零課外伝 零伝 ~壱~
このストーリーはフィクションです。登場する人物や団体と関係はありません。又、一部性的な描写がございますのでご注意ください。そして、この作品は日本の歴史や神話を基にした構成があり、一部の方々に怒られそうな内容が記載される場合がございますので、先に謝ります。申し訳ありません。
これは友人の体験談である。
一九四五年、8月上旬、太陽が昇りきっていない時刻であった。それは、突然起きた。
日本に空襲警報が響き渡る。ここではまだ、ただの空襲だと思っていた。
防空壕に早く逃げなくては。そう思ったときだった。
爆撃機から太陽が落とされた。これは比喩ではない。実際にそうであった。
友人は思わず、身を屈めた。
そのとき、激しい轟音と共に、地面から足が離れる感覚に襲われる。
友人は全身に大火傷を負ったが、命に別状はなかった。
何分、何時間、気絶していたのだろうか。友人は目を覚ますと、遠くの方に巨大なキノコ雲が見えていた。友人はまだ幼く、必死に家に帰った。友人の家は被害が少なく、窓ガラスなどが割れているだけだった。
友人は母と共に、兵隊に緊急招集され、爆心地へと向かった。友人はその光景に目を疑った。友人は一瞬、熱によって溶けた蝋人形が歩いているのかと思った。至る所に皮膚が溶け、水を求めて歩いたり、這ったりしている人で溢れかえっていた。友人の母は、そんな人たちを運ぶ仕事をしに行ってしまった。友人はそんな光景に目を背けるために、近くの川に向かった。しかし、そこにいたのは、水を求め、飛び込んだ人たちが何倍にも膨れ上がって水に浮いている様子であった。友人はそんな光景に思わず嘔吐した。まだ幼かった友人にはあまりにも悲惨で、今でも夢に出てくる。
溢れかえった被曝してしまった人たちは、翌日には殆どが息絶えていた。周りの人たちは、それを一か所に集め、焼却していた。その様子はまるで、人ではないようだった。そんなある日、友人の母が大量の吐血をしたのだった。当時は何が起きたのか分からなかったが、あれは間違いなく放射能症であった。髪は抜け落ち、身体は細くなり、遂には亡くなってしまった。戦争孤児となった友人は、戦争に向かっていた父が無事に帰ってきたことで、今も生きてこられたが、友人の周りの戦争孤児は、次々と倒れていった。
友人はあのときの悲惨な光景を見たくはない。友人はもう長くはなかった。先日、母と同じような症状が発症した。これは友人の遺書でもある。
『大道寺政宗の手記』から一部抜粋。
一九五七年、日本では原爆投下と同時期に超能力と呼べる力が発現する者たちで溢れかった。突如現れた人外とも呼べる存在に日本国民は混乱を極めた。当時のそれを現在では“第一次混沌期”と呼び、一九五六年まで続いた。その後、日本政府は新たに憲法零条を公布した。その内容が、超能力者を人とは別とするという内容であった。それを知った能力者たちは憤慨し、更に混沌期へと突入した。これが後に云われる“第二次混沌期”である。混乱に混乱を呼ぶ現在、一早く危機を感じ、全国の高校生を纏め上げようとした二人の高校生がいた。彼らの名前は、白龍院嬰児と大道寺政宗だった。彼らは東京にある竜門学校の生徒である。当時の高校生たちには、異災(当時の恩寵の名前、かなりの差別用語で、蔑称として扱われている)を持つこと自体が珍しかったが、異災を持つ学生、特に強い学生を崇め、四王門と呼ばれる四人の学生が存在した。埼玉県にある守宮高校の黒崎忍、東北地方にある蝦貫高校の酒井髭切、関西にある成西高校の怒藤絶後、岡山県にある吉備高校の叢雲大和と死闘を繰り広げ(黒崎は元々仲が良い)、無事に高校生を纏め上げた二人は、いつしかこう呼ばれるようになった。“龍帝”と“鬼将軍”と。
そんなある日のことだった。私はいつものように教室でご飯を食べようとしたときだった。
「鬼将軍!」
皆、私の前ではこの別称を言わない。何故なら私が怒るからだ。しかし、このふざけた言い方、私には一人しか検討がなかった。振り返ると、そこには赤黒が立っていた。
赤黒夏芽、彼女は嬰児の幼馴染で、私とは高校からの付き合いである。私の初恋の相手でもある。
「その呼び方は止してくれ」
私がそう言うと、赤黒は舌を出し平謝りした。
「政、嬰ちゃんが、話があるから屋上で飯食おうだって。勿論、私付きね?」
私は軽く溜め息をつくと、屋上へ向かうように歩む向きを変えた。そのときだった。
「待って」
赤黒はそう言うと、私の元へ歩み寄った。
「また拳から血出てるよ」
赤黒が私の手を指さした。
「ああ、これか。毎朝やってる木版突きから鉄板突きに変えたからな。なあに、直ぐに止まるさ」
私がそう言ったときだった。赤黒は私に手に唇を付けた。私は一瞬戸惑ったが、これはあくまで彼女の異災である。彼女の異災は“接吻癒”、文字通り接吻をしたところが回復する。本人曰く唇同士だと全回復するらしい。本人はしたことがないと言っていたが。
「政は嬰ちゃんとは違った方向の天才だからって、無理しないでね。じゃあ先行ってるね」
赤黒はそう言って、走り去っていった。
私は彼女の底の見えない不思議さに惹かれている。しかし、こんなお下げ男を好きになる可能性は零に等しいだろう。私は手を少し見た後、歩みを再開した。
屋上には嬰児と赤黒しかいなかった。
「話とは何だ、嬰児」
私がそう言うと、嬰児は真っ黒のサングラスを外して微笑んだ。
白龍院嬰児。彼は全体的に細く強いとは言い難い。しかし、それこそが彼の本領である。彼の異災は“反対”(当人は“あなすとろふぃ”とほざいている)。あらゆる物象を反対にすることができる。細身であるのも攻撃の瞬間に異災を発動することで爆発的な力を生む。そして、サングラスは市販のサングラスに自身で、ペンで黒く塗りつぶしている。これは“見えない”という現象を反対して“全てが見える”ということにしているそうだ。訳が分からん。しかし、赤黒曰く、初恋相手に目が怖いと言われて着けていると冗談っぽく言っていた。
「いやー、なんだかこの三人で飯食いたくなってね!」
嬰児はおむすびを頬張りながら言った。
「嘘つけッ、そもそもいつも食ってるだろうが」
私がそう言うと、赤黒はケラケラ笑っていた。
「じゃあさっそく本題ね、……最近学生、特に高校生が誘拐されてる」
「なんだ、その話か」
私がそう言うと、嬰児は呆気にとられた顔をした。今でもその顔を思い出すと噴飯してしまう。
「……まさかもう校長に言われたか!?」
嬰児がそう言うと、私は風呂敷を解きながら頷いた。
「かー!あの校長、校下統一(二人で全国の学生を纏め上げた事件のこと)をお咎め無しにする代わりに、言うことを聞けって、脅しだよなァ」
嬰児はそう言いながら、うわの空で話を続けた。
「あー、でも、誘拐される学生って女子が多いんだって。つまりさ、夏芽も狙わ……」
私は本能的に嬰児の胸ぐらを掴んでいた。嬰児の口角は三日月の様だった。
「んー!貴様ッ、そんなんで私が……」
「待て待て、俺だって夏芽を囮にしたくはない。……お前さ、後ろ姿ガタイの良い女だよな?」
嬰児がそう言うと、首に手刀を喰らわそうとした。そのときだった。
「あー、面白そう、囮役」
話を聞いていなそうな赤黒が、片手を挙げた。
「全然私やるよ?……だって私には最強の二人がいるからさ」
「しかしなあ……」
私がそう言うと、赤黒はもう片方の手を挙げた。
「はい、だったら、適任がもう一人いるじゃん。あの桃太郎ちゃん」
赤黒がそう言うと、二人は顔を見合わせた。
「それでわざわざ俺をここに呼んだってことか?」
叢雲はそう言うと、呆れていた。叢雲は桃の刺繡の付いた鉢巻きに、少しでも動いたら乳房が零れ落ちてしまいそうな和装で股も下手したら見えかねない淫らな格好をしていた。本人曰く、これが一番動きやすい恰好だそうだ。
「だが、大道寺が言った服装なら喜んでするぞ!」
叢雲の目がハートだったが、私には一切の興味がなかった。
「話は委細承知した。俺に任せてくれ。兎に角、気弱な女子高校生を演じればいいのだな!?」
「ああ。まあ、お前に気弱は期待していない。近くに男がいると警戒するかも知れないから、俺と政は近くの建造物の屋上で見張ってるよ。お生憎、俺たちは眼が良いからね」
「でも、本当に今日なの?」
赤黒がそう言うと、私は頷いた。
「私の“千里眼”は、触れた相手の近い未来を見ることができる。でも、それは“私が関与しない未来”、つまり私が行動すればどうとでもなる」
赤黒は不安そうな表情を見せたが、直ぐに元に戻った。
そして、数十分後、私が見た通りのことが起きた。嬰児は私が声を掛ける前に飛び降りていた。二人は黒い大型の車に乗せられようとしている。嬰児は小石を拾うと、軽く投げつけた。小石は巨大化し勢いを増し、車に直撃したはずだった。しかし、中心に割れ目が入ると、一瞬で粉々に砕けた。私は崩れ落ちる岩の間を川の流れのように軽やかに避け、低姿勢で足蹴りを車に向けて放った。しかし、鱗の生えた巨大な腕に防がれた。二人は車に乗せられてしまう。それとすれ違うように一人の男が車から降りてきた。
「おい、そんな餓鬼共相手にすんな!」
車の奥から長髪の男が叫ぶ。降りてきた男は何も言わずに私たちを見た。
「俺は元々鉄砲玉、最優先は人材確保、行って下さい」
そう言うと、車は勢いよく走り出した。
「どうする政!」
「お前が車を追え!お前の方が探索も速さも速い!お前が適任だ!」
「いや、ここでの最速は“二人で”コイツを倒すことだ!だろ?政!」
「……何か対抗策はあるんだな?」
私がそう言うと、嬰児は頷いた。
「……一分で沈めてやろうぜ」
嬰児がそう言った。
「いいや、十秒だ」
私がそう言うと、嬰児は頷いた。男は上着を脱ぎ捨てた。体には大きな刺青が施されていた。
「やっぱり、本職サマじゃないか!」
嬰児がそう言うと、男の上半身が巨大化していき、全身に鱗が生えてきた。
「……半魚人だな」
嬰児がそう言うと、男は驚いた。
「よく分かったな」
「眼が良いんでね……」
私は数回軽く飛び、沈んだ瞬間、一気に男との間合いを詰めた。男は防御をとる暇さえなかった。これは私の本来の速さではない。嬰児からも助けを貰っている。
「政の強み……、政は人智を超えた力を扱える……!体を鋼鉄のように変えたり、宙に浮いたりまるで複数の異災を持っているみたいに……。俺ら間ではそれを、神の領域、“神域”って呼んでる」
嬰児が独り言を言っている間に、勝負は片付いていた。男のみぞおちがこれでもかと凹んでいた。
「ぴったり十秒か。それより嬰児、お前が言っていた対抗策って」
嬰児は私に、一本の髪の毛を差し出した。
「もしものことを思って、夏芽の髪の毛抜いていた。これで分かるんだろ?」
「助かる。これが抜けてからおおよそ十五分。本人から離れればそれほど未来が見えにくい。早く見よう」
私は数秒間、映像を見た。そして、口を開いた。
「ここから二キロ先の下水道、近くには沢山の見張りがいる……」
私がそう言うと、嬰児は少しの間悩んだ後、うずくまっている男を指さした。私はなるほどと手を叩いた。