今月のお店紹介コーナー 「パン屋コンシラ」
今月のお店紹介コーナー 「パン屋コンシラ」
〜オムレツが看板になった、お堅いパン屋さん〜
パン屋の朝は早い。店主のオブドラさんがキッチンで汗をかき、朝5時には美味しそうな煙が立ち昇っている。ただしその煙からは、パンの焼ける香ばしい匂いはしなかった。
実はこのパン屋の1番の人気メニューはオムレツだ。馴染みの鶏小屋から、毎朝採れたての卵を仕入れている。注文が入ると、慣れた手つきで卵を3個割り、たくさん空気を含ませるように軽快に混ぜ合わせる。少々の塩をふりかけると同時に、熱せられた油の待つフライパンへ投入する。軽くかき混ぜながら底の卵が少し固まってくると、あっという間にまとめ上げて半月状の形に仕上げるのだ。
焼き上がった卵に、トマトベースの芳醇な香りがするソースをかければオムレツの完成だ。早朝の煙の正体は、じっくり煮込まれていたソースだったのだ。最高の焼き具合の卵と深い味わいのソースのハーモニーが、この店の常連客を生み出していた。
実はこの店、バゲットというパン1種類しか作っていなかった。元々少し硬い種類ではあるのだが、この店は特に硬くて、客からの評判はあまり良くない。オムレツだけを食べたい常連も多いのだが、店主のこだわりで全てのメニューがパン付きのため、仕方なく食べているという次第である。また、何も知らない一見の客がパンとコーヒーだけを頼んで、後悔した顔で帰ることも珍しくなかった。ただ、筆者はこの硬さが好みではあるのだが。
数年前まで、この店は夫婦で切り盛りしていた。実は奥さんのテンデルさんが先代の娘で、先代に小さい頃からパン作りのイロハを叩き込まれていたおかげで、店頭には様々なパンが揃っていた。先述のバゲットも、当時は硬さもちょうどいいのはもちろん、味も絶品だった。ジャムやハチミツを使わなくても、小麦本来の甘さが引き立たせる最高のバゲットで、料理人のテンデルさん自身も大好物でもあった。
さらに時を遡り、先代がパンを焼いていた頃は、当時独身のテンデルさんが給仕していた。愛想が良く可憐な彼女目当ての客も少なくなく、その中の1人に洋食屋の長男がいた。その洋食屋はテンデルさんに猛アプローチをかけ、代々続く家業の洋食屋を次男に譲り、自分はパン屋の養子となった。その洋食屋が、現在店主のオブドラさんである。彼もまた実家で培った腕を生かし、プロポーズのためにパンに合うオムレツを生み出した。
奥さんが亡くなった後は、養子である旦那さんが慣れないパン作りも担当することになった。奥さんが1番好きだったバゲット1本に絞り、なんとか毎日作ってはいるものの、出来は先述の通りである。
ただ、最近になって店主も常連客からの熱い説得を受け、バゲットへの未練を断ち切ったのであった。パンの種類も比較的簡単なバターロールに切り替え、オムレツを名実ともに看板メニューとし、再出発することになった。
そんなわけで、絶品オムレツと、少し柔らかくなった店主を味わいに、足を運んでみてはいかがだろうか。
obduracy 強情、頑固
tender 柔らかい、親切な
conciliatory 和解の、懐柔的な、融和的な