今月のみかじめ料
明かりに照らされて、3人の人影が映る。2人は男で、もう1人は女だ。
「今月はどのぐらい用意できた?」
薄暗い部屋で、女の声が冷たく響く。
「今月はけっこう頑張りました!」
年上らしい体格のいい方の男がそう答えて、銀貨を30枚ほど取り出した。
2人目の男が続けて、同程度の銀貨と、金貨を1枚を目の前の粗末なテーブルの上に置いた。
「これだけ?」
「本当です!これで全部です!毎日の食事も、八百屋のおじさんに土下座して余り物の野菜をもらって何とか生活していたんです。」
「まぁ、ただの肉体労働者は安く買い叩かれるのが世の常よね。」
女をため息をつきながら、自分のポケットから金貨の束を取り出した。
「まったく、2人合わせても私の売り上げの半分以下じゃない!」
「「面目ない」」
「最近、指名も増えてきたからオーナーに気に入られてるのよね。来月の給料聞いた時、あと半年くらい働こうかちょっと心揺れたわ。」
ジンセンフ達3人は借金返済に向けて、3ヶ月ほどせっせと町でアルバイトに明け暮れていたのだった。
男2人はひたすら肉体労働だった。土木工事の手伝いや引越しの荷物運び、何でもやった。ジンセンフは時々、町の困り事を聞いては、便利屋としての小銭も稼いでいた。金貨は、たまたま羽振りのいい御婦人から恵んでもらったのだった。
リフレーンは特技を活かして優雅に路上演奏、というわけにいかず、例のハンバーガー屋の店員として働くことにした。
だが初めての給料日に渡された金額に絶句し、翌日の夜からガールズバーでも働き始めたのだった。
「とにかく、これでなんとか請求額には足りそうね、、、はぁ、ようやくこの街ともオサラバできるわ。」
リフレーンは派手な髪飾りを、雑に外しながらそう言った。
「あ、次はヴィラテーラって街に行くから」
「え、それってどんな街なんだ?」
ジンセンフの疑問に、リフレーンは荷造りしながら答える。
「アソコは島中に水路が通ってて、優雅に小舟で移動するらしいの。並んでいる建物もオシャレらしいのよね〜♪」
「そんなノリで目的地を決めちゃって大丈夫なのか?」
ジンセンフの疑り深い声色に反応して、リフレーンは少しカリカリした声で返す。
「失礼ね!ちゃんと聞き込みした上で決めてるわよ!」
「ごめんなさい。かわいくて頭のいいリフレーンが、何も考えずにそんなこと言うわけないよな。」
ジンセンフがとりあえず謝ると、少し機嫌が戻る。
「わかればいいわ。貿易商人のお客さんに聴いたんだけど、観光地のヴィラテーラでもウワサになるくらい、最近見慣れない切れ長の美人がいろんな店に出入りしているらしいの。」
「へー、ガールズバーってそんな面白そうな話も聞けるのか。」
「アソコは金と情報を持ったおじさんがひっきりなしに寄ってくるから、一石二鳥だったわ。」
「でも観光地なら人も多いだろうに、1人の女の人がウワサになるんだな。」
「美人が歩いていると、とりあえず見ちゃうのが男の悲しい習性よね。話してくれた商人のおじさんも、その話になるとニヤニヤしてキモかったわ〜。ま、今回はそれが珍しく役に立ったのだけれど。」
「なるほど。」
「なんか、行動がちょっと変わってるのよね。時々通路にしゃがんで何かを書き込んでいるっていう話なの。あと魔物がどうとか聞かれた人もいるって。」
「たしかにそれは行ってみる価値アリだな。」
この3ヶ月で散々リフレーンに怒られ過ぎてトラウマ気味のクロハンは、2人の会話をずっと黙って聴いていた。
「明日出発するから準備しといて。」
「急だな!」
「急じゃないわよ!誰かさん達のおかげで3ヶ月もムダにしてて遅すぎるくらい。」
「でも船に乗るって、またお金を稼がなきゃいけないんじゃないのか?」
「ご心配なく。」
そう言って、3枚分の船のチケットを見せた。
「コレ、どうしたんだ?」
「そのおじさんから巻き上げ、、、もらったのよ。」
『もらった』手段については、さすがにジンセンフも怖いので聞かないことにした。
「じゃ、アタシは最後のディナーに行くから。あとこれ、あなた達の分。プティーンでも食べてきたら?」
リフレーンは銅貨3枚を机に置いたあと、たっぷり詰まったコインで重そうなカバンを肩にかける。
「「ありがとうございます、お嬢!」」
プティーンとは、この街では大概の居酒屋にメニューに書かれている名物だった。ホクホクのジャガイモをサクサクのフライドポテトにして揚げ、上から特製ソースとチェダーチーズがかけられている。
3ヶ月間滞在していたおかげで男子2人も姿はよく知っていたが、まだ味は知らなかった。プティーンをテラス席で美味しそうに食べる住民を横目で見ながら、八百屋で恵んでもらった変色した野菜をかかえて質素な宿に帰っていたからだ。
銅貨1枚で、ちょうど大人1人分のプティーンの値段だ。3枚あれば、それぞれドリンク一杯はつけられるなと2人は頭の中で計算していた。
「2人も、よく働いたからね。ご褒美よ」
「恩に切ります!ちなみに、お嬢もプティーンを食べるの?」
「もう食べ飽きたわよ。今日はスシっていう料理を食べに行くわ。異国の料理らしいんだけど、ドンペリを毎回頼んでくるような太客はみんな口を揃えて絶品だって言うのよね〜。それじゃ、お互い最後の晩餐を楽しみましょ〜」
リフレーンの最後の一言が終わってすぐ、部屋の立て付けの悪いドアが大きな音を立てて閉まった。