レース後の夕暮れ時
「いやー儲かった儲かった。楽勝だったわね!」
「あんなに圧勝して不審に思われてねえかな?最後の障害物競走なんて、2位の半分のタイムだったぞ!?大会主催者のおっさんも賞金渡す時顔引き攣ってたし。」
「別にいいでしょ?勝ちは勝ちなんだから。細かい大会規定決めてないアイツらが悪いのよ。それに明日にはこの街から出るんだし、別に大丈夫よ。」
「まぁそんなもんか。」
まだ夕方だったが、大会を終えた2人はホテルの部屋に戻ってきていた。
「それにしても、あのワンコのスピードはチートだな、これから頼りにしてるぜ!」
「そうでしょ?ジンセンフもボディガードお疲れ様。やっぱり帰り際に賞金狙いの輩に絡まれたしね。」
「絵に描いたような噛ませ犬だったけどな。」
「ドッグレースだけに?」
「そういう意味で言ってねえよ。それよりせっかく金も入ったし、またステーキ屋行こうぜ。今度はオレもステーキ食いたいし。」
「あーアタシはパス!疲れちゃったから、今日はホテルのルームサービスにするね。1人で行ってきて。はい、お金。」
「そっか、じゃあゆっくり休んで。オレはその分食ってくるし!」
まだ夕暮れ時であり、仕事や買い物帰りと見られる人たちで道は混み合ってきていた。活気に溢れて賑わっているがどこかのどかなこの街の、普段と変わらない風景だった。ホテルから街の反対側にあるステーキ屋までは歩いてかなり時間がかかるが、まだ時間も早かったのもあってジンセンフはのんびり歩いていた。
街の中心部に向かっているジンセンフに対し、今日はやたらとすれ違う人が多かった。しかも、なにか深刻な顔をして走っている人が多い。
泣きじゃくっている子供を必死に手を引いて走る女性を見かけて、鼻歌混じりに歩いていたジンセンフもようやく異変に気づいた。
すれ違う人の中から、1人の壮年を捕まえて訪ねた。
「あっちの方でなにかあったんですか?」
「魔物が出たんだよ!しかも何十体も!この街は結界も張られてるのに、急に噴水広場の辺りに現れたん」
最後の言葉を聞き終える前に、ジンセンフは駆け出していた。噴水広場に近づくにつれて、逃げ惑う人は多くなり、恐怖に満ちた顔も増えていった。ジンセンフはすれ違う人のスキマを縫うように駆け抜けつつ、自分の周りの風をガンガンに吹かせて走るスピードを上げ続けた。
広場に到着してみると、そこには血を流しながら泣き叫ぶ人たちと、傍若無人に振る舞う魔物たちの姿があった。
ジンセンフは走りながら剣を抜き、今まさに女の子に爪を立てようとした虎型の魔物を切り付けた。一瞬で真っ二つになった魔物には目もくれず、腰を抜かしている女の子に声をかける。
「大丈夫?立てる?」
「……」
声も出ず、ただ首を振る女の子に、ジンセンフは優しくも手短に伝えた。
「本当は背負って避難してあげたいけどゴメンね。ひと通り片付けたら戻ってくるから、待っててね。」
そういった瞬間には、ほとんどひとっ飛びで次の魔物まで向かい、膾のように魔物達を捌いていった。
ガサガサガサガサ
音がした方に目を向けると、2メートルはある巨大ムカデの大群が現れていた。ジンセンフはすぐに向かい、手前から順番に、骨格のスキマを見極めて精確な一撃で両断していく。
「クソっ、これじゃあキリがないな。」
広場の中を駆け回って次々と魔物を倒していたジンセンフだが、1人で対応するにはいかんせん魔物の数が多すぎた。目の前の魔物を斬り伏せつつも、一方的に襲われている人たちを遠目に見て、少しずつ焦りと苛立ちが出始めていた。
この世界では魔物が発生することは珍しくなかった。「魔の森」と呼ばれるような魔物が大量に住み着いている場所もある。だから、街を新しく作る際には、まず結界を張ることになっている。規模にもよるが、結界が張られた中心から数キロメートルは、外からの侵入も含めて魔物を見かけることはあり得なかった。先ほどの壮年が言っていたようにこの街も守られており、実際にジンセンフもこの数日見かけたことはなかった。
しかし、なんらかの原因で、この噴水広場のどこかに魔物の発生ポイントができてしまったようだ。斬っても斬っても、それ以上に魔物が湧いてくる。
「進め!進め!」
大勢の足音が聞こえた号令とともに、槍と鎧で武装した男たちが広場に流れ込んできた。どうやらこの街の近衛兵のようだった。