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猫かぶりとクソ真面目

作者: よこすかなみ

「先日実施した魔法史の小テストを返却します。クラストップは、ソフィア」

「はい!」

 名前を呼ばれて、私は高らかに返事をする。クラスのみんなが感嘆の声を漏らしながら拍手をした。私は席を立ち、教卓にいる先生の元へ歩く。回答用紙が返された。

「素晴らしいわ、またクラス一位なんて。この調子で卒業後も、戦いの前線で活躍してくださいね」

「はい、ありがとうございます」

 ニコニコと笑顔を貼り付けて、私は自席に戻る。

 ――何が戦いの前線だ。誰が行くものか、そんなところ。

 去年、国の占い師が、「数年後に魔王の封印が解かれ、大きな戦いになる」と予言した。

 焦った国王は即戦力を育てるため、各地に魔法学校を設立し、満十五歳からの入学を義務付けた。二年間のうちに、魔法を応用した戦場での立ち回りや各々に合った武器を会得するのだ。将来、軍人になるために。

 私は戦いなんてまっぴらごめんだった。戦争? 知ったことではない。

 しかし子供の私が国の命令に逆らえるはずもなく、今は大人しく学校へ通い、日々来る戦に向けて鍛錬を積んでいる。

 全ては、戦争当日に逃げおおせるため。

 戦いの中で行方不明になったと見せかけて、安全な国に逃亡する算段だ。そのためには信頼を得ておかなければならない。己の魔力の研鑽も必要だ。

 私は絶対に国のためなんかに死なない。何が何でも生き抜いてやる。

「では次、ティト!」

「はい」

 先生が名前を呼び、クラスメイトが順々にテスト用紙を受け取りに向かう。

「あなたは……実技の成績は良いのだけれど……。次回、頑張ってください」

「はい」

 ティト――至って真面目だが、クラスでは浮いている男子。あまり他人と一緒にいるところを見ないし、近寄ろうとする人もいない。

 優秀をきどって人間関係を円滑にしようと努めている私とは、正反対だ。

 ――まぁ、今後も関わることはないだろう。

 そう思っていた、一週間後。

「前期期末試験、実技の組み分けを発表します」

 私はティトとバディを組む羽目になった。


「えっと、ティト。よろしくね」

 クラス内で組み合わせが発表されて、顔合わせの時間が設けられた。顔合わせ、と言ってもこの学校に入学して四ヶ月経つ。クラスの顔や戦い方は大体把握している。

 それでも一応挨拶くらいは、と私はティトの席に赴いたのだ。

 しかし彼と友好的な関係を築けるわけもなく、

「……試験は俺が一人でやるから、適当に隠れて時間を潰してろ」

 ……は?

「いやいや、それじゃあ私に成績入らないし」

「……そうか。じゃあ成績が加算される程度に、戦闘に加わってくれ」

 ラッキー、良いこと言うじゃん、こいつ。

 ――なーんて、口が裂けても言えないので、

「そんな、悪いよ。私も一緒に戦うよ!」

 嘘だけど。

「…………」

 私がやる気を表現するためにガッツポーズをして見せると、ティトは眉をしかめた後、

「お前、気持ち悪いな」

 と言った。

 ……なんだ、こいつ。

 唖然とする私にティトは続けた。

「本心じゃないなら、言わなくていい」

「……っ」

 まだ時間はあるのに、彼はそれ以上話すことはないとでも言いたげに顔を背けた。

 私は自分の席へと踵を返す。

 くそ、くそ、くそ!

 苛立ちが顔に出ないようにするだけで精一杯だ。

 ――初めて、初めて見抜かれた。

 完璧な私の建前を。


 実技試験、当日。

 先生が作り出したクリーチャーを時間内に倒せれば合格。倒せなければ、補習が待っている。

 ペア毎にステージが決まっており、一斉に開始される。クリーチャーは一体。情報はない。つまり、戦いながら弱点を探り、討伐しなければならないというわけだ。

 スタート地点にティトと並び立つ。私たちに用意された舞台は河川敷。倉庫や仮設トイレなど、高低差のある障害物がいくつも設置されていた。

 私たちと川を挟んで丁度対面の向こう岸に、クリーチャーが召喚される。猫耳を持つ饅頭に落書きみたいな顔が施され、さらに尻尾が生えている三メートルほどの巨大生物だった。

「猫、好きだから倒しにくいなぁ」

「やる気ないやつは足手まといだから帰れ。俺一人でやるって言っただろ」

 こいつ……。

 私が何か言う前に猫饅頭が跳ねた。ズドォンと可愛らしくない地響きが聞こえてくる。

「それでは、チャイムが鳴ったら試験を開始してください」

 先生のアナウンスが終わると共に、チャイムが流れた。隣に立っていたティトが猫饅頭に向かって一目散に駆け抜ける。

「はやっ……」

 ティトの戦闘スタイルは近接戦だ。走りながら魔力で双剣を生成し、浮遊魔法を使って川を飛び越え、あっという間に猫饅頭の懐に入り込んだ。なるほど、実技の成績が良いことも頷ける無駄のない動き。そのまま、勢いに乗せて剣を叩き込む。

 ボニュン!

「!?」

 刃は刺さらなかった。

 どころか、跳ね返ってきた。

「ティト!」

 驚くのも束の間、ティトは弾き飛ばされた。高速で振られた尻尾に。

「にゃおおおおおん」

 低い鳴き声が響き渡った。点で描かれた目と丸文字のWみたいな口は動かない。誰だ、こんな間抜けなデザインをしたのは。

 超低反発な体と、伸び縮みする尾。動きも速い。ティトが不利なのは一目瞭然だった。

 リーチが圧倒的に違いすぎる。

 私は川を横断する大きな橋に登って、対岸で繰り広げられるティトの戦いを観戦した。大きな尻尾が縦横無尽に河川敷を暴れ回る。ティトはそれを避けるのに精一杯だ。

 ――いや、あんなやつがどうなったって、私のせいじゃない。

『おい、聞こえるか』

 耳に付けていた通信機からティトの声が飛んできた。私の真下で、障害物の影に身を隠している。

「聞こえるよ」

『弱点が分かった。どこにいるか知らないが、やつの眉間、見えるか?』

 私は人差し指と親指で丸を作り、単眼鏡の魔法を使った。指で作った丸の中の映像がズームされる。猫饅頭の眉間には、小さく赤いハートマークが印されていた。

「見えた、ハートがある!」

『おそらく、それが弱点だ。やたらそこを守って戦っているように見える』

 ――すごい、あんな極限の状況から弱点を導き出すなんて。

 思わずティトの実力に感心してしまう。

だが、私は今までの憎たらしい言動を許したわけではなかった。

「……で?」

『え?』

「あれだけ言っておいて、手伝ってほしいの?」

 自分でも随分態度が変わったと思う。でも、本心じゃないなら言うなと言ったのはそっちだ。これが私の本心。

 散々人を馬鹿にしておいて、ピンチになったら助けてくれ、は流石に都合が良すぎないですかね?

『……違う』

 謝ってくるかと思いきや、ティトは否定した。

『俺は試験に落ちるだろうが、お前まで道連れにしたくない。弱点付近でも攻撃すればポイントが入るはずだ。俺の近くまで来れば守ってやれる。成績が欲しけりゃ、早く来い』

 意外だった。

 ティトはこの圧倒的不利な状況を、敵との相性とか使えない相方とかの責任にしないで、全て自分の力不足だと捉えていた。どんだけ目標が高いんだ、この男は。

「……クソ真面目め」

『なんか言ったか』

「何も。一つだけ聞いていい?」

『手短にな』

「どうしてそんなに頑張れるの? 国のため?」

『…………』

 ティトは黙った。猫饅頭が飛び跳ねながら、ティトのいる場所へ近づいていく。

『国のためじゃない。俺には幼い妹と弟がいる。あいつらがこれから生きる未来を、平和な世界にしてやりたいだけだ。もう切るぞ』

 プツッ。

 一方的に通信が遮断された。

「にゃおおおお!」

 大きな音と土煙が下方から上がってきた。猫饅頭が障害物を薙ぎ倒し、ティトを発見したのだ。

 ティトは双剣を構え、再び応戦する。力強く向かってくる尻尾を剣で受け止めるが、耐えきれずにふっ飛ばされた。

「くっ」

 魔力で作られた双剣はもうボロボロだ。彼自身に残っている魔力も少なくなっているんだろう。

 地面に叩きつけられたティトはすぐさま起き上がり、また双剣を手のひらに生み出す。しかし、猫饅頭の方が早かった。

 猫饅頭がその場で飛び跳ねた。地面が大きく揺れる。ティトは体勢を崩した。その隙をついて猫饅頭の尻尾が、ティト目がけて高らかに上げられる。

 ティトが観念したのか、目をつむった。

 私は魔力でライフルを生成した。スコープを覗き込み、猫饅頭の眉間に標準を合わせる。レーザーポイントが、小さなハートマークを照らした。

引き金を引く。

 パンッ!

 風船が割れたみたいに、猫饅頭が弾け飛んだ。

 通信機を通して、橋の上から、尻餅をついたままのティトに声をかける。

「……猫は好きだよ」

 愛でるのも、被るのもね。


 私たちは無事、試験に合格した。

「……お前、狙撃手(スナイパー)だったんだな」

 試験結果発表後の教室で、ティトが珍しく私に話しかけてきた。

 まさか、クラスメイトの戦闘スタイルを把握していなかったとは。他人に興味ないにも程があるだろ。

「試験始まった時、ついてこないから本当にやる気ないんだと思ってた」

「狙撃手がのこのこと敵の前に現れちゃだめでしょ」

相手から位置を悟られないように狙撃するのが役割なんだから。当然、試験の時も狙撃ポイントを探しながら観戦していた。

「……その、悪かったな、色々言って」

 私は目を丸くした。

 どんな心変わりがあれば、私に謝罪する発想になるんだ。

「嘘ばかりつくお前は足手まといだと、勝手に決めつけていた。むしろ俺が助けられた。お前がペアで良かった」

「……お前お前って、私、ソフィアって名前があるんだけど」

 ふてくされるフリをして唇を尖らす。

そんな私を見て、ティトはふわりと笑った。

「悪い。ありがとう、ソフィア」

 ……こいつ、笑えたのか。

 初めて見る不意打ちの笑顔に、心臓がどきりと跳ねた。頬が赤くなるのを感じる。いや、なに照れてるの、私。

「……他国の人の言葉に『最も恐ろしいのは有能な敵ではなく、無能な味方だ』って名言があるらしいよ」

「……それは、俺が無能な味方だって言いたいのか?」

「ううん、ティトは有能だったよ」

 私は首を横に振る。

「自分の危険を顧みずに、接近戦でティトが頑張ってくれたから、私は危なげなく狙撃できたんだもの」

 私たちは握手を交わした。

 有能な味方に、試験お疲れ様の意味を込めて。

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