ヴィラテーラの昼(II) 〜高嶺の花屋さん〜
ジンセンフは鼻歌を歌いながらしばらくスキップしながら歩いていると、自分が今目指している場所を知らないことに気づく。リフレーンに渡されたメモを見ると、そこには花の名が書かれていた。視点はそこでようやく上向きになり、通りの看板の中から花屋の文字を探し出す。
ジンセンフはようやく見つけた、ガラス越しに彩り豊かな花が並ぶ店に入ってみる。
「いらっしゃいませー!」
ドアを開けると元気で明るい女性の声がした。目の前には、濃紺のエプロンをして両手でジョウロを持っている女性が出迎えてくれた。
年はハタチくらいだろうか。肩にかかった長い銀髪が印象的だ。
鮮やかなピンクのシャツが、首元や手先の白さを引き立たせている。同じく美白の顔は、整った鷲鼻であり、口元は軽く微笑んでいる。そして1番目を引く真紅の大きな瞳は、見つめていると引き込まれそうになる。
ジンセンフが人生で出会った中で、1番の美人だと思った。
「わー、私より若そうな男の子のお客さんだー!しかも同じ銀髪だね。嬉しい!」
「銀髪はどの地域でも珍しいから、オレも久々に会ったよ。」
「名前なんていうの?」
「ジンセンフだよ。キミは?」
「アタシはダチュラよ。」
「ダチュラって変わった名前だね。」
「私の故郷はここから少し遠いから。名前の由来はね、ダチュラって言う花があるの。アサガオの仲間らしいんだけどね。」
「ふーん、物知りなんだね。」
「まぁ花屋ですから。」
そう言ってダチュラは、左目でウィンクをした。
「といっても、働いてまだ2週間なんだけどね。」
「2週間でそんな詳しいなんて天才なんだね!」
「こら、オネエサンをからかうんじゃないぞっ!」
「いやっ、ホントに思ってるんだよー!」
「まぁホントに心から思ってるなら、ヨシとしましょう。
でも若い男の子が花屋に来るなんて珍しいわね、ヴィラテーラのオジサマ達はミンナお花が好きな人が多いらしくて、よく来てくださるんだけど。」
「へー、ロマンチックなおじさんが多いんだね。オレはちょっとツレにおつかい頼まれてさ。」
「そうなんだ。ジンセンフくんもこの辺じゃ見ない名前と服装だけど、旅人さん?」
「当たり!今は3人で旅してるんだ。」
「楽しそうね!女の子もいるの?」
「いるけど、イチイチうるさくてさ!ダチュラみたいに、話してて楽しいって思うことなんて全然ないよ。」
「ふふっ、そうなんだ。ねぇ、旅の話を聞かせてくれない?」
「いいよ!実はこの街に来る前は3ヶ月も同じトコにいてさぁ。」
「あの、この青いお花をくれるかしら?」
「いらっしゃいませー!すいません、お喋りに夢中になっちゃって。」
後ろから声がしてジンセンフは振り向くと、そちらにもキレイなお姉さんが立っていた。
「アタシはただの店番なので、店長のブライタさん呼んで来ますね!」
そう言うとダチュラは、店の奥に引っ込んだ。
お客のお姉さんは、ダチュラよりもう少し年上だろうか。茶髪のショートカットは肩の辺りで毛先は軽くウェーブしており、前髪はかき上げらている。切れ長の目尻で、涼しげな蒼い瞳をしていた。
切れ長ブルーのお姉さんが、手持ち無沙汰になったジンセンフに声をかける。
「ごめんなさいね。楽しそうにおしゃべりしてたからオジャマしたくなかったんだけど、私もちょっと急いでるから。」
そういえば、結構長いこと喋ってた気がする。ジンセンフは自分ではキレイな女性相手でも浮かれたりしないほうだと思っていたが、ダチュラに関しては完全に心を奪われていたことに気づき、急に恥ずかしくなった。
しかもその‘’恋の魔法”を溶かしてくれたのが、また別の美人だと言うのが余計に自己嫌悪だった。
「いらっしゃいませ、お客様!」
快活な挨拶とともに、恰幅の良い女性が店の裏から現れた。
「すいません、これとこれと、あとこの花を見繕ってもらっていいですか?」
「お安い御用さ。」
「はいよ。」
「ありがとう。」
「じゃあアタシがお会計やりますね、っていけない!こんな時間!
ブライタさん、あとお願いしてもいい?アタシ買い物に行ってくるね!」
「ああ、よろしく頼むよ。夜ご飯の買い出しのほうが、大事な仕事だからね。」
「ありがとう!それじゃ行ってきます!じゃあね、ジンくん!」
ダチュラはニコニコしながら肘から先で素早く手を振ると、すぐに店を出た。ジンセンフも、気づくと釣られて手を振っていた。
「まったく、あのダチュラ•イエローちゃんが来てから商売繁盛だよ。まだ新人だけど、もう給料上げてあげないとね。」
ブライタさんは、喜んでるのか怒ってるのか微妙な声色で言った。
ジンセンフは気恥ずかしいのをゴマかすため、さっきダチュラと話していた時に気になっていた話題を切り出す。
「そういえば、お客さんはおじさんが多いらしいですけど、ヴィラテーラのおじさん達ってなんでミンナ花が好きなんですか?」
「うーん、それは何とも言えないね。男性のお客様が増えたのはこの数日のことだし。」
「もしかしてだけど、ここに来てる男性ってダチュラさんとよくお話しされてます?」
「さすがお姉さんのほうはスルドイねぇ。やっぱり男って単純よね〜。特にヴィラテーラの男は本能に忠実なのが多くてさ。」
「この街はキレイな人多いけど、あの子はちょっと別格だものね。」
「あんまりお客様のこと悪くは言いたくはないんだけどさ、急にパッとしない男が増えちゃってねー!ま、あたしゃ儲かりゃ手段は問わない派だけどさ!だからお姉さんも歓迎するわよ〜?」
「ふふ、ありがとう。考えておくわ。」
パッとしない男そのイチは、花も買わずに逃げるように花屋をあとにした。
「ジンセンフくん!」
花屋から3軒ほど歩いたところで、後ろから声をかけられる。さっきの切れ長の目をしたお客さんのほうだった。
「ごめんなさい、話の流れでアナタにちょっとイジワルな会話になっちゃって。」
「別にイイですよ。実際、ダチュラと長話してアナタに迷惑もかけてたし。」
「お詫びってわけじゃないけど、コーヒーとケーキでもご馳走させてくれない?」
「えっ?」
さっきまで別の美人に浮かれていたばかりなので、さすがにちょっと警戒する。
「花だけ買うのに、ちょっと時間かけすぎじゃない?」
どう返事していいか迷っていると、よく知っている“3人目の美人”の声が聞こえた。ただし、この声を聞いても、テンションは全く上がらなかった。
「全く道草くってると思ったらそういうことね。ホント、男って美人が好きなんだからさー」
「そんなんじゃねぇよ!」
「じゃあ買ってきた花を見せてみなさいよ!」
「いや、花屋は見つけたんだけど、買うのはこれからで...」
「ほらやっぱり!1人じゃ満足に買い物もできないわけ!?」
「いや、これには事情が、」
「はぁ。使えない男ばっかり。クロハンも早く来なさいよ!」
少し離れたところに、両手に大きな袋を何個も持っているせいで通行人とぶつかっているクロハンがいた。
「仲間の女の子とも仲がイイのね。」
知り合ったばかりのお姉さんから助け舟?が入る。
「そんなんじゃないですよ!」
「悪いですけど、ウチのウブな仲間を逆ナンしないでくれます?こっちも忙しいんで!」
「いえ、そういうつもりでお茶に誘ったんじゃないの。逆にちょうどよかったわ。ムジカのカワイイお嬢さんと、特身族の筋肉質なお兄さんの話も聴きたかったことだし。」
bright 快活な、元気な、輝いて