パン屋の騒がしい見送り
「ホホー、ホッホー。ホホー、ホッホー」
若干耳障りな、鳥の囀りが聞こえる。
「う、うう」
呻き声をあげながらジンセンフが目を開けると、木目の天井が見えた。
「よかった、ようやく目を覚ましたみたいね。5日間も寝てたんだからすごい心配したんだからね。」
リフレーンが上から覗き込んできた。どうやら自分はベッドに寝ていたことに気づく。
「え、そんなに長く寝てたんだ。」
「そうよ、アタシも騒ぎを聞いて手伝いに行ったわ。アタシが到着した時には、魔物はいなくなってたけど、たくさんの怪我人が出て大変だったのよ。街の人達も救護がんばってたから、息があった人はみんな助かったわ。」
「そっか、良かった。」
「ま、とりあえず魔物退治お疲れ様!お腹空いてない?はい、バターロール。」
「ありがと」
ガチャ
「おう、目ぇ覚めたか」
「こんにちは。オブドラさん。」
「また、世話になっちまったな。旅人なのに命懸けでこの街を守ってくれてありがとな。」
「別に、オレのできることをしただけだよ。よくウチのじいちゃんに『力がある者は力を使う使命がある』って言われてるからさ。」
「イイコト言う爺さんだな。大事にしろよ?」
「…うん」
「あとリフレーンちゃんにも感謝するんだな。5日間ずっと心配した顔して看病してくれてたんだぞ?オレの店で毎食バターロールとオムレツを買って、熱々の状態で兄ちゃんに食わせるために毎回ダッシュでここに向かうほどにな」
「ちょっと、いちいちそんなこと言わなくていいから!」
「まったく、飄々としてるように見えてネンゴロになるのが早いな少年!」
「違うわよ!ジンセンフはただの旅のボディガード!アタシは早く旅に出たいから、さっさと元気になってもらわないと困るの!」
「ハハハ、そんなに大声出してまさかの図星か?」
「もうオブドラさん!!」
2人のひとくだりが終わるのを待って、ジンセンフが口を挟んだ。
「もう店を再開するなんて元気だね。」
「うちの店はホールが潰れただけだったからな。料理人の命な厨房さえ無事でいてくれりゃ、すぐにでも復帰できるってもんよ。まぁ今はお持ち帰り限定だけどな。」
「そっか、でもお店の修復とか大変なんじゃないの?」
「魔物はもういないが、街のみんなが落ち込んでじまってるからな。俺の料理で少しでも元気になってくれるなら、長年住み続けたこの街に恩返しができるってもんよ。ま、オレも自分にできる『パンとオムレツを焼く力を使った』までよ。
まだしばらくこの街にいるんだろ?兄ちゃんも元気になったらウチの店に来てくれよな。」
「ううん、明日には旅に出るよ。」
「ちょっと、もう体大丈夫なの!?」
「ぐっすり寝てたからね。今日軽く体動かせばなんとかなると思う。次の町でやらなきゃいけないこともあるし。」
「なら出発する前に、明日の昼前にウチの店に寄ってくれよ。」
翌日、出発の準備を終えて、2人でパン屋コンシラに向かった。
「おう来たか!街の英雄である勇者さまに褒美をあげよう。はいよ、3日分のオムレツを詰めておいたぜ。」
「ありがとう!助かるよ!」
「あとこれもな。」
そう言って、オムレツの入った包みの、10倍はある大きさの袋を渡された。
「兄ちゃんのために久々にバゲットを焼いたぜ」
「やったー!!!信じてたぜ、オブドラさん!」
「おっと、リフレーンちゃんのためにちゃんとバターロールも用意してるから、そんな睨まないでくれよ。」
「別に睨んでないわよ!ただお客さんのためにも、バゲット作りはこれで終わりにしてよ?バターロールありがとう、オブドラさん。」
「いいってもんよ!あとこれは内緒だが、毎日ウチのバターロールを買ってくれるご婦人がいてよ。実はその旦那がさぁ、あの時暴れた大柄の男なんだよ。あいつは黙ってろと言ったらしいんだが、奥さんが店先でベラベラ喋ってくれたよ。まぁダムの決壊を防ぐより、女の口を塞ぐ方が難しいからな。兄ちゃんも恋人できたら気ィつけろよ?」
「なんでアタシの方見てニヤニヤするわけ?」
今の時間帯はお客が少ないのをいいことに、オブドラさんの口も止まらなかった。ようやく昼時になって客入りが多くなった頃、逃げるように2人は店を後にした。
走ってパン屋を離れたためか、街を離れてしばらく経つまで2人はなぜか走り続けいてた。気づけば、辺りはひと気も魔物もいない草原地帯になっていたところで、リフレーンが口を開いた。
「ねえ、いつまでアタシ達マラソンするんだろ?そろそろ疲れたし、歩かない?」
「そうだな。」
「結局、バタバタになっちゃったね。お世話になったオブドラさんとは、ホントはちゃんと挨拶してお別れしたかったんだけど。」
「旅なんてそんなもんさ、そのうちまた会いに行けばいいし。」
「それもそうね。」
「オブドラさんて少しメンドくさいけど、イイ人だったな。」
「イイ人よね、かなりメンドくさいけど。それより、昨日言ってた、次の町でやらなきゃいけないことって何?」
「この街で起きたみたいに、他の所でも、急に町の中で魔物の発生し始めたってウワサを聞くんだよね。その原因を調査をしたいなと思って。」
「一介の記者にしては、ずいぶん重いネタを追うのね。」
「まあね、ホントは料理の取材だけしてたいけど、やっぱりほっとけないし。」
「あの広場にいた兵士さんに聞いたけど、1番強いドクロの騎士を1人で倒したんでしょ!?アンタ思ってたよりメチャクチャ強いのね!それなりに鍛えられてそうな近衛兵の人たちが、束になってもとても勝てる気がしなかったって言ってたし。」
「実はけっこう追い詰められてたんだ。土壇場で新しい技を身につけられて、何とかなったって感じかな。」
「そっか、ギリギリだったんだ。よく逃げちゃわなかったね。」
「正直、オレもアイツには最初勝てる気がしなかったよ。ただ、もしオレが負けたら、あの時誰にも止められなかっただろうし。街の人が傷つくのは、絶対にイヤだったから。」
「すごい覚悟ね!ねえ、そんなに強くて責任感あるのって、もしかしてどこかの王国の騎士団だったりするの?」
「え?違うよ。」
「じゃあ、なんで魔物と積極的に戦おうとするのよ?これからは旅の道連れなんだし、隠し事は無しでいきましょうよ。旅先では言わないからさ。」
「ホントに違うんだって!オレはフリーの記者!戦い方はじいちゃんに仕込まれただけ!
ただ、魔物と戦う理由は、じいちゃんの生き方に憧れたって感じかな。」
「その、おじいさんてどんな人なの?」
「『目の前の困っている人を助けて、一緒に食うメシが1番ウマイ!』って良く言ってて、オレもそうやって生きたいと思ったんだ。そのためにオレは記事を書くし、魔物と戦うって決めたんだ。」
「素敵な夢だけど、魔物が現れるこの世界だと終わりがなくて大変そうね。」
「まあね。でも、自分でそうやって生きるって決めたから。それに、旅をすれば食ったことない料理にも出会うしね。ウチの国じゃ、バゲットもオムレツも聞いたことすらなかったし。そう言えば、リフレーンの旅の目的も聞いてなかったね。」
「アタシはある音楽魔法を探してるの。それはアタシの、唯一の親友を救うために絶対に必要なモノ。でも、その魔法の楽譜がドコにあるか何のヒントも無いから、探すために世界中を旅をすることにしたんだ。」
「そっか、譲れないモノのために旅をしたいってとこは一緒なんだな。」
「そうね、意外と似たモノ同士なのかもね。改めてよろしくね、ジンセンフ」
「よろしく、リフレーン。じゃあ腹も減ったし、先を急ぎますか!たしか、あの山を越えたところに次の町があるらしいから競争な!」
そう言うと、ジンセンフはビュンビュン風を吹かせながら山道を駆け上がっていった。
「ちょっと待ちなさいよ!風使いのアンタに勝てるわけないでしょ!」
リフレーンの怒鳴り声がジンセンフの耳に入るのは、また次の街までお預けであった。