黄土色の溝と、黒い壁
モデルの崖:ペトラ(ヨルダン)
道の両側には、高さ100メートルほどの断崖が連なっている。地面と平行に何層にも連なる黄土色の岩肌をしており、時折うねりがある。形もキレイに垂直というわけはなく、巨人が荒っぽく削り取られような断面をしていた。
「断崖に囲まれたこの道を、我々商人はシクと呼んでいます。」
浅黒い肌をした、ガイドのメディエットさんが振り返って教えてくれた。
ジンセンフとリフレーンは砂漠地帯を乗り越えるため、手前の街でメディエットさんをガイドに雇った。3日かけて砂漠を乗り越えて、このシクに辿り着いたのであった。
この砂漠の気候に慣れたメディエットさんは元気だったが、2人はかなり疲労とイライラが溜まっていた。
気づくと岩肌は、美しくピンク模様に変化してきた。次の日が昇って、太陽の角度が変わっているのだと気づき、この終わりの無いと感じる谷底に時間を知らせてくれる。2人の心もそこで、少し色めく。
普段は商人で賑わう交易路なのだが、今の暑い季節ではあまり使われることはなく、他の隊商とすれ違うこともなかった。
夕方に差し掛かり、少し薄暗くなった頃、ようやく、はじめての隊商とすれ違った。心なしか、みんな肩を落としているように見える。
メディエットさんが声をかける
「こんにちは。どこから来たんですか?」
「エントランサだよ。」
「え??それって私達と同じ所から来たんじゃ??
真っ先に違和感に気づいたリフレーンが声を上げる。
「通れないから引き返してきたんだよ笑」
「どういうことですか??」
「すぐそこだから自分で見てきな。」
投げやりなセリフだけを残し、ジンセン達が通ってきた道を戻っていった
「なんだよ、愛想のないは人達。何があったか教えてくれればいいのに。
「とりあえずすぐ先だと言うことなので行ってみましょう」
リフレーンを宥めながら、メディエットさんは歩を進めた。
さっきの隊商が言う通り、30分もしないうちに引き返した理由がわかった。
黄土色に統一された淡いグラデーションの中で、ど真ん中に居座って、景色の調和を破壊する巨大な黒い塊。
断崖に囲まれた道が続くはずが、目の前のだけにちょうど道幅を埋めるような巨大な岩が立ちはだかっていた。かろうじて隙間から向こう側見えたがとてもじゃないが、ひと一人が通れるようなスペースはなかった
「こういうことね」
「しょうがないですね。私たちも引き返しますか。」
「ちょっと待って、オレがなんとかするよ!」
そう言いながら、ジンセンフは背中に差した刀を抜き去る
「それはムチャですよジンセンフさん!こんな大岩を刀で切れるわけないです。」
「メディエットさん、まぁ見ててください」
リフレーンは相方のセリフを奪い、したり顔でメディエットさんを制した。
言うべきセリフを失ったジンセンフは、そのまま岩に近づき、刀を構えるとふぅーっと大きく息を吐く。
《鹿威し》
刀に風が纏い出して、ジンセンフの足元の砂埃が宙を舞い始めた。
大きく振りかぶったかと思うと、一気に斜めに刀を振り抜いた。
その斬撃が巨石に当たると、大きな衝撃音が鳴った。
「おおぉぉ〜〜!!!」
メディエットさんが、衝撃音に負けないくらい大きなリアクションをしてくれた。
だが、大岩には傷ひとつついていない。
「あれぇ??ちょっと力が足りなかったか。」
もう一度仕切り直して、刀に風を纏い、斬りつけた。
さっきよりも大きな衝撃音がしたが、目の前の状況は変わらなかった。
「いや、そんなはずない!」
そう言って、ジンセンフは3度目の構えを始めた。
「あの、やっぱりムリみたいですね、、、」
何十回目かの衝撃音の後、メディエットさんが気まずそうながらも声をかけた。
「はぁはぁはぁ。そ、そうみたいですね。ごめんなさい。」
「いえ、元々無茶なことだったんで気にしないでください。それよりジンセンフさんのスゴい刀戟見れて感動しました!」
「メディエットさん、気を使ってもらってありがとうございます。」
「あのさ、アタシが信頼して自身満々に任せたのに、恥かかしてくれたわね。」
「いや、それはリフレーンが勝手にドヤ顔しただけだろ。」
「アンタ斬るしか能がないんだから、こんな時くらいなんとかしなさいよ!」
「失礼だな、俺は風使って空飛んだりできんだからな!」
「どうせこの前の無賃乗車ジャンプでしょ!」
「いやアレのことじゃなくて、ほんとに飛んだことあるんだって!」
「じゃあここで飛んで、向こう側に連れてってみなさいよ!」
「いや、こんな谷底からじゃムリだよ!」
「ほら、できないんでしょ。斬れなくて恥ずかしいからって、ホラまで吹かないでよ!」
「ホラじゃねえよ、位置の条件が悪いって言ってんの!」
「言い訳するなんてみっともない、『見栄張ってごめんなさい』って言えば済むのに。」
「だから!」
「もうここで休みましょう!お二人とも疲れてるんですよ!さっ、晩御飯にしましょう!この地域名産のイチジクのドライフルーツもありますし!」
メディエットさんのカットインで、ようやく自分達のケンカのしょうもなさに気づく。そのあとの2人は、気まずさと疲れのため、お互い口をきかなかった。メディエットさんに言われるまま食事を済ませ、召使いのごとく指示に従ってテントをテキパキと立てて眠りについた。
翌朝、ジンセンフはテントの外から物音がした気がして目が覚めた。
2人はまだ寝てるようなので、なるべく起こさないように静かに外へ出た。
目の前にたちはだかる大岩を見上げる。
改めて見るとデカい。
そして硬いのも昨日散々痛感した。むしろ周りの崖の方が柔らかいくらいで、ジンセンフの斬撃の余波で跡がついている。
だが、肝心の岩にはかすり傷すらついていなかった
「これは発想切り替えて、横の崖削ったほうがまだマシだったかな」
「もう、朝から何ブツブツ言ってんの?」
顔を見なくても不機嫌だとわかる。声の主のリフレーンが、テントの蚊帳をどけながら出てきた。
「おはようございます。」
同じようなタイミングで起きたであろうメディエットさんも、そのあとに続いて現れた。
「アンタの声で起きたくなかったんだけど」
「俺もせっかくの気持ちいい朝に初めて聞く声が、誰かさんの文句って。テンション下がるわー」
「それはアンタのせいでしょ!?」
「あの、とりあえずドライフルーツ食べますか?」
「「ごめんなさい、メディエットさん」」
もう恒例となった殺し文句で、ベテランガイドは2人を黙らせた。
3人で輪になって、ドライフルーツを頬張る。
「これ食べたら、とりあえずシクの入り口まで戻って迂回しましょう」
「そうするしかなさそうですね」
さっき崖なら崩れるかもとは思ったが、できなかった時のリフレーンの冷たい目線とメディエットさんの気まずそうな顔を想像し、その言葉は飲み込んだ。
バーン!!!!!
とんでもない爆発のような音が大岩の方から聞こえた。3人がびっくりして大岩を見る。
大岩にはひびが入り、あれだけ固かった岩が地響きを立ててガラガラと崩れたした。
「え!?どういうこと?」
「わかりません」
「ともかく大岩は無くなってる」
突然の出来事で3人とも呆然としており、お互い状況をわかってないことを確認するだけで何も行動できなかった。
すると、さっきまでは巨大な岩だった瓦礫の山から、足音のようなものが聞こえてきた。瓦礫の頂上から、大きな槍を持った赤髪の男が現れた。遠目からでも、かなり筋肉質な体つきであるのが分かる。
「おっ、人がいる!」
そう叫んだ赤髪の男は、うれしそうに瓦礫の山を降りて、こちらを走ってきた。
近づくに従って、そのガタイの良さがより鮮明になる。袖のないシャツから見える腕の太さは、ちゃんと鍛えているジンセンフより2倍はありそうだ。瓦礫を乗り越えてこちら側の地面に立ったが、成人女性の平均より少し高いリフレーンの頭のてっぺんがちょうどその肩口だった。
「あのさぁ、俺ココの道を開けるように頼まれてるんだ。だから岩割って終わりってワケにいかなくてさ。この瓦礫どかすの手伝ってくんない?こういう細かい事苦手でさぁ。」
「それはいいけど、アナタのこと聞いていい?どうやって岩を破壊したの?」
理解できないことがあるとムズムズするリフレーンが、率先して質問する。
「槍で突いた!」
「あのさ、マジメな質問に、ジョーダンで返すヒト好きじゃないんだけど。」
「初対面の人にジョーダンなんて言わねえよ。」
「だって爆発音聞こえたよ?わかった、槍の先に爆発魔法を仕込んだのね!」
「魔法なんてオレ使えねえよ!さっきも言ったけど、この槍で思いっきり突いたんだよ!」
「え、もしかしてホントなの?」
「うん、ホントなの。」
リフレーンの戸惑った顔に、屈託のない笑顔で返す。
「もしかしてアナタ、《スピリット》の能力者なの?」
「そうだよ。うちの家系は代々《特身族》なんだ。いろんな流派はあるんだけど、みんな槍を極めてる。俺の場合は父ちゃんに仕込まれた、この1点突破しかないんだけどね。ハハハ。」
「『しか』ってめちゃくちゃすごいじゃない!』
「いや、それほどでも〜」
「《特身族》が人智を超えたとんでもない力を出せるって噂では聞いてたけど、まさかこのレベルとはねちょっと桁違いね」
リフレーンは度肝を抜かれてしまい、岩を斬れなかったジンセンフへの当てつけも忘れている。
「こんな大岩突いたの初めてだったからホントに割れて、オレ自身もちょっとびっくりしてんだけどね!」
「そうなんだ。」
「『来るべき時に備えて牙を研げ』オレの父ちゃんが口を酸っぱくして言ってた言葉なんだけど、今日で初めて意味が分かった気がするよ」
「素敵なお父さんね。そういえば、自己紹介まだだったわね。アタシはリフレーン。そっちのジンセンフと旅してるの。こちらはメディエットさん。この砂漠を越えるのに、ガイドをしてもらってるの。」
「オレはクロハン。3人ともよろしくな。じゃあミンナで瓦礫どかしますか!」
「でもまだ、アタシ達より大きな岩があってさすがに運べないわ。ねえ、さっきの技で大きいのだけでも崩せない??」
「お安い御用さ!みんな下がってて!」
3人はさっきの大岩を崩した爆発音を思い出し、慌ててダッシュして瓦礫から離れた。
クロハンは、自分の背丈の倍近くある岩の前に立つ。
体の右側にある槍を両手で持って肘を後ろに下げる。さらに全身を大きく捻らせて槍を体の後方目一杯まで下げた。
バーン!!!
最初の爆発音ほどでは無いが、かなり大きな音を立て岩は粉々に砕け散った。
それからクロハンは自分より大きな岩を見つけては、爆発音を崖中に轟かせた。その間、3人はただ遠目で眺めていた。
「これで瓦礫どかし始めていいー?」
クロハンはひと通り作業が終わると、3人の元に嬉しそうに寄って来た。
「そうね、本当はまだいろいろ聞きたいことあるけど、他の通行人のためにも早くどかしましょ」
目ぼしい岩は残っていないものの、まだ1メートル近くは瓦礫の山が道いっぱいに広がっていた。あとの2人もリフレーンに同意だったので、それぞれ瓦礫を持ち抱えて移動する作業を始めた。
少し経ってメディエットさんが気づいた。
「ジンセンフさん、今の瓦礫だったら昨日の《風》でどかせそうですか?」
「たしかに!これくらいの大きさならイケるかも。」
右肩を回しながら、ジンセンフが瓦礫の中心に小走りで向かった。メディエットさんと、その会話を聴いていたリフレーンはテントの方まで下がり始める。
「どうしたんだ?」
事情を知らないクロハンだけが頭にハテナが浮かんだまま、突っ立っている。それを制するように、今日はメディエットさんが得意げに口先に右手の人差し指を当て、左手でクロハンを瓦礫から遠ざけた。
ジンセンフが刀を振り、起こした突風で瓦礫の一部を道の脇に吹っ飛ばす。
「スゲー!!」
さっきの自分の大技を忘れたかのように、クロハンは目をキラキラさせて、ジンセンフに歓声を送る。
ジンセンフは水を得た魚のように刀を振り回し、次々と瓦礫を道の脇に捌いていった
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