Bilateral Night (Ⅰ) 〜朔の鐘〜
夜空は雲に覆われていて、星の煌めきも、月明かりすらもない。
宵闇の中、仄かな街灯を頼りに進む。
何度か曲がり角を曲がるたびに、向かい側の通行人とすれ違える程度の細さの通路が続く。ただし、今は夜中の12時前なのですれ違う人はいなかった。
4人分の足音が、やけに大きく聞こえた。
少し広い通りに出た時だった。しずけさを裂くように、夜中に聞こえるはずのない轟音が鳴り響いた。
ゴーン
ゴーン
ゴーン
ゴーン
この街唯一の大鐘楼から、日付けが跨いだのを知らせる音が鳴り響く。昼間と同じ音色を奏でているはずなのに、暗闇という媒質が音を歪ませるのか、背筋がゾクっとする不協和音に感じる。
数メートル先に突然、小柄な人影が現れた。頭のあたりがオレンジ色に光っている。その光に照らされて、手に大きな鎌を持っているのが分かる。オレンジの光が強まると、こちらにスッと近づきながら鎌を振り翳してきた。
ジンセンフがサッと前に立ち、刀で鎌を受ける。
目の前のオレンジ頭は、ジンセンフの胸までしかないくらいの背丈なのに、力は拮抗していた。
ジンセンフは目の前の人物の顔を見て気づく。よく見ると、人の頭だと思っていた部分は巨大なカボチャをしていた。しかも、くり抜かれてひときわ強く光っている目や口は空洞だ。
間違いなく魔物だ。
「ジンセンフ、オレの後ろまで下がれ!」
クロハンの声と高まっているスピリットを感じて、その頭を超えるようにバク転しながら大きく後ろにジャンプした。
《レッド・トレント》!
ジンセンフが着地するかどうかというタイミングで、目の前にいるクロハンは槍を一気に突き出す。赤い衝撃波がかぼちゃの魔物を飲み込んだ。
カボチャはキレイに砕け散り、地面には足首より下だけが残っていた。
「スゲー、一撃じゃん!」
「ザコばっかりだったからな。まぁ、直接突くよりは威力が落ちるけど。」
「マジかよ。」
「なんで急に魔物が?」
「さあな」
ジンセンフは気になって、残った部分の様子を確認しようと近づく。
だが足首も徐々に消え去り、魔物がいた辺りが薄ぼんやりと光り出した。そして2人目のカボチャと、その後ろに異形の影が10体以上も浮かび上がってきた。
「後ろに下がって!」
今度はクラリファの声が聞こえると、ジンセンフは迷いなく、一気に後ろ飛びした。
《ディバイダンド・ルール》
バシュッ
しゃがんで両手を地面につけていたクラリファが詠唱すると、かぼちゃの魔物とジンセンフの間に、細い通路を塞ぐ2メートルほどの白い壁が現れた。
「あなたたちが強いのはよくわかったけど、数が多すぎる。この光景は、島中で起こっているから、コイツらだけに時間はかけられないわ。
通路の先にも、そこにある白い壁と同じ物を錬成したから、2つの壁で魔物達を閉じ込めたわ。今、手前だけ解除するから、クロハン君、通路に沿ってさっきより強い大技を出してもらっていい?」
「わかった!細かいことわかんないけど、壁が消えたらオレは全力でヤリを突けばいいんだな?」
「そういうこと。素直で助かるわ。」
クロハンは、通路の真ん中に相対し、右半身を大きく捻り、槍を引いた。
《リリース》
今度は白い壁が一瞬で消え、オレンジカボチャに照らされた周りの黒い異形の集団が再び現れた。
魔物達も目の前の障壁が無くなったことに気づき、こちらに近づいてきた。
《レッド・トレント》‼︎
クロハンの大声を飲み込むような衝撃音と、さっきよりも直径の大きな赤い衝撃波が、通路全ての色を飲み込んでいく。
通路の先まで駆け抜けた赤い閃光が消えると、そこには通路だけが残っていた。
通路の真ん中が抉れている以外は、数分前と同じ、静かな景色だった。よく見ると、数十メートル先の白い壁は真ん中だけがぽっかりと穴が空いていた。
「ここはもう魔物は現れなさそうだな。」
さっきのこともあるので4人ともしばらく黙って様子を見ていたが、静かなままの通路に安心したクロハンが口火を切る。
「そのようね。それにしても驚いたわ。魔物を消した上で、私の壁に穴が空けちゃうなんてさすがね。頼りになるわ。」
「へへっ、どうも。」
「でも、他の場所に急がないと」
目の前の魔物は全て撃破したものの、夜の街の混乱と絶叫は消えなかった。おそらく今の光景と同じようなことが島中で起きているんだろう。四方からの騒音を聞き分けて3人がどちらに行こうか話している間に、クロハンはどこかに走り去ってしまっていた。
「ちょっと!この非常事態に単独行動なんてどうかしてるわ!」
リフレーンは自身の不安感から、思わず大きな声を出してしまう。
「まぁ、彼なら1人でも大丈夫でしょう。一応私がフォローに入るわ。あなた達2人も離れないように気をつけてね。」
そうクラリファは優しく告げると、クロハンが出しただろう衝撃音のする方に走り出した。
不安そうに首を振ってキョロキョロしているリフレーン。
ジンセンフは「俺のそばを離れるなよ。」と声をかけて、手を差し出す。
その光景で牧場への列車旅を思い出す。リフレーンは迷わず手を出し、一緒に風に乗った。
bilateral 両面ある。二面性