ヴィラテーラの昼(III) 〜カフェテリア首脳対談〜
マダムの多い昼下がりのカフェは、どのテーブルも騒々しかった。ただ、ひとつをのぞいては。
ピリピリした空気が漂う中で、4人は黙ってコーヒーをすする。実際ピリピリしているのはリフレーンだけだったが、仲間の2人はこういう時は待つしかないとこれまでの旅で学んでいた。美味しいコーヒーをちびちびと味わうことに徹していた。
先に口火を切ったのは、見知らぬお姉さんのほうだった。
「まずは、あなた達がスピリット術士だと当てられた種明かしをしましょうか。」
そう言って左手につけたブレスレットを見せてくれた。
「これで大概のスピリット術士のタイプと、ある程度の熟練度はわかるわ。スピリットの量が高すぎると急に爆発して故障するのが難点だけど。」
「へー、そんな便利なモノがあるんだ!《特身族》のオレでも使えるのか?」
「スピリット術士なら、コツをつかめば誰でも使えるわ。」
「ちょっと、美人相手だからって簡単に懐柔されてんじゃないわよ!お姉さん、こんなモン持ってるなんてそもそも何者?」
「ごめんリフはちょっと前までガールズバーで働いてたんだけど、必死にがんばってもナンバー2だったせいで、美人が絡むとうるさくなっちゃって。」
「クロハン余計なこと言わないで!」
「ごめんなさい。こちらの自己紹介もせずに、一方的に探られたらそりゃ気分悪いわよね。
私は《マテリアリスト》。名前はクラリファよ。マテリアリストも専門が細かく分かれてるんだけど、私は結晶術師。わかりやすくいうと、錬金術師の亜種ってとこかしら。花も観賞用じゃなくて、結晶術の材料用として買ったの。あと何か聞きたいことはある?」
「そんな道具を持ってる理由は?」
「私、女のひとり旅なの。私達マテリアリストは生身では何もできないからね。スピリットの感知能力も低いから、こういう道具を使うの。同じように魔物の気配も分かるしね。」
「でも、道で会った時はブレスレットを見てる余裕なんてなかったですよね?」
「さすが勘が鋭いわね。近くにスピリット術士がいると、ブレスレットから腕に伝わる反応でなんとなく対象者の位置が分かるの。たしかにアナタの言うとおり、術士の種類までは実際にブレスレットを見なきゃわからないわ。かなり筋肉質な彼と、背中にバイオリンケースが見えたアナタの姿を見て勘で当てたの。」
その後も、リフレーンの強い口調での鋭い指摘は続いた。だが、そのたびにクラリファは理路整然と答える。
「ねぇ、この街でオススメのスイーツある?まだこの街に来たばっかりだから、全然知らなくて。」
「それだったら、やっぱりジェラートがオススメ。店ごとに少なくとも20種類あるから、しばらくは飽きないわ。」
「どうしよう、お腹こわしちゃう〜〜」
いつのまにか、ガールズトークでめちゃくちゃ盛り上がっていた。
ジェラートの話では腹が膨れない男子2人は、ちょうど店員が運んできたシーフードピザに手をつけていた。
「で、アンタたちは勝手に何食べてんの?」
「いいだろ別に。腹減ったんだから。」
「それに、ちゃんと自分のお小遣いで買ってるし。」
「でも、そういう時は、お連れの人にも一声かけるのが礼儀よ。特にレディーにはね。」
「もっと言ってクラリファ!この2人はホントに気が利かなくて!」
「女の子1人で苦労してるのね。」
「そーなのよー!そうだ、クラリファさえよかったら、私たちと旅をしない?」
「「おいっ!」」
咄嗟にピザを食べる手を止めて、ツッコんだ。
「つい1時間前まで、『美人だからって簡単に信用するな』とか言ってたじゃねーか!」
「なによ!過去のことを引きずるなんて男らしくないね!」
「いつもは、『男って雑でキライ』ってよくボヤいてるくせに。」
「あのねリフレーン、私としては誘ってくれて嬉しいし、本当はこちらからお願いしようと思ってたくらいなの。でもね、ちゃんと仲間である2人の許可も取らないと。」
「クラリファ姐さんわかってるー!やっぱこのパーティーに足りないのは、冷静な参謀役だよな!」
ここぞとばかりにジンセンフが乗っかる。
「誰かさん達のせいで、冷静でいられないのよ!」
「ほら、そういうトコ!姐さんのアテンドで、明日この街を冒険しようぜ!」
「ジンセンフ、ナイスアイデアだぜ!」
「あきれた。結局、別に仲間に入れてもいいって言うわけ?」
「そりゃそうだろ。旅は人数多いほうが楽しいしな!」
「そうそう、ちょうどパーティーに《マテリアリスト》だけいなかったもんな。しかもこんだけ物知りで頭いいんだったら絶対頼りになるし!」
「オバカな《ムジカ》でゴメンナサイネ!大バカな《気流士》さんと《特身族》さん!」
もはやクラリファの仲間入りは誰も反対していないのに、なぜか口ゲンカが収まる気配はなかった。
唯一ケンカに参加していなかったクラリファが、話題を変える。
「日が沈んじゃうとカーニバルも終わるけど、どうする?せっかく仮面と衣装は揃えたみたいだけど。」
「そうだっ!目的を忘れるとこだったわ。でも、蒼いベロニカの花がないとアタシの目指すコロンビーナにはなれないし、、、」
「それなら多めに買ったから分けましょうか?」
「ウソっ?!、助かる!あっ、でも、クラリファの分の仮面がないわ!」
「せっかくのお祭りだから、一応買っておいたの」
そう言って、リフレーンと色違いの、紫のコロンビーナマスクを取り出す。
「なんてデキル女性なの!しかもアタシと色違いなんて、センスもサイコーね!買う時その色と迷ったんだー!」
「この街の雰囲気に少し浮かれて買っちゃったはいいけど、1人でつけるのはさすがに勇気が出なくてね。ムダにならなくて済んだわ、ありがとう。」
「しかも、仕事がデキるだけじゃなく、周りへの気遣いもすごい!ねえクラリファ姉さん、2人旅にしない?」
結局またガールズトークに花が咲いてしまった。リフレーンのクラリファフィーバーの熱に気押されてしまい、男達はさっきのケンカの時のような勢いを失っていた。
ようやくカフェを出て仮装した時には、かなり薄暗くなってしまっていた。
「あー、なんにも聞けなかった。」
「しょうがないよ、みんな帰りたそうにしてたし。」
「もういいわ、こうなりゃヤケグイよ!クラリファ、なんかいいお店ある?」
「この通路の先にある店は、ピザもパスタもムール貝も絶品よ。」
「頼りになるぅ!」「よっしゃー!」「ピザ食いて〜!」
結局他の観光客と同じくコスプレ大会を楽しんだだけの4人は、クラリファおすすめのお店で、クラリファの歓迎会も含めたディナーとなった。
「ちょっとみんなに聞いてほしいことがあるの。」
4人とも1品目のパスタを食べ終えた頃、クラリファが切り出した。
「実は今夜、たぶんこの街に魔物が出るの」
ピザを両手でつかんでいたクロハンも、『魔物』と言う単語に反応してゆっくりと皿に戻した。