ヴィラテーラの昼( I ) 〜祝祭の鐘〜
モデルの街:ヴェネチア(イタリア)
似たような高さの長方形がほとんど等間隔に並ぶ。それらは全て、カラフルな絵の具で塗りつぶされている。隣り合った建物同士で色が被らないように、ランダムに色が羅列されている。色味はバラバラだが、どれも淡い色調であるため、統一感が生まれている。一つ一つの建物だけで眺めていてもどれも美しいのだが、それがいくつも連なっていることで、さらに景色としての魅力を引き立たせていた。
そんな愉快な建物群が、視界の両側に並んでいた。
その真ん中を少し湾曲して通っている道。それは、土でできた山道でもなく、石畳が敷き詰められてもいなかった。
その道は“水“だった。
10メートルほどの幅の水路が、ゆるいカーブを描きながら島中を横断している。
その水路を、棒を握りしめた船頭が立つ黒い船が行き交う。
現地ではその船をゴンドラと呼ぶ。船頭がゆっくりと、だが大きく漕ぎ出すたびに、三日月を寝かせたようなゴンドラはぐんと進む。その度に、両側の景色が少しずつうしろに流れていく。
白、クリーム色、黄色、オレンジ、ピンク、黄緑。慌ただしく、色が入れ替わっていく。
よく見ると、建築様式もバラバラで結構特徴がある。
「あ〜憧れの景色が目の前に!ヴィラテーラさいこー!!!」
「おい、遊びにきたわけじゃねーぞ?」
「船降りたら本気出すから。う〜ん、おいひ〜!」
「あと、ジェラート食べ過ぎてお腹壊すなよ?」
「冷えには強いのでお気遣いなく〜」
ヴィラテーラまでの大型客船の中で、ツラかったバイト時代のトラウマが綺麗さっぱり洗い流したクロハンは、何かを取り戻すように先輩風を吹かす。
対して、リフレーンはご機嫌なので、何を言われてもどこ吹く風だ。笑顔もまったく崩れない。
ジンセンフは船の先頭で向かい風を前面で一身に浴びる。背中と風が仲間の会話を防音していた。
彼にとっての世界は今、真正面からの風と、左右のカラフルな長方形たちと、黒い三日月がいくつも浮かぶ青い帯が全てだった。
ゴーン!!!
「うわ、うるせっ!」
大声を出したクロハンの声も隣で聞こえないくらいの轟音が、あたりに鳴り響く。
音楽家でもあるリフレーンは、咄嗟に手を当てて大事な耳を守る。
少しはマシになったものの、それでも耳と心臓に響く音が続く。
ゴーン
ゴーン
ゴーン
ようやく鳴り止むとクロハンは船頭さんに尋ねた。
「今の轟音、なんだったんだ?」
「ああ、12時の鐘が鳴ったんだよ。」
「驚かないってことは、この街ではよく鳴ってるのか?」
「ああ。昼ごはんの時間を知らせるのに、毎日な。昔は夜中の12時にも鳴ってたんだが。」
「この音量で?」
「多少小さくしてはいたみたいだがな。建国以来の伝統だったんだが、さすがにうるさいって苦情の声が多くなって数年前にやめちまったよ。」
「それで正解だよ。でも日中に鳴らすにしたって、この音はデカすぎじゃないか?」
「街中に聞こえる必要があるからな。島の奥にある巨大な鐘楼で鳴らしてるんだ。こんなに大きく聞こえるってことはもう終着港まで近い証拠だ。」
ゴンドラを降りると終着港は賑わっていた。
通りを歩く人の格好を見るとなんとなく自分達と同じ旅の人間か地元の人間か分かるものだが、どうやらこの街では旅の人間の方が多いらしい。
そして時々、仮面をつけた人たちに出会う。
メインの大広間に出ると、ほとんどが仮面をつけて貴婦人や大道芸人となっていた。
気になって色んな仮面の男女に話しかけてみたが、誰も相手にしてくれなかった。
「なんでみんな仮面つけてんだろう?」
「さぁな?」
「こういう時は、餅は餅屋よ。」
そう言ってリフレーンは、近くにあった仮面屋さんに突撃していった。慌てて男2人はあとを追う。
「すいません。この街はなんで仮面がつけてる人がこんなに多いんですか?」
「いらっしゃい!ああ、今の時期はカーニバルだからな。ウチも書き入れ時さ!」
店長っぽい雰囲気の、陽気なおじさんが迎えてくれていた。
顔だけ見れば高い鼻のおかげでシュッとして見えるが、けっこうお腹が突き出ている。
「カーニバルってなんですか?」
「簡単に言うと“お祭り”だな。昔は1年に1度だけ仮面を被ることで、お互いの正体を隠して身分に関係なく自由に交流してたんだ。今は昔ほどの身分制度は無いが、それでも普段交流できない人とお互い匿名で情報交換できる場でもあるのさ。ま、ほとんどの現代人にとっては、ただのコスプレ大会だけどな」
「なるほどー、楽しそうだなー!」
「おっ、興味あるならオマエさん達も参加してみるかい?
そうだな、赤髪のアンちゃんは体格がいいから、アルレッキーノがオススメだ。この白字に金の仮面なんか迫力出て似合うぞー?」
「たしかにコレカッコいいなー!」
いつのまにか、商売人らしくちゃっかりセールスにつなげている。
「とりあえず試着だけでもいいぞ?
そして嬢ちゃん!君みたいな美人だけが付けることを許される仮面がコレ!この目元だけのコロンビーナだ!マスクの下で軽く微笑めば、周りの男は全員釘付けだぜ!」
「ふーん。」
「まぁじっくり悩みな!
銀髪の兄ちゃんはこの嘴みたいな漆黒のメディコ•デレ•ぺスタがいいな。その種類を付ける人は少ないし、兄ちゃんのツンツンした銀髪なら目立つこと間違いなしさ!」
「たしかに面白いデザインだな…じゃなくて!あの!オレ達はそういうつもりで来たわけじゃなくて、」
カーニバルの誘惑を振り切ってセールスを断ろうとしたジンセンフを押し除けて、リフレーンが言った。
「あの、男子2人が持ってるコレください!」
「決断が早いね!嬢ちゃん自身はドレにする?」
「えーっと、あの壁の1番上にあるコロンビーナで!」
「ありゃ見つかっちまったか、1番値段張るから気を使ったんだが見る目あるね〜。ピンクと紫があるけどどっちがお気に入りだい?」
「迷うわね、、、ピンクの方でお願いします!」
「毎度ありー!来年も来てくれよな!」
一気に3つも売れたからか、店長は玄関先まで送ってくれた。
「よーし、準備開始といきますか!」
リフレーンの考えについていけないジンセンフが水を差した。
「あの、もしかしてだけど、この仮面つけてカーニバルに参加しようとしてる?」
「もしかしなくてもそうよ」
「リフレーンさぁー、楽しそうな祭りに参加したい気持ちはわかるけどさぁ、俺たちの目的は忘れんなよ?」
これまでの仕返しとばかりに、クロハンがはいたずらっぽく言う。
「アンタと一緒にしないで!ちゃんと目的ならあるわよ。さっき店長さんも言ってたでしょ。仮面をかぶっていた方がいろんな情報を聞けるってね。」
そこでようやく男子2人も察して、ニヤリと笑った。
「アタシと荷物持ちのクロハンはこの仮面に似合う衣装を探してくるから、ジンセンフはお使いを頼んでもいい?」
「オレは荷物持ち決定かよー!」
「本当は2人とも目を離すのは心配なんだけど、クロハンの方が暴走する確率高いからね。消去法よ!」
そう言いながら、リフレーンはメモ帳に何行か書いて、ジンセンフに渡した。
「はい、コレ任すからよろしく!」
「任されたぜ!」
“消去法“という表現は気になるが、ひとまず自分の方が信頼されてると聞いて少し嬉しくなる。
「じゃあジンセンフは、余計なことしないで、そのメモ通りのモノ買ってくるのよ!」
「はいはーい!」
項垂れるクロハンに少し悪いと思いつつ、足取り軽く2人と別れた。