ヴィラテーラの昼(Ⅳ) 〜後夜祭〜
昼下がり。病室の窓に優しい日差しが降り注ぐ。
クラリファはドアの脇にある机の上に置かれた、2つのマグカップに紅茶を注ぐ。
そして、パウンドケーキを薄く切り、ベッドの脇にある机に置いた。
「どうぞ。」
「ありがとう。」
ベッドから上半身だけ起き上がったリフレーンが答えた。
「その魔女に、クラリファの道具って反応しなかったの?」
「いえ。本当ならコレはイービルも感知できるから、ただの魔物ならわかるわ。ただ、魔族はイービルを隠すことができるの。」
「そういうこと、、、」
リフレーンは神妙な顔で、紅茶に口をつける。
深夜の襲撃事件から丸2日以上眠り続けたリフレーンは、3日目の朝にようやく目を覚ました。
元気も出てきて消化のいい食べ物に飽きたので、3時のティータイムにパウンドケーキの差し入れを頼んだのであった。
「おいひ〜!!!」
パウンドケーキにも口をつけ、全力のリアクションした後に我に返る。
「えっと、その魔女に心当たりはないの?」
「ないわ。魔族の存在も本や噂では知っていたけど、実際に出会ったのも初めてだし。悔しいけど、“彼女”が残したコレだけが頼りね。」
そう言って、白い紙を取り出した。魔女が去る時に落としていったものだ。
そこには大きく、「10月31日 パーティーのお知らせ」と共通語で書かれている。その下には数行文字が並んでいるが、リフレーンの知っている言語の文字ではなさそうだ。
「なんだろ、招待状かな?」
「おそらくね。どこかの地域で、10月31日にはハロウィンていうお祭りがあるのは聞いたことがあるわ。それに合わせて、今回のような魔物襲撃をやるのかもしれないわ。」
「もしそうだとしたら、絶対に止めないと!ごめん、題名以外読めないんだけど、クラリファはわかる?」
「ごめんなさい、私もそれ以外の文字はわからないわ。」
「そっか。」
改めて、リフレーンは“招待状”に目を落とす。
2人が読めない文字は、数行並んでいる。よく見ると左側には余白があるのに、右側は紙の端まで文字が続いていた。
「もしかして、この文章は右側に続きがあるのかもね。対になる招待状を、魔女がどこかの街で同じように配ったとか。」
「なるほど、その可能性はあるわね!さすがリフレーン!」
「えへへ」
短い付き合いだが、博識ぶりを十分に感じていたクラリファにほめられて照れてしまう。自分の少女のようなリアクションを、仲間の男2人に見られなくて良かったと思った。
その男2人は、街をキョロキョロしながら歩いていた。
クロハンは数時間眠っただけで元気を取り戻し、その後もピンピンしていたので、クラリファはリフレーンの付き添いに専念することにした。魔女の痕跡から少しでも居場所の情報を探るため、昨日から聞き込みを開始していたのだ。
だが中々有益な情報は得られず、今日も2人はアテもなく街中を歩いていた。
初めてダチュラと出会った花屋の前を通った。
昨日真っ先にブライタさんに聞き込みをしていたので、今日は店の中をチラリと目をやるだけで通り過ぎた。
「2週間前に急に現れて雇って欲しいなんて言われてね。普通だと出身地とか聞くんだけど、何よりあの美貌だからね。素性なんか聞く前に即採用しちゃったわ。でもこんな風にバックれるなら、やっぱり面接はちゃんとしなきゃだね〜。」
昨日の会話からはそれ以上の情報はなかった。ブライタさんの様子も、魔女の正体を知らずに単にバイトの子がいなくなって落ち込んでいるだけのように見えた。
今ガラス越しに見えるブライタさんは、手に持った花を指差しながら、若い栗毛の女の子に語っている。商魂逞しく、もう新しい女の子を雇ったようだ。
ジンセンフは汽車の窓から、この数日間過ごした水の都を眺めていた。
見える景色は、訪れる前と何ら変わらない鮮やかな街並みのままだ。ただ、あの白銀の魔女の言葉を思い出す度に、街を灰色に塗り潰していく。
汽車が駅に到着すると、クロハンは割れ先に降りた。
ホームに降り立つとすぐに振り返って、まだ車内にいる仲間に相対した。
「よし!ジン、リフ、クラ行くぞ!」
「勝手に略さないで!あとリーダー面しないで!」
リフレーンが負けずに声を張り上げる。
「1番年上なんだから、オレがリーダーだろ?」
「次の行き先もわかってないのに?」
「それはアレだ、副リーダーのクラが考えてるよな?」
「任せてください、リーダー」
そう言って、任命されたばかりの副リーダーは軽快に車両の階段を降りる。
「ちょっと、クラリファも乗っからないでよ!」
仲間たちの騒がしい声に釣られて口元が緩んだジンセンフが、会話に加わる。
「とりあえず降りようぜ。」
そう言って、目の前にいるリフレーンに風を当てる。
柔らかい風に背中を押されて、リフレーンはホームに押し出す。
「ちょっと危な、、、」
そう言われるのを予想していたので、降りた瞬間に上昇気流を発生させて、ふわりと着地させる。
「腹減ったから、とりあえず飯屋探そうぜ。リーダー決めるのはその店で1番食べたやつで。」
「別に私はリーダーになりたいわけじゃな「ぐ〜」
語尾に自分の腹の虫がついたことで言葉につかえ、顔を少し赤らめるリフレーン。
「え、今なんて?「この駅はクロワッサンが有名らしいわよ?」
デリカシーのない“リーダー(仮)”の言葉を遮るように、クラリファがお店を提案した。
「じゃあとりあえずそこに行きましょ!クラリファ、店はどっち?」
「右の方に看板が見えるわ」
「ありがとう!」
さっきまでの件を全て断ち切るように、クロハンを追い抜くリフレーン。
「おい、リーダーが先頭だぞ!?」
今度はその単語に反応することなく、言われた看板の方向に進むリフレーン。
慌ててついていくクロハンと、微笑みながら歩き出すクラリファ。
仲間3人をごぼう抜きするため、少年は風を切って走り出した。