カモミールティーと硝煙の香り
モデルの街:ケベック州モントリオール(カナダ、別名北米のパリ)
窓からは、休日を楽しむ歩行者が行き交っているのが見える。ここは東の海を渡ってきた開拓者が住み着いた街らしい。たしかに数日前に寄った隣町とは、明らかに文化圏が違っていた。道には整然と並んだ石畳が敷き詰められている。銅が錆びた緑の屋根は、積雪に備えてどれも45度以上の傾斜になっていた。
店内に、伸びやかな女性の歌声が流れ、意識と視線を目の前のテーブルに戻した。
マグカップを顔に近づけると、カモミールティーの少し薬っぽい香りが鼻を刺激する。
華やかな通りのとあるカフェで、リフレーンはこれからランチの予定だった。
店員がハンバーガーとポテトを運んできた。
まず、その華やかさが目につく。定番のパティとバンズの間に、彩り豊かな葉物野菜が目を引く
ハンバーガーにかぶりつく。柔らかいバンズの感触の後、ジューシーな肉汁が口いっぱいに広がる
5種類の葉物野菜がアクセントになっている。
ホクホクのポテトをゆっくり食べようと思っているのに、口が空になる前についつい手を出してしまう。少し口がくどくなっても、カモミールティーで口をスッキリさせれば無限ループの完成だ。
『あー幸せ。たまにはこんな何の事件性もない旅もいいわね』
周りに人がいないのもあって、つい独り言が溢れた。
「今のお客さんのような気分を、この辺では『プチボヌール』というんですよ。」
声が聞こえた方に目を向けると、厨房から出てきたらしい、エプロンをつけた白髪の老紳士がにこやかにこちらを見つめていた。
「あ、そうなんですね。すいません、お店の中で独りごと言っちゃって。」
「いえ、こちらこそ口を挟んでしまいすいません、あまりにリラックスした素敵な表情をしてらしたので、店主として嬉しくてこちらも口が緩んでしまいました。」
「楽しい気持ちをお裾分けできたら良かったです笑。『プチボヌール』って言葉の響きも素敵ですね。このお店の雰囲気にもピッタリ」
「ありがとうございます」
「それにしても、街の人もみんな表情がいいですね」
「この街は、平和で穏やかがウリでしてね。」
「へー、平和なことを誇れるってかっこいいですね」
「実は50年以上前に隣国の侵略があったんです。でも、私らのご先祖様が自分達の愛する街と文化を守るために誇りをかけて跳ね除けてましてね。その戦争があってからは、より一層みんなが街を愛するようになって、市民もその伝統を守るように優しい人が多いんですよ」
「街の歴史が、皆さんの笑顔の原動力なんですね」
「そうですね、もう私もケンカの仕方なんて忘れてしまいましたよ、ハハハ!」
ドガーン!!!!
けたたましい爆音が、リフレーンの優雅なランチタイムに終わりを告げた。
爆音の正体にただならぬ状況だと言うことを理解したリフレーンは、慌てて店の外に出ていた。
音が聞こえた店の右手に目を向けると、数十メートル先で煙が登っていた。そして煙の足元に知っている顔の男が2人見つけて、リフレーンは駆け出した。
「なにをやらかしたの、アナタ達?」
呆然として突っ立っているジンセンフとクロハンに、強制的にランチを終わらせられた不満の色を込めて声を掛けた。
「なんか急に煙が出ちゃってさぁ。」
声は抑えてるものの顔が引きつってるリフレーンに対し、クロハンが場違いな空気と内容のセリフで返す。彼よりも彼女と付き合いが少しだけ長い分、イヤな気配を感じ取ったジンセンフが補足を入れた。
「いやちょっと剣と槍で、お互い組み手をしてたんだけれども。」
「へー修行熱心ね。冒険の仲間としては心強いわ。でもさすがの君達でも、組み手だけで煙を起こしたりはできないよね?」
「そうそう!それが不思議なんだよねぇ〜。」
「クロハン、オレから説明するからちょっと黙ってて!」
相方を制しながら、ジンセンフの頭は、フル回転させて、直前の出来事を思い出そうとしていた。
「あの、そういえば近くにタンクみたいなのがあって、クロハンの槍がそれを突いちゃって」
「うんうん、それで?」
「いや、コイツの突きって岩も砕くほど物凄いじゃん?中はガスだったらしくて、次の瞬間にはこんな状態だったんだぁ」
「なるほどね〜、アハハハハハハ」
リフレーンが笑ってくれたことで、なんとか面白エピソードにできたと、ジンセンフが肩を撫で下ろした
「なにしてんのよアンタたち!!!」
やっぱりだめだったかという顔と、なんで急に怒鳴られたんだろうという顔が並んでいる。両方見たくなくて、リフレーンはため息をつくと、顔を下げて、オデコを右手で支える。
「頭痛が痛いわ。」
「あの、薬買ってこようか?」
クロハンのズレた優しさを無視して、リフレーンは呟き続けた。
「せっかく、無鉄砲な男との2人旅がこれで終わると思ってたのに、、、まさか新しい仲間が、それに輪をかけたミサイル級のバカなんて!!!
「えっ?ジンセンフが説明したと思うけどオレらの武器は剣と槍で、鉄砲もミサイルも使ってないよ?」
「別に気にしなくていいわよ?ただの独り言だから。はやくもう1人仲間を入れないとアタシ心労で死にそう、、、あーあ、どっかに頼りになりそうなお姉様とか放浪してないかしら!」
「あのー、お取り込み中申し訳ないんですが、お会計いただけますでしょうか?」
リフレーンは、背後から声をかけられて、慌てて振り向く。ランチに利用したハンバーガー屋の店長が申し訳なさそうな顔でこちらを見ていた。
「すいません!!!完全に忘れてました。これで足りますかね。」
お金を渡してもまだ何か言いたげな店長を、何とか作り笑顔と大げさなバイバイの手の振りで追い返した。
「これはどういう状況か、君たち何か知っているかな?」
反対側から、ハンバーガー屋の店長よりも数段低くてドスの効いた声がした。
この格好はどう見ても警察だ。観念して、主にリフレーンが事情を説明した。
「なるほど。詳しい話は署で聴かせてもらおうか。」
概要を把握した警察官は、3人を連行した。
にわか女弁護士の見事な手腕により、今回の事件の被告人2人は悪意はなくただの事故だったと言う結論に落ち着いたため、なんとか逮捕は免れた。ただし、賠償金だけは要求された。その金額でクロハンも、ようやく自分のやらかしたコトの重大さに気づいたようだ。
なぜなら3人の手持ちの全財産を10倍にしても、全く足りない金額だったのだ。