって、そっちが注意されちゃうかもね」

 「そ、それは困る……。分かったよ。お前の言う通りにするから、それはやめてくれ」

 「ほんと!? じゃあ、今日はこのまま解散ね。私がここを使うから、絆磨くんは私の家に行って。入れ替わり生活しよ」


 こいつは、さっきまでナイフを振り回してた女だ。ヘタに刺激したら、俺の身体で何をされるか分からない。今は大人しく、理梨奈に従うしかない。


 「うーん、仕方ない……! 別にいいけど、アイドルだからって、裕福な暮らししてるわけじゃないぞ。期待するなよ」

 「そんなこと知ってるよ。この前バラエティ番組で、この部屋公開してたでしょ」

 「あ、見てくれてるんだな。ちゃんと」

 「全部見てるよ。テレビも、ネット番組も、地方でのイベントも……。いつでもあなたを見て、応援してる。だって、私は絆磨くんの一番のファンだから」

 

 それを聞いて、俺はなんだか嬉しくなってしまった。こんな状況でも、ファンから声援を送られると嬉しくなってしまうのが、アイドルのサガだ。

 

 (もしかして、悪いやつじゃないのか……?)

 

 理梨奈は多分、ただの異常な女じゃない。ちょっと過激すぎるだけで、ファンとしての心はちゃんと持っている。ただ少しだけ、気持ちが強すぎるだけなんだ。……そう思うことにした。


 「俺の家に泊まれるのは、ファンにとっては嬉しいことなのかな」

 「当然っ! 絆磨くんになって、絆磨くんの家で暮らせるなんて、素敵な体験すぎるよ……。私、今すっごくドキドキしてるもん」

 「へへ……そっか。それならいいか。まあ、変なことしないなら、自由に使ってくれていいよ」

 「ううん、変なこともする。当たり前じゃん」

 「え……。あ……そうなんだ……」


 やっぱり、この女はただの異常な女かもしれない。

 あと、ファンならもうちょっと俺をリスペクトしろよ。「きゃー! 握手してください!」「好きです! 応援してます!」みたいな、可愛げのある反応をしろ。俺のファンって、こんなやつばっかりなのかな……。

 

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