Bilateral Night (Ⅲ) 〜望まれぬ月〜
さっきまで完全に雲に覆われていた月が少し顔を覗かせてきて、闇は少し薄らいできた。
昼間は仮面をつけた人で賑わっていた大広間だが、今は全身包帯巻きのゾンビ軍団で溢れていた。ただ、ジンセンフたちが到着した次の瞬間には、クロハンの赤い閃光が包帯の森を焼き討ちしていた。
相変わらずハチャメチャな破壊力だ。
こちらに気づくと、かなり遠くからでも聞こえるような大声で声をかけてきた。
「おー、そっちも終わったか!」
「通路で出会った魔物はひと通りね。」
「さすが風のように早いね、ジンセンフ先生。」
「いやいや、クロハンの一撃なら一瞬で解決じゃん!」
お互いの戦果を讃え合う男2人を置いておいて、リフレーンはクラリファに話しかけた。
「どうやら魔物の気配はしないみたいだけど、クラリファのブレスレットだとどう?」
「特に感じないわね。新しく召喚されないなら、ひとまず終焉かしら。」
「よかった。」
リフレーンが安堵のため息をついて座り込むのを見計らったように、遠くから大きな唸り声が聞こえた。
どうやら狼の遠吠えだ。だが、森で聞いたことのある遠吠えよりもずっと低く、ずっとマガマガシイ響きに聞こえた。
そこでリフレーンは少し前の記憶と繋がり、ある推測が浮かんだ。
さっき通路をフラフラ歩いていた男が言っていた言葉だ。
広間も、さっきよりもさらに明るくなっている。
推測をたしかめるように、真上を向く。
雲はいつの間にか流れ、満月が完全にその姿を表していた。
「危ない!」
視界を上に向けたまま考え事に気を取られていたリフレーンは、その声を聞いてようやく自分たちが通ってきた路地からの足音に気づいて振り向く。
庇うように、ジンセンフが前に出たが、何か大きな物体とぶつかって簡単に吹き飛ばされる。
それはとてつもなく大きな“オオカミ“だった。体長は3メートル以上あるだろうか。
少し前傾ではあるものの、筋骨隆々の前足は完全に地面から離れ、どっしりとした後ろ足2本で立っている。
狼男。目の前の魔物はそう言う方がふさわしいだろう。
リフレーンはその姿を認識するとすぐに本能で広間の中心へ逃げていたが、狼男の突進のほうが速い。
「《クリムゾン・クリフ》」
狼男の目の前に、赤い結晶がいくつも巻かれる。次の瞬間、狼男を囲むように、直径3メートル程の透明な赤い壁が出現した。狼男は、勢いそのままにぶつかったので、後ろに転けてしまった。
クラリファの赤い結界で足止めをしたおかげで、ようやく狼男と距離を離すことができたリフレーンと、瓦礫からジンセンフが飛び出してきて4人が集合した。
狼男は目の前の壁を破壊てきずにいるおかげで、しばしの休息が得られた。ただ、ミシミシとした音が聞こえる。
「ごめんなさい、結界は長くは持たなそう。悪いけど、作戦を考える時間を2人で稼いでくれる??」
「「わかった!」」
そう言って前衛の男子2人は、結界の左右から狼男に駆け寄った。
程なく目の前の結界をぶち破った狼男だが、今度は左右から攻撃を浴びる。攻撃は当たっているのだが、狼男がひるむことなく、傷がついている様子もない。
「先に言っておくけど、アタシ攻撃魔法持ってないんだ。」
リフレーンが自嘲気味に笑う。
「私の手持ちでも、あの体を傷つけるのはムリそう。トドメはあの2人の破壊力に賭ける方が可能性がありそうね。足止めできる魔法はある?」
「それなら任せて!」
「《セカンド・ローチ》」
リフレーンが叫ぶと、狼男の足元が急にぬかるんで来て、膝上まで沈めてしまった。
ご主人様に褒めて欲しかったのか、ドロ沼から主である召喚獣が顔を出した。どうやらドジョウのようだ。
動きを封じられたターゲットに、容赦なく斬撃と突きが降り注ぐ。
だが、その毛並みは美しいままだった。
「中途半端じゃ効かないわ!最大攻撃を叩き込んで!」
クラリファの声が聞こえると、その声を背にするため、すぐにクロハンは狼男の正面まで走り出す。
その間に、既に位置どりを済ませていたジンセンフが先に技を繰り出す。
「《瞬煌》」
強力な風の刃が、狼男を強襲する。
だが、風がやんだあとも、毛並みに傷がついた様子はなかった。
「くそっ!」
ジンセンフは自身の最大の技の結果に、唇を噛む。
「どけ、ジンセンフ!」
怒鳴り声に反応して、大きく後退する。
「《レッド・トレント》」
狼男の腹を目掛けて、赤い閃光が突き進む。
狼男の腹部の毛が、少し剥がれていた。しかし、そこから血が滲んでいる程度だった。
さらに、足元の泥沼が無くなる。
リフレーンはスピリットを限界まで使い果たし、気絶してしまったようだ。
「近づかないと威力が足りない!あとは頼んだ!」
「おいムチャだ!」
相方の静止に返事もせず、クロハンが槍を引きながら、進路は一直線に狼男に突っ込む。そして爪を突き立てようとする敵の挙動など構わず、走る勢いのまま槍を突き出す。
「《一点突破》!」
槍の切先が狼男に触れた瞬間、赤い閃光というより赤い火花が辺りに飛び散る。
光が消えると、狼男の腹の肉は抉れていた。
一瞬動きの止まっていた狼男が動き出し、お返しとばかりにその砲台に大きな爪が振り下ろされる。
クロハンの体が大きく『く』の字に曲がり、数メートル吹き飛ばされる。
この一瞬しかない。
躊躇っているヒマはなかった。
2人の仲間が倒れたことを頭から消し、ジンセンフは肉が抉れた腹部に向かって渾身の《瞬煌》を放った。